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魔王様の疲労度
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「陛下、お時間よろしいでしょうか?」
「フォーグか。入れ」
フォーグが中へと声を掛けながら執務室の扉をノックすると、すぐさまロイトの声が返って来た。
開いた扉の先にあったのは、机の上に山積みにされた書類の数々。
その向こう側に、久しぶりにちゃんと起きているロイトの姿を確認して、ナティスがほっとするのと、ロイトが目を見開いたのは同時だった。
最近はあまりに帰りが遅く、ナティスが起きている間に部屋に戻る日は稀で、「お帰りなさい」を言えない所か、睡眠不足のまま出掛ける支度をしている場面が常習化していた。
あまり眠らなくても平気だと本人は言うけれど、どう見ても日々疲労が溜まっていく表情を見るに、やはり魔王と言えど適度な睡眠は必要なはずだ。
だから、元気そうとは両手を挙げて言えないものの、こうして無事に執務に就いている姿を見ることが出来たのは、良かったと思う。
いつか倒れてしまうのではないかと、ひやひやしながら毎日送り出していたからだ。
だが襲撃者の一件以来、まだ警戒を解いていい状態ではないナティスが、わざわざ執務室を訪れた事で、ロイトに対して余計な不安を煽ってしまったらしい。
「ナティス……? どうした、何かあったのか?」
ナティスとフォーグが部屋に入り、傍へ近付く許可を取るよりも早く、ロイトの方が立ち上がってナティスへと駆け寄ってくれる。
「いえ、最近魔王様のお帰りが遅いので、少し心配で……」
「……そうか」
忙しいロイトに、これ以上心労をかけたい訳じゃない。
ナティスに何かあっての訪問ではないとすぐさま否定すると、ロイトはほっとしたように表情を緩ませた。
(やっぱり疲れが溜まっているのは、間違いないみたい)
気遣ってくれたのは嬉しいけれど、ロイトがすぐに感情を表情に出した事で、逆に心配を深める事にもなってしまった。
ロイトが努めてナティスの前で表情を作らないように、人間が怖がる魔王であろうと無表情でいる事や、硬い言葉遣いを心がけている事には気付いている。
信用出来ない、なのに無邪気に近付いてくる得体の知れない人間に対する魔王の反応としては、間違っていないとも思う。
だがそれが崩れてしまう程に、本来のロイトの優しさが出てしまう程に、今は余裕がないという事でもあった。
もちろん、ロイトが表情を出してくれる事自体は嬉しい。
嬉しいとか楽しいという表情で無くても良い、ティアには見せてくれなかった辛いとか苦しいとか、そういう感情を何でもぶつけて欲しい。
ナティスに裏などないと信用して貰えた暁には、少しずつそれを見せて貰えたらと願っている。
けれど今のこの状態は、ナティスを認めてくれたからではなくて、単に忙しくて疲れている為に、ロイトは演技をする余裕が無くなっているだけだ。
ナティスが求めているのは、そういう事じゃない。
「陛下、セイルの奴は?」
「今は最終調整の為に、出掛ける準備をしていると思うが……というか、お前達揃ってどうした?」
ひょっこりと、ナティスの背後から顔を出したマヤタが質問を投げかけると、ロイトは少し驚いた様に顔を上げた。
フォーグの事は、最初に声を掛けたことから気付いていただろうけれど、ナティスの事ばかりに気を取られていて、どうやら一番後ろに居たマヤタの存在に気付いていなかった様子が見て取れる。
マヤタはナティスよりずっと大きい。数歩後ろに居たからと言って、その存在感が隠れてしまう訳がなかった。
それなのに、目に止まっていなかったとなれば、かなり重症だ。
そこまで疲れているとなると、本格的に休んで貰わなければならないと、ナティスは決意を改める。
「って事は、屋上だな。よし、行くぞフォー坊」
「はい」
「んじゃ、お嬢ちゃん。こっちは頼んだぜ」
「マヤタさん、フォーグさん、ありがとうございました」
「いいって事よ」
「検討を祈ります」
マヤタとフェンは、必要な事を聞くだけ聞いて、さっさと執務室から退出する事にした様だ。
確かに、セイルにまた出掛けてしまう予定があるならば、急いだ方が良い。
執務室にロイトと一緒にいてくれたなら良かったのだけれど、そうでなかった場合、ナティスが用意した果実水をセイルに渡す役目は、二人が担ってくれることになっていた。
つまり、これは計画通りの行動でもある。
マヤタはロイトの前だというのに、ひらひらと手を振って気軽に。フォーグはしっかりと腰から頭を下げて、ナティスへの応援の言葉を残して姿を消した。
ロイトの執務室に残されたのは、ナティスと二人が運んでくれた果実水と軽食が乗ったワゴンだけ。
「どういう事だ?」
騒がしさが一瞬で消え、ロイトは何が起こっているのか判断出来かねている様子だ。
忙しい中、心配をさせてしまったことは申し訳なかったけれど、執務から一瞬でも手が離れた今が、ロイトに休憩を取って貰うチャンスである事に違いはない。
首を傾げながら机へと戻ろうとするロイトの袖を、ぎゅっと掴む。
「フォーグか。入れ」
フォーグが中へと声を掛けながら執務室の扉をノックすると、すぐさまロイトの声が返って来た。
開いた扉の先にあったのは、机の上に山積みにされた書類の数々。
その向こう側に、久しぶりにちゃんと起きているロイトの姿を確認して、ナティスがほっとするのと、ロイトが目を見開いたのは同時だった。
最近はあまりに帰りが遅く、ナティスが起きている間に部屋に戻る日は稀で、「お帰りなさい」を言えない所か、睡眠不足のまま出掛ける支度をしている場面が常習化していた。
あまり眠らなくても平気だと本人は言うけれど、どう見ても日々疲労が溜まっていく表情を見るに、やはり魔王と言えど適度な睡眠は必要なはずだ。
だから、元気そうとは両手を挙げて言えないものの、こうして無事に執務に就いている姿を見ることが出来たのは、良かったと思う。
いつか倒れてしまうのではないかと、ひやひやしながら毎日送り出していたからだ。
だが襲撃者の一件以来、まだ警戒を解いていい状態ではないナティスが、わざわざ執務室を訪れた事で、ロイトに対して余計な不安を煽ってしまったらしい。
「ナティス……? どうした、何かあったのか?」
ナティスとフォーグが部屋に入り、傍へ近付く許可を取るよりも早く、ロイトの方が立ち上がってナティスへと駆け寄ってくれる。
「いえ、最近魔王様のお帰りが遅いので、少し心配で……」
「……そうか」
忙しいロイトに、これ以上心労をかけたい訳じゃない。
ナティスに何かあっての訪問ではないとすぐさま否定すると、ロイトはほっとしたように表情を緩ませた。
(やっぱり疲れが溜まっているのは、間違いないみたい)
気遣ってくれたのは嬉しいけれど、ロイトがすぐに感情を表情に出した事で、逆に心配を深める事にもなってしまった。
ロイトが努めてナティスの前で表情を作らないように、人間が怖がる魔王であろうと無表情でいる事や、硬い言葉遣いを心がけている事には気付いている。
信用出来ない、なのに無邪気に近付いてくる得体の知れない人間に対する魔王の反応としては、間違っていないとも思う。
だがそれが崩れてしまう程に、本来のロイトの優しさが出てしまう程に、今は余裕がないという事でもあった。
もちろん、ロイトが表情を出してくれる事自体は嬉しい。
嬉しいとか楽しいという表情で無くても良い、ティアには見せてくれなかった辛いとか苦しいとか、そういう感情を何でもぶつけて欲しい。
ナティスに裏などないと信用して貰えた暁には、少しずつそれを見せて貰えたらと願っている。
けれど今のこの状態は、ナティスを認めてくれたからではなくて、単に忙しくて疲れている為に、ロイトは演技をする余裕が無くなっているだけだ。
ナティスが求めているのは、そういう事じゃない。
「陛下、セイルの奴は?」
「今は最終調整の為に、出掛ける準備をしていると思うが……というか、お前達揃ってどうした?」
ひょっこりと、ナティスの背後から顔を出したマヤタが質問を投げかけると、ロイトは少し驚いた様に顔を上げた。
フォーグの事は、最初に声を掛けたことから気付いていただろうけれど、ナティスの事ばかりに気を取られていて、どうやら一番後ろに居たマヤタの存在に気付いていなかった様子が見て取れる。
マヤタはナティスよりずっと大きい。数歩後ろに居たからと言って、その存在感が隠れてしまう訳がなかった。
それなのに、目に止まっていなかったとなれば、かなり重症だ。
そこまで疲れているとなると、本格的に休んで貰わなければならないと、ナティスは決意を改める。
「って事は、屋上だな。よし、行くぞフォー坊」
「はい」
「んじゃ、お嬢ちゃん。こっちは頼んだぜ」
「マヤタさん、フォーグさん、ありがとうございました」
「いいって事よ」
「検討を祈ります」
マヤタとフェンは、必要な事を聞くだけ聞いて、さっさと執務室から退出する事にした様だ。
確かに、セイルにまた出掛けてしまう予定があるならば、急いだ方が良い。
執務室にロイトと一緒にいてくれたなら良かったのだけれど、そうでなかった場合、ナティスが用意した果実水をセイルに渡す役目は、二人が担ってくれることになっていた。
つまり、これは計画通りの行動でもある。
マヤタはロイトの前だというのに、ひらひらと手を振って気軽に。フォーグはしっかりと腰から頭を下げて、ナティスへの応援の言葉を残して姿を消した。
ロイトの執務室に残されたのは、ナティスと二人が運んでくれた果実水と軽食が乗ったワゴンだけ。
「どういう事だ?」
騒がしさが一瞬で消え、ロイトは何が起こっているのか判断出来かねている様子だ。
忙しい中、心配をさせてしまったことは申し訳なかったけれど、執務から一瞬でも手が離れた今が、ロイトに休憩を取って貰うチャンスである事に違いはない。
首を傾げながら机へと戻ろうとするロイトの袖を、ぎゅっと掴む。
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