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同じであって違うもの
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「どうしたのですか?」
「すまない。俺がナティスに、ちゃんと言葉で伝えていなかったから、こういう事になるんだ」
「何がでしょう?」
何を言いたいのか良くわからなくて首を捻っていると、ロイトが真剣な表情でナティスを見上げていた。
どこか緊張感のある空気が漂い、思わず背筋を伸ばす。
するとロイトが、たった今返したばかりの魔石に更にふわりと魔力を付与させて、再びそれをナティスの掌の上に乗せた。
そしてその魔石ごと、ナティスの掌にキスを落とす。
「この魔石はもうティアの物ではなく、ナティスの物だ。その証拠に、闇の魔力の加護はナティスから離れない。それは魔石の主である俺が、守りたいのも受け入れて欲しいのも、ナティスだと思っているからに他ならない」
「でも、それは今までも……」
ロイトがナティスとティアの関係に気付くずっと前から、生まれ変わった後にロイトと出会う前から、魔石はナティスを守ってくれていた。
すぐにリファナに封印を施して貰ったから、実際に感じる事が出来たのはほんの僅かな時間だったけれど、ロイトの魔石がナティスを守ってくれようとしていた事はわかる。
魔石がナティスを守る理由は、ナティスがティアの生まれ変わりであるからに過ぎないと否定しようとした言葉は、先にロイトに奪い取られた。
「確かに今までは、ティアの為の物だった。それは否定しない。俺自身が知らなくとも、魔石がティアの生まれ変わりであるナティスを守ろうとしていたのも、恐らくその影響だろう」
「はい。私もそうなのだと思っています」
「でももう俺は、ナティスがティアとは違うと知っている。それでも魔石の力は、俺には戻ってこない」
たった今、ナティスを包んでいる闇の魔力は、今までナティスを支えてくれていた力とは同じであって違うのだと、ロイトはそうはっきりと言ってくれている。
魔力というものの性質は、それを持たないナティスには、説明して貰った以上の事はわからない。
魔石という存在が、魔族にとってどういう位置づけなのかも同様だ。
けれどきっと、魔石は贈り主が定めた加護対象を失った場合、本来であれば創造主の魔力として循環するものなのだろうという事は、ロイトの言葉で何となくわかった。
それなのに、ロイトの魔石はまだ形を残したままここにあり、ナティスの傍に寄り添うだけだった闇の魔力を、確かに今はまるで自分の一部の様にさえ感じていた。
「本当に、私が持っていても?」
「俺としては、ナティスの為に新たに作り直したいのが本心だ。だが魔石は、ある一定以上の魔力を持つ魔族にしか作れない上に、生み出せるのは一生に一度だけだと決まっている」
「そんなに、貴重な物だったのですか」
かなり力のある魔族にしか生み出せない事も、小さな魔石の中に込められた魔力が、想像も出来ない位に膨大だという事も、聞いてはいたし理解はしているつもりだった。
ロイトの魔石は、ティアの寿命という身体の作りを変えてしまえる力だし、リファナの魔石は、薬草園の植物をたった一日で常時に渡り成長させる力を持っている。
その力がどれほど貴重で強大なものなのかは、想像に難くない。
けれどそれが、数百年あるいは数千年と生きる魔族の一生でも、一度しか作り出せない唯一無二の産物だとは、思ってもみなかった。
ロイトは、まだ魔族の中ではとても若いと聞いている。きっとまだ、人間の寿命程度さえも超えていない。
そのロイトが、この先ずっと続く長い時間をかけて決めてしかるべき決断を、あの日ティアの為にしてくれていたとは。
ティアには敵わないと思い知らされるばかりだけれど、それでもこの先ロイトの傍に居る事を望んだのは、ナティス自身だ。
それに、これ以上ロイトが悲しい思いをしない様に、ティア以上の愛情を持ち続けていれば、いつかは追いつける日が来るかもしれない。
(だってロイトは「私」に、魔石をくれると言ってくれているんだもの)
新たに作り直したい、そう言ってくれただけで十分だった。
少なくともティアに抱いた気持ちと同じ位の大きさで、この先ロイトの一生を掛けても良いと思ってくれている事に、他ならなかったから。
それにこの魔石がもう、ティアの為だけの物ではないと、ナティスは知っている。
再び掌の上に戻って来た、同じ様で全く違う魔石を、ぎゅっと握りしめる。
ロイトが魔力を上乗せしたからなのか、それともナティスに持っていて欲しいと願ってくれたからなのか、ナティスを包む闇の魔力は以前とは少し違う気がした。
守るように暖かく包み込んでくれる所は同じだけれど、それだけではなく何があってもこの力だけは傍に居てくれるという、抜群の信頼感が生まれたという感覚。
それはロイトが抱きしめてくれている時に感じる、ドキドキ感と安心感の狭間と近いかもしれない。
ナティスが素直に魔石を受け取った事にほっとしたのか、ロイトが緊張を解いてふわりと笑う。
「失われていなかったのは、奇跡に近い。これから先、ナティスと一緒に魔族の時を刻む事は、諦めるしかないと思っていたから」
「それ、は……」
人間と魔族の寿命差は大きい。
ナティスの一生は、ロイトにとっては瞬きする程の時間でしかないのだろう。
一生に一度しか作る事の出来ない魔石を、ロイトはとっくに失われたものだと思っていた。
それはつまり、ナティスに愛を伝えてくれた時点で、ロイトは再び別れる悲しみがすぐに訪れる事を知っていて、それでも尚一緒に居たいと覚悟を決めてくれていたという事になる。
ロイトを一人、置いて行く。
その辛さをティアであったナティスは知っていたはずなのに、残されたロイトがどれだけ悲しみの中に囚われていたのかも見てきたのに。
気持ちが通じ合った事が嬉しくて、その事実を深く考えていなかった。
ロイトの抱いていた想像以上の覚悟を知り、言葉が出ないナティスの手を、ロイトは再び魔石ごと包み込む。
そしてまるで祈る様であり、懺悔する様でもある眼差しを、ナティスへと向けた。
「一番に伝えるべき相手であるナティスに、何も言っていなかった事に今更気付くなんて……魔石を突き返されるのは当然だ。浮かれていたとは言え、申し訳ない」
「ロイト?」
ナティスはロイトから、欲しい言葉を既に沢山貰っている。
ティアとナティスは違うと言ってくれた事、この先の未来にはナティスが必要だと言ってくれた事、何よりも心に響く真っ直ぐな愛の言葉を。
だからロイトが謝る理由がわからなくて首を傾げていると、ロイトは少し苦笑して、改めて姿勢を正した。
「すまない。俺がナティスに、ちゃんと言葉で伝えていなかったから、こういう事になるんだ」
「何がでしょう?」
何を言いたいのか良くわからなくて首を捻っていると、ロイトが真剣な表情でナティスを見上げていた。
どこか緊張感のある空気が漂い、思わず背筋を伸ばす。
するとロイトが、たった今返したばかりの魔石に更にふわりと魔力を付与させて、再びそれをナティスの掌の上に乗せた。
そしてその魔石ごと、ナティスの掌にキスを落とす。
「この魔石はもうティアの物ではなく、ナティスの物だ。その証拠に、闇の魔力の加護はナティスから離れない。それは魔石の主である俺が、守りたいのも受け入れて欲しいのも、ナティスだと思っているからに他ならない」
「でも、それは今までも……」
ロイトがナティスとティアの関係に気付くずっと前から、生まれ変わった後にロイトと出会う前から、魔石はナティスを守ってくれていた。
すぐにリファナに封印を施して貰ったから、実際に感じる事が出来たのはほんの僅かな時間だったけれど、ロイトの魔石がナティスを守ってくれようとしていた事はわかる。
魔石がナティスを守る理由は、ナティスがティアの生まれ変わりであるからに過ぎないと否定しようとした言葉は、先にロイトに奪い取られた。
「確かに今までは、ティアの為の物だった。それは否定しない。俺自身が知らなくとも、魔石がティアの生まれ変わりであるナティスを守ろうとしていたのも、恐らくその影響だろう」
「はい。私もそうなのだと思っています」
「でももう俺は、ナティスがティアとは違うと知っている。それでも魔石の力は、俺には戻ってこない」
たった今、ナティスを包んでいる闇の魔力は、今までナティスを支えてくれていた力とは同じであって違うのだと、ロイトはそうはっきりと言ってくれている。
魔力というものの性質は、それを持たないナティスには、説明して貰った以上の事はわからない。
魔石という存在が、魔族にとってどういう位置づけなのかも同様だ。
けれどきっと、魔石は贈り主が定めた加護対象を失った場合、本来であれば創造主の魔力として循環するものなのだろうという事は、ロイトの言葉で何となくわかった。
それなのに、ロイトの魔石はまだ形を残したままここにあり、ナティスの傍に寄り添うだけだった闇の魔力を、確かに今はまるで自分の一部の様にさえ感じていた。
「本当に、私が持っていても?」
「俺としては、ナティスの為に新たに作り直したいのが本心だ。だが魔石は、ある一定以上の魔力を持つ魔族にしか作れない上に、生み出せるのは一生に一度だけだと決まっている」
「そんなに、貴重な物だったのですか」
かなり力のある魔族にしか生み出せない事も、小さな魔石の中に込められた魔力が、想像も出来ない位に膨大だという事も、聞いてはいたし理解はしているつもりだった。
ロイトの魔石は、ティアの寿命という身体の作りを変えてしまえる力だし、リファナの魔石は、薬草園の植物をたった一日で常時に渡り成長させる力を持っている。
その力がどれほど貴重で強大なものなのかは、想像に難くない。
けれどそれが、数百年あるいは数千年と生きる魔族の一生でも、一度しか作り出せない唯一無二の産物だとは、思ってもみなかった。
ロイトは、まだ魔族の中ではとても若いと聞いている。きっとまだ、人間の寿命程度さえも超えていない。
そのロイトが、この先ずっと続く長い時間をかけて決めてしかるべき決断を、あの日ティアの為にしてくれていたとは。
ティアには敵わないと思い知らされるばかりだけれど、それでもこの先ロイトの傍に居る事を望んだのは、ナティス自身だ。
それに、これ以上ロイトが悲しい思いをしない様に、ティア以上の愛情を持ち続けていれば、いつかは追いつける日が来るかもしれない。
(だってロイトは「私」に、魔石をくれると言ってくれているんだもの)
新たに作り直したい、そう言ってくれただけで十分だった。
少なくともティアに抱いた気持ちと同じ位の大きさで、この先ロイトの一生を掛けても良いと思ってくれている事に、他ならなかったから。
それにこの魔石がもう、ティアの為だけの物ではないと、ナティスは知っている。
再び掌の上に戻って来た、同じ様で全く違う魔石を、ぎゅっと握りしめる。
ロイトが魔力を上乗せしたからなのか、それともナティスに持っていて欲しいと願ってくれたからなのか、ナティスを包む闇の魔力は以前とは少し違う気がした。
守るように暖かく包み込んでくれる所は同じだけれど、それだけではなく何があってもこの力だけは傍に居てくれるという、抜群の信頼感が生まれたという感覚。
それはロイトが抱きしめてくれている時に感じる、ドキドキ感と安心感の狭間と近いかもしれない。
ナティスが素直に魔石を受け取った事にほっとしたのか、ロイトが緊張を解いてふわりと笑う。
「失われていなかったのは、奇跡に近い。これから先、ナティスと一緒に魔族の時を刻む事は、諦めるしかないと思っていたから」
「それ、は……」
人間と魔族の寿命差は大きい。
ナティスの一生は、ロイトにとっては瞬きする程の時間でしかないのだろう。
一生に一度しか作る事の出来ない魔石を、ロイトはとっくに失われたものだと思っていた。
それはつまり、ナティスに愛を伝えてくれた時点で、ロイトは再び別れる悲しみがすぐに訪れる事を知っていて、それでも尚一緒に居たいと覚悟を決めてくれていたという事になる。
ロイトを一人、置いて行く。
その辛さをティアであったナティスは知っていたはずなのに、残されたロイトがどれだけ悲しみの中に囚われていたのかも見てきたのに。
気持ちが通じ合った事が嬉しくて、その事実を深く考えていなかった。
ロイトの抱いていた想像以上の覚悟を知り、言葉が出ないナティスの手を、ロイトは再び魔石ごと包み込む。
そしてまるで祈る様であり、懺悔する様でもある眼差しを、ナティスへと向けた。
「一番に伝えるべき相手であるナティスに、何も言っていなかった事に今更気付くなんて……魔石を突き返されるのは当然だ。浮かれていたとは言え、申し訳ない」
「ロイト?」
ナティスはロイトから、欲しい言葉を既に沢山貰っている。
ティアとナティスは違うと言ってくれた事、この先の未来にはナティスが必要だと言ってくれた事、何よりも心に響く真っ直ぐな愛の言葉を。
だからロイトが謝る理由がわからなくて首を傾げていると、ロイトは少し苦笑して、改めて姿勢を正した。
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