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父さま漂白される
しおりを挟む「春容……?」
楊太師が、意外にも母さまの名前を呟いたのだった。
「楊太師、春容とは?」
白龍がすかさず問う。
しかし楊太師という人は、思いっきり失敗したというような顔をして言ったのだった。
「……は、主上、申し訳ありません。ちょっと昔の人間を思い出しただけでございます。他意はございません。王嵐黎どの、お噂はかねがね。素晴らしいご活躍のようですな」
楊太師は動揺を隠すように父さまに言った。
しかし。
「楊太師、朕は今そなたが言った春容が誰かと聞いているのだ。答えよ」
白龍が皇帝然として命令するところを初めて見た気がする。
この人、こんなに威圧感を出せる人だったの……?
そして楊太師という人は、さすがにこうもはっきりと問われたら答えるしかないようだった。
とても答えたくなさそうだったけれど。
「……御意。春容というのは、今は亡き私の娘でございます。先代皇帝の妃嬪でありましたが素行が悪く、先代のご不興を買い処刑されました」
「その娘をなぜ今思い出した」
「そちらの……王淑妃さまの弟君が昔の娘ととてもよく似ているように感じまして、つい」
「優駿と……?」
私は、なんだか嫌な予感がした。
いや、嫌ではないか。不穏というか、不吉というか……。
「そなた、たしか皇族であったな。妻もか」
「はい。妻も皇族の出でございます」
「たしか周貴妃の母、周皇太后は姪ではなかったか」
「そうでございます。そのご縁で周皇太后さまには、今でも亡き娘の代わりによくしていただいております」
「ふん、娘の大事な後ろ盾だからな。で、その姪の周皇太后は皇族の生まれだったか?」
「は……? 妹自身は私と同じ皇族でございましたが婚家の周家は皇族ではありませんので、正式には皇族ではありません。それは主上もご存じのはず」
楊太師が白龍の意図をくみ取れずに戸惑っていた。
「しかしお前の娘は皇族だったのだな?」
「はい。ですがもう亡くなりました」
「いつ死んだ?」
「娘が二十一の年に、先代皇帝から毒を賜りました」
「……ということになっているが、本当はお前が逃がしたんだよな?」
「……!!」
とたんに楊太師の顔色が真っ青になった。
「別に今それを咎める気はない。だが聞きたい。その後娘はどうなった」
「…………しばらくは私が所有する空き家がございましたので、そこで暮らしておりました。しかし数年して行方不明になりまして……おそらくはもう……」
楊太師がうなだれながら言う。
たしかにこの国で突然若い女性が行方不明になってしまったら、無事でいるとは普通なら思えないだろう。
でも。
私は、白龍が何を言おうとしているのかがわかった気がした。
なんということだ。
「娘が住んでいた場所は」
おそらく白龍はわかっていて、あえて聞いている。
楊太師もそう感じたのだろう。諦めたように素直に答えたのだった。
「陽洛市でございます。庶民が住むような小さな家でしたが最低限のものは揃っていたはずです。生活費もある程度は送っておりました。なにしろ生活力のない娘でしたから」
「ではそこで娘と二人で暮らしていたのだな?」
「は? 娘、でございますか?」
「陽洛市に移り住んでからしばらくして、楊春容は娘を産んでいる。時期的に見て先代皇帝の皇女で間違いない。先代から毒を申しつけられたとき、ちょうど妊娠していたということだ」
「まさか! そんな!」
楊太師がさらに真っ青になって叫んだ。
きっと娘の妊娠を知らなかったのだろう。
「知らなかったか」
「全く。娘は何も言いませんでしたから。では私は娘と一緒に、孫も失ったのですか……?」
楊太師がショックのあまり泣きそうになっているように見えた。
よほど衝撃だったのだろう。わなわなと震えて、いまにも床に崩れ落ちてしまいそうだ。
その時、白龍は視線を私に向けて言った。
「春麗、お前が住んでいたのは陽洛市で間違いないな? 母の名は」
「はい陽洛です。そして私の母の旧名は、楊春容です」
「!!!!!」
楊太師が私を見て、声にならない叫びをあげた。
私は白龍が私の素性を調べていたのだと悟った。
楊という名字なんてこの国にはごろごろしているから、私は全く気にしたこともなかった。
春容という名前だってそれほど珍しいものではない。本当に、どこにもそんな特殊な身元を匂わせるものはなかったのだ。
でも、私に獏という神獣が懐いてしまった。
だから白龍は、私が皇族である可能性を調べたのだろう。
その結果、母さまに行き着いたと。
執念……?
まさか過去に死罪になった人まで調べたとは。
その後楊太師が話してくれたことには、楊春容という人は子供の頃から綺麗な容姿で、皇帝ともほどよく血縁の遠い皇族だったために妃になることを期待されて育ったそうだ。
なにしろこの国の皇族は、その血が濃いほど神獣が憑きやすい。
だから皇帝は、より神獣、特に白虎が憑く跡継ぎを作るために皇族同士で婚姻を重ねようとするのだということを私は李夏さまの皇后教育で聞いていた。
その結果、母はその美貌と楊家という皇族傍流の血筋を後ろ盾に後宮入りし、最後は賢妃まで上ったという。
なんと四夫人である。
それを聞いた父さまが驚きとショックで真っ白になっていた。
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