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第十話
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勇者は驚きの声を漏らした。この場にいるはずのない人間がいる。
状況を頭の中で理解しようとしたがやはり無理だった。
思考が止まった彼の視線の先には美しく凛々しい顔立ちの女性が煌びやかな鎧姿で竜王と対峙したのである。
周りの随伴兵が彼女の後方に控える。邪魔しないように一定の距離を取っていた。
一切の汚れを許さない純白の鎧、その鎧に負けないほどの白い肌を持つ彼女こそ、ムスタシア帝国の現皇帝二ブラスだった。
二ブラスは今では恐れられる存在ではあるが自分の名を轟かせたのはたった数年前のことだ。
それまであまり表に出ることもなく、虫も殺せないほどの優しい性格の持ち主だったという。
だが、父から正当に皇位継承を受けた時、彼女の性格は一変した。
新たな皇帝として即位した彼女は民の前でこう宣言したのだ。
弱き者は滅び、強き者だけが生き残る。だから私は弱き者には力で制し、強き者は打倒すだけの強さを求める。この世界で生き残る為には強くなければならない。誰よりも強く、誰よりも先に進むことができる者だけが真の平和を勝ち取ることができる。帝国をもっと強く。もっと広く!! 帝国を繫栄させてみせよう!―――――と。大衆の前で力強く話すその雄弁さには誰もが陶酔し、洗脳されていった。
彼女の言葉通り、数年で帝国は大陸一の国となり、彼女に歯向かう者はすべて排除された。
帝国を導いたのは二ブラスだ。
彼女が竜王の目の前に現れることなど、誰が想像しただろうか。
彼女がもしここで死ねば、帝国は終わる。ここまで導いた彼女の代わりは誰にも務まらないだろう。
帝国は滅亡する。
だから安易に敵の前に出てくるべきではないのだ。
だが、彼女はそんなことはお構いなしだった。
むしろ好戦的で、自ら先陣に出るといった勇猛さを持っている。
意識が朦朧とする勇者に二ブラスは氷のように冷めたい視線を向けた。
「……惨めだな。勇者よ。にしても竜王に傷一つ付けられなかったとは……。期待外れだ」
力不足を責める容赦のない言葉が勇者の心を突き刺す。
「つぅ……」
二ブラスが両肩を上げ、手の平を広げた。
「まぁ。仕方がない。貴様のような素人相手では竜王に勝てるわけがない」
と決めつけられた。
可能性すら否定された気分になる。だが、二ブラスは事実を述べている。
「うむ、勇者というには強引だったようだな」
「それは……どういうことですか……?」
「―――――どうもこうもない、貴様は勇者などではない。ただの村人だよ」
「え?」
勇者の目が泳いだ。
「そんな……僕は……確かに……」
「確かになんだ? 神の声でも聞いたのか? それとも勇者の証でも誰かに渡されたか? 身体のどこかに不思議な傷や痣とかそれらの類はお前にあったのか?」
勇者はそれら全てに当てはまる物を持っていなかった。痣なんてないし、神の声も聞いてない。
でも彼は自分が勇者ではないと薄々気かついてはいた。
しかし、今更自分が勇者じゃないのでは? なんて言い出せずにいた。
だから、その言葉を奥にしまい、ずっと黙っていた。それが最善だと思ったから。
よくよく考えると自分の存在が勇者であると言って、背中を押したのは二ブラス本人だった。
本人にお前話は勇者ではない否定されてしまったのなら、自分が勇者として、証明することができない。
「お前は利用されたんだよ。この私にな」
「僕を……? 利用した?」
「そうだ。悔しいが私も認めるほどに貴様は人心掌握に優れていた。だから私は貴様を利用することにしたのだ。勇者に仕立て上げ、非協力的だった帝国民を戦いに駆り立たせる役にな。大いに役になった。感謝するぞ」
「じゃあ、僕に近づいたのは最初から僕を利用する為に……?」
「自分が本当に選ばれた勇者とでも思ったのか?」
下衆を見るような目で、皇帝は冷笑いを向ける。
明かされる真実はこうだ。
勇者と呼ばれたその村の少年はたまたま顔立ちが良く、話をするのが上手かった。
酒場では自分が作った詩を歌ったり、語り手として本を読み聞かせしたりと、巷では有名だった。
二ブラスが求めていた条件に彼が満たしていたのである。
ただそれだけで、顔が良くて、話し上手だったら、正直誰でもよかった。
勇者であるとしたのもその方が、帝国の民が信じやすいと思ったからであって、本当に勇者だとは思っていなかった。
利用された、と知った勇者は膝から崩れ落ち、うな垂れる。今まで信じてきたことが全て壊されたような気がした。
「あんまりだ……いままでずっと僕を騙していたなんて……」
「今更か? 気が付くのが遅すぎる。むしろありがたく思ってほしいものだな。ただの平民ごときが勇者の恩恵を噛み締め、有名人になれたのだからな。あの生活はよかっただろ?」
「そ、それは……」
勇者は視線を落とし、沈黙する。
竜王を倒すことができる選ばれし者。世界を救う者だと帝国は彼を祭り上げ、彼は小さな村の人間から一躍、世界を救う英雄となった。
村や街を訪れるだけで、握手を求められ、贈り物をたくさんもらい、宿を無料で提供されたりと自分が大様になったような気分になっていた。
勇者だ、と選ばれて、戸惑いや不安があったが、すぐにまんざらでもない気分になっていた自分がいた。
だから彼女の言葉を否定すること出来ず、勇者は手を拳にして震わせるだけしかできなかった。
少し沈黙した勇者は視線を落としたまま声を発する。
「……皇帝陛下……僕が勇者だろうが、だだの村人だろうが、もうどうでもいいです。でも一つだけお願いがあります……」
「ん? なんだ?」
「もうこのバカげた戦争をやめませんか?」
二ブラスは眉を寄せ、険しい顔をした。
「さっき、僕は竜王と話をしました。世界の平和についてです。この戦争はもう終わらせるべきです」
二ブラスからしたら自ら戦いを挑んだ側であって、勝利だけを考えてきた。
和平交渉という言葉など考えてもなかったのだ。
そもそも勝てる戦争をわざわざ手を引く必要がどこにあるのか。
二ブラスの答えは無言の拒否である。
だが、勇者は二ブラスを説得をやめなかった。
「……もういいじゃないですか……手を引くべきです。それに竜王が人と共存の世界を――――」
「黙れ!」
勇者が魔物とも共存共栄の世界も可能だと口にしようとした瞬間、ニブラスが叫び、右手を横に振った。
それと同時に突然の冷気に襲われる。
凍てつく氷が床を張り巡らし、勇者の足元まで走ると一瞬にして、彼を氷の中に閉じ込めてしまう。
竜王も危うく勇者と同じようになりそうだったが、咄嗟に後ろに飛んだことでなんとか避けることができた。
勇者の方へ視線を向けると、氷の塊となった彼の姿が見えた。
完全に凍ってしまった勇者に驚きの目を向け、次に二ブラスに声を荒げた。
「なんてことをッ!! 自分が何をしたのかわかっているのかッ!???」
状況を頭の中で理解しようとしたがやはり無理だった。
思考が止まった彼の視線の先には美しく凛々しい顔立ちの女性が煌びやかな鎧姿で竜王と対峙したのである。
周りの随伴兵が彼女の後方に控える。邪魔しないように一定の距離を取っていた。
一切の汚れを許さない純白の鎧、その鎧に負けないほどの白い肌を持つ彼女こそ、ムスタシア帝国の現皇帝二ブラスだった。
二ブラスは今では恐れられる存在ではあるが自分の名を轟かせたのはたった数年前のことだ。
それまであまり表に出ることもなく、虫も殺せないほどの優しい性格の持ち主だったという。
だが、父から正当に皇位継承を受けた時、彼女の性格は一変した。
新たな皇帝として即位した彼女は民の前でこう宣言したのだ。
弱き者は滅び、強き者だけが生き残る。だから私は弱き者には力で制し、強き者は打倒すだけの強さを求める。この世界で生き残る為には強くなければならない。誰よりも強く、誰よりも先に進むことができる者だけが真の平和を勝ち取ることができる。帝国をもっと強く。もっと広く!! 帝国を繫栄させてみせよう!―――――と。大衆の前で力強く話すその雄弁さには誰もが陶酔し、洗脳されていった。
彼女の言葉通り、数年で帝国は大陸一の国となり、彼女に歯向かう者はすべて排除された。
帝国を導いたのは二ブラスだ。
彼女が竜王の目の前に現れることなど、誰が想像しただろうか。
彼女がもしここで死ねば、帝国は終わる。ここまで導いた彼女の代わりは誰にも務まらないだろう。
帝国は滅亡する。
だから安易に敵の前に出てくるべきではないのだ。
だが、彼女はそんなことはお構いなしだった。
むしろ好戦的で、自ら先陣に出るといった勇猛さを持っている。
意識が朦朧とする勇者に二ブラスは氷のように冷めたい視線を向けた。
「……惨めだな。勇者よ。にしても竜王に傷一つ付けられなかったとは……。期待外れだ」
力不足を責める容赦のない言葉が勇者の心を突き刺す。
「つぅ……」
二ブラスが両肩を上げ、手の平を広げた。
「まぁ。仕方がない。貴様のような素人相手では竜王に勝てるわけがない」
と決めつけられた。
可能性すら否定された気分になる。だが、二ブラスは事実を述べている。
「うむ、勇者というには強引だったようだな」
「それは……どういうことですか……?」
「―――――どうもこうもない、貴様は勇者などではない。ただの村人だよ」
「え?」
勇者の目が泳いだ。
「そんな……僕は……確かに……」
「確かになんだ? 神の声でも聞いたのか? それとも勇者の証でも誰かに渡されたか? 身体のどこかに不思議な傷や痣とかそれらの類はお前にあったのか?」
勇者はそれら全てに当てはまる物を持っていなかった。痣なんてないし、神の声も聞いてない。
でも彼は自分が勇者ではないと薄々気かついてはいた。
しかし、今更自分が勇者じゃないのでは? なんて言い出せずにいた。
だから、その言葉を奥にしまい、ずっと黙っていた。それが最善だと思ったから。
よくよく考えると自分の存在が勇者であると言って、背中を押したのは二ブラス本人だった。
本人にお前話は勇者ではない否定されてしまったのなら、自分が勇者として、証明することができない。
「お前は利用されたんだよ。この私にな」
「僕を……? 利用した?」
「そうだ。悔しいが私も認めるほどに貴様は人心掌握に優れていた。だから私は貴様を利用することにしたのだ。勇者に仕立て上げ、非協力的だった帝国民を戦いに駆り立たせる役にな。大いに役になった。感謝するぞ」
「じゃあ、僕に近づいたのは最初から僕を利用する為に……?」
「自分が本当に選ばれた勇者とでも思ったのか?」
下衆を見るような目で、皇帝は冷笑いを向ける。
明かされる真実はこうだ。
勇者と呼ばれたその村の少年はたまたま顔立ちが良く、話をするのが上手かった。
酒場では自分が作った詩を歌ったり、語り手として本を読み聞かせしたりと、巷では有名だった。
二ブラスが求めていた条件に彼が満たしていたのである。
ただそれだけで、顔が良くて、話し上手だったら、正直誰でもよかった。
勇者であるとしたのもその方が、帝国の民が信じやすいと思ったからであって、本当に勇者だとは思っていなかった。
利用された、と知った勇者は膝から崩れ落ち、うな垂れる。今まで信じてきたことが全て壊されたような気がした。
「あんまりだ……いままでずっと僕を騙していたなんて……」
「今更か? 気が付くのが遅すぎる。むしろありがたく思ってほしいものだな。ただの平民ごときが勇者の恩恵を噛み締め、有名人になれたのだからな。あの生活はよかっただろ?」
「そ、それは……」
勇者は視線を落とし、沈黙する。
竜王を倒すことができる選ばれし者。世界を救う者だと帝国は彼を祭り上げ、彼は小さな村の人間から一躍、世界を救う英雄となった。
村や街を訪れるだけで、握手を求められ、贈り物をたくさんもらい、宿を無料で提供されたりと自分が大様になったような気分になっていた。
勇者だ、と選ばれて、戸惑いや不安があったが、すぐにまんざらでもない気分になっていた自分がいた。
だから彼女の言葉を否定すること出来ず、勇者は手を拳にして震わせるだけしかできなかった。
少し沈黙した勇者は視線を落としたまま声を発する。
「……皇帝陛下……僕が勇者だろうが、だだの村人だろうが、もうどうでもいいです。でも一つだけお願いがあります……」
「ん? なんだ?」
「もうこのバカげた戦争をやめませんか?」
二ブラスは眉を寄せ、険しい顔をした。
「さっき、僕は竜王と話をしました。世界の平和についてです。この戦争はもう終わらせるべきです」
二ブラスからしたら自ら戦いを挑んだ側であって、勝利だけを考えてきた。
和平交渉という言葉など考えてもなかったのだ。
そもそも勝てる戦争をわざわざ手を引く必要がどこにあるのか。
二ブラスの答えは無言の拒否である。
だが、勇者は二ブラスを説得をやめなかった。
「……もういいじゃないですか……手を引くべきです。それに竜王が人と共存の世界を――――」
「黙れ!」
勇者が魔物とも共存共栄の世界も可能だと口にしようとした瞬間、ニブラスが叫び、右手を横に振った。
それと同時に突然の冷気に襲われる。
凍てつく氷が床を張り巡らし、勇者の足元まで走ると一瞬にして、彼を氷の中に閉じ込めてしまう。
竜王も危うく勇者と同じようになりそうだったが、咄嗟に後ろに飛んだことでなんとか避けることができた。
勇者の方へ視線を向けると、氷の塊となった彼の姿が見えた。
完全に凍ってしまった勇者に驚きの目を向け、次に二ブラスに声を荒げた。
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