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お願い事

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『タオ君、おかえりなさい』
『ただいまー。あのねあのね、せーじょさま、ちょっとおねがいしてもいーい?』

 タオは他の魔族達と違って、ナティスの事を生贄の聖女や魔王の想い人ではなく、ただの友達として接してくれる。
 天真爛漫で、気兼ねなく何でも話してくれるその姿に、何度助けられただろう。

 一緒に遊ぼうとか、お喋りしたいだとか、そういう他愛ないお願いは、友人同士であれば当然の日常だ。
 生贄だとか聖女だとか、そんな風に扱われて壁を作られるよりもよっぽど嬉しかったし、タオと一緒に過ごす時間は、フェンとはまた違う癒しの時間でもある。

 だがタオは、他の魔族達よりもずっと、ナティスを凄い力を持った聖女だと信じている部分も大きい。
 兄弟達から何か言い含められている所もあるのか、甘えてくる態度とは裏腹に、タオはナティスに個人的な頼み事をして来る機会は今までなかった。

 聖女でもなく、魔力も持たないただの人間であるナティスが、タオにしてあげられる事なんてそう多くはなかったけれど、その点だけは少し寂しくもある。
 だからこんな風に、きちんと確認を取ってくるお願い事となると尚更珍しい。

『どうしたの?』

 それだけ、ナティスの力を借りたい何かがあるという事なのだろう。
 いつもと違う気配を察したけれど、警戒しすぎてタオが遠慮してしまわない様に、普段通りに対応する。

 すると、タオはナティスの腕の上に止まったまま、器用に首をくるりと後ろへ向ける。
 タオの視線を追って視線を上げると、そこには一人の初老の男性が、身体を縮込めて所在なさそうに立っていた。

「あ……」

 ナティスの視線に気付いた初老の男性が小さく声を上げ、被っていた帽子を慌てて脱いで頭を下げる。
 深々と腰を曲げたその姿勢は随分長く続き、ようやく顔を上げても、帽子を胸元辺りでぎゅっと握って、身体を縮込めたままだ。

(魔力を感じない……。人間の男の人、だわ)

 四魔天を始め城内には人型の魔族も多いし、魔族しか居ない空間に今まで違和感は感じていなかった。
 けれど、やはり人間と魔族では違うのだと改めて思い知る。
 魔王城の中にあって、魔力がない存在というのは、余りにも異質だ。

 ナティス自身だって魔力を持たない人間なのだから、自分の事を棚に上げてという事にはなってしまうけれど、魔族の中に居る人間とはこんなにも頼りない存在なのかと、今更ながらに実感した。

『あの人ね、ぎょーしゃって言うんだって!』
『ぎょーしゃ? 業者?』
『馬車のお馬さんと、とっても仲良しの人間!』
『あ、御者ね』
『ボクに何かお話したいみたいなんだけど、何言ってるかわかんないんだ……。せーじょさまなら、わかる?』
『あの人が、タオ君に? タオ君が、じゃなくて?』
『うん!』

 タオが自信満々で言い切るのだから、事実そうなのだろう。
 タオの方から人間へと興味を示すのなら話はわかるが、逆だと言うのは不思議だった。

 初老の男性が肩身が狭そうなのは、恐らく魔力の溢れる空間にたった一人で立っているからだろう。
 他の魔族達は近くに寄ってきてはいないけれど、少し離れた場所から何事かと様子を伺っているのは感じる。

 周りを沢山の魔族と、その魔族達が放つ魔力に囲まれて逃げ出したくなる程の恐怖を、初老の男性が感じているのも分かる。
 だが、それを我慢して耐えてまで、タオに用があるという理由が、よくわからない。

(タオ君を傷付けるような存在だったら、容赦しないわ)

 タオは一度ならず二度までも、人間によって身体も心も傷付けられている。
 タオが人間に好意を持ってくれているからこそ、余計に辛い。

 ナティスの心配をしてくれている所もあるだろうけれど、周りを取り囲んでいる魔族達も、大半はナティスと同じ気持ちなのだろう。
 近寄らず、けれど立ち去らず。警戒心を真っ直ぐにぶつけながら、じっと成り行きを見守っている。

 当の本人であるタオが一番気楽そうで、物怖じせず初老の男性に興味を示していた。
 それがタオの強さで有ると同時に、心配な所でもあるけれど、出来ればタオにはそのままで居て欲しいと思う。

 今までの経験から、迂闊な事は絶対にしないという決意を心に留め、十分に警戒しながらナティスはタオを腕に乗せたまま、初老の男の近くへゆっくりと歩を進めた。
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