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  襲撃は唐突だった。
 しかも絶対に安心であるはずの王宮の庭園で襲われたのだ。
 サム隊長と数人の近衛隊士が負傷したが、死者は出なかった。
 死んだのは全てダレス教信者。
 サムの機転で殺されずに済んだのは男1人と女1人だけ。

「なぜ急に」

 イースが独り言のように呟いた。

「疫病が予定より流行らず、力を溜め込めないうちに収束してしまうことを恐れたのでしょうか」

 白い三角巾で腕をつっているサムは、この襲撃事件で左目と左腕を負傷していた。
 鍔迫り合いの最中に、敵が口腔に潜ませていた毒の袋を嚙み破り、自分の命と引き換えにサムの顔を目掛けて吐き出したのだ。
 咄嗟に避けたものの、数滴が左の眼球を焼いた。
 顔にも斑点のように火傷の痕が痛々しく残っている。

「だとしたら我々の努力は実を結んでいるということだな」

 イースは先頭に立って戦い、シューンを守り切ったサムを労った。
 王は近衛隊士達の働きに報いるため、戦闘に参加していなかった者も含めて昇給を決定。
 王妃は負傷した隊士の家族に対し、慰労金を私財から贈った。
 しかし、いくら鍛えられている近衛隊士とはいえ、十数人の敵に三人で立ち向かって無傷というわけにはいかない。

 一人は足の腱を切られ、もう一人は背中に毒矢を受けた。
 王国最強とまで言われたサムでさえ、あの状況だ。
 命があるだけでもありがたいと思うしかない。

「奴らは吐いたか?」

「いえ、なかなかしぶとく。担当している尋問官に布教するほどの洗脳ぶりです」

「はっ! 笑わせてくれる」

「トーマス医師が薬を準備してくれました」

「自白剤か? あれは違法だが……」

「王より許可は出ております」

「父上も腹に据えかねておられるのだろう。ならば迷うことはないな」

「今日中には全て唄ってもらいましょう」

 イースはギュッと拳を握りしめた。
 彼が怒っているのはシューンの襲撃もさることながら、サリーが巻き込まれて負傷したことが大きい。
 サリーはシューンを逃がすために、シューンに追い縋ろうとする者たちに体当たりをかましたのだ。
 報告を受けたイースが現場に駆けつけたとき、サリーは気を失っていた。
 頬がいた痛々しいほどに腫れて、紫色に変色していたのだ。
 シューンが駆け寄り、サリーの名を何度も呼んでいた。
 その光景が目に焼き付いて離れない。

「なんとしてでもアジトを吐かせたいものだが」

 イースは厳しい顔で空を見上げた。
 どんよりとした空に雲がいくつも浮かんでいる。
 
「雲が低いな」

「明日は降るかもしれませんね」

 男たちは来るべき決戦の日が近いことを肌で感じ取っていた。

「サリー、料理長がゼリーを作ってくれたよ」

 ロバートと結婚して以来、メイドを辞して家事に専念していたライラが、久しぶりに登城していた。

「まあ嬉しい。口が開けにくいから助かるわ。これなら切れたところにも沁みないし」

「それにしても酷い目に遭ったわね」

「まさか庭園で襲撃されるとは思ってもなかったから焦ったわ」

「でもシューン殿下が無事でよかった」

「うん、それは本当にね。見事な逃げっぷりだったわよ。サム隊長の指導のお陰ね」

 それから数時間、ライラはサリーの体を拭いたりしながら、おしゃべりをして帰って行った。
 サリーが復帰するまで臨時で登城しようというライラの申し出を断ったサリーは、すぐにでもシューンの部屋に行きたいと思っていた。
 一秒でも離れていたくない。
 これがサリーの本音だ。
 診察してくれたロバートにも言っていないが、殴られた方の耳が聞こえにくくなっている。

「鼓膜やられちゃったかな」

 しかしサリーは、その事実を誰にも言うつもりはない。
 もし知られたらシューンから遠ざけられてしまうかもしれないと考えたからだ。

「あと一年だと思っていたけれど」

 ウサキチの話によると、いつ何時戦いが始まってもおかしくない時期には来ている。
 しかし、なぜかまだまだ先のような気がして、少し緊張感が薄れていたのかもしれない。
 サリーは漠然とした不安に押しつぶされそうだった。

「サリー?」

 小さなノックの後、シューンが顔を出した。

「サリー、大丈夫? 少しは痛いのが減った?」

「シューン殿下、心配だったでしょう? ごめんね」

「うん、いっぱい心配したよ。でも兄上が今は休ませないといけないって言うから、来るのを我慢してたんだ」

「ずっとお部屋に?」

「ううん。兄上のお部屋にいたよ。兄上が離してくれないんだ」

「イース殿下は心配で堪らないのですよ」

「そうだね。でも……もうすぐだと思う。根拠はないけどそう感じるんだ」

「シューン……」

「それでね、ウサキチがみんなに話したいことがあるって言うから」

「わかりました。すぐに集めます」

「それは大丈夫。兄上には話したからもう集めてくれているよ。僕はサリーを迎えに来ただけだから」

 開いていたドアからロバートが顔を出した。

「サリー、行けそうか?」

「ええ、着替えるからちょっと待ってくれる?」

「ああ、外にいるよ」

 サリーは痛む体を引き摺るようにしながらクローゼットに向かう。
 ロバートに指示されたのだろう。
 メイドが二人入ってきて着替えを手伝ってくれた。

「ごめんね。こんなことまでお願いしちゃって」

 年若い方のメイドが慌てて首を振った。

「無理しないで何でも言ってくださいね」

「ありがとう」

 せめて走れる位にまでは早く回復しないといけない。
 そう思うサリーだった。
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