転生したら断罪イベが終わっていたので、楽しい奴隷ライフを目指します!

架月はるか

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お屋敷案内

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 この世界では、日本のように時間に急かされる事は少ない。
 時間を正確に知り、計画的に動かなければならない執事や、王宮に勤める様な騎士や文官等は、各自懐中時計を持っていたりはするけれど、それ以外の者達にとって時間の概念は緩い。

 平民達は、教会が鳴らす朝と夕方のそれぞれ六時を告げる鐘を基準に生活しているし、貴族屋敷でも大広間等に大時計が一つあれば良い方で、各部屋に置き時計等は基本的にないのが普通だ。
 だからもちろん、マルガリータの居るこの主人部屋と思しき場所にもそれはなく、体感としてアリーシアが退出してから、一時間程経ったかなと思った頃に、部屋の扉がノックされた。

「はい」
「失礼致します」

 マルガリータが応えると、すぐさま返ってきた声はダリスの物で間違いなく、どうやらちゃんと昼食の時間を取ってくれたらしい事にほっとする。
 扉を開けて入ってきた姿は、忙しいだろうに朝食時に挨拶をしてくれた時から少しもくたびれておらず、乱れのない髪やビシッとしたある意味堅苦しさを感じる服をさらりと着こなし、背筋の伸びた執事のお手本のような所作は、仕事の出来る男という感じだ。
 眼鏡の奥にある目尻の皺が、何となく厳しさを緩和していて、大人の余裕を感じさせる。

(こんな人が上司だったら、仕事しやすそう)

 面倒な処理を丸投げしてくる上に、トラブルがあっても責任を取ってくれる事も無くさっさと自分だけ逃げてしまう、本当に頼りがいが無いじじい上司の下で入社時から働いていた真奈美としては、期待感も高まる。
 自分の能力を高める努力は必要だが、それを生かせるかどうかは上司運にかかっていると言っても過言じゃないと思うのだ。
 見た目だけで判断出来るものでもないけれど、見た目でわかる事も沢山ある。

「ダリスさん、お時間を取らせてしまってすみません。よろしくお願い致します」
「滅相もございません。この屋敷の使用人は全員マルガリータ様を最優先に動いておりますので、お気になさる事はございません」
「えぇ!?」

 いきなり、とんでもない事実を突きつけられた。
 マルガリータを最優先にとは、つまり主人である黒仮面の男とほぼ同等の扱いをされているという事だ。
 いくら使用人達に勘違いされて、今は客人扱いされている状況とはいえ、まだ十七歳の小娘一人に対して大袈裟すぎる。
 一体マルガリータを、何者だと思っているのだろう。

 使用人達が事実を知った時に、向けられるであろう態度の格差がどんどん怖くなる。
 いい加減、誰かマルガリータがただの何も持たない奴隷だと、気付いてくれないものか。
 朝食時に、何故か強い確信を持って否定されてしまったので、黒仮面の男が帰って来てきっぱり宣言してくれない限り、もうマルガリータは自分でこの誤解を正せそうにない。

(甘やかされ過ぎると、後々辛いのは私なんだから、気を抜かないように気をつけなくちゃ)

「それでは、屋敷の中をご案内致しましょう」

 部屋の外へ導く様に、入って来たばかりの扉を開けたままにこりと微笑むダリスに、もう一度丁寧に「よろしくお願いします」と頭を下げて、マルガリータは部屋からやっと自分の意思を持って一歩を踏み出した。

 大方の予想通り、別宅の様なもので黒仮面の男しか利用していないとは言っていたが、多少こじんまりとしていても、やはりここは貴族屋敷で間違いないようだった。
 広さはともかく、大体の配置はマルガリータに馴染みのある良く知る造りだったから。

 マルガリータの通された三階は、やはり主人用の居住空間らしい。
 黒仮面の男の部屋を見せて貰う事は、さすがに叶わなかったけれど、マルガリータの通された部屋以外には、この階には黒仮面の男の寝室である部屋しかないと言う。
 つまり、三階には二部屋しかないという事になる。広い訳だ。

(どう見ても、私が通される場所じゃないと思ったのよ! やっぱり、夜の相手の線は……消せないわ)

「あの……旦那様? に、奥様はいらっしゃらないのですか?」

 そう言えば、まだ黒仮面の男の名前さえ知らなかったと気付いてどう呼べば良いかわからず、使用人達が呼ぶように「旦那様」と呼ぶのが正しいだろうか、それともここは奴隷らしく「ご主人様」だろうかと色々と頭に浮かんだ末、疑問系になってしまった。
 だがダリスは気にした様子もなく、マルガリータの言葉に顔を向けてくれた。

 もし黒仮面の男が妻帯者で、ここが実験台兼性奴隷を飼う為の屋敷だったりするのなら、マルガリータは間違いなく夫婦仲を悪くする一因になるに違いない。
 貴族は政略結婚が主なので、愛のない仮面夫婦も多いと聞くが、例えそんな夫婦だとしても、出来れば波風を立てる様な存在にはなりたくはなかった。

「ご安心下さい。旦那様には、マルガリータ様だけでございます」
「はい?」
「浮いた噂話さえ全くなく心配しておりましたが、こんなに可愛らしい方を隠していらっしゃったとは」
「はい?」

 感無量という表情で、うんうんと頷いているダリスの言葉を一ミリも理解できず、言葉の合間にマルガリータは機械の様に、同じ角度で首を傾げる事しか出来なかった。

(何だかよくわからない方向に流れてしまったけど、とりあえず黒仮面の男に、奥さんはいないって事でいいのよね?)

 自分のせいで、誰かが少しでも不幸になるのは気分が良い物ではないから、そうでないらしい事にほっとする。
 何故か、にこにこと上機嫌になったダリスに連れられて二階へ降りる。
 二階は主に、執務室が広く取られているようだった。
 その他に客人の寝室が二部屋と、珍しいところでは図書室がある。

 中に入っても良いという事だったので見せて貰うと、別宅とは思えない充実した蔵書の量だった。
 ハーブの研究をしている様子だし、黒仮面の男はどうやら文官系の貴族で間違いない様だ。

 マルガリータも真奈美も、本が大好きだったので目が輝いていたのだろう。
 ダリスは「ここはいつでも、自由に使って頂いて構いませんよ」と、あっさり使用許可をくれた。
 執務室と別部屋になっているから、大事な書類や閲覧してはいけないような書籍類は、ここにはないのかもしれない。
 マルガリータに今後自由に屋敷内を動き回り、本を読む時間が与えられるかどうかは甚だ疑問ではあったけれど、ここはダリスの好意に感謝しておくべきだろう。

 そして一階には、今朝連れて行かれた広い食堂とその奥に厨房。
 応接室と、住み込みの使用人達の部屋がいくつか用意されていた。
 必要な施設は全て揃っていて、逆に余計な部屋や無駄な設計がない分、一つ一つの広さは充分だ。
 何よりインテリアや小物に統一感がある上に、上質だとわかる物がきちんと取り揃えられていて、ごてごてした嫌みも無い。

 正直、別宅と言うには勿体ない位、かなり素敵な屋敷だった。
 結婚はしていないという事なので、黒仮面の男自身の趣味が良いという事なのだろう。
 使用人に任せっきりという事も考えられるが、きちんとした物を取り揃えられる使用人を雇っている時点で、目は確かと言わざるを得ない。

「部屋数は多くはございませんので、迷われる事はないかと存じます。旦那様の寝室と執務室以外は、お好きにご利用下さい」

 一階の案内まで全て終わった所で、ダリスが言ったその言葉に驚く。
 入ってはいけない場所が少なすぎるし、その許可は勝手に屋敷中の物を使って良いというのとほぼ同意だ。
 本当に、誰と勘違いしているのかは未だにわからないけれど、これでは客人と言うより女主人扱いと言っても、過言ではないのではないだろうか。

(別宅とは言え、ここまで許されると言ったら……まさか愛人候補、とか?)

 黒仮面を付けたままだったので、顔が見えなかったから詳しい年頃はわからないが、エロ親父という様な年齢ではなかったとはいえ、マルガリータよりは十近く年上の様に感じた。
 その年頃ならば、まだ妻はいないとしても貴族であると仮定するなら、婚約者位居るだろう。

 マルガリータと同じ様に、特殊ケースでもし婚約者がいなかったとしても、こんな好待遇で間違えられるとするなら、新しく出来た恋人辺りしか考えられない。
 ここに連れて来られた時点で、マルガリータはかなりボロボロな格好だったので、貴族のご子息の恋人と間違えられるには、多少無理があるような気がしなくもない。
 けれど、結婚もしていないまだ身軽な若様が、ちょっとした火遊びで身分の低い娘を連れて来たと勘違いされた可能性もまた、否定できなかった。

 先程、ダリスが浮いた話がないと言っていたので、女っ気のない人物なのかと思っていた。
 奴隷紋を刻印する際の事もあり、誠実そうなイメージを僅かばかり抱いていたのだが、結婚前に愛人を屋敷に招き入れ、あまつさえ更にマルガリータという奴隷を囲おうとしているとすれば、むしろ遊び人の類いなのだろうか。

(え、そんな人と間違えられてるって、かなりリスキーじゃない? 婚約者さんや、本物の愛人さんと鉢合わせしたら、どうしたらいいの? 修羅場必至じゃない!)

「は、はい……」

 ぐるぐると考えてみても、結局黒仮面の男が居ない事には、マルガリータに今の置かれている状況が変わる訳でもない。
 どう折り合いを付ければ良いかわからないまま、今は素直にダリスの言葉に頷いておく選択肢しか、思い浮かばなかった。
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