逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

文字の大きさ
51 / 73

父さま漂白される

しおりを挟む

「春容……?」

 楊太師が、意外にも母さまの名前を呟いたのだった。

「楊太師、春容とは?」

 白龍がすかさず問う。
 しかし楊太師という人は、思いっきり失敗したというような顔をして言ったのだった。

「……は、主上、申し訳ありません。ちょっと昔の人間を思い出しただけでございます。他意はございません。王嵐黎どの、お噂はかねがね。素晴らしいご活躍のようですな」

 楊太師は動揺を隠すように父さまに言った。
 しかし。

「楊太師、朕は今そなたが言った春容が誰かと聞いているのだ。答えよ」

 白龍が皇帝然として命令するところを初めて見た気がする。
 この人、こんなに威圧感を出せる人だったの……?

 そして楊太師という人は、さすがにこうもはっきりと問われたら答えるしかないようだった。
 とても答えたくなさそうだったけれど。

「……御意。春容というのは、今は亡き私の娘でございます。先代皇帝の妃嬪でありましたが素行が悪く、先代のご不興を買い処刑されました」

「その娘をなぜ今思い出した」

「そちらの……王淑妃さまの弟君が昔の娘ととてもよく似ているように感じまして、つい」

「優駿と……?」

 私は、なんだか嫌な予感がした。
 いや、嫌ではないか。不穏というか、不吉というか……。

「そなた、たしか皇族であったな。妻もか」
「はい。妻も皇族の出でございます」
 
「たしか周貴妃の母、周皇太后は姪ではなかったか」
「そうでございます。そのご縁で周皇太后さまには、今でも亡き娘の代わりによくしていただいております」
 
「ふん、娘の大事な後ろ盾だからな。で、その姪の周皇太后は皇族の生まれだったか?」

「は……? 妹自身は私と同じ皇族でございましたが婚家の周家は皇族ではありませんので、正式には皇族ではありません。それは主上もご存じのはず」

 楊太師が白龍の意図をくみ取れずに戸惑っていた。

「しかしお前の娘は皇族だったのだな?」
「はい。ですがもう亡くなりました」
「いつ死んだ?」
「娘が二十一の年に、先代皇帝から毒を賜りました」
「……ということになっているが、本当はお前が逃がしたんだよな?」
「……!!」

 とたんに楊太師の顔色が真っ青になった。

「別に今それを咎める気はない。だが聞きたい。その後娘はどうなった」

「…………しばらくは私が所有する空き家がございましたので、そこで暮らしておりました。しかし数年して行方不明になりまして……おそらくはもう……」

 楊太師がうなだれながら言う。
 たしかにこの国で突然若い女性が行方不明になってしまったら、無事でいるとは普通なら思えないだろう。

 でも。
 
 私は、白龍が何を言おうとしているのかがわかった気がした。
 なんということだ。

「娘が住んでいた場所は」

 おそらく白龍はわかっていて、あえて聞いている。
 楊太師もそう感じたのだろう。諦めたように素直に答えたのだった。

「陽洛市でございます。庶民が住むような小さな家でしたが最低限のものは揃っていたはずです。生活費もある程度は送っておりました。なにしろ生活力のない娘でしたから」

「ではそこで娘と二人で暮らしていたのだな?」
「は? 娘、でございますか?」
 
「陽洛市に移り住んでからしばらくして、楊春容は娘を産んでいる。時期的に見て先代皇帝の皇女で間違いない。先代から毒を申しつけられたとき、ちょうど妊娠していたということだ」
 
「まさか! そんな!」

 楊太師がさらに真っ青になって叫んだ。
 きっと娘の妊娠を知らなかったのだろう。

「知らなかったか」
「全く。娘は何も言いませんでしたから。では私は娘と一緒に、孫も失ったのですか……?」

 楊太師がショックのあまり泣きそうになっているように見えた。
 よほど衝撃だったのだろう。わなわなと震えて、いまにも床に崩れ落ちてしまいそうだ。

 その時、白龍は視線を私に向けて言った。

「春麗、お前が住んでいたのは陽洛市で間違いないな? 母の名は」
「はい陽洛です。そして私の母の旧名は、楊春容です」
「!!!!!」

 楊太師が私を見て、声にならない叫びをあげた。



 私は白龍が私の素性を調べていたのだと悟った。
 
 楊という名字なんてこの国にはごろごろしているから、私は全く気にしたこともなかった。
 春容という名前だってそれほど珍しいものではない。本当に、どこにもそんな特殊な身元を匂わせるものはなかったのだ。

 でも、私に獏という神獣が懐いてしまった。
 だから白龍は、私が皇族である可能性を調べたのだろう。

 その結果、母さまに行き着いたと。
 執念……?

 まさか過去に死罪になった人まで調べたとは。


 その後楊太師が話してくれたことには、楊春容という人は子供の頃から綺麗な容姿で、皇帝ともほどよく血縁の遠い皇族だったために妃になることを期待されて育ったそうだ。

 なにしろこの国の皇族は、その血が濃いほど神獣が憑きやすい。
 だから皇帝は、より神獣、特に白虎が憑く跡継ぎを作るために皇族同士で婚姻を重ねようとするのだということを私は李夏さまの皇后教育で聞いていた。
  
 その結果、母はその美貌と楊家という皇族傍流の血筋を後ろ盾に後宮入りし、最後は賢妃まで上ったという。
 
 なんと四夫人である。

 それを聞いた父さまが驚きとショックで真っ白になっていた。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...