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復活の翼
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「セイルさん、お加減は……?」
「痛みも無く、快調です。どうやら万能薬は、成功の様ですね」
「いや、成功どころの話じゃねぇだろ」
『わふ』
「そうですね。確かに、こんな風に全く痛みがなくなったのは……っ、え?」
今まで背中に走っていた痛みが完全に消えた事を確かめようとしたのか、セイルが翼をバサリと動かすと、ふわりとその身体が宙に浮く。
その現象に一番驚いていたのは、セイル本人だった。
どうやら失われた右翼が再生している事に、気付いていなかったらしい。
どさりと身体を地上に降ろして首を捻り、ゆっくりと視線を背後に向ける。
そしてそこに存在している翼を捕らえた瞳は、冷静なセイルにしては珍しく、驚愕の色を灯していた。
「セイルさん、本当に大丈夫ですか?」
「マヤタ、ちょっと私を殴って貰っても?」
「おぅ!」
「え、ちょっと待っ……」
ナティスが止める暇も無く、マヤタが躊躇いも無くセイルの頬を拳で殴った。
バキッとかなり痛そうな音が響いて、思わずぎゅっと目をつぶってしまったが、ナティスが再びそろそろと目を開けると、マヤタもセイルも楽しそうに笑っている。
「信じられたか?」
「これは流石に、予想外でしたねぇ」
マヤタに殴られた頬の痛みを手で押さえながらも、セイルの声はいつもより明るくて、ほっとする。
「もう、何をやっているんですか! 診せて下さい」
問答無用でセイルの手を頬から引き剥がすと、やはり赤くなっていた。
今のところ腫れたりはしていないが、力の強そうなマヤタが平手ではなく拳で殴ったのだ。
いくらセイルがドラゴン族であり、強靱な身体を持っているのだとしても、そのままにしておくと痛みが長く続く可能性は避けられない。
いつも控えめなナティスの強引さに驚いて、一瞬固まったセイルに、素早く腫れと痛み用の治療薬を塗ると、何とその患部の赤みは治療薬を塗った先から一瞬にして治ってしまった。
(え……?)
『わふぅ?』
「どうした?」
セイルとナティスが、お互いに固まったまま動きを止めてしまったので、フェンとマヤタが心配して二人を覗き込んで来る。
そして、殴られたばかりの赤みを帯びていたセイルの頬が、既に通常の状態に戻っている状況に気付く。
「お嬢ちゃん、一体どういう事だ?」
「私にも、何が何だが……。治療薬は今まで何度も作ってきましたけど、こんなに即効性がある事はなかったのですけど」
『わふ?』
「でも、ここでお嬢ちゃんの治療を受けた奴らは、確かいつも次の日にはケロっとして、完治の報告に来てたよな」
「もしかして、魔族の方々の自然治癒力が高いので、効きも良いのでしょうか?」
特にセイルの様な力の強い魔族であれば、自然治癒力も高いに違いない。
ナティスが考えていた仮定と共に首を傾げると、当のセイルが小さく首を横に振った。
「いえ。私は今まで色んな治療薬や方法を試してきましたが、ここまで効く事も、ましてや数秒で症状が改善される事などありませんでした。それはこの薬草園の元管理者である、四魔天の一人が作った治療薬であっても同様でしたよ」
翼を失って以降、恐らく様々な治療法を試したであろうセイルがそう言うのならば、きっとそこに嘘はないだろう。
確かに今まで治療した魔族達も、今まで薬を飲んだり塗ったりしたからと言って、こんなにもすぐに治ることはなかったと口々に言っていた。
治療薬不足の状況でなかったとしても、その即効性は魔族達にとって珍しい事である事は間違いない。
そしてそれは、ナティスにとっても同じだった。
ハイドンでリファナに教えて貰って作った治療薬と、魔王城で作った治療薬は、薬草の採れた場所が違うだけで調合方法は全く同じだ。
今回セイルに試して貰った万能薬だけは、始めて作った物だったけれど、それでもその効果の差違は明らかだった。
居なくなっただけで魔王城の備蓄治療薬が枯渇し、この大地に魔力の込められた便利な薬草園を管理していたという、薬草や治療薬に詳しい四魔天が作った治療薬の効果は高かったに違いない。
だがその治療薬でさえ、ナティスの作った物と同じ現象が出なかったとすると、原因は薬草や調合方法にあるのではないのかもしれない。
かといって、他に別の要因があるのかと聞かれても、特に何も考えつかないのだけれど。
「なぁなぁ、ちょっとオレにも試してみねぇ?」
「いいですね。思い切り殴って頂いたお返しを、して差し上げましょう」
「まっ、待って下さい! 私には自分を犠牲にするやり方は駄目だと言っておきながら、何をしようとなさっているんですか!」
「ちぇ……」
「残念です」
セイルが嬉々としてマヤタに殴りかかろうとする寸前に、ナティスが悲鳴を上げるように止める。
必死なナティスの姿に、笑いながら二人は身をひいてくれたけれど、もしかしたらマヤタとセイルは見かけよりも子供っぽいところがあるのかもしれない。
それとも気安い二人が揃うと、こういう感じになってしまうのだろうか。
『わふ』
離れた二人にほっとしていると、フェンが「仕方のない二人だよね」と言わんばかりに、ナティスを慰めるようにふわふわとした尻尾を、そっと手に絡ませてくれる。
四魔天の中では一番幼いはずのフェンが、もしかしたら一番大人なのかもしれないと感じられた瞬間だった。
「けど、確かにこれはすげぇ結果だよな。お嬢ちゃん多分、聖女様を超えてるんじゃねぇ?」
「でも、私自身には何の力もありませんし……。今回の万能薬で言えば、フェン君の魔力付加が良かった可能性もありますよね」
『わふぅ』
「いえ、それはないでしょう。確かに水の魔力と癒しは相性が良いですが、水の魔力単体で傷を癒やせると聞いた事はありません」
フェンとセイルが揃って首を横に振っているので、どうやら魔力付加による特性が強く出たという事でもなさそうだ。
「ま、よくわかんねぇもんは仕方ねぇ。もうちょい色々試してみるしかねぇんじゃねぇの? 片腕無くした奴とか、歩けなくなった奴とか、兵舎に寝っ転がってる奴はまだいるだろ」
「そうですね。特に身体に異常はなさそうですし、問題ないでしょう。ナティス殿が大変でなければ、もう少しこの万能薬を作って頂く事は可能ですか?」
「傷付いている方を助ける為に作った薬ですから、拒否する理由はありません。本当は、戦いによる負傷者が出ない状態になるのが、一番ですけど……」
こんな万能薬なんて、必要のない世の中になるのが一番良い。
ナティスの作った物で助かる命があるのなら、それはとても喜ばしい事だけれど、やはり根本的な所をなんとかしなければ、傷付く人はこの先も沢山出て来るだろう。
『わふー』
「ま、それは陛下次第ってとこだな」
「陛下のお気持ちだけでは、どうにもならない事もありますけどね」
「はい。人間側にも、もちろん問題があると思います」
「…………。そうでした、私の身体が完治したと言う事は、貴女に報酬を支払わなければいけませんね」
「いえいえそんな、結構ですから」
じっとナティスの反応を窺っていたセイルは、ナティスの回答をどう受け止めたのかはわからない。
けれど一瞬言葉に詰まった様に見えた後、話題を切替える様に声のトーンを変えて発した言葉は、ナティスが考えてもいなかった事で、思わず両手を振って辞退を申し出る。
「おや、眷属達からはちゃんと受け取っていたではありませんか。なのに私の報酬だけ拒否されるなんて、悲しいですよ。それに四魔天である私の持つ陛下の情報は、なかなかのものだと自負しておりますが、聞きたくありませんか?」
「おー、もらっとけもらっとけ」
『わふ!』
「魔王様の……情報……!」
まさかセイルまで、ロイトの噂話を報酬として払ってくれるとは思っていなかった。
報酬という言葉に、何も貰うほどの事はしていないと思わず拒否をしてしまったけれど、ロイトの側近の一人であるセイルからの情報は、少し……いやかなり聞きたい。
キラキラとした目を、向けてしまっていたのだろう。
セイルはその視線にくすりと笑って、まるで内緒話をするようにナティスに顔を寄せた。
「痛みも無く、快調です。どうやら万能薬は、成功の様ですね」
「いや、成功どころの話じゃねぇだろ」
『わふ』
「そうですね。確かに、こんな風に全く痛みがなくなったのは……っ、え?」
今まで背中に走っていた痛みが完全に消えた事を確かめようとしたのか、セイルが翼をバサリと動かすと、ふわりとその身体が宙に浮く。
その現象に一番驚いていたのは、セイル本人だった。
どうやら失われた右翼が再生している事に、気付いていなかったらしい。
どさりと身体を地上に降ろして首を捻り、ゆっくりと視線を背後に向ける。
そしてそこに存在している翼を捕らえた瞳は、冷静なセイルにしては珍しく、驚愕の色を灯していた。
「セイルさん、本当に大丈夫ですか?」
「マヤタ、ちょっと私を殴って貰っても?」
「おぅ!」
「え、ちょっと待っ……」
ナティスが止める暇も無く、マヤタが躊躇いも無くセイルの頬を拳で殴った。
バキッとかなり痛そうな音が響いて、思わずぎゅっと目をつぶってしまったが、ナティスが再びそろそろと目を開けると、マヤタもセイルも楽しそうに笑っている。
「信じられたか?」
「これは流石に、予想外でしたねぇ」
マヤタに殴られた頬の痛みを手で押さえながらも、セイルの声はいつもより明るくて、ほっとする。
「もう、何をやっているんですか! 診せて下さい」
問答無用でセイルの手を頬から引き剥がすと、やはり赤くなっていた。
今のところ腫れたりはしていないが、力の強そうなマヤタが平手ではなく拳で殴ったのだ。
いくらセイルがドラゴン族であり、強靱な身体を持っているのだとしても、そのままにしておくと痛みが長く続く可能性は避けられない。
いつも控えめなナティスの強引さに驚いて、一瞬固まったセイルに、素早く腫れと痛み用の治療薬を塗ると、何とその患部の赤みは治療薬を塗った先から一瞬にして治ってしまった。
(え……?)
『わふぅ?』
「どうした?」
セイルとナティスが、お互いに固まったまま動きを止めてしまったので、フェンとマヤタが心配して二人を覗き込んで来る。
そして、殴られたばかりの赤みを帯びていたセイルの頬が、既に通常の状態に戻っている状況に気付く。
「お嬢ちゃん、一体どういう事だ?」
「私にも、何が何だが……。治療薬は今まで何度も作ってきましたけど、こんなに即効性がある事はなかったのですけど」
『わふ?』
「でも、ここでお嬢ちゃんの治療を受けた奴らは、確かいつも次の日にはケロっとして、完治の報告に来てたよな」
「もしかして、魔族の方々の自然治癒力が高いので、効きも良いのでしょうか?」
特にセイルの様な力の強い魔族であれば、自然治癒力も高いに違いない。
ナティスが考えていた仮定と共に首を傾げると、当のセイルが小さく首を横に振った。
「いえ。私は今まで色んな治療薬や方法を試してきましたが、ここまで効く事も、ましてや数秒で症状が改善される事などありませんでした。それはこの薬草園の元管理者である、四魔天の一人が作った治療薬であっても同様でしたよ」
翼を失って以降、恐らく様々な治療法を試したであろうセイルがそう言うのならば、きっとそこに嘘はないだろう。
確かに今まで治療した魔族達も、今まで薬を飲んだり塗ったりしたからと言って、こんなにもすぐに治ることはなかったと口々に言っていた。
治療薬不足の状況でなかったとしても、その即効性は魔族達にとって珍しい事である事は間違いない。
そしてそれは、ナティスにとっても同じだった。
ハイドンでリファナに教えて貰って作った治療薬と、魔王城で作った治療薬は、薬草の採れた場所が違うだけで調合方法は全く同じだ。
今回セイルに試して貰った万能薬だけは、始めて作った物だったけれど、それでもその効果の差違は明らかだった。
居なくなっただけで魔王城の備蓄治療薬が枯渇し、この大地に魔力の込められた便利な薬草園を管理していたという、薬草や治療薬に詳しい四魔天が作った治療薬の効果は高かったに違いない。
だがその治療薬でさえ、ナティスの作った物と同じ現象が出なかったとすると、原因は薬草や調合方法にあるのではないのかもしれない。
かといって、他に別の要因があるのかと聞かれても、特に何も考えつかないのだけれど。
「なぁなぁ、ちょっとオレにも試してみねぇ?」
「いいですね。思い切り殴って頂いたお返しを、して差し上げましょう」
「まっ、待って下さい! 私には自分を犠牲にするやり方は駄目だと言っておきながら、何をしようとなさっているんですか!」
「ちぇ……」
「残念です」
セイルが嬉々としてマヤタに殴りかかろうとする寸前に、ナティスが悲鳴を上げるように止める。
必死なナティスの姿に、笑いながら二人は身をひいてくれたけれど、もしかしたらマヤタとセイルは見かけよりも子供っぽいところがあるのかもしれない。
それとも気安い二人が揃うと、こういう感じになってしまうのだろうか。
『わふ』
離れた二人にほっとしていると、フェンが「仕方のない二人だよね」と言わんばかりに、ナティスを慰めるようにふわふわとした尻尾を、そっと手に絡ませてくれる。
四魔天の中では一番幼いはずのフェンが、もしかしたら一番大人なのかもしれないと感じられた瞬間だった。
「けど、確かにこれはすげぇ結果だよな。お嬢ちゃん多分、聖女様を超えてるんじゃねぇ?」
「でも、私自身には何の力もありませんし……。今回の万能薬で言えば、フェン君の魔力付加が良かった可能性もありますよね」
『わふぅ』
「いえ、それはないでしょう。確かに水の魔力と癒しは相性が良いですが、水の魔力単体で傷を癒やせると聞いた事はありません」
フェンとセイルが揃って首を横に振っているので、どうやら魔力付加による特性が強く出たという事でもなさそうだ。
「ま、よくわかんねぇもんは仕方ねぇ。もうちょい色々試してみるしかねぇんじゃねぇの? 片腕無くした奴とか、歩けなくなった奴とか、兵舎に寝っ転がってる奴はまだいるだろ」
「そうですね。特に身体に異常はなさそうですし、問題ないでしょう。ナティス殿が大変でなければ、もう少しこの万能薬を作って頂く事は可能ですか?」
「傷付いている方を助ける為に作った薬ですから、拒否する理由はありません。本当は、戦いによる負傷者が出ない状態になるのが、一番ですけど……」
こんな万能薬なんて、必要のない世の中になるのが一番良い。
ナティスの作った物で助かる命があるのなら、それはとても喜ばしい事だけれど、やはり根本的な所をなんとかしなければ、傷付く人はこの先も沢山出て来るだろう。
『わふー』
「ま、それは陛下次第ってとこだな」
「陛下のお気持ちだけでは、どうにもならない事もありますけどね」
「はい。人間側にも、もちろん問題があると思います」
「…………。そうでした、私の身体が完治したと言う事は、貴女に報酬を支払わなければいけませんね」
「いえいえそんな、結構ですから」
じっとナティスの反応を窺っていたセイルは、ナティスの回答をどう受け止めたのかはわからない。
けれど一瞬言葉に詰まった様に見えた後、話題を切替える様に声のトーンを変えて発した言葉は、ナティスが考えてもいなかった事で、思わず両手を振って辞退を申し出る。
「おや、眷属達からはちゃんと受け取っていたではありませんか。なのに私の報酬だけ拒否されるなんて、悲しいですよ。それに四魔天である私の持つ陛下の情報は、なかなかのものだと自負しておりますが、聞きたくありませんか?」
「おー、もらっとけもらっとけ」
『わふ!』
「魔王様の……情報……!」
まさかセイルまで、ロイトの噂話を報酬として払ってくれるとは思っていなかった。
報酬という言葉に、何も貰うほどの事はしていないと思わず拒否をしてしまったけれど、ロイトの側近の一人であるセイルからの情報は、少し……いやかなり聞きたい。
キラキラとした目を、向けてしまっていたのだろう。
セイルはその視線にくすりと笑って、まるで内緒話をするようにナティスに顔を寄せた。
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