上 下
183 / 184

結婚式

しおりを挟む
そんな光景を神と一緒に見ていたティナが、意を決したように神に言う。

『ねえアル。これから私ってどうなるの?』

『うん・・・本来ならお前は即死してたんだ。今は俺がお前の命を繋いでいるし、ナサーリアが胎児の命を繋いでいるっていう状況だな。お前が事故に遭った時よりヤバい状況だ』

『じゃあ回復の見込みは無いのね?』

『うん。正直に言うとそうだ。お前がもういいっていえばそこであの体の命は尽きる』

『これって寿命だよね?自死じゃないよね?』

『そうだな。多少拡大解釈にはなるが自死とは言えない。まあ、寿命だな』

『じゃあ死んじゃうっていう選択をしたらここにずっといられるの?』

『ああ、お前の葬儀が我らの結婚式となるな』

『じゃあもう諦めるからさあ。ひとつだけお願いを聞いてくれない?』

『なんだ?』

『私、赤ちゃんをちゃんと産みたいの。そしてハーベストとの約束も守りたい。アーレントをもう一度抱きしめたい・・・ダメ?』

『・・・そうだな。でもあの体で出産すると、その瞬間に死ぬぞ?』

『だから頼んでいるんじゃない。一か月だけ意識を戻してほしいの。その間に全部片づけてくるから』

『一か月の間で出産してハーベストと結婚式を挙げるのか?』

『うん。今のままじゃ誰も前に進めない・・・そう思うの』

『そうだな・・・ハーベストにも悪いことしてたしな・・・なんとか頑張るか』

『神様でもそんなに大変なの?』

『そりゃそうだが・・・まあ心配するな。そうなると早い方がいい。お腹の子が心配だ』

『じゃあちょっくら戻ってくるわ』

ティナは明るく立ち上がり、アルにキスをしてすたすたと歩き出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

眠り続けているティナの手を握っていたハーベストは、指先にほんの少し違和感を覚えた。

「ティナ?」

ティナの顔を覗き込むと、瞼がゆっくりと開いていくのが分かった。

「ナサーリア!来てくれ!ティナが・・・」

部屋に詰めていた使用人たちがあたふたと動き出す。
ソファで疲れ切って眠っていたナサーリアが飛び起きて駆けてきた。

「ティナ様・・・ああ・・・神よ・・・感謝します」

そう言うとナサーリアは持てる力の全てをティナに注ぎ込んだ。
ハーベストはアーレントを抱きしめてその光景を見守っている。

「アル?アーレント?・・・ああ・・・サーリ様」

「ティナ!」

ハーベストが駆け寄った。

「アル・・・ごめんね?心配かけちゃった・・・アーレントも、ごめんね?」

ティナの顔に顔を擦り付けてハーベストとアーレントは何度もティナの名前を呼んでいた。
バタバタという足音をたてながらキリウスが駆け込んでくる。
急ぐあまり途中で脱げてしまったのか、マリアンヌが裸足のまま走ってきた。
侍女たちに両脇を支えられながらリリアンも来た。
駆けつけた全員の顔をゆっくりと見ながらティナが口を開いた。

「産まれそうなの・・・お医者様を呼んで?」

それからの一日は怒涛の如く流れていく。
ナサーリアはハロッズ侯爵に支えられながら力の限り聖力を流し込み、ハーベストはまるで自分が産んでいるかの如くいきんでいた。
リリアンに抱かれたアーレントは力いっぱい拳を握りしめ神に祈りを捧げた。

「おぎゃぁぁぁぁぁ」

産声に城中が歓喜に湧いた。
関係各国に早馬が出され、ティナロアの意識が戻ったことと、ほぼ同時に出産したことが伝えられた。
続々と祝いの品が届く中、ティナはまだ指先しか自力では動かせていなかった。
ハーベストは産まれた赤子にマーガレットという名前をつけた。
それはハーベストがティナに初めて贈った花束に使われた花の名前だった。

母乳を与えられないティナに代わって、国中の若い母親たちが母乳を捧げにやってくる。
ハーベストは身分に関係なく、喜んで貰い乳を受け入れた。
マーガレットは標準より少し小さく生まれたが、勢いよく乳を吸う元気な赤子だった。

それから半月ほど経ったころ、まだ自力では歩けないティナがハーベストに話しかけた。

「ねえアル・・・聞いてほしいことがあるの」

「なんだい?ティナの為ならこの命だって差し出すよ」

「ふふふ・・・ありがとうね。実は結婚式のことなんだけど」

「ああ、必ず挙げるぞ」

「うん。でもね、正直なところあまり時間が無いの」

「・・・ティナ?」

「アル・・・愛してるわ。アーレントもマーガレットも。心から愛してる。離れたくない・・・でも、もう寿命が尽きちゃうのよ」

「そんな・・・」

「アル、お願いだから冷静に聞いて。本当なら出産もできない状態だったの、でもね神様にお願いして戻ってきたのよ?でもこれ以上は引き延ばせないの・・・大丈夫?」

「だ・・・大丈夫・・・なわけ・・・ないだろ」

「そうね、辛いよね。だから思い出を作ろう?結婚式しよう?約束したじゃない」

「ああ・・・そうだね・・・約束したね」

「四人で祭壇の前に立とうね。でも私は歩けないから・・・」

「心配するな。ティナは俺が抱いているよ」

「アーレントは?」

「あの子は一人で歩ける歳だ。マーガレットは・・・マーガレットはアーレントに抱かせよう」

「大丈夫かしら」

「大丈夫、いつも抱かせってろうるさい位だから。お兄ちゃんの自覚が出てきてる」

「うん・・・多分・・・あと十日くらいしか時間が無いと思う」

「そんな!」

「ハーベスト、あの子たちをお願いね。そしてあなたは皇帝として正妃を迎えるのよ?」

「それは・・・無理だ」

「ハーベスト?」

「それだけは絶対に嫌だ。俺はもうティナしか愛せない。愛したくない。ティナじゃないなら誰もいらない」

「うん。わかった。ありがとうね。私もずっと愛しているからね」

「約束だ。ティナとの約束は全部守るよ。結婚式はすぐに挙げよう。一週間で準備する。ウェディングドレスは俺の好みで良いだろう?」

「もちろんよ。嬉しいわ」

「ティナ・・・俺からも頼みがある」

「なあに?」

「ちょっとだけ・・・このまま・・・泣かせてくれ」

ティナは黙ってハーベストの頭を胸に抱いて、優しく髪を撫で続ける。
ハーベストは声を殺して泣いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】どうせなら、君を花嫁にしたかった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:123

恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:35,606pt お気に入り:1,582

貧乳は婚約破棄の要件に含まれますか?!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,136pt お気に入り:232

傷付いた騎士を愛した王女【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:45

【完結】選ばないでください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:78

ねぇ、神様?どうして死なせてくれないの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,563pt お気に入り:6

ぶち殺してやる!

現代文学 / 完結 24h.ポイント:1,590pt お気に入り:0

【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:82,516pt お気に入り:650

男ふたなりの男子小学生の○○を見た結果……

BL / 完結 24h.ポイント:475pt お気に入り:17

告白はミートパイが焼けてから

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:206

処理中です...