逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

文字の大きさ
24 / 73

李夏さまと私

しおりを挟む


「……春麗、一体これはなんなんです?」
「辞表です」

 ぜえはあぜえはあ。
 全速力で部屋に戻った私は、身の回りの貴重品だけを持って辞表をなぐり書き、そしてまた全速力で李夏さまの執務室に駆け込んだのだった。

「この走り書きが?」

 李夏さまが私のあまりの状態に面食らっているようだけれど、関係ない。
 汗だくだろうが取り乱していようが、そんなことはもう私にはどうでもよかった。

 とにかくここから一刻も早く逃げ出さなければ。まさかここが奴の愛の巣だったなんて!
 もうただそのことだけが私の頭の中を渦巻いていた。

 今まで奴の後宮の中にいたなんて。
 もはや認めるのも苦痛なこの事実がわかってしまったからには、もう一瞬たりともいたくはなかった。

 なんと前の人生よりも、奴の妻が大増殖していた。
 なんなの、これは悪夢なの!?
 バクちゃん、お願いちゃんと仕事して!? 

「急いで書きましたもので、申し訳ありません。ですが私、今この場で後宮を辞めさせていただきます! では! 大変お世話になりましたっ!!」

 そう言ってくるりと後ろを向いて、そのまま駆け出す。
 が。

「紺、出すな」

 李夏さまのその一言で、なぜか李夏さまの妖狐が私の前にするりと回り込んで、ドアを塞ぐように壁に変化したのだった。
 妖狐の壁に激突する私。

 私を見つめる壁についた目が、ちょっとだけ申し訳なさそうにしていた。
 妖狐って、実体化もできるの!?
 ずるくない!?

 しかしそんなことをのんびり考えている暇はない。

「李夏さま……何をするんですか。もう辞表は提出しましたから。出してください」
「春麗、私はまだこれを受理するとは言っていませんよ」
「はっ!? 受理してくださいよ!」
「もちろん受理しましょう。お渡りの後でね」

 李夏さまは、いつもと変わらぬ天女の微笑みのまま言った。
 綺麗な顔で何を言ってるんだこの人。

「はい? お渡りは終わったのでは?」
「いいえ、先ほど夜のお渡りが決まりました」

 夜!? あいつの、夜!?

「へ……へえ良かったですね! じゃあ後継問題ももうすぐ解消ですね!! でも今後の李夏さまのお手伝いの仕事は誰かにお願いしてください。大丈夫、私もたいした仕事はしていませんから、誰にでも出来ますよ。私は金輪際もうこの後宮でお仕事なんてごめんです!」

 私は早口でまくし立てた。

 奴が妻を娶るのをお膳立てとか、絶対に嫌!
 死んでも嫌だ!!!

 そうなるのが嫌で後宮に逃げ込んだはずなのに……。

 私はぽろっと涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえて李夏さまを睨んだ。
 だってそうしていなけれは、涙がこぼれ落ちそうだったから。

 なのに李夏さまの表情はピクリとも変わらない。
 いや心なしか嬉しそうでもあって、私は意味もなく腹が立った。

「そうですね。後継問題の解消、ぜひ頑張ってください。皇帝陛下のお目に止まるとはさすが春麗。なんと光栄なことでしょう」

「………………はい?」

「今夜の、皇帝陛下のお渡りの相手はあなたです」

「は? そんなこといつ言ってました……?」

 言っていたら私、今頃辞表も書かずに逃げてるはずだけど?

 そんな私を見て、李夏さまが天女の微笑みのまましれっと言った。

「いちいち言う必要はないのですよ。あなたを見てから、私を呼ぶ。それで決定です。知らなかったのですか?」

 知らなかったです!!

「お断りします!!」

 あいつ!!

 後宮に目覚めたと思ったら、もう手当たり次第か?
 それとも妃嬪に手を出す前の練習か!?
 ちょっと見かけた獏をつれた珍しい女にその日のうちに手を出すとか、なんて奴なの!

「ですからあなたは断る立場にはないのですよ。宦官と女官を手配しましたから、皇帝陛下には誠心誠意お仕えしてくださいね。それがあなたの今日のお仕事です」

「嫌ああぁぁーーーー! お断りしますってばーーー!!」

 しかし暴れる私を宦官たちは軽々と抑えつけ、風呂に化粧にと引き回されたのだった……。

 後宮、なんてところなの……。
 女の権利なんて全くありゃしない。

 私は後宮に来ることを決めたかつての自分を心底呪った。
 せめて今の皇帝がどんな人なのかくらい調べてから来るべきだったのだ。

 ほんとバカだったよ私……。

 どんなに泣いても叫んでも、ここには助けてくれる人なんて一人もいないのだった。
 そして泣きながらも気づいたのは、このまま皇帝のお手つきなんてことになったら妃嬪になってしまうという未来。

 簡単に辞めて帰れなくなる上に、他の女とあいつの寵を争う何番目、いや何百番目かの妻になるということ……。

 そんなのは嫌だ! 絶対に、絶対に嫌だ!!

「バクちゃん! なんとかして! 私を助けて! 李夏さま! 李夏さま後生です私を助けて~~~!!」

 そんな風に泣き叫ぶ私に、李夏さまがいつもと変わらぬ天女の微笑みのまま言ったのは。

「何を今更。そもそも私があなたを拾ったのも、このためじゃあないですか。せいぜい寵愛してもらってください。私の献上した娘が寵妃になれば、私の地位も出世も安泰なのですから」

 そうだった! 李夏さまは、出世に全ての人生を賭けている人だった!!
 そうかこうやって上ってきたのかこの人は……!

 そしてとうとう哀れな私は、李夏さまからの捧げ物として布団でぐるぐる巻きにされたまま、皇帝陛下の寝所にぽいっと投げ込まれたのだった。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...