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片翼のドラゴン
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「ドラゴン……?」
「おぉ、久しぶりだなその姿」
『わふ』
そう。そこに出現したのは紛れもなく、セイルの身体の倍はある、巨大なドラゴンの翼だった。
翼の魔族を率いる強い力を持つ者として、確かにその姿は相応しい。
だがその翼は、片翼だ。
右側の翼は根元から切断されているような印象で、痛々しく焼かれたような跡がある。
「完全にドラゴンの姿を取ることも出来ますが、患部を確認するにはこの方が良いでしょう?」
「セイルはドラゴン型になると、でけぇからなぁ」
大きいと思っていたマヤタがそう言う位なのだから、ドラゴンになったセイルはかなり巨大なのだろう。
ドラゴンという種族自体に、まず小さいイメージがないので、どの位が平均なのかはわからないけれど、人型を取っていてもその翼はかなりの大きさだとわかるから、ナティスの想像では本来の姿は計り知れない。
じっと見つめていると、セイルは苦笑しながらそっと身体を反転し、ナティスに失われた翼を示しながら、経緯を説明してくれた。
「人間との戦闘中に翼に毒矢を受け、その場には毒消しも無い状態でした。ですから毒が身体に回る前に、切り落とすのが最善だったのです。マヤタが近くに居たので、そのまま血止めと傷を塞ぐ為に炎で焼いて貰い、この程度で済んでいます。女性にお見せするには、お見苦しい点はご容赦下さい」
「……とても綺麗、です」
確かに片翼になった翼は痛々しいが、その翼はセイルの深緑の髪と同じ色で、力強く美しい。
そっと思わず手を伸ばすと、セイルの身体がビクリと小さく揺れた。
「……まさか、そんな感想が出て来るとは、思っていませんでした」
「あ、ごめんなさい。馴れ馴れしく……」
「いえ。ですがこんな状態になってから、もう十年以上は経ちますので、治る見込みがない事はわかっているのですよ。ですからあまり気負わず、多少痛みが緩和されたら良い位の気持ちで、私にその薬を試して貰って構わないのです」
暗に、仮に万能薬の効き目が芳しくなくても気にする必要はない事と、ナティスが自分を犠牲にして実験する必要がない事を諭してくれている様だった。
だがそれ以上に、ナティスには気になる言葉がある。
「もしかして、今も痛むのですか?」
「…………たまにですよ」
「やっぱ無理してたんじゃねぇか!」
『わふ!』
ナティスの疑問に目を逸らしたセイルの答えに、ナティスよりもマヤタとフェンが素早く反応した。
それだけ二人が、セイルの事を心配していた証拠で有り、二人に心配させまいとセイルが今まで長い間、痛みを隠して来たのがわかって、益々どうにか治してあげたい気持ちが大きくなる。
ナティスがティアの様に聖女の癒しの力を持っていたら、翼を再生する事までは出来なくとも、痛みを和らげることはきっと出来た。
だが、今のナティスにはその力は無い。
(せめてこの万能薬が、聖女の癒しの力と同じ位の効力を発揮してくれたなら……)
ぎゅっと出来上がったばかりの水色の液体が入った瓶を握りしめて、ナティスは顔を上げた。
「わかりました。セイルさん、ご協力頂けますか?」
「元より、そのつもりです」
「では……出来れば、一気に飲み干して下さい」
「どうか痛みが和らぎますように」とそう祈りを込めて、ナティスは握りしめていた万能薬の入った瓶を、セイルに差し出す。
セイルはそれを受け取ったかと思うと、少しの躊躇もせず、すぐに口元へ運んだ。
「…………っぐ、ぁ」
「セイル!」
『わふっ』
「セイルさん、大丈夫ですか?」
直後にセイルから漏れたのは、息苦しそうなうめき声だった。
マヤタとフェンが心配そうに声を上げ、ナティスが慌てて駆け寄ろうとするのを、セイル自身が手で制する。
「大丈夫、です……少し、身体が熱い……だけ、で」
「変に我慢すんなよ?」
「顔に似合わず、心配性ですねぇ、マヤタは……っ」
「軽口を叩く余裕があるなら、大丈夫か?」
『わふぅ?』
「セイルさん、本当に無理はしないで下さい」
「ご心配には、及びませ……っ、ぅぁ!」
「セイルさん!」
額に脂汗を滲ませながらも、ナティスに笑いかけようとしたセイルが、再度苦しそうな声を漏らすのを聞いて、万能薬は失敗だったのかと心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
(解毒剤は効くかしら? それとも、痛み止めの方が良い?)
念の為、色々な治療薬を用意はしているけれど、セイルの苦しそうな表情を前に、魔力を付加させた万能薬の効力を無効化するのに、最適なものは何かを導き出す為の思考が、冷静さを失って追いつかない。
まずは沢山水を飲ませて、効力を薄める事が先決だと気付いて、コップではなく水差しごと抱きかかえたナティスを止めたのは、マヤタだった。
「待て」
「でも……っ!」
「いいから、セイルの翼を良く見てみろ」
「え……?」
そう言うマヤタの視線も、信じられないという様子で、セイルの失われた片翼に釘付けだった。
『わふ』
フェンがナティスを落ち着かせる為に、身体をすり寄らせてくれて、その体温の温かさに冷や汗で冷たくなっていた指先に、僅かに温度が戻る。
心臓の音はまだうるさかったけれど、ようやく少しだけ頭が冷静になって、心配してくれたフェンのもふもふの身体を一度だけそっと撫でて、マヤタの言葉通りに顔を上げた。
「翼が……再生、してる?」
「……お嬢ちゃんにも、やっぱそう見えるよな」
『わふぅ』
セイルは未だ苦しそうに、膝だけで無く肘も地面につけてがくりと蹲っているのだけれど、そのお蔭で空を向いた背中が良く見える。
そこには、先程綺麗だと感じた深緑の左側の翼と対をなすドラゴンの翼が、根元から切断され焼き切られていたはずの右側に、忽然と現れていた。
呆然とセイルの姿を見つめる三人を余所に、暫く経つとセイルがどこかスッキリとした顔で、ゆっくりと顔を上げた。
その表情には、既に苦痛の様子はない。
「おぉ、久しぶりだなその姿」
『わふ』
そう。そこに出現したのは紛れもなく、セイルの身体の倍はある、巨大なドラゴンの翼だった。
翼の魔族を率いる強い力を持つ者として、確かにその姿は相応しい。
だがその翼は、片翼だ。
右側の翼は根元から切断されているような印象で、痛々しく焼かれたような跡がある。
「完全にドラゴンの姿を取ることも出来ますが、患部を確認するにはこの方が良いでしょう?」
「セイルはドラゴン型になると、でけぇからなぁ」
大きいと思っていたマヤタがそう言う位なのだから、ドラゴンになったセイルはかなり巨大なのだろう。
ドラゴンという種族自体に、まず小さいイメージがないので、どの位が平均なのかはわからないけれど、人型を取っていてもその翼はかなりの大きさだとわかるから、ナティスの想像では本来の姿は計り知れない。
じっと見つめていると、セイルは苦笑しながらそっと身体を反転し、ナティスに失われた翼を示しながら、経緯を説明してくれた。
「人間との戦闘中に翼に毒矢を受け、その場には毒消しも無い状態でした。ですから毒が身体に回る前に、切り落とすのが最善だったのです。マヤタが近くに居たので、そのまま血止めと傷を塞ぐ為に炎で焼いて貰い、この程度で済んでいます。女性にお見せするには、お見苦しい点はご容赦下さい」
「……とても綺麗、です」
確かに片翼になった翼は痛々しいが、その翼はセイルの深緑の髪と同じ色で、力強く美しい。
そっと思わず手を伸ばすと、セイルの身体がビクリと小さく揺れた。
「……まさか、そんな感想が出て来るとは、思っていませんでした」
「あ、ごめんなさい。馴れ馴れしく……」
「いえ。ですがこんな状態になってから、もう十年以上は経ちますので、治る見込みがない事はわかっているのですよ。ですからあまり気負わず、多少痛みが緩和されたら良い位の気持ちで、私にその薬を試して貰って構わないのです」
暗に、仮に万能薬の効き目が芳しくなくても気にする必要はない事と、ナティスが自分を犠牲にして実験する必要がない事を諭してくれている様だった。
だがそれ以上に、ナティスには気になる言葉がある。
「もしかして、今も痛むのですか?」
「…………たまにですよ」
「やっぱ無理してたんじゃねぇか!」
『わふ!』
ナティスの疑問に目を逸らしたセイルの答えに、ナティスよりもマヤタとフェンが素早く反応した。
それだけ二人が、セイルの事を心配していた証拠で有り、二人に心配させまいとセイルが今まで長い間、痛みを隠して来たのがわかって、益々どうにか治してあげたい気持ちが大きくなる。
ナティスがティアの様に聖女の癒しの力を持っていたら、翼を再生する事までは出来なくとも、痛みを和らげることはきっと出来た。
だが、今のナティスにはその力は無い。
(せめてこの万能薬が、聖女の癒しの力と同じ位の効力を発揮してくれたなら……)
ぎゅっと出来上がったばかりの水色の液体が入った瓶を握りしめて、ナティスは顔を上げた。
「わかりました。セイルさん、ご協力頂けますか?」
「元より、そのつもりです」
「では……出来れば、一気に飲み干して下さい」
「どうか痛みが和らぎますように」とそう祈りを込めて、ナティスは握りしめていた万能薬の入った瓶を、セイルに差し出す。
セイルはそれを受け取ったかと思うと、少しの躊躇もせず、すぐに口元へ運んだ。
「…………っぐ、ぁ」
「セイル!」
『わふっ』
「セイルさん、大丈夫ですか?」
直後にセイルから漏れたのは、息苦しそうなうめき声だった。
マヤタとフェンが心配そうに声を上げ、ナティスが慌てて駆け寄ろうとするのを、セイル自身が手で制する。
「大丈夫、です……少し、身体が熱い……だけ、で」
「変に我慢すんなよ?」
「顔に似合わず、心配性ですねぇ、マヤタは……っ」
「軽口を叩く余裕があるなら、大丈夫か?」
『わふぅ?』
「セイルさん、本当に無理はしないで下さい」
「ご心配には、及びませ……っ、ぅぁ!」
「セイルさん!」
額に脂汗を滲ませながらも、ナティスに笑いかけようとしたセイルが、再度苦しそうな声を漏らすのを聞いて、万能薬は失敗だったのかと心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
(解毒剤は効くかしら? それとも、痛み止めの方が良い?)
念の為、色々な治療薬を用意はしているけれど、セイルの苦しそうな表情を前に、魔力を付加させた万能薬の効力を無効化するのに、最適なものは何かを導き出す為の思考が、冷静さを失って追いつかない。
まずは沢山水を飲ませて、効力を薄める事が先決だと気付いて、コップではなく水差しごと抱きかかえたナティスを止めたのは、マヤタだった。
「待て」
「でも……っ!」
「いいから、セイルの翼を良く見てみろ」
「え……?」
そう言うマヤタの視線も、信じられないという様子で、セイルの失われた片翼に釘付けだった。
『わふ』
フェンがナティスを落ち着かせる為に、身体をすり寄らせてくれて、その体温の温かさに冷や汗で冷たくなっていた指先に、僅かに温度が戻る。
心臓の音はまだうるさかったけれど、ようやく少しだけ頭が冷静になって、心配してくれたフェンのもふもふの身体を一度だけそっと撫でて、マヤタの言葉通りに顔を上げた。
「翼が……再生、してる?」
「……お嬢ちゃんにも、やっぱそう見えるよな」
『わふぅ』
セイルは未だ苦しそうに、膝だけで無く肘も地面につけてがくりと蹲っているのだけれど、そのお蔭で空を向いた背中が良く見える。
そこには、先程綺麗だと感じた深緑の左側の翼と対をなすドラゴンの翼が、根元から切断され焼き切られていたはずの右側に、忽然と現れていた。
呆然とセイルの姿を見つめる三人を余所に、暫く経つとセイルがどこかスッキリとした顔で、ゆっくりと顔を上げた。
その表情には、既に苦痛の様子はない。
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