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同じ時を刻む為に

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「待って下さい……。一番大切な事が、終わっていません」
「大切な事?」

 優しさに包まれながら、ナティスが睡魔に抗いながら戦っている様子に気付いて、ロイトはナティスを眠りに誘うのを止めてくれた。
 そして、ナティスの言葉に小さく首を傾げる。

(これだけは、どうしても今夜の内にやり遂げたい)

 結婚式の日取りが決まった時から、ナティスはそう決めていた。
 疑問を抱えたまま、ロイトは胸の中でもぞもぞと動くナティスが何をしようとしているのか、黙ってじっと見守ってくれている。

 とは言え、事は単純だ。
 身体を覆う物を何も身につけていない格好である今、ナティスが持つのは、皆から贈られたロイトとお揃いである白金の腕輪と、首から掛かるロイトの魔石が入った革袋しかない。
 この状況で、ナティスに必要な物と言えば、選択肢は一つしかなかった。

 母の形見となった革袋に入った、大切なお守り。
 ティアの形見であり、今はナティスの為の物と変化した、ロイトからの愛の証。
 既にリファナの封印は解けていて、今は闇の魔力がふんわりと、常にナティスを守ってくれている状態になっていた。

 だから革袋から取り出しても、以前ロイトに本当の事を告白した時の様に、膨大な魔力の放出はない。
 それでも、手の中で実際に存在を確認するとどこか安心するのは、小さい頃からお守りとして、その存在に頼ってきたからだろうか。

(今まで、沢山守ってくれてありがとう)

 母からナティスの手に渡ってすぐ、その魔力はリファナの勧めに従って封印する事になった。
 けれど、ロイトの魔石が傍にあるという事実が、どれだけナティスの心を守ってくれたかは計り知れない。

 この小さくて大きな魔石は、この幸せに至るまでに、ナティスに沢山の勇気と希望をくれた。
 ロイトの瞳と同じ色の小さな魔石を、革袋から取り出して、ぎゅっと握りしめる。
 こうして形を確かめられるのは、今日で最後だから。

 そっと顔を上げると、ナティスが何をしたいのか察したロイトの視線と絡む。
 そこには期待と同じ位、不安の色が浮かんでいた。

「ロイト。貴方の魔石を、本当の意味できちんと受け取らせて下さい」
「……飲んで、くれるのか?」
「今日以上に、相応しい日がありますか?」

 人間としての時間を捨て、ロイトと共にこの先もずっと過ごして行く覚悟は、とっくに出来ている。
 足りなかったのは、タイミングだけだった。

 ロイトは、ナティスが今まで何も言い出さなかった理由を、躊躇しているからとでも思っていたのだろうか。
 心外だと、ぷくりと頬を膨らませて拗ねた顔を作ってみると、ロイトがようやく不安から解放された様に苦笑する。
 そして膨らませた頬を宥める様に、短いキスが届けられた。

「そうだな……うん。確かに、今夜以上の日はない」
「出来ればロイトに、飲ませて頂きたいのですけど」
「もちろん」

 そっと握りしめていた魔石を、ロイトに手渡す。
 返す為ではなく、今度こそちゃんと受け取る為に。

 手渡された魔石をしばらく見つめ、決意を固めた瞳でナティスへと視線を移動させたロイトに、ふわりと微笑んで頷く。
 するとロイトは、おもむろにパクリと魔石を口に含んで、ナティスを力一杯抱きしめた。

「……っ、んんっ?」

 てっきり水か何かを持って来て、飲ませてくれるものだと思っていたから、突然仕掛けられたキスに驚いて目を見張っていると、そのままロイトに口内をこじ開けられた。

 再び蕩けさせられそうになっていると、ロイトの舌が絡んで、小さな塊がナティスの舌の上にそっと乗せられたのがわかる。
 口移しで渡されたロイトの魔石が、じんわりとナティスの口内で溶けて行く。

 いくら小さいとは言え、食べ物ではない固い石を飲み込むのだ。
 喉に引っかかって痛くないだろうとか、一気に流し込めば大丈夫だろうかとか、ロイトから改めて魔石を受け取った後ずっと様々なパターンを考えた。
 結果、どうしても詰まらせてしまう怖さが拭いきれなくて、ロイトに委ねてしまう事にしたのだけれど、この展開は予想外である。

 飲み込むという過程を通らずに、ただ口内に受け取っただけで魔石は飴の様に優しく溶け、ゆっくりとロイトの魔力が身体中に染み渡って行く。
 それはまるで、ナティスに僅かな負担もかけまいとするロイトの優しさが、具現化している様だった。

 受け渡された後も続くロイトからのキスに夢中になっている間に、持っている間は割れる気配もなく、とても固かったはずの小さな魔石は、口内からすっかり姿を消していた。
 唇が解放され、「はぁ」と小さく息を漏らすと同時に、まるで化かされてでもいる様な気がして、パチパチと大きく瞬きをする。

 何か身体に大きな変化が起こることも覚悟していたけれど、痛みや苦しみといった症状は全く出ていない。
 無味無臭だった事もあり、本当に魔石を体内に取り込めたのか、自信がない位だ。

 だが魔力を正確に把握出来るロイトには、ナティスの身体に起こった変化がわかったのだろう。
 とても幸せそうな顔で、「ありがとう」と感謝の言葉を告げると共に、ナティスの額に優しいキスが落ちてきた。
 自覚がないので不思議な感覚だけれど、どうやらロイトの魔石はナティスの体内へと、正しく受け渡されたらしい。

「お守りの代わりは、俺自身が務める。必ず守るから」

 もう既に、ロイトから贈られた髪飾りや、結婚の証として皆が贈ってくれた腕輪という、ナティスを守ってくれる物は沢山ある。
 けれど、生まれた時から一緒だったのは、ロイトの魔石だけだ。

 ナティスにとって、魔石という存在がどれだけ特別な物であったのか、ロイトは理解してくれているのだろう。
 代わりになるという言葉よりも、その事がとても嬉しくて、ナティスはこくりと頷いて微笑んだ。

「はい。頼りにしていますね」
「この先何があっても、ずっと傍に居て欲しい」
「もちろんです。誓いは、決して違えません」

 今度こそ、ロイトを絶対に一人にしたりしない。
 それこそが、結婚式で誓ってくれたロイトからの一途な愛に、それ以上で返すという約束を果たす事にも、繋がるはずだから。

「ふふ、何だか胸がぽかぽかして、とても幸せです。ロイト、私を選んで下さってありがとうございます」
「全く……礼を言うのは、俺の方だろう」

 苦笑と共に、ロイトからのキスが、幸せすぎて僅かに涙の溜まった目元に触れた。
 気持ちだけでなく、ロイトの体温がすぐ傍にあるという二重の温かさに、今度こそ優しいキスに誘われる様にして、ナティスは瞼の重みに耐えきれなくなる。

 夢の中まで一緒に居たい気持ちが溢れて、そっと瞳を閉じたまま探る様にロイトの手に触れると、すぐにぎゅっと指を絡めて応えてくれた。
 望んだ通りに、愛する人が応えてくれる幸福感に包まれて、ナティスの意識は深く落ちていく。

 二人で進む新たな一歩を祝福する様に、幸福な未来を見守るように、白金の腕輪がシャランと音を立てて重なった音が、耳をくすぐった。
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