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参謀のお部屋

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 魔族達の居住地区。
 四魔天達は、その中の好きな場所に各自部屋が持てるとの事で、フォーグもその例に漏れず、城外ではなくこの区画内に自室があるらしい。
 マヤタに連れられて、ナティスは久しぶりに、自分の部屋から中庭を挟んだ向かい側の建物へと、足を踏み入れていた。

 以前タオに連れて来て貰った時は、建物内については通り抜けただけだったけれど、改めて訪れてみると玉座の間や執務室にロイトの寝室、ナティスが使わせて貰っている来客用の部屋や応接室のある魔王城としての機能が集約された本棟と変わらない位に広さがあり、設備も充実している様子だ。
 魔王城で働く魔族達の為に、本棟と対になるこちらの建物全部を解放したのは、ロイトが即位してからだという話なので、どれだけロイトが一緒に働く魔族を大切にしているかが、それだけでわかる。

 マヤタとセイルは、最上階にある広い部屋を使っているらしい。
 まだ部屋の空きはあるというが、最年少で四魔天として経験の浅いフォーグは、未だにロイトの直属として仕える前から利用していた、二階の狭い角部屋から移動していないという。

 一般兵達と同じ区画で過ごしていると聞いて驚くナティスに、「魔王城全体の管理を任されている参謀なんだから、いい加減もっと広い部屋に移れって言ってるんだけどな」と苦笑するマヤタの表情は優しい。

 かろうじて一人部屋らしいけれど、もしかしたらティアの相談相手だった、あの小さな子犬の頃から使っている部屋なのかもしれない。
 きっとそういう所がフォーグらしさでもあり、他の四魔天から可愛がられ、城内の魔族達から慕われ、ロイトが傍に置く理由なのだろう。

 魔族に身分の上下はない分、力関係や経験の差は大きい。
 けれどそれらの壁を感じさせないフォーグだからこそ、四魔天だからと言って恐れられる事も、まだ若いと侮られる事もなく、魔王城の責任者として認められているのだと、部屋の位置一つだけでもわかった。

「フォー坊、入るぞ」

 マヤタは声を掛けると同時に、遠慮もなく扉を開ける。
 フォーグが応答するより先に開け放たれた扉の向こうに見えた部屋は、とても陽当たりが良く明るかったけれど、確かに四魔天と呼ばれる魔王の幹部が住む場所にしては、かなり手狭だった。

 一人用のベッドに、小さなテーブルと椅子。クローゼットと本棚は、小さくはないけれど大きいとも言い難い物が一つずつ。大袈裟ではなく、本当にそれくらいしかない。
 一目で部屋全体が見渡せる、城に上リたての若い兵士が、眠る為だけに慌てて整えた様なシンプルさ。
 マヤタの言う通り、四魔天の参謀が住まう部屋として相応しいかと問われれば、首を傾げざるを得ない。

 実際、生贄であるナティスに宛がわれた部屋の方が、明らかに広い。
 けれど、フォーグがフェンだとわかった今となっては、大きな部屋の中で悠々と休む姿よりも、中庭で丸まって眠っている姿の方がしっくりくる。

 どちらの姿がフォーグにとって楽なのかはわからないけれど、狭い場所で丸まっている方が落ち着くのかもしれない。
 本人がそれで良いというのなら、この部屋で問題ないのかもしれないけれど、確かにマヤタやセイルが一言物申したくなるのもわかる。

 休んでいたのか、少し寝ぼけた様子でベッドから身を起こしたフォーグの姿を見て、ナティスは一つの決意を持ち、マヤタの横をすり抜けベッドの傍に駆け寄った。

「フェン君、大丈夫?」
『わふ!』
「…………ふふ」

 ナティスの問いかけに、思わず反射的にと言った様子で返された言葉は、いつものフェンの声。
 予想外に元気いっぱいな声と、その大人びた見た目とのギャップに思わず笑ってしまう。

 だが、身体はすっかり良くなっている様で、その点には心の底からほっとした。
 ナティスが可笑しそうに笑う姿を見て、首を傾げているフォーグに、マヤタもゆっくりと近付いて来た。

「『わふ』じゃねぇっつーの」
「……えっ? あっ、これは……ですね……」

 マヤタに頭をぐりぐりと掻き回されて、フォーグがぽかんと口を開ける。
 そして自身の姿を確認して、何かを否定する様に、慌てて両手をぶんぶんと横に振った。
 真っ白な耳やももふもふの尻尾がぴょこぴょこと揺れていて、焦っているのが見て取れるのが可愛らしい。

 フォーグはロイトの補佐をしていると自己紹介を受けていたし、若くは見えたもののしっかりとした対応だった事から、もっと大人の男性かと思っていた。
 だが、まだ幼さの残る年相応の反応に、同年代の親近感を覚える。
 どちらかというと、フェンでいる時の反応が、本来のフォーグの性格に近いのかもしれない。

「フォーグさんが、フェン君だったんですね」
「……騙していて、すみません」

 しゅんと耳を垂れるフォーグの姿に、ナティスは首を横に大きく振る。

「謝る必要なんてありません。それに黙っていただけで、騙そうとしていた訳じゃないでしょう?」
「それは、そうですが……そもそも黙っていた事が申し訳なく……」
「私の為に、フェン君の姿で傍に居てくれたんだって、ちゃんとわかっています。いつも守ってくれていた事に感謝はしていても、責める気持ちなんて少しもないですよ」

 フォーグがフェンとして守ってくれていたのは、身体だけじゃなくてナティスの心の平穏もだ。
 たった一人で魔王城にやって来たナティスの緊張を、言葉を交わさずともただ傍に居てくれる存在が、どれだけ解し癒やしてくれたか。
 きっとフォーグ本人よりも、ナティスの方が理解している。

「……ありがとうございます」
「それは私の台詞です。あ、でももし気にして下さっているのなら、一つお願いがあるんですけど……」

 まだ申し訳なさそうにしているフォーグの姿を見て、ナティスに一つの提案が浮かんだ。

 フォーグの側に落ち度は全くないのだけれど、本人に罪悪感があるのは目に見えて明らかだ。
 いくら気にする必要はないと言っても、気にしてしまうというのなら、ナティスから多少の我が儘を示した方が、フォーグは気が楽になるかもしれなかった。

 ナティスの考え通り、フォーグは少しほっとしたように頷く。
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