17 / 46
17 商店街の人たち2
しおりを挟む
トマスが続ける。
「それで? さっきいたのはケント? 家具でもオーダーするの?」
「ええ……ケントさんをご存じなのですか?」
「ここの商店街はみんな家族みたいなもんさ。市場って言われているけれど、それは昔の町名が残っているだけで、もうずっと前に市場は移転したんだよ。それでもここに残って頑張ってきた連中だからね。互いに協力してやってきたのさ」
「そうなんですか」
気まずい沈黙が流れた。
トマスが口を開く。
「僕ってさぁ、無神経らしくてね。何か気に障るようなことをしちゃったのかもしれないけど、悪気は無いんだよ。もしそうなら、ごめんね?」
「そんなこと! お昼から約束があったのを思い出して……急いで帰っただけですから」
「ああ、そうか。ケントなら待たせておけば良いんだよ。なんだ、そうかぁ。心配しちゃった。帰ったらシェリーにも言っておかなくちゃ」
「あの……トマスさんはシェリーさんと……」
「うん、一緒に住んでるよ。母親も一緒だから三人暮らしだね」
「そうなんですね」
言葉に詰まるティアナ。
その時ドアのカウベルが鳴った。
「ティアナちゃん、ケントは? もう帰っちゃった?」
隣のルイザだ。
ティアナは救われた様にホッと息を吐いた。
「ルイザさん。今日はありがとうございました。お陰様で良い話になりそうです」
「そりゃよかったよ。もし高いこと言って来たら私に言うんだよ? 値切り倒してやる」
「そりゃケントが気の毒だな」
トマスが話に入ってきた。
「なんだ、トマスじゃないか。サボってんの?」
「違うよ。ティアナちゃんにパン屋を紹介してくれって言われたから、シェリーを紹介したんだ」
「ああ、シェリーのパンなら間違いないさ。あの子の焼くパンはおいしいからね」
ティアナが返事をする。
「ええ、お店を始めたら自分で焼くよりシェリーさんのところから仕入れようと思って」
「そりゃ賢明だ。一人でやるなら尚更だよ」
トマスが手を振って帰っていった。
ルイザも一緒に出て行く。
ティアナは急に孤独を感じた。
「だめだめ! 弱気は禁物よ。ああ、そうだわ。サマンサ様にお手紙を書かなくちゃ。きっと心配して下さっているわね」
ティアナは気を取り直して鞄を持って店を出た。
確か花屋さんの近くに文具屋さんがあったはずだ。
何度か通る内に顔を覚えてくれたのか、新参者のティアナにも声がかかる。
それに笑顔で応えながら歩いていると、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ねえねえ、君は昨日来た子だよね? どこ行くの?」
振り返ると目印にしていた花屋の青年だった。
「あら、お花屋さん。ごきげんよう」
「ああ、ごきげんよう。今日はどちらへお出かけですか?」
お道化て騎士のようなお辞儀をした。
ティアナもスカートを少しつまみ上げて、右足を後ろに引いた。
「あれ? 君は……ちゃんとした教育を受けているんだね。久しぶりに見せて貰ったよ」
「あ兄さんこそ素敵なお辞儀で感心したわ」
「ははは! そう? 嬉しいな。それで? どこまで行くの? この先の教会より北へは一人で行っちゃだめだよ?」
「うん、今日は文具屋さんへ行くのよ。便箋を買いたいの」
「じゃあ同じ方向だ。レディ、よろしければエスコートの栄誉を」
つけていたエプロンでごしごしと拭いた手を差し出され、ティアナはニコッと笑った。
「よろしくお願いしますわ」
差し出された手に指先を預け歩き出す。
「君は本当に平民? とても仕草が優雅だね。僕はウィスって言うんだけど君は?」
「私はティアナよ。よろしくね、ウィスさん」
「こちらこそ。そうだ、買い物が終わったら店に寄ってよ。渡したいものがあるから」
文具屋の前まで送ったウィスがそう言って戻って行く。
ティアナは首を傾げながら、文具屋へ入っていった。
便箋と封筒、そしてきれいな柄のペンを購入し、ウィスの店に行く。
「いらっしゃい。待ってたよ。あい、これ。お近づきの印だ」
差し出されたのは色とりどりの小花がアレンジされた花束だ。
「まあ! 素敵。頂いても良いの?」
「もちろん。君をイメージして作ったんだ」
「ありがとう、ウィスさん。お店を始めたらこんな花束をいつも飾っておきたいわ」
「おっ! 嬉しいねぇ。君の店を飾る手伝いができるなんて光栄だ」
さっきまでの沈んだ気持ちがきれいに流されていく。
ウィスに手を振って、ティアナはウキウキしながら店に戻った。
サマンサへの手紙には、無事に到着したことやサミュエル様にお世話になったこと、そして如何に自分が世間知らだったかを書き連ねた。
「明日の朝にでも投函してこよう」
ティアナは自分だけのために紅茶を淹れて、たっぷりのミルクと一緒にシェリーの店で買ったパンを食べた。
シェリーのパンはルイザがいう通り、とてもおいしい。
「きっと初めての自由に浮かれただけよ。これはきっと恋じゃない」
そう自分に言い聞かせてベッドに潜り込んだ。
「それで? さっきいたのはケント? 家具でもオーダーするの?」
「ええ……ケントさんをご存じなのですか?」
「ここの商店街はみんな家族みたいなもんさ。市場って言われているけれど、それは昔の町名が残っているだけで、もうずっと前に市場は移転したんだよ。それでもここに残って頑張ってきた連中だからね。互いに協力してやってきたのさ」
「そうなんですか」
気まずい沈黙が流れた。
トマスが口を開く。
「僕ってさぁ、無神経らしくてね。何か気に障るようなことをしちゃったのかもしれないけど、悪気は無いんだよ。もしそうなら、ごめんね?」
「そんなこと! お昼から約束があったのを思い出して……急いで帰っただけですから」
「ああ、そうか。ケントなら待たせておけば良いんだよ。なんだ、そうかぁ。心配しちゃった。帰ったらシェリーにも言っておかなくちゃ」
「あの……トマスさんはシェリーさんと……」
「うん、一緒に住んでるよ。母親も一緒だから三人暮らしだね」
「そうなんですね」
言葉に詰まるティアナ。
その時ドアのカウベルが鳴った。
「ティアナちゃん、ケントは? もう帰っちゃった?」
隣のルイザだ。
ティアナは救われた様にホッと息を吐いた。
「ルイザさん。今日はありがとうございました。お陰様で良い話になりそうです」
「そりゃよかったよ。もし高いこと言って来たら私に言うんだよ? 値切り倒してやる」
「そりゃケントが気の毒だな」
トマスが話に入ってきた。
「なんだ、トマスじゃないか。サボってんの?」
「違うよ。ティアナちゃんにパン屋を紹介してくれって言われたから、シェリーを紹介したんだ」
「ああ、シェリーのパンなら間違いないさ。あの子の焼くパンはおいしいからね」
ティアナが返事をする。
「ええ、お店を始めたら自分で焼くよりシェリーさんのところから仕入れようと思って」
「そりゃ賢明だ。一人でやるなら尚更だよ」
トマスが手を振って帰っていった。
ルイザも一緒に出て行く。
ティアナは急に孤独を感じた。
「だめだめ! 弱気は禁物よ。ああ、そうだわ。サマンサ様にお手紙を書かなくちゃ。きっと心配して下さっているわね」
ティアナは気を取り直して鞄を持って店を出た。
確か花屋さんの近くに文具屋さんがあったはずだ。
何度か通る内に顔を覚えてくれたのか、新参者のティアナにも声がかかる。
それに笑顔で応えながら歩いていると、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ねえねえ、君は昨日来た子だよね? どこ行くの?」
振り返ると目印にしていた花屋の青年だった。
「あら、お花屋さん。ごきげんよう」
「ああ、ごきげんよう。今日はどちらへお出かけですか?」
お道化て騎士のようなお辞儀をした。
ティアナもスカートを少しつまみ上げて、右足を後ろに引いた。
「あれ? 君は……ちゃんとした教育を受けているんだね。久しぶりに見せて貰ったよ」
「あ兄さんこそ素敵なお辞儀で感心したわ」
「ははは! そう? 嬉しいな。それで? どこまで行くの? この先の教会より北へは一人で行っちゃだめだよ?」
「うん、今日は文具屋さんへ行くのよ。便箋を買いたいの」
「じゃあ同じ方向だ。レディ、よろしければエスコートの栄誉を」
つけていたエプロンでごしごしと拭いた手を差し出され、ティアナはニコッと笑った。
「よろしくお願いしますわ」
差し出された手に指先を預け歩き出す。
「君は本当に平民? とても仕草が優雅だね。僕はウィスって言うんだけど君は?」
「私はティアナよ。よろしくね、ウィスさん」
「こちらこそ。そうだ、買い物が終わったら店に寄ってよ。渡したいものがあるから」
文具屋の前まで送ったウィスがそう言って戻って行く。
ティアナは首を傾げながら、文具屋へ入っていった。
便箋と封筒、そしてきれいな柄のペンを購入し、ウィスの店に行く。
「いらっしゃい。待ってたよ。あい、これ。お近づきの印だ」
差し出されたのは色とりどりの小花がアレンジされた花束だ。
「まあ! 素敵。頂いても良いの?」
「もちろん。君をイメージして作ったんだ」
「ありがとう、ウィスさん。お店を始めたらこんな花束をいつも飾っておきたいわ」
「おっ! 嬉しいねぇ。君の店を飾る手伝いができるなんて光栄だ」
さっきまでの沈んだ気持ちがきれいに流されていく。
ウィスに手を振って、ティアナはウキウキしながら店に戻った。
サマンサへの手紙には、無事に到着したことやサミュエル様にお世話になったこと、そして如何に自分が世間知らだったかを書き連ねた。
「明日の朝にでも投函してこよう」
ティアナは自分だけのために紅茶を淹れて、たっぷりのミルクと一緒にシェリーの店で買ったパンを食べた。
シェリーのパンはルイザがいう通り、とてもおいしい。
「きっと初めての自由に浮かれただけよ。これはきっと恋じゃない」
そう自分に言い聞かせてベッドに潜り込んだ。
30
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです
ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。
彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。
先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。
帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。
ずっと待ってた。
帰ってくるって言った言葉を信じて。
あの日のプロポーズを信じて。
でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。
それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。
なんで‥‥どうして?
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
ある公爵令嬢の死に様
鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。
まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。
だが、彼女は言った。
「私は、死にたくないの。
──悪いけど、付き合ってもらうわよ」
かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。
生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら
自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる