逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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蛙の子は立派な蛙に

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「こんな毎日愛人宅でご飯を食べるなんて、そんな男に育てた覚えはないんだけどな……」
「はあ? お前を愛人にした覚えはねえぞ」

「まあ手は出していないもんね。私の我慢できる限界を知ってて直前で止まるところがまた憎たらしいったら」
「お前怒るとしつこいからな」

 しかし毎日こんな会話ばかりでいいのか?
 と思いつつも、こうして他愛ない会話できるのがちょっと嬉しいのが我ながら情けない。

「お仕事忙しいんでしょう。昔なじみを気にかけてくれているのはもうわかったから、たまには自分の部屋で寝れば? 行き来も時間や手間がかかるから大変でしょうに」

「ああ? 独り寝なんてもう飽きた。こうしてお前と軽口たたきながら食べたり寝たりするの楽しいじゃねーか。それより王春麗、相談があるんだが」

「はい? なに改めて。なんでしょう?」
「お前の父、王嵐黎の商会の一番早い連絡手段には何を使ってる?」
「はい? まさか商売に関わる情報をそんな気軽に私から聞き出そうと?」

 ちょっと。情報は大切な秘密なのよ?
 なのにそんな簡単に聞き出せるとでも?

 いきなりビジネスの顔になる私に、こいつは全く驚く顔もせずに続けた。

「そう。裏から調べるよりもお前に直接聞いた方がいいだろうと思ってな」
「何を調べようとしているのよ。別に普通のやり方よ」
「じゃあ教えてくれ」
「なぜ?」

 連絡手段、そして伝達の経路。そういうのは商売の要なんだから迂闊にペラペラしゃべるわけないじゃないの。

 とは思ったのだけれど。
 どうやら皇宮というところは、形式に捕らわれて情報の伝達が遅いのだそうで。

「俺のところに情報が上がってくるのに時間がかかりすぎる上にその情報自体も間引かれている」

 らしい。

「で、なに、組織改革でもしようとしているの? 皇帝なら諜報機関くらい持っているでしょうが」

「持っているがそれも先代から継承したものだから。先代から仕えている古参のじじいどもが食い込んでいる可能性がある。だから自分だけの手段を持ちたいんだ。じじいどもの知らない新しい手段。だから春麗、お前の家の情報組織のすみっこでいい。俺のも乗せてくれ。もちろんタダでとは言わない」

 おや? タダでとは言わない?

「あら…………うちのお品はいろいろお高うございますが、それでもよろしいですか? 白龍さま」

 なあんだうふふ……商売の話なら別ですよ。じっくり聞こうではありませんか。なんなら徹夜でもお相手しますよ?

 私は心の中で盛大に揉み手をしながら、あっさり手のひらを返したのだった。

 その時の私はおそらく、後宮に来てから一番良い笑顔だっただろう。
 そう、私は大商人、王嵐黎の娘です。

 皇帝相手の商売なんて、なんて腕が鳴るんでしょう!
 初めて妃嬪になって良かったと思えた気さえするぞ! 
 がぜん楽しみになってきたわね……!

「お前、いきなり目が輝きだしたな……」

 ふん、どうとでもおっしゃい?
 この商機を逃す商人なんていないのよ!



「春麗~~!! パパが来たよ~~!! 会いたかった!!」

 そんな声とともにギュウギュウに抱きしめられたのは、私があの「助けて」の手紙を出してから三日後のことだった。

「父さま、早かったわね。手紙は何処で受け取ったの?」
「ん? 陽市だな。そこからなるはやで駆けてきた!」
「なるはやって……。まさか馬を潰してはいないでしょうね」
「お前の危機に馬の一頭や二頭なんて! それより後宮入りした上に昭儀なんてすごいじゃないか! さすが私の春麗だ!」
「いやそれにはちょっと訳が……」

 浮かれる父さまに、しかしどこまで話せるかというと、あまり話せるものもなく、つい言いよどんでいると。

「なんだ? 皇帝があの本の愛読者だったのか?」
「いや、それは違うけど」

 思わず真顔になった私だった。
 まさか父さまがそんな発想をするなんて思わなかったわ。
 今、あの皇帝が恋愛小説やら百合小説やら薔薇小説やらを隠れて熱心に読む姿を想像してしまったじゃないか。

「なんだ違うのか」
「父さま……ここでそんなわー残念ー皇帝の弱みを握りたかったのにー、みたいな顔はちょっと」

 そんなあからさまに「惜しい!」みたいな顔、久しぶりに見たよ……。

「さすが春麗、パパの娘。わかってしまったか」
「皇帝とそういう取引は命にかかわるからやめてね……」

 間違っても脅したり強請ったりしていい相手ではない。
 しかし父さまは全く悪びれずに言うのだった。

「春麗のためならパパは命も惜しくはないよ。ああ春容……僕がそっちに行ったらまた笑顔で迎えてくれるよね……?」

「やめて! 私をここに放置して逝かないで。大丈夫、母さまはもっとずっと後でもきっと待っているから。もはや父さまは私の命綱なんだから私を見捨てないで。優駿だっているのに」

 母さまが死んでからは、すぐ死に急ぐようになってしまった父さまを慌てて止める。まあ口だけなのはわかってはいるのだけれど。

「ああ、そうだな。で、今回はお前のためにパパは何をすればいい? 何でも調達してやるぞ!」

「いやあの……ここではあまり大きな声はちょっと……」

 妃嬪の父親だから会うことはできるけれど、見張りもやはりいるのだった。
 父さまと言えども一応男性だからね。

 だから、あの手紙を出した時とは少し変わってしまった状況もあり、私は父さまに耳打ちをした。

「本当はここから逃げようと思っていたの。だけどちょっと事情が変わってしまって。父さま、皇帝と会ってくれない?」

 するとそこはさすが大商人、王嵐黎だった。
 目をキラリと輝かせて言った。

「もちろんだよ、春麗。お前のためならパパは皇帝の全てを買い上げてもいいぞ!」

 いやそれは無理でしょう。ん?……無理かな? どうだろう。

 とりあえず、私はあの夜から少し考えが変わったのだ。
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