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世界の未来の為に

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 ナティスがヴァルターと再び話す事が出来たのは、それから三日後。

「勇者が到着した次の日に、もうお役御免になるとは思わなかったぜ」
『わふ』

 そう笑ったのはマヤタで、久しぶりにフェンの姿で現れたフォーグの尻尾をもふもふさせて貰いながら、二人と中庭で緩やかな時間を過ごしていた時の事だった。

 フォーグは、フェンの姿の時に言葉を発するのに何故か抵抗があるのか、相変わらず『わふ』としか言ってくれない。
 けれど、それはそれで今まで通りの友人関係で居てくれる証拠でもある様に思えて、悪い気はしなかった。
 意思の疎通に大きな問題はない事もあり、このままで良いかとさえ思えてしまう。

 勇者がナティスの兄であると判明し、ロイト自らがヴァルターに危険性は無いと断言した為、魔王であるロイトを守る役目の四魔天達は、勇者を迎え入れたその日限りで、任務から外れる事になったらしい。
 今現在、会合に同席しているのは、今まで直接ヴァルターと交渉を重ねてきた、外将のセイルだけだ。

 本来は、勇者の滞在中ずっとロイトに付く予定だった二人は、どうやら暇を持て余しているらしい。
 ナティスの姿を捉えて、いそいそと中庭へ足を運んで来た様子だった。

「あの人間も、馴染んだよなぁ」
『わふぅ』

 しみじみとマヤタが言う視線の先には、タオとゲイリーが居る。
 二人はすっかり打ち解けていて、既にナティスの通訳を介さず、身振り手振りでコミュニケーションを取っていた。
 今はサラやタオの兄達も巻き込んで、楽しそうに皆で大きな木に実っている果物を一緒に取っている。

 たまに言葉を交わしたい時にナティスを頼れる様になのか、それともあまり城内をうろつくのを控えているのか、恐らく両方の理由からゲイリーは中庭の一角からは離れたりしない。
 だがその制限の中でも、随分仲が良さそうな様子で穏やかに楽しんでいるのがわかるので、何よりだと思う。

「こんな風に、魔族と人間が交流出来る日が来るなんて、夢のようです」
「お嬢ちゃんが、それを言うか?」
『わふ!』

 マヤタとフェンには、自分の事を差し置いてと笑われたけれど、ロイトが目指し望んでいた世界が、すぐそこに広がっているという光景に、目を細めずにはいられない。
 平和な一時を満喫していると、応接室から中庭に続く廊下がにわかに騒がしくなる。

 どうやら、今日の会合は終わった様だ。
 確かにもうすっかり陽は沈んでしまっていて、まだ夜は深いとまでは言えないものの、これ以上は本来活動時間が昼間が中心であるヴァルターの集中力が、切れてしまうだろう。

 ナティスはヴァルターに再会して以降、時間を気にせずに毎日中庭に通っている。
 ヴァルターが勇者であるならば、避ける必要がなくなったからだ。

 だからこの二日間、会合が終わった後に、ヴァルターの姿を毎日見かけてはいた。
 けれど、ヴァルターがナティスを見つけて駆け寄ろうとしても、同時に応接室から出て来るロイトによって、何故か近付くことを阻止されていた。

 勇者が兄だと判明したのだから、兄妹として少しくらい話をしても問題はないとは思うのだけれど、ロイトはそれすらも嫌がっている。
 恋人同士という関係になったのにも関わらず、いやなったからこそなのか、何故かロイトの独占欲は日々大きくなっている様子で、ヴァルターと直接言葉を交わす機会がないまま日々が過ぎていた。

 ロイトの独占欲に呆れながらも少し嬉しくもあるので、ナティス自身も余り強く言えず、苦笑しながら後ろ髪引かれたまま部屋へ戻って行くヴァルターへ、手を振るに留めている。

 だが今日、応接室から出て来たのは、ヴァルターだけだった。
 同じ応接室の中に居たはずの、ロイトとセイルが暫くしても現れる気配がないので、二人は残ってまだ何かを話し合っているのかもしれない。

 今回の話し合いでは、魔王と勇者の協力体制を知らしめる方法だけではなく、その他にももっと重要な取り決め事項を、いくつも抱えているはずだ。
 一ヶ月はかからないにしろ、数週間は毎日応接室に籠もることになると聞いていた。
 まだ序盤のはずだけれど、そう簡単に事は運ばないという所だろうか。

 心配になって応接室の方向を見つめていたら、歩いてくるヴァルターと目が合った。
 ぱっと嬉しそうな顔をして、ヴァルターがいつもの様に大きく手を振り、今日は止める相手が居ないことに気付いたのか、そのまま駆け出す。

 駆け寄って来ると察したフェンが、すくっと立ち上がってナティスとヴァルターの間に立ち塞がった。
 まるで、ロイトの代わりにナティスを守ってくれている様でとても頼もしいけれど、相手はヴァルターだ。
 フェンもフォーグとして面識があるのだから、警戒の必要はないとわかっているはずなのに、一体どうしたのだろう。

 マヤタもフェンの行動を制止したりせず、面白いことが始まりそうだと言わんばかりに、いつもの楽しげな表情を作って、ただその様子を眺めている。
 初日の様に、ナティスを抱きしめられる距離まで近付くのを阻止されたヴァルターが、フェン越しに足を止めた。

「ナティス、元気そうだね」
「兄様も。人間の国とは時間の使い方が随分違うと思いますけど、体調を崩されてはいませんか?」
「大丈夫だよ。だけど、少しだけでも活動時間を夜にずらそうと思っていたのに、久しぶりの太陽が嬉しくてつい早起きしてしまうから、会合が長引くと眠くなってしまうのが申し訳ないかな」

 少し照れた様に頭を掻くヴァルターは、子供の頃に見た太陽が空にあるという魔族の国の状況に、興奮を隠し切れていなかった。
 ヴァルターは淡々と、太陽を失った人間の国の状況を受け入れていた様に思っていたけれど、それはハイドンの領主として、人々に不安を抱かさない為の虚勢だったのかもしれない。

 やはりそれだけ太陽という存在は、大きいという事だろう。
 いつか、人間の国に太陽が戻る日が来れば良いと、心から思う。

「ロイトは、元々そのつもりで長期間の予定を立てている様ですから、お気になさらなくても大丈夫だと思いますよ」
「もっとこっちに合わせろって言って来ても、おかしくないのにね。本当に、他人に寄り添える良い王様だよ」
「はい」

 ヴァルターが、ロイトの事をよく思ってくれているのが嬉しくて、つい顔が緩む。
 そんなナティスに優しく頷いてから、ヴァルターは二人を隔てる存在へ、ふと視線を落とした。
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