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皇帝の神獣1
しおりを挟む「春麗、お前春の宴で桜花と何話していたんだ?」
宴の後は表でいろいろあったらしく、久しぶりに白龍は疲れた顔でやってきてそう言った。
有能な女官である翠蘭が言うには、別に他の妃嬪のところに通っていたわけではないという。
ただ、ここで夕食をとる前に、周貴妃のところに寄ってお茶をしたのを私は知っていた。
「別に。あなたはもうすぐ飽きられるだろうから、この宴を楽しんでおきなさいって暗に言われてたのよ」
「ふうん。で、楽しめたか?」
「まさか」
そんなこと言われて楽しめるわけないでしょうが。
でもきっと、こういう場所に生きる人間はそれくらい図太くないと幸せにはなれないのかもしれないね。
「楽しめばいいのに。あいつが何を言おうとも、俺の気が変わることなんてないんだから」
「そんなのわからないじゃないの」
思わず白龍を睨んだ。
二人だけの時は、その言葉を信じてしまいそうになるけれど。
だけれどこの宮を一歩出れば、とたんに現実が突きつけられて我に返る日々。
「なんだよ、まだ俺を信じられないのか?」
「当たり前でしょう。他の女を名前呼びしたりあいつ呼ばわりするような男の言う気持ちなんて、一体どこに信じられる要素があるっていうのよ」
「ああ……俺にとっては前の人生でも今回の人生でも小さいときからずっと一緒に育ったからな、つい。ほとんど妹みたいなもんなんだよ。気を悪くしたなら悪かった」
「でも本当の妹じゃないし、奥さんじゃないか。しかも二回ともずっと一緒に育ったなら、もう私よりも長い時間を一緒に過ごしているってことじゃないの。ならもうちゃんと周貴妃と添い遂げればいいと思うの。いつまでも腐れ縁の私に構っていないでさ」
私はもう、この状況に疲れてきたのかもしれない。
だけれど白龍は、私がそう言うとイラッとした顔をするのだった。
「お前、俺の幸せをなんだと思っている。桜花がお前じゃないと悟った時の俺のショックと絶望を知った上でそれを言うのか?」
「でも現状を変えるつもりもないんでしょう? それがあなたの答えよ。あなたは周貴妃を捨てない。そして私はそれは嫌。きっと私は前に父さまが提案してくれたみたいに、父さまが連れてきた人と所帯を持っておくべきだった。きっとその人の方がまだ私を大切にしてくれたはずだから」
「え……所帯……? お前が?」
「そう。あの父さまだったら本当に完璧な夫を調達してきそうだったからあの時は慌てて断ったけれど、一度提案はされた」
「そうか。断ったか」
ちょっと、なにほっとしているのよ。
別に、あんたのために断ったわけじゃあないんですからね。
「でも今はその提案を受ければ良かったかもしれないと思ってる。私もそろそろこんな、なんちゃって寵妃なんて辞めて自分の幸せを考えないと」
「待て待て待て。お前はもう俺の嫁だろう」
「三番目のね。あ、今は二番目か。そんなの私には嫁じゃなくて愛人なのよ。私は一対一の関係がいい。だからここで生きていくことは出来ない」
「俺はずっとお前だけだって言っているだろう。あとは立場のせいで今は切れないだけだ」
「出た! 不倫男の常套句。それに白龍がここで何を言おうとも、表向きにはあなたの一番の妻は周貴妃。周りの認識はみんなそう。先代皇帝の遺言があって身分も皇女で先にあなたの妃嬪になったのも地位が上なのも全部彼女。なのに私に正妻面させようとしている? そんなのお断りだわね!」
「きゅう……」
突然、白龍から離れたところに逃げていたバクちゃんが、私の不機嫌を察したらしく不安げな声を出した。
私がバクちゃんのことを見ると、バクちゃんがとっとっと、と私のところに来て、また自分で頭を私の手に擦り付けて甘えてくる。
「ごめんね、バクちゃん。怖かったね」
私はそう言って、もうほとんど実体化して見えるバクちゃんを思いっきり撫でてやった。
「きゅっ」
するとバクちゃんは、嬉しそうに大人しく目を細めて撫でられるのだった。
「……その神獣、お前にすっかり懐いたな」
白龍はなんだか難しい顔をしていたけれど、ふと感心したように言った。
「最近はもうほとんど実体化して感じられるのよね。李夏さまの妖狐がやったみたいに、そのうち誰かを跳ね飛ばせるかも」
そう言って私は白龍をちらりと見た。
なんならそのうち私の獏が、あなたをここからたたき出すかもしれないわよ。そんな目で。
すると、白龍は。
「なんだと? 夏南の紺がお前を跳ね飛ばした? 許せんな。あいつを即座に降格させよう」
「やめて! そんなことしたら、あの李夏さまに呪い殺される! あの人出世と地位と権力だけが生きがいなのに!」
私は震え上がって止めた。
絶対ダメ。あの人の権力への情熱に水をさしたら確実に恨まれる。何されるか考えるだけでも怖い。あんな綺麗な顔の、鬼の形相なんて絶対に見たくない。怖すぎる。
「は? なんであいつの裏の顔を知ってんだ。あいつ外面は完璧なのに。まさかあいつの事が好きなのか!?」
「はああ!? なんでそんな話になるのよ! 李夏さまは一時期私の上司だったじゃない。だから知っているの! あの人、自分の保身と出世のために泣いて嫌がる私を嬉々としてあんたに献上したじゃないの。覚えているでしょう?」
私を跳ね飛ばした時の、あの妖狐の申し訳なさそうな目を思い出す。
あの子、元気かしら。また李夏さまの執務室で扉にされてないかしら。
そろそろ私を献上したご褒美に皇帝から賜った新しくて広いお部屋の寝室からも、李夏さまの秘密の本たちがあふれている頃ではないかと私は心配しているのだ。
「なんだなるほどな。そして夏南の紺も知っていたとはな。そしてその獏の懐き具合……。じゃあそろそろ俺の白に紹介してもいいかもしれないな」
「は? 白? 白龍の白? ってことは、え? 神獣!?」
「そう」
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