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勇者様の御者
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「こんにちは。勇者様と一緒に来られた方、ですか?」
にこりと笑って、恐縮しきりの初老の男性に声を掛けた。
一瞬ビクリと肩を揺らし声を震わせながらも、人間の言葉が聞けたことに少しほっとした様子で、初老の男性は顔を上げ、ナティスに視線を合わせた。
「は、はい。ご無事で何よりでございます、聖女様」
「私の事を?」
ナティスは生まれた時から、魔族の持つ魔力をそのまま魔力として、感じる事が出来た。
それが聖女だったティアの記憶を持つ恩恵か、それともロイトの魔石を持って生まれたからか、はっきりとした理由はわからない。
魔族が恐ろしい存在ではないと知っている、という所が何より大きいのだろうとも思う。
魔力とは魔族の持つ能力の一つだと、きちんと理解出来ているというのが、魔力を魔力として感じるのに一番必要な事だからだ。
けれど、普通の人間には魔力という存在自体が未知なる力であり、それが強ければ強いほど、魔族からの威圧として受け取ってしまう。
恐怖を感じるばかりで、それが単なる魔族を魔族たらしめる要素の一つだとは気付かない。
わざと魔力を強めて脅すという使い方をしなくても、ただ魔力を持っているというだけで、人間はそれを畏怖してしまう。
だから、目の前に居るこの初老の男性は、きっと今もの凄い恐怖の中で、ここに立っている。
それがどの魔族によるものなのかも、何故なのかという事さえ、わかっていないはずなのだ。
魔力を持つタオを腕に乗せているから、ナティスが威圧感を纏っている様にさえ見えるだろう。
何も知らなければ、ナティスを魔族と勘違いしてもおかしくない状況だ。
なのに、初老の男性はナティスを聖女だと断定した。
ピリっと警戒を露わにしたナティスを見て、初老の男性が再び深く頭を下げる。
「顔を晒す事を大修道院に禁じられていた為、聖女様は覚えておられないかと思いますが……。数ヶ月前、貴方様を魔王城へとお連れしたのは、私でございます」
「え?」
「あの時はご挨拶もせず、逃げ帰ってしまって、大変申し訳なく……」
「本当に、貴方があの時の?」
「ゲイリーと申します」
何かに追われるように馬を飛ばし、通常では考えられない速度で、ナティスを大修道院から魔王城まで連れて来た御者の男。
確かにほとんど会話もなく、顔を見たこともなかったから、いつもどこか怯えている男性だったという記憶しかない。
本人だと言われれば、そうかもしれないと思うし、違うと言われれば違うのだろうとも思う曖昧さだ。
だがそれが本当ならば、ナティスの顔を知っていても、そして本物の聖女だと勘違いしていても、おかしくはない。
『タオ君、この人が私をここまで連れて来てくれたのだと言っているけれど、本当?』
『うん、ホントだよー』
唯一、ナティスを送り届けた人物を知っているのは、図らずも腕の上にいるタオだ。
こそっと確認すると、タオからは混じり気のない真っ直ぐな回答が返ってきて、それが真実だと認めざるを得ない。
あの時の御者は、魔族の国へと生贄を送り届ける役目を請け負う羽目になった理不尽さと、いつ魔族に襲われるかもしれないという恐怖心から、その原因であるナティスに、極力関わらないようにしていたのだろうと思っていた。
けれどその態度は、ナティスに余計な知識を与えない為の、大修道院からの指示の一つだったという事だろうか。
大修道院の指示には従わざるを得ず、生贄の聖女を送り届ける仕事をしていたものの、単に雇われて仕事をしただけで、神官達や盲目的な信者の一人ではなかったという事なのかもしれない。
(何より開口一番、私の無事を安堵してくれた……)
確かに、あの大修道院という組織に与する人物が、危険と見なされる仕事を自ら引き受けるとは考えられない。
今回、勇者の乗った馬車を操ってまたここまで来たというのなら、むしろ反大修道院側であったとも言える。
だからこそ当時、危険な役割を押し付けられたとも。
「毎年、聖女様を送り届けた者は、行方知れずになると聞き及んでいました。実際、今まで無事に戻った者はいません。それは道中で襲われたり、魔王城に着いた途端に殺されるからだと思っていましたが……実際は違った」
ゲイリーは、手に持った帽子を潰してしまいそうな位にぎゅっと握りしめて身体を震わせながらも、ナティスからの疑いを晴らそうとしている。
思わず「大丈夫だから」と言って、その震えを止めてあげたくなってしまったけれど、今回の目的は魔族であるタオとゲイリーの間の通訳だ。
タオに離れて貰う訳にもいかないし、流石に今までの経験を踏まえると、まだ完全に信用出来るかわからない男性に対して、不用意に触れる危険性については十分学んでいた。
だからせめて、何度も謝罪を続けながら言葉を紡ぐゲイリーに、怒っていない事を示す為、ナティスは警戒で固くなっていた表情を和らげる。
にこりと笑って、恐縮しきりの初老の男性に声を掛けた。
一瞬ビクリと肩を揺らし声を震わせながらも、人間の言葉が聞けたことに少しほっとした様子で、初老の男性は顔を上げ、ナティスに視線を合わせた。
「は、はい。ご無事で何よりでございます、聖女様」
「私の事を?」
ナティスは生まれた時から、魔族の持つ魔力をそのまま魔力として、感じる事が出来た。
それが聖女だったティアの記憶を持つ恩恵か、それともロイトの魔石を持って生まれたからか、はっきりとした理由はわからない。
魔族が恐ろしい存在ではないと知っている、という所が何より大きいのだろうとも思う。
魔力とは魔族の持つ能力の一つだと、きちんと理解出来ているというのが、魔力を魔力として感じるのに一番必要な事だからだ。
けれど、普通の人間には魔力という存在自体が未知なる力であり、それが強ければ強いほど、魔族からの威圧として受け取ってしまう。
恐怖を感じるばかりで、それが単なる魔族を魔族たらしめる要素の一つだとは気付かない。
わざと魔力を強めて脅すという使い方をしなくても、ただ魔力を持っているというだけで、人間はそれを畏怖してしまう。
だから、目の前に居るこの初老の男性は、きっと今もの凄い恐怖の中で、ここに立っている。
それがどの魔族によるものなのかも、何故なのかという事さえ、わかっていないはずなのだ。
魔力を持つタオを腕に乗せているから、ナティスが威圧感を纏っている様にさえ見えるだろう。
何も知らなければ、ナティスを魔族と勘違いしてもおかしくない状況だ。
なのに、初老の男性はナティスを聖女だと断定した。
ピリっと警戒を露わにしたナティスを見て、初老の男性が再び深く頭を下げる。
「顔を晒す事を大修道院に禁じられていた為、聖女様は覚えておられないかと思いますが……。数ヶ月前、貴方様を魔王城へとお連れしたのは、私でございます」
「え?」
「あの時はご挨拶もせず、逃げ帰ってしまって、大変申し訳なく……」
「本当に、貴方があの時の?」
「ゲイリーと申します」
何かに追われるように馬を飛ばし、通常では考えられない速度で、ナティスを大修道院から魔王城まで連れて来た御者の男。
確かにほとんど会話もなく、顔を見たこともなかったから、いつもどこか怯えている男性だったという記憶しかない。
本人だと言われれば、そうかもしれないと思うし、違うと言われれば違うのだろうとも思う曖昧さだ。
だがそれが本当ならば、ナティスの顔を知っていても、そして本物の聖女だと勘違いしていても、おかしくはない。
『タオ君、この人が私をここまで連れて来てくれたのだと言っているけれど、本当?』
『うん、ホントだよー』
唯一、ナティスを送り届けた人物を知っているのは、図らずも腕の上にいるタオだ。
こそっと確認すると、タオからは混じり気のない真っ直ぐな回答が返ってきて、それが真実だと認めざるを得ない。
あの時の御者は、魔族の国へと生贄を送り届ける役目を請け負う羽目になった理不尽さと、いつ魔族に襲われるかもしれないという恐怖心から、その原因であるナティスに、極力関わらないようにしていたのだろうと思っていた。
けれどその態度は、ナティスに余計な知識を与えない為の、大修道院からの指示の一つだったという事だろうか。
大修道院の指示には従わざるを得ず、生贄の聖女を送り届ける仕事をしていたものの、単に雇われて仕事をしただけで、神官達や盲目的な信者の一人ではなかったという事なのかもしれない。
(何より開口一番、私の無事を安堵してくれた……)
確かに、あの大修道院という組織に与する人物が、危険と見なされる仕事を自ら引き受けるとは考えられない。
今回、勇者の乗った馬車を操ってまたここまで来たというのなら、むしろ反大修道院側であったとも言える。
だからこそ当時、危険な役割を押し付けられたとも。
「毎年、聖女様を送り届けた者は、行方知れずになると聞き及んでいました。実際、今まで無事に戻った者はいません。それは道中で襲われたり、魔王城に着いた途端に殺されるからだと思っていましたが……実際は違った」
ゲイリーは、手に持った帽子を潰してしまいそうな位にぎゅっと握りしめて身体を震わせながらも、ナティスからの疑いを晴らそうとしている。
思わず「大丈夫だから」と言って、その震えを止めてあげたくなってしまったけれど、今回の目的は魔族であるタオとゲイリーの間の通訳だ。
タオに離れて貰う訳にもいかないし、流石に今までの経験を踏まえると、まだ完全に信用出来るかわからない男性に対して、不用意に触れる危険性については十分学んでいた。
だからせめて、何度も謝罪を続けながら言葉を紡ぐゲイリーに、怒っていない事を示す為、ナティスは警戒で固くなっていた表情を和らげる。
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