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震えを止めるのは皆の温かさ
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「すまなかった!」
「え……あの……?」
目を覚ましたナティスの目の前で、マヤタが勢いよく深々と頭を下げた。
気を失ったというか、失わされたというべきか、あの襲撃の後の記憶が無いけれど、どうやら魔王城内のナティスに与えられた部屋に運ばれたらしい。
ナティスの身体は今、ベッドの中にある。
その周りには、頭を下げているマヤタと、その隣に真剣な表情のセイル、下にはフェン。
そして驚くべき事に、同じベッドの中で起き上がったナティスの背中を支えてくれているのは、ロイトだ。
ナティスの部屋の中に、魔王とその側近である四魔天の三人という、国の中枢が揃い踏みである。
一体何がどうなって今があるのか、自分の置かれている状況がわからないまま混乱するナティスに、マヤタが重ねて謝罪を述べる。
「城下の警備と管理は、俺の担当だ。お嬢ちゃんを怖い目に合わせちまった責任は、俺にある」
「マヤタさんのせいでは、ありませんから……」
「いえ、マヤタのせいです。ナティス殿が無事だったから良かったものの、怪我の一つでもしていたら、ただでは済みませんでしたよ」
『わふ!』
首を横に振ってみせ、マヤタが謝るような事はないとナティスが言葉にする前に、セイルの厳しい一言が入り、フェンもそれに同意している様子だ。
「私は大丈夫ですから。マヤタさん、顔を上げて下さい」
「大丈夫、だと? その台詞は、俺から離れてから言うべきだな」
「えっ……? あっ、えっ、ひゃ……っ」
何とかマヤタに顔を上げて貰おうとするナティスの言葉を、今度はすぐ傍のロイトから制されて、くるりと身体を捻ると至近距離でロイトと視線が合う。
と同時に、ナティス自身がロイトの服を、未だにぎゅっと握りしめている事に気付いた。
ロイトがナティスと同じベッドの上に居た理由は、気を失った後もナティスが離れなかったからに他ならないと理解する。
慌てて手を放して両手を挙げると、ロイトがふっと少し気を許したような、面白いものを見る様な苦笑を浮かべた。
「確かに元気ではあるようだ、が……」
両手を挙げたことで無防備になった腰に、ロイトの両手が回った。
腰に手を回され、背後からぐいっと引き寄せられると、ロイトに抱き込まれる形になる。
「あっ……」
「そう簡単に、飲み込める事でもないだろう」
耳元で囁く声にびくりと身体が跳ね、そこでやっとまだ手先がガタガタと震えていることに気がつく。
大丈夫だと言葉にはしたものの、ナティスの身体は命を狙われた事を、乗り越えられた訳ではなかったのだ。
今回はロイトのお蔭で事なきを得たが、ナティスには同じ様なシチュエーションで命を奪われた、過去の苦い記憶がある。
頭ではもう大丈夫だと分かっていても、心と体は追いついていない。
だがロイトの温もりに包まれていると、少しずつ震えが治まってくる。
震えていた手が落ち着いてくるのを暫く眺めていたのだけれど、周りからの視線に気付いて顔を上げた。
そこには頭を上げたマヤタと、その隣に居たセイルが、二人揃って同じ様に表情を緩めて様子を伺っていた。
ベッドの下から縁に前足を乗せたフェンも、尻尾を嬉しそうにぶんぶんと振っている。
『わふ?』
ナティスの無事を皆が喜んでくれているだけのものではなく、ナティスとロイトの二人を見守るような、温かい視線が投げられている様な気がする。
何だがくすぐったい気持ちでいると、フェンが「もう大丈夫?」と問いかけてくれた気がした。
「うん、もう本当に大丈夫。皆さんも、ご心配をおかけしました」
「……無理してねぇか?」
「はい」
「とりあえず、マヤタを一発殴っておきますか?」
「殴りませんよ!?」
「殴りたくなったらいつでも言ってくれ、甘んじて受ける」
「ですから、殴りませんってば……あ、でも」
「何だ?」
「私にも何が起きたのか、聞かせて欲しいです」
「それは……」
マヤタが困った様に、ロイトに視線を向ける。
それはロイトが、ナティスには事の次第を隠そうとしていた証明でもあり、優しさなのだともわかった。
けれどナティスはティアの様に、ただ守られているだけの存在でいたくない。
「お前にとって、余り楽しい話ではない。知らない方が幸せだという事もある」
腰に回した手の拘束を解かないまま耳元で諭されると、つい頷いてしまいたくなる。
このままロイトと四魔天の三人に全部を任せて、ただ深窓の姫君よろしく何も知らされず過ごして行く選択肢も、確かにあるのだろう。
けれどナティスはそんな風に過ごす為に、この魔王城へ単身訪れる決心をした訳ではない。
ぶんぶんと否定するように小さく首を横に振って、お臍の辺りにあるロイトの両手に、震えが止まった自身の手を添える。
「何も知らないまま、この先ずっとまた同じ事が起こるかもしれない不安を抱えて過ごす方が、嫌なのです。どうか教えて下さい」
「…………わかった。ではこのまま報告を聞こう。マヤタ」
「本当にいいのか?」
「本人が聞きたいと言っているのに、頑なに隠しては、後々面倒な事になりそうだからな」
「確かに、ナティス殿は変に行動力がありますからね」
『わふぅ』
それが褒め言葉ではない事はわかったけれど、どこか受入れられている気もした。
半分は仕方ないと諦められている様だったけれど、ナティスをただ守るだけの対象ではなく、仲間に近い形で傍に置いてくれている感覚が嬉しい。
「わかった。現状把握出来た事を、報告する」
いつもは、集まれば冗談も飛び出す朗らかな雰囲気の三人が、ロイトを前にすると頼もしくも従順な四魔天としての臣下の顔になる。
ティアには優しい表情しか見せた事のなかったロイトの、魔王としての真剣な顔も初めて見る一面だ。
ティアではない、ナティスだから存在を許されているこの空間は、正しく簡易的な魔王の執務室と言って良かった。
実際に、魔王と今城内にいる四魔天が全員揃っているのだから、ナティスという異分子の存在さえ居なければ、そうあって然るべきという状況である。
恐らくナティスが目を覚まして無事を確かめた後は、場所を移動して行われるはずだった事が、そのまま同じ場所で続行されたに過ぎない。
けれどその少しの差が、ナティスにとってはとても大きな一歩の様に思えた。
「え……あの……?」
目を覚ましたナティスの目の前で、マヤタが勢いよく深々と頭を下げた。
気を失ったというか、失わされたというべきか、あの襲撃の後の記憶が無いけれど、どうやら魔王城内のナティスに与えられた部屋に運ばれたらしい。
ナティスの身体は今、ベッドの中にある。
その周りには、頭を下げているマヤタと、その隣に真剣な表情のセイル、下にはフェン。
そして驚くべき事に、同じベッドの中で起き上がったナティスの背中を支えてくれているのは、ロイトだ。
ナティスの部屋の中に、魔王とその側近である四魔天の三人という、国の中枢が揃い踏みである。
一体何がどうなって今があるのか、自分の置かれている状況がわからないまま混乱するナティスに、マヤタが重ねて謝罪を述べる。
「城下の警備と管理は、俺の担当だ。お嬢ちゃんを怖い目に合わせちまった責任は、俺にある」
「マヤタさんのせいでは、ありませんから……」
「いえ、マヤタのせいです。ナティス殿が無事だったから良かったものの、怪我の一つでもしていたら、ただでは済みませんでしたよ」
『わふ!』
首を横に振ってみせ、マヤタが謝るような事はないとナティスが言葉にする前に、セイルの厳しい一言が入り、フェンもそれに同意している様子だ。
「私は大丈夫ですから。マヤタさん、顔を上げて下さい」
「大丈夫、だと? その台詞は、俺から離れてから言うべきだな」
「えっ……? あっ、えっ、ひゃ……っ」
何とかマヤタに顔を上げて貰おうとするナティスの言葉を、今度はすぐ傍のロイトから制されて、くるりと身体を捻ると至近距離でロイトと視線が合う。
と同時に、ナティス自身がロイトの服を、未だにぎゅっと握りしめている事に気付いた。
ロイトがナティスと同じベッドの上に居た理由は、気を失った後もナティスが離れなかったからに他ならないと理解する。
慌てて手を放して両手を挙げると、ロイトがふっと少し気を許したような、面白いものを見る様な苦笑を浮かべた。
「確かに元気ではあるようだ、が……」
両手を挙げたことで無防備になった腰に、ロイトの両手が回った。
腰に手を回され、背後からぐいっと引き寄せられると、ロイトに抱き込まれる形になる。
「あっ……」
「そう簡単に、飲み込める事でもないだろう」
耳元で囁く声にびくりと身体が跳ね、そこでやっとまだ手先がガタガタと震えていることに気がつく。
大丈夫だと言葉にはしたものの、ナティスの身体は命を狙われた事を、乗り越えられた訳ではなかったのだ。
今回はロイトのお蔭で事なきを得たが、ナティスには同じ様なシチュエーションで命を奪われた、過去の苦い記憶がある。
頭ではもう大丈夫だと分かっていても、心と体は追いついていない。
だがロイトの温もりに包まれていると、少しずつ震えが治まってくる。
震えていた手が落ち着いてくるのを暫く眺めていたのだけれど、周りからの視線に気付いて顔を上げた。
そこには頭を上げたマヤタと、その隣に居たセイルが、二人揃って同じ様に表情を緩めて様子を伺っていた。
ベッドの下から縁に前足を乗せたフェンも、尻尾を嬉しそうにぶんぶんと振っている。
『わふ?』
ナティスの無事を皆が喜んでくれているだけのものではなく、ナティスとロイトの二人を見守るような、温かい視線が投げられている様な気がする。
何だがくすぐったい気持ちでいると、フェンが「もう大丈夫?」と問いかけてくれた気がした。
「うん、もう本当に大丈夫。皆さんも、ご心配をおかけしました」
「……無理してねぇか?」
「はい」
「とりあえず、マヤタを一発殴っておきますか?」
「殴りませんよ!?」
「殴りたくなったらいつでも言ってくれ、甘んじて受ける」
「ですから、殴りませんってば……あ、でも」
「何だ?」
「私にも何が起きたのか、聞かせて欲しいです」
「それは……」
マヤタが困った様に、ロイトに視線を向ける。
それはロイトが、ナティスには事の次第を隠そうとしていた証明でもあり、優しさなのだともわかった。
けれどナティスはティアの様に、ただ守られているだけの存在でいたくない。
「お前にとって、余り楽しい話ではない。知らない方が幸せだという事もある」
腰に回した手の拘束を解かないまま耳元で諭されると、つい頷いてしまいたくなる。
このままロイトと四魔天の三人に全部を任せて、ただ深窓の姫君よろしく何も知らされず過ごして行く選択肢も、確かにあるのだろう。
けれどナティスはそんな風に過ごす為に、この魔王城へ単身訪れる決心をした訳ではない。
ぶんぶんと否定するように小さく首を横に振って、お臍の辺りにあるロイトの両手に、震えが止まった自身の手を添える。
「何も知らないまま、この先ずっとまた同じ事が起こるかもしれない不安を抱えて過ごす方が、嫌なのです。どうか教えて下さい」
「…………わかった。ではこのまま報告を聞こう。マヤタ」
「本当にいいのか?」
「本人が聞きたいと言っているのに、頑なに隠しては、後々面倒な事になりそうだからな」
「確かに、ナティス殿は変に行動力がありますからね」
『わふぅ』
それが褒め言葉ではない事はわかったけれど、どこか受入れられている気もした。
半分は仕方ないと諦められている様だったけれど、ナティスをただ守るだけの対象ではなく、仲間に近い形で傍に置いてくれている感覚が嬉しい。
「わかった。現状把握出来た事を、報告する」
いつもは、集まれば冗談も飛び出す朗らかな雰囲気の三人が、ロイトを前にすると頼もしくも従順な四魔天としての臣下の顔になる。
ティアには優しい表情しか見せた事のなかったロイトの、魔王としての真剣な顔も初めて見る一面だ。
ティアではない、ナティスだから存在を許されているこの空間は、正しく簡易的な魔王の執務室と言って良かった。
実際に、魔王と今城内にいる四魔天が全員揃っているのだから、ナティスという異分子の存在さえ居なければ、そうあって然るべきという状況である。
恐らくナティスが目を覚まして無事を確かめた後は、場所を移動して行われるはずだった事が、そのまま同じ場所で続行されたに過ぎない。
けれどその少しの差が、ナティスにとってはとても大きな一歩の様に思えた。
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