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魔王様の表情

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「……それでもやっぱり、魔王様のお力あってこそです」

 再三考えて、辿り着いた答えはやはりそこだった。

 自覚はないけれど、ナティスの込めた祈りが、きっかけにはなっているのかもしれない。
 だが、人間の国で調合していた物には付与されていなかった効果が発揮できているのは、ロイトがナティスに力を分けてくれたからに他ならない。

 それが例え、意図しない物だったとしても、実際に魔力は受け渡されている。
 ロイトが言うのだから、ナティスの作った物には、どういう原理かどうかはわからないにしても、微量の闇の魔力が付与されているのだろう。
 少なくとも、今日差し入れた果実水には間違いないなく付与されていて、治療薬や万能薬と同じ様に効果は増幅され、即効性があった。

 けれど、人間であるナティスには、あまり効果を強く感じる事が出来なかったのもまた事実だ。
 闇の魔力は魔王となる魔族だけに顕現する力であるからこそ、魔族に対して大きく恩恵をもたらすものでもあるのかもしれない。
 とすると、何度考えてもその多大な効力は、ロイトの持つ力によるものである割合の方が大きいと思う。

「全く、お前は……」

 呆れた様な、諦めた様な、そんな口調で大きく息を吐いたロイトは、柔らかな表情でナティスを見つめていて、いつもの無表情とのギャップが凄い。
 久しぶりに、ロイトの素顔を真っ直ぐに向けられた気がする。

「魔王様?」

 もう無理矢理、表情を作り固めるのは止めたのだろうか。
 ナティスに本当の顔を見せてくれるのはとても嬉しいけれど、突然の融解の理由がナティスにはわからなかった。
 まだ疲れが取れきっていないからだという可能性も、捨てきれない。

 ナティスが心配していると、ロイトはふと真剣な表情に戻る。
 だがそれは、いつもの努めて冷たく振る舞う無表情のそれとは違う、ロイト本来の表情の一つで有り、ロイトがナティスの前で、無理に人間にとって恐ろしい魔王を演じる事を止めるという宣言でもある気がした。

「もう少しで、決着が付く」
「決着……?」

 それが、人間の国との争いに対する言葉である事は、理解出来た。
 だが今日の様子を見る限り、マヤタの率いる魔族の軍隊が動いている様子はない。

 あくまでナティスの知る限りという所なので、実際の所はわからない。
 けれど、少なくとも以前ロイトが言っていた様に、大修道院を大々的に武力で滅ぼすという準備をしていたのならば、「決着が付く」と魔王であるロイトが告げる時期に、武将であるマヤタが暢気に中庭へ休憩を取りに来ているという事態は、考え難かった。

 とすると、外将であるセイルの働きだけで、何かが動こうとしているのかもしれない。
 いや、むしろそう出来る様に、ロイトとセイルは忙しく動いていたのだろう。
 だからこそ、二人に大きな負担がかかっていたとも言えるのではないだろうか。

 だがその言葉は、全員が傷付く戦いという手段で全てを終わらせる事を、何とか止めたかったナティスにしてみれば、歓迎すべき状況なのかもしれなかった。
 少なくとも今、魔族が力と命を掛けて人間の国を滅ぼす争いを仕掛ける事態には、なっていない様に感じる。

「……そうしたら俺に一度、時間をくれないか?」
「私には、お断りする理由がありません」

 妙に真摯な瞳で、ナティスに時間を作って欲しいと願うロイトに、躊躇いもなく頷く。
 そんなナティスに、ロイトは苦笑を漏らした。

「断ったり逆らったりしても、別に殺しはしないぞ」
「もちろん、知っていますよ?」

 ロイトの言葉に対するナティスの答えが、いつも肯定ばかりである事を、ロイトは気にしているのかもしれない。
 だがそれは、ナティスがそうしたいからしている事で、逆らうと殺されるとか、酷い目に合うという恐怖心から頷いている訳ではない。

 ロイトが理不尽な事を言うとはとても思えないけれど、それでももしナティスがそう感じる様な事があれば、きちんと反論だってする。
 だからこそ、ロイトがわざわざ確認してくる意味がわからなくてそう答えたのだが、その回答は更にロイトの苦笑を誘った様だ。

「そうか、知っている……か」

 寂しそうな表情と、嬉しそうな表情が折り混ざった様な顔で、ロイトはふわりとナティスの頭に手を伸ばす。
 髪飾りがずれてでもいるのだろうかと、そのまま身を任せようとしたその時、執務室にノック音が響いた。
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