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11月
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「あなたたち、ここで何してるの」
振り返ると、髪の毛の下半分を金髪に染め上げた、厚化粧のおばさんが、ジャージ姿のわたしたちを不審そうな目で見つめていた。顔つきがロックグループ「キッス」のボーカリストに似ている。キッスはキティちゃんとコラボしたことでも有名だが、彼女の顔はコラボをしていないバージョンだ。
「あっ、中学校の職場体験で、ここでお手伝いさせてもらっています」と、笑顔で答えると、
「あーあ、そういうこと」と、頷きながら去って行った。
ここは駅の近くにあるフィットネスクラブ。
マッチョなお兄さんが、バーベルをしならせながら、筋トレに励んでいるのかと思いきや、平日の午前中と言うこともあり、老人が多い。ヨボヨボのお爺ちゃんもいるが、フィットネスクラブに通っているだけあって、みんな無駄に元気だ。
六十は過ぎているだろうと思われるおばさんたちが、レオタード姿でバレエを踊っている。頭の禿げたおじさんが、レッスンバーに片手を置いて、ひとりグランプリエの練習に励んでいる。
なかなかにエキゾチックな空間である。普通にランニングマシーンで走ったり、自転車を漕いだりしている人を見ると、少しほっとする。
まあ、いずれ我が身にも訪れることなのだろうが、そんな遠い将来のことなどアウトオブ眼中だ。高校進学どころか、明日提出しなければならないレポートの方が気がかりだ。
わたしは頭の中で職場体験のレポートを組み立て始める。
職場体験を通じて気づいたこと
二年三組 小森 麗
今回フィットネスクラブで働いてみて、元気なお年寄りが多いことに驚かされました。しかしこれだけ元気なお年寄りが多いと言うことは、わたしたちが将来負担する年金支出も多いと言うことです。
わたしはふと公園に置かれている「園内禁煙(電子タバコも含む)」という立札を思い出しました。
ここはひとつ、六十五歳以上のお年寄りに関しては、喫煙自由としてはどうでしょうか。いや、タバコだけではなく、フェンタニルなど致死性の高い薬物も無料化してはどうでしょうか。腰が痛い、膝が曲がらないと嘆いているお年寄りに朗報ですし、年金支出の削減にもつながり、一石二鳥です。
「あっ、またお年寄りが倒れてる」
「この時期って、そこら中にお年寄りの死体が散らばってるよね」
「もう、季節の風物詩だね」
となったら、しめたものです。
まあ、こんな濃い目のブラックジョークを先生たちが笑って見逃してくれるわけもないか。それにしてもなんでわたしはこうした馬鹿げた妄想をすることには、人一倍秀でて(?)いるのだろう。
そんなことを考えていると、
「ねえ、ねえ、あの人、プロレスラーの大谷なんとかだよ」と、手に持ったノートで口元を隠しながら、同じクラスの梨花が話しかけて来た。
「えっ、どこ、どこ。どの人」
梨花が目だけを動かして、指し示す方向を見てみると、背が高くて筋肉隆々の好青年、ではなく、腹の出た、どう見てもそこらのオッサン? と言った風貌の男がトレーニングベンチに腰かけているのが見えた。男はいっちょ前に、パワーグリップを手首に巻き付けている最中で、これから筋トレでも始める気なのだろう。
「えっ、ほんと? お相撲さんじゃないの」
「違うよ。それに声が大きいよ」
わたしたちが遠くから、ちらちら男を見やりながら、ひそひそ声で話しているのに気づいたのか、その大谷なんとかは、不意にわたしたちを振り向くと、
「なに、サイン?」と、大声で話しかけてきた。
「いえ、なんでもないです」と答えたが、
「いいよ、遠慮しなくても。そのノートにサインしてあげるよ。持ってきな」と、やけに上機嫌に言ってくる。
まあ、有名人そうだし、話のネタとしても、またレポートのオカズとしても使えそうなので、
「ありがとうございます」と言いながら、ノートとボールペンを差し出し、
「プロレスはあんまり見ないんですけど、大谷さんのファンです」などと見え透いた嘘をつく。
「プロレスはあんまり放映しなくなったしな。最近はバラエティの仕事の方が増えちゃって」と独り言のように言いながら、ノートの裏表紙の白い方にサインをし終えると、
「まあ、俺の名前は、大谷じゃないけどな」と言って、笑顔でノートを返してくれた。
ふむー。こなれている。バラエティ番組に出ているだけのことはある。
その日わたしは、ほんの少しだけ、そのオッサンのファンになった。
振り返ると、髪の毛の下半分を金髪に染め上げた、厚化粧のおばさんが、ジャージ姿のわたしたちを不審そうな目で見つめていた。顔つきがロックグループ「キッス」のボーカリストに似ている。キッスはキティちゃんとコラボしたことでも有名だが、彼女の顔はコラボをしていないバージョンだ。
「あっ、中学校の職場体験で、ここでお手伝いさせてもらっています」と、笑顔で答えると、
「あーあ、そういうこと」と、頷きながら去って行った。
ここは駅の近くにあるフィットネスクラブ。
マッチョなお兄さんが、バーベルをしならせながら、筋トレに励んでいるのかと思いきや、平日の午前中と言うこともあり、老人が多い。ヨボヨボのお爺ちゃんもいるが、フィットネスクラブに通っているだけあって、みんな無駄に元気だ。
六十は過ぎているだろうと思われるおばさんたちが、レオタード姿でバレエを踊っている。頭の禿げたおじさんが、レッスンバーに片手を置いて、ひとりグランプリエの練習に励んでいる。
なかなかにエキゾチックな空間である。普通にランニングマシーンで走ったり、自転車を漕いだりしている人を見ると、少しほっとする。
まあ、いずれ我が身にも訪れることなのだろうが、そんな遠い将来のことなどアウトオブ眼中だ。高校進学どころか、明日提出しなければならないレポートの方が気がかりだ。
わたしは頭の中で職場体験のレポートを組み立て始める。
職場体験を通じて気づいたこと
二年三組 小森 麗
今回フィットネスクラブで働いてみて、元気なお年寄りが多いことに驚かされました。しかしこれだけ元気なお年寄りが多いと言うことは、わたしたちが将来負担する年金支出も多いと言うことです。
わたしはふと公園に置かれている「園内禁煙(電子タバコも含む)」という立札を思い出しました。
ここはひとつ、六十五歳以上のお年寄りに関しては、喫煙自由としてはどうでしょうか。いや、タバコだけではなく、フェンタニルなど致死性の高い薬物も無料化してはどうでしょうか。腰が痛い、膝が曲がらないと嘆いているお年寄りに朗報ですし、年金支出の削減にもつながり、一石二鳥です。
「あっ、またお年寄りが倒れてる」
「この時期って、そこら中にお年寄りの死体が散らばってるよね」
「もう、季節の風物詩だね」
となったら、しめたものです。
まあ、こんな濃い目のブラックジョークを先生たちが笑って見逃してくれるわけもないか。それにしてもなんでわたしはこうした馬鹿げた妄想をすることには、人一倍秀でて(?)いるのだろう。
そんなことを考えていると、
「ねえ、ねえ、あの人、プロレスラーの大谷なんとかだよ」と、手に持ったノートで口元を隠しながら、同じクラスの梨花が話しかけて来た。
「えっ、どこ、どこ。どの人」
梨花が目だけを動かして、指し示す方向を見てみると、背が高くて筋肉隆々の好青年、ではなく、腹の出た、どう見てもそこらのオッサン? と言った風貌の男がトレーニングベンチに腰かけているのが見えた。男はいっちょ前に、パワーグリップを手首に巻き付けている最中で、これから筋トレでも始める気なのだろう。
「えっ、ほんと? お相撲さんじゃないの」
「違うよ。それに声が大きいよ」
わたしたちが遠くから、ちらちら男を見やりながら、ひそひそ声で話しているのに気づいたのか、その大谷なんとかは、不意にわたしたちを振り向くと、
「なに、サイン?」と、大声で話しかけてきた。
「いえ、なんでもないです」と答えたが、
「いいよ、遠慮しなくても。そのノートにサインしてあげるよ。持ってきな」と、やけに上機嫌に言ってくる。
まあ、有名人そうだし、話のネタとしても、またレポートのオカズとしても使えそうなので、
「ありがとうございます」と言いながら、ノートとボールペンを差し出し、
「プロレスはあんまり見ないんですけど、大谷さんのファンです」などと見え透いた嘘をつく。
「プロレスはあんまり放映しなくなったしな。最近はバラエティの仕事の方が増えちゃって」と独り言のように言いながら、ノートの裏表紙の白い方にサインをし終えると、
「まあ、俺の名前は、大谷じゃないけどな」と言って、笑顔でノートを返してくれた。
ふむー。こなれている。バラエティ番組に出ているだけのことはある。
その日わたしは、ほんの少しだけ、そのオッサンのファンになった。
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