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「ライラ、すぐにこの猫を洗ってやってくれ。変な匂いはしないが、兄上の前に連れて行くのだ。やはりきれいにしないと申し訳がないからな」

「畏まりました。すぐに」

 恨めしそうな顔でライラに抱かれているロバート猫は、そのまま医務室の洗面台で泡だらけにされていく。

(おお~! あれが噂に聞く泡プレイ……正体を知っているだけに生々しい……)

 サリーは申し訳なさ過ぎて目を逸らした。
 ふと見ると、トーマが満面の笑みを浮かべている。
 サリーはトーマを後ろ抱えて、手で目を覆った。

「何をする!」

「子供は見ちゃダメでしょ」

 引き摺るようにソファーまで連れて行くサリーの後ろから、ロバートの切なそうな声が聞こえた。

「あら、この子ったら変な鳴き方するわねぇ。ダメよ、じっとしててね。ここは丁寧に洗わないといけないんだから」

 ライラの言葉に、ロバートが何をされているのか解ってしまったサリーは、心の中で手を合わせて詫びた。

「まだか?」

 情け容赦のないシューンの催促に、ライラは動きを速める。

「ははは! ねえサリー見てごらんよ。この子なかなか立派なモノをお持ちだわ」

 サリーは慌てて声を出した。

「ライラ! もう大丈夫だから切り上げて。殿下がお待ちかねよ」

「はぁ~い」

 ザバザバと水を掛けられ、大判のタオルで包まれたロバート猫が戻ってきた。
 怒っているのか泣いているのか、はたまた水で洗われて寒いのか。
 ぶるぶると震えているロバート猫は、とても可愛らしく庇護欲をそそる。
 ごしごしと水気を吸い取られていき。エメラルドグリーンの長毛が艶やかに変わる。

「よし、行くぞ。サリーも来い。トーマも行こう」

「殿下、私はお供いたしますが、トーマ様は帰宅時間でございます」

「そうか、残念だな。兄上にも会わせたかったのだが。トーマは今度はいつ来るのだ?」

 トーマが答える。

「相談してからご報告申し上げます」

「そうか。気を付けて帰るように。必ずまた来てくれな?」

「畏まりました」

 サリーはシューンとライラと護衛騎士が部屋から出たのを確認し、急いで振り返って呪文を唱えた。

(裸に白衣だけを纏った中年男性って、変態そのものじゃん)

 サリーは笑いをこらえて一行の後を追った。
 第一王子の執務室に行くと、間が良いのか悪いのか、丁度休息に入った時だった。

「おお、シューン。珍しいな、お前がここに来るなんて」

 嬉しそうにイース殿下が手招きした。

「兄上、お願いがあって来ました」

「なんだ? 欲しいものが決まったのか?」

「はい、この猫を飼いたいのです」

「猫? これはまたきれいな猫だな。どこにいたんだ?」

「医務室で見つけました」

「それなら勤務医の猫ではないのか?」

「あ……それは……」

「確認していないのか? お前がきちんと面倒をみると言うなら許可しないでもないが、まずは飼い主がいないことを確認しなくてはいけないよ」

「……」

「シューン、もし今お前が王子の言うことだから、渡せと言えば良いとでも考えたなら、それは絶対に間違っているぞ」

 サリーは少しイースを見直した。
「王子というのは王族の男児のことを指す。王子というだけで偉いわけでは無いんだぞ? むしろ国に責任を負うという立場なのだから、人よりたくさん勉強して、人の数倍気を遣わねばならない。わかるか?」

「はい……」

「わかってないな? まあ、お前はまだ幼い。すぐに分かれとは言わんが、王子というだけで我儘が通ると思ったら間違いだ。そこは理解しなさい」

「はい……兄上……」

「まあそう気を落とすな。これでも食べなさい。とても甘くておいしいんだ」

 あからさまに気落ちしたシューンを慰めるように、せっせとお菓子を勧めるイース。
 サリーは心からの安堵の息を吐いた。

(ロバートに殺されるところだったわ)

 ノックの音がして、きちんと服を着たトーマス医師が入ってきた。

「失礼します。ああ、やっぱりここに居たか。申し訳ございません第一王子殿下。我が孫にプレゼントする予定の猫がいなくなってしまい、慌てて探しておりましたら、第二王子殿下と居たという話を聞きましてな。慌てて駆けつけた次第でございます」

「そうか、やはり飼い主がいたか。シューン、聞いた通りだ。その猫をフレッツ先生に渡しなさい」

「はい……兄上……」

 泣きそうになりながらシューンがライラから猫を受け取り、トーマス医師に渡した。
 ライラから離れるとき、若干抵抗したように見えたのは気のせいだったか? サリーはそう思ったが、触れないことにした。
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