71 / 195
神の奇跡
しおりを挟む
セイルがその後、特に調子を崩すことなく日常生活に戻った事を受け、フェンと共に再び成功した万能薬の量産を始めた。
そして重傷で動けない者や、身体を欠損してしまったと聞いていた兵士達に服用して貰ったところ、全員がその日の内に元気な姿を取り戻し、欠損部分も再生したという報告が続出する。
良かったと思うと同時に、やはり調合の時に考えていた効果よりもあまりに高すぎる気がして、原因を突き詰めた方が良いのかもしれないとも思う。
誰からも、完治した後にぶり返しが来たりだとか、別の重い病気になったりだとか、そういう報告は受けていないものの、調合したナティス自身にも不明な効果が出ているのは、不安要素でもあるからだ。
魔族の持つ自然治癒力の高さや、大地の魔力を帯びた薬草園で育った薬草を使用している事だけが原因ではないとすると、やはり調合するナティス側に何か原因があるような気はしている。
ハイドンで調合を行っていた頃、「ナティスの調合した薬は良く効く」と評判だったのは、てっきり最初にリファナから教えて貰った調合方法を町へと持ち込んだ事から、お世辞を混ぜて言ってくれていたのだと思っていた。
けれどもしそれが、本当に事実だったとしたのなら。
リファナや治療薬を作って商売を始めた人々とナティスとで、何か決定的に違う所があったのかもしれない。
その原因がわかったなら、胸を張って万能薬が出来ましたとロイトの所へ報告に行けるような気がする。
(他の人と私で、違うところ……)
本日分の調合も終わり、ゆっくりとした空気の中「うーん」と考え込み始めたナティスの隣に、フェンが何も言わずにそっと座る。
今日はマヤタもセイルもいないので、診療所の時間が終わった後は二人きりだ。
フェンは昔からティアが悩んでいると、こうやってそっと寄り添ってくれていた。
心の機微を察するのが、天才的だ。
だからティアだった頃とは違い、もう言葉は通じているのだとわかっているナティスでさえも、ついフェンには秘密や悩みを相談したくなってしまう。
「やっぱり、ロイトのお守りが原因かなぁ……」
ふわふわとした身体や尻尾を、ナティスの好きにさせてくれるフェンに触れている内に、思わずぽつりと言葉がこぼれ落ちた。
いくら考えても、ナティスが他の人と違うところは正直多くない。
けれど、決定的な事はいくつかあった。
前世の記憶がある事。魔族の言葉が理解出来、話せる事。そしてロイトの魔力が込められた石を持ったまま、生まれてきた事。
魔王であるロイトを受入れた身体である、という所もあるけれど、ハイドンに居たときは間違いなく乙女だったから、これは治療薬の効果を上げている原因としては違うと思われた。
人間が、魔族の言葉を理解出来たり話せたりする事は、確かに珍しいだろう。
けれど魔族達の言葉を理解しようと努力し、注意深くその様子を伺う機会さえあれば、本来難しい事でもない様に思える。
ただ普通の人間は、ティアがそうだった様に、魔族の言葉はあまりに特殊で人間に理解出来るものではないと思い込んで、努力をして来なかっただけだ。
今ナティスが操る魔族の言葉は、特に魔力を帯びていなければ扱えないものではないし、人間が発音出来ない音でもないのだから、そういう事なのだろう。
もちろん、生まれた時から理解出来たという点に関しては特殊だとは思うけれど、それはティアが生前、魔族達と言葉を交わせるようになればいいのにと願っていたから、ナティスを再びこの世に送り出してくれた神様からの贈り物である気がしていた。
きっとティアとしての記憶も、その時に与えられたのだと信じている。
だってこんなにもナティスに都合良く、ロイトや魔族に関する知識を持ってすぐに生まれ変わるなんて、何か大きな力が働かない限り考えられない。
聖女だったからといって、昔も今も神様を深く信じているわけじゃない。
生まれながらの聖女でもなかったし、突然降って湧いた様な生贄の話に加えて、ティアの命を奪った原因は、その神を崇める大修道院だったのだから。
もちろん信仰の対象として、敬意を払っていない訳でもない。
ただ、盲信は危険だと知っているだけだ。
けれど、神の使いと言われる聖女という肩書きを持っていたティアに降りかかった、突然の理不尽な死を悼んでくれたのだとか、悲しみにくれるロイトによって世界が歪んでしまうことを嘆いたのだとか、そうした気持ちから、少しだけ神様が奇跡を与えてくれたのだと信じる方が、偶然と片付けるよりはまだずっと納得も行くのも確かだった。
もし偶然でないのなら、再びナティスにロイトと生きて行くチャンスを与えてくれたのだとしたら、効果を付加してくれた原因は、奇跡の一つであるロイトの石である可能性が高い。
ティアの聖女の力が、少しでもナティスの中に残っているのなら、それが一番可能性としては高いのだろうけれど、残念ながらナティスに聖女の力はこれっぽっちも無い事は、自分自身が一番知っている。
(それに、今はもう乙女ではないのだし……)
もし潜在的に聖女の力があったと仮定したところで、魔王城に偽物の聖女としてやって来たその日に、間違いなくそれは失われている。
愛されていなくても、少しでも慰みになれればそれで良いと覚悟をしていたのに、ベッドの上で見たロイトの表情は苦しそうで、その心を癒やしてあげたいと強く願いながら、抱きしめる事の叶わなかったもどかしさは、まだ記憶に新しい。
そう考えると、ナティスの首に掛かるロイトからの愛が詰まった贈り物が、神様の奇跡の力を借りて、今も尚形を変えてティアの引いてはナティスの為に、何か力を与えてくれているのではないかというのが、一番可能性としては高い気がしていた。
何より、これは間違いなく魔族の中でも唯一無二である、ロイトだけが持つ闇の魔力を凝縮した石なのだ。
本来、ただの人間が持っていて良い代物ではない。
ナティスを安心させてくれるお守りという役目だけに留まらず、具体的に力を与えてくれると考えるのに、これ以上の物があるだろうか。
そして重傷で動けない者や、身体を欠損してしまったと聞いていた兵士達に服用して貰ったところ、全員がその日の内に元気な姿を取り戻し、欠損部分も再生したという報告が続出する。
良かったと思うと同時に、やはり調合の時に考えていた効果よりもあまりに高すぎる気がして、原因を突き詰めた方が良いのかもしれないとも思う。
誰からも、完治した後にぶり返しが来たりだとか、別の重い病気になったりだとか、そういう報告は受けていないものの、調合したナティス自身にも不明な効果が出ているのは、不安要素でもあるからだ。
魔族の持つ自然治癒力の高さや、大地の魔力を帯びた薬草園で育った薬草を使用している事だけが原因ではないとすると、やはり調合するナティス側に何か原因があるような気はしている。
ハイドンで調合を行っていた頃、「ナティスの調合した薬は良く効く」と評判だったのは、てっきり最初にリファナから教えて貰った調合方法を町へと持ち込んだ事から、お世辞を混ぜて言ってくれていたのだと思っていた。
けれどもしそれが、本当に事実だったとしたのなら。
リファナや治療薬を作って商売を始めた人々とナティスとで、何か決定的に違う所があったのかもしれない。
その原因がわかったなら、胸を張って万能薬が出来ましたとロイトの所へ報告に行けるような気がする。
(他の人と私で、違うところ……)
本日分の調合も終わり、ゆっくりとした空気の中「うーん」と考え込み始めたナティスの隣に、フェンが何も言わずにそっと座る。
今日はマヤタもセイルもいないので、診療所の時間が終わった後は二人きりだ。
フェンは昔からティアが悩んでいると、こうやってそっと寄り添ってくれていた。
心の機微を察するのが、天才的だ。
だからティアだった頃とは違い、もう言葉は通じているのだとわかっているナティスでさえも、ついフェンには秘密や悩みを相談したくなってしまう。
「やっぱり、ロイトのお守りが原因かなぁ……」
ふわふわとした身体や尻尾を、ナティスの好きにさせてくれるフェンに触れている内に、思わずぽつりと言葉がこぼれ落ちた。
いくら考えても、ナティスが他の人と違うところは正直多くない。
けれど、決定的な事はいくつかあった。
前世の記憶がある事。魔族の言葉が理解出来、話せる事。そしてロイトの魔力が込められた石を持ったまま、生まれてきた事。
魔王であるロイトを受入れた身体である、という所もあるけれど、ハイドンに居たときは間違いなく乙女だったから、これは治療薬の効果を上げている原因としては違うと思われた。
人間が、魔族の言葉を理解出来たり話せたりする事は、確かに珍しいだろう。
けれど魔族達の言葉を理解しようと努力し、注意深くその様子を伺う機会さえあれば、本来難しい事でもない様に思える。
ただ普通の人間は、ティアがそうだった様に、魔族の言葉はあまりに特殊で人間に理解出来るものではないと思い込んで、努力をして来なかっただけだ。
今ナティスが操る魔族の言葉は、特に魔力を帯びていなければ扱えないものではないし、人間が発音出来ない音でもないのだから、そういう事なのだろう。
もちろん、生まれた時から理解出来たという点に関しては特殊だとは思うけれど、それはティアが生前、魔族達と言葉を交わせるようになればいいのにと願っていたから、ナティスを再びこの世に送り出してくれた神様からの贈り物である気がしていた。
きっとティアとしての記憶も、その時に与えられたのだと信じている。
だってこんなにもナティスに都合良く、ロイトや魔族に関する知識を持ってすぐに生まれ変わるなんて、何か大きな力が働かない限り考えられない。
聖女だったからといって、昔も今も神様を深く信じているわけじゃない。
生まれながらの聖女でもなかったし、突然降って湧いた様な生贄の話に加えて、ティアの命を奪った原因は、その神を崇める大修道院だったのだから。
もちろん信仰の対象として、敬意を払っていない訳でもない。
ただ、盲信は危険だと知っているだけだ。
けれど、神の使いと言われる聖女という肩書きを持っていたティアに降りかかった、突然の理不尽な死を悼んでくれたのだとか、悲しみにくれるロイトによって世界が歪んでしまうことを嘆いたのだとか、そうした気持ちから、少しだけ神様が奇跡を与えてくれたのだと信じる方が、偶然と片付けるよりはまだずっと納得も行くのも確かだった。
もし偶然でないのなら、再びナティスにロイトと生きて行くチャンスを与えてくれたのだとしたら、効果を付加してくれた原因は、奇跡の一つであるロイトの石である可能性が高い。
ティアの聖女の力が、少しでもナティスの中に残っているのなら、それが一番可能性としては高いのだろうけれど、残念ながらナティスに聖女の力はこれっぽっちも無い事は、自分自身が一番知っている。
(それに、今はもう乙女ではないのだし……)
もし潜在的に聖女の力があったと仮定したところで、魔王城に偽物の聖女としてやって来たその日に、間違いなくそれは失われている。
愛されていなくても、少しでも慰みになれればそれで良いと覚悟をしていたのに、ベッドの上で見たロイトの表情は苦しそうで、その心を癒やしてあげたいと強く願いながら、抱きしめる事の叶わなかったもどかしさは、まだ記憶に新しい。
そう考えると、ナティスの首に掛かるロイトからの愛が詰まった贈り物が、神様の奇跡の力を借りて、今も尚形を変えてティアの引いてはナティスの為に、何か力を与えてくれているのではないかというのが、一番可能性としては高い気がしていた。
何より、これは間違いなく魔族の中でも唯一無二である、ロイトだけが持つ闇の魔力を凝縮した石なのだ。
本来、ただの人間が持っていて良い代物ではない。
ナティスを安心させてくれるお守りという役目だけに留まらず、具体的に力を与えてくれると考えるのに、これ以上の物があるだろうか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
96
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる