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デート

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 デート当日。
 日の入りの鐘の音をそわそわと聞きながら、沈み行く太陽を眺めていると、控えめに扉が叩かれる音がした。

「いらっしゃい、魔王様!」
「……っ、あぁ」

 ぱたぱたと駆け足で向かい、そのまま勢いよく扉を開けると、ロイトが戸惑った様な表情で立っていた。
 何か信じられないようなものを見るかの様に、その場から動かずじっと正面からナティスを見つめてくるロイトに、どうしたのかと首を傾げる。

「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。では行くか」
「はい! あ、今日は診療所をお休みする事を……」
「フォーグに伝えてある。大丈夫だ」
「ありがとうございます」
「一応聞くが、行きたい場所はあるか?」
「いいえ。魔王様とデート出来るのなら、どこでも嬉しいです。お任せします」

 本当は、ナティスとしてロイトと行ってみたい所は沢山ある。
 城下町にあるティアのお気に入りだったカフェ、屋上からドラゴンの背に乗って行く空中散歩、町の外にある小さな湖でピクニック。
 ロイトとティアが過ごした思い出の場所は沢山あるけれど、魔王城しか知らないはずのナティスが、それらを提案する事は出来ない。

 ただでさえ、名前の件で不信感を抱かれているのに、これ以上口を滑らせてしまう訳にはいかなかった。
 それにロイトとデート出来るだけで、十分だというのも本当だ。
 何なら、いつもの中庭でお喋りするだけでも満たされる気がする。
 だから今はただ、二人で過ごす時間を作って貰えるのならば、それだけでいい。

「……わかった」

 にこにこと笑顔で見上げていると、ロイトが一つ頷いてそっと左手を差し出してきた。

「え……?」
「デート、だろう?」
「はっ、はい! よろしくお願い致します」

 ロイトが、ここまでしてくれるとは思っていなかった。
 ただ観光案内よろしく、前を行くロイトに付いて行くだけのつもりでいたから。
 だがロイトは、ナティスの「デート」という望み通り、恋人の様にとは行かなくとも、一人の女性としてエスコートをしてくれるつもりではあったらしい。

 差し出された左手にそっと自身の右手を乗せると、その手は戸惑い無く握られ、そのまま歩調を合わせ二人で部屋から一歩を踏み出した。
 繋がれた手の体温に、ドキドキする。

 線が細いように見えて、やはり戦いを主とする魔族を束ねる魔王というだけあって、ロイトの手は武器を持つ手だ。
 ナティスとは違う固さと大きさに包まれると、自分が少しか弱くなったような、守って貰えているような気にさせられる。

 人間の国とは違って、全てが弱肉強食で完結する魔族の国には、魔族を束ねる「王」という存在は居ても、人間のように支配階級である貴族がいて、聖職者がいて、その下に平民がいるという様な身分制の様なものはない。
 魔王に仕える四魔天も、魔王城で働く侍女や使用人も、城下町で生活を営む人々も、力の差はあれども身分的には皆平等である。

 それは王であっても例外ではなく、だからこそ強い力を持ち王に成り代わりたいと望む者が出て来れば、現王を倒すことでそれは成されるし、王となった者にその挑戦を拒む事は許されない。
 魔族の国は、世襲制ではなく完全に弱肉強食の世界なのだ。

 現状に不満があるのなら、力を付け自らが王となり、自分の望む世界を手にする事さえ出来る。
 わかりやすくもあるけれど、きっと想像以上に王となって魔族全体を率いる責任は大きい。
 それだけの大きな意思と覚悟と、何より魔族全てを納得させられる力や人格を持ち合わせていなければ、王であり続けることは出来ないという事でもある。

 人間の世界のように、ただ王の子に生まれたからといって、能力も民を導く自覚も無いまま次代の王になれる訳でもないからこそ、魔王という存在は強い。
 だが、元々の寿命の長さが違うからこそ成り立つのであって、同じ事を人間の国で行ったら、きっと国はすぐに滅びてしまうだろう。

 世襲制だって、もちろん悪い事ばかりではないし、優秀な人材を育てやすいのも確かだ。
 能力の無い者が容易に高い身分に付けてしまう事で、理不尽に虐げられる人々が生まれる一方、支配階級という身分に胡座をかくことなく、その身分に見合う能力を付ける為に努力している者だって確かにいる。
 ナティスを引き取って養ってくれたヴァルターだって、その一人だ。

 種族や生活環境による差による所が大きいのだろうから、一概にはどちらが良いと言う事は出来ない。
 だが少なくとも、代々世襲制で国を治めていた王が亡くなった後、幼い頃から帝王学を修めていた訳でもなく、国を治める器を持っている様にも思えない大神官が、棚ぼた式に実質的な国のトップとなっている今の人間の世界の状況は、あまり良くないように思えた。

 過ぎた権力は、人を狂わせる。
 今の大神官を見る限り、その言葉が浮かんでしまうのは否めない。
 そして大修道院という組織が絶対的になってしまっている事で、神の使徒という立場の大神官を前に人々は盲目的になり、そしていくら信じても改善されない現状に疲弊もしている。

 ここ数日で、ナティスは沢山の魔族からロイトの話を聞くことが出来た。
 四魔天を始め、魔王城に勤める魔族達から愛されている様子と、それに応えようとしているロイトの努力に比べると、その差は歴然だ。

 だがそんな身分差のない魔族だからこそ、マナーというものもまた、あまり存在していないらしい。
 ティアは聖女だったけれど、そうなったのは本当に魔王城に来る直前と言ってよかったから、王家のすぐ下に位置する高位聖職者という身分を与えられてはいたものの、実感としてはただの町娘の域を出ていなかった。

 そしてナティスも、元々は王都に近い町に暮らしていた、ただの平民だ。
 ハイドンで暮らすようになってからは、領主の娘としてある程度の礼儀作法を身につけたものの、王都からかなり離れた辺境の地であったし、更に今は王都との行き来もなく貴族達と呼ばれる身分の人々と接する機会はなかった。

 そこまで堅苦しい公共の場に出る機会はなかったので、領主の家族として過ごす為の、ごく一般的な作法を一通り習った以上の事は必要なかったと言える。
 だから、貴族のお姫様の扱いをしてもらう事を望んではいなかったし、考えもしていなかったのだけれど、ロイトの方は違ったらしい。

 ロイトはティアとデートを重ねる度に、女性に対するエスコート方法はこれで良いのかと常に気にしていた様子だったのだけれど、それはナティスに対しても同様だった。
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