濡れちゃいそうだよ

kjji

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1月

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 お正月の三が日になると、羽織袴を着た男の人や和服に身に包んだ女の人が街なかを闊歩し、神社の境内には、甘酒やみたらし団子が並んだりして、まるで江戸時代か明治時代にでもタイムスリップしたような錯覚に襲われる。
 我らが潮吹学園でも、一月に入るとすぐ、百人一首大会が催される。しかしそれまでにひとり一首、どれかの和歌を暗唱できるようにしておかなければならない。どの歌でもいいと言うわけではなく、クジ引きで暗唱する歌が決められる。
 今年わたしが引き当てた歌は、これ。(This is it.)

 忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな

【忘れ去られる私の身は何とも思いません。けれど、いつまでも愛すると神に誓ったあの人に神罰が下って、命を落とすことになるのが惜しまれてならないのです。】

 これって、脅迫?
 気になったんでネットで調べてみたら、送った相手からの「返しは、え聞かず」と書かれていた。そりゃそうだわな。「裏切ったあんたが死ぬのは残念だ」なんて言われたら、恐ろしくて返事できないよね。マフィア映画で、裏切り者に銃口を向けて、低い声で呟くセリフじゃん。やっぱ嫉妬に狂った女の恨みって、恐ろしい。
 まあ、こう言う女に誓っちゃった男も男だけどね。体が目的だったのかな。その点わたしは安心だ。そういう魅力まったくないから。おとうさん、おかあさん、ありがとう。
 などと能天気なことを考えていると、
 バタン!
 杏が部屋に入ってきた。
「おい、ノックをしろ、ノックを。何度言っても覚えない奴だな」
「わざとだよ」
 こいつ、どこまでも癪に障る。
「そんなことより、お姉ちゃん、何やってるの」
「何って、百人一首の暗唱しないといけないから、覚えてるの」
「ああ、百人一首か。わたしもう五十首くらい覚えちゃった」
 こんな意味の分からない文字が、よくそんなにスラスラと入っていくものだ。
「お前の頭は壊れた掃除機か」
「なに意味分からないこと言ってるんだよ。それより、お姉ちゃん、早く続き書いて。わたし、待ってるんだから」
 そう言えば、正月気分にかまけて、ここ一週間ばかり、妄想ノートに手をつけていなかった。
 杏が出て行くと、わたしは久しぶりに妄想ノートを開いて、最後のページを読んでみた。まあ、今回はお正月特別版と言うことで、繋がりも人称も無視して書いてみよう。
【わたしは麗。今日は一ノ瀬君と近くの神社に、初詣に来ている。
 それにしてもすごい人出だ。ここは都内でも人気の初詣スポットだから、テレビ局の中継の人たちも何組か撮影に来ている。
 わたしたちのところにインタビューしに来ないかな。
「恋人同士ですか」なんて聞かれたら、どうしよう。
 でももちろんそんなことは起らない。わたしたちは人ごみに流されるように参道を歩き、神社の階段を登って、お賽銭箱の前まで行くと、急かされるように五円玉を投げ入れて、手を合わせる。
 祈ったのは家族の健康と、ふたりの幸せ。
 参拝を済ませると、やっと人の流れも一段落する。参道の裏道に並んだ屋台に行く前に、まずは恒例のおみくじ大会でしょう。
「おっ、大吉だ!」と、一ノ瀬君は引いたおみくじを開いて、嬉しそうに言う。
「麗のは?」
 わたしは、・・・えっ、凶!
「待ち人来たらず、だって」
 わたしが少ししょんぼりしていると、
「大丈夫。ちょっと待ってて」と言って、一ノ瀬君は社務所に入って行き、梯子を持って戻ってきた。
「麗。そのおみくじを貸してごらん」と言って、凶のおみくじを手にする。
「ほら、この木の枝に一杯おみくじが結び付けてあるだろ。凶のおみくじはこうすることで、運気が上昇する『凶返し』ができるんだ。麗の運気がすごく上昇するように、この木の一番高いところにこのおみくじを結んであげるよ」
 まあ、こんな高い木の上に。
「一ノ瀬君、気を付けて。あんまり高いところまで行かなくても大丈夫だよ」とわたしは言ったが、一ノ瀬君は梯子を伸ばして、木の天辺に掛け、スルスルと登っていく。
「何してるの、あの人?」
「警察呼んだ方がいいんじゃない?」
「お正月になると、こういう人が出てくるんだよね」
 などと、周りに野次馬が集まってくる中、一ノ瀬君は天辺まで登りきると、
「ほら、麗。ここに結ぶよ」
 その声が届くか届かないかのうちに、警察官がやって来て、拡声器を口に当てて言う。
「はい、そこの木に登ってる人。危ないからすぐに降りてきなさい」
 しかしそんなことで一ノ瀬君はひるまない。
「麗。これで運気上昇間違いなしだ」と言って、木の天辺で手を振りながら笑って見せる。
「あの人、勝手に社務所から梯子を持っていったようなんですよ」と、神社の宮司と思われる人が、警察官に説明している声が聞こえる。境内の様子を中継していたテレビ局のカメラマンがその様子を写しはじめる。
「どうやら、不審者が木に登っているようです」と言うアナウンサーの声。「警察が降りるように説得していますが、いまだに降りてきません。あっ、いま梯子を降り始めました。刃物などは持っていない様子です」
 一ノ瀬君、わたしのためにこんなことまでしてくれるんだね。
 ほんとうに一ノ瀬君って優しいんだね。
 わたしは警察官に囲まれて、パトカーに乗せられる一ノ瀬君の後ろ姿を見詰めながら、涙が止まらなかった。】
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