転生したら断罪イベが終わっていたので、楽しい奴隷ライフを目指します!

架月はるか

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黒馬のジェットは力持ち

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 どのくらい駆けただろうか。
 初めて見る景色と乗馬の楽しさ、そしてディアンがすぐ傍にいる心地良さに、疲れる暇も無くあっという間に目的地の近くへ辿り着いた。

 行き先を知らされないままだったマルガリータに、街から少し離れた辺りでディアンが教えてくれた行き先は、苗屋や花屋等ではなく、郊外にある湖の畔に生息する自生のハーブを取りに行くという事だった。
 この世界において、ハーブはただの雑草という扱いだった事を思い出す。
 それなら確かに、花屋はもちろん農作物の苗を取り扱っているような店にも、ハーブの苗が置かれているはずはなかったのだ。

 お昼過ぎには着くと言っていたから、大体屋敷から馬で一時間ちょっとという距離なのだろう。
 確かに、それではゆったりとした馬車で行くと一日仕事になってしまう。乗れるのなら、馬で早駆けした方が良い。
 今回は乗馬初心者のマルガリータを連れているから、多少時間は多めにかかっているのであって、普段ディアンが一人で行く時はもっと気軽に、ちょっと行って来るという程度なのかもしれない。

 やっと乗り慣れて楽しくなってきた頃合いだったので、目的地が近付いて徐々に黒馬のスピードが緩やかになってしまったのは少し残念だったけれど、それ以上に眼前に広がる景色に目を奪われる。
 キラキラと太陽に照らされて光る大きな湖の水は、遠目から見ても透き通る美しさで、それを取り囲むように目一杯、青々とした緑と様々な花が咲き誇っていた。

「さぁ、お手をどうぞ」

 ふわりと先に黒馬から降りたディアンが、すぐさま手を差し出してくれた。
 マルガリータは、馬上で一人心細く思う暇も無く抱き下ろされる。

(乗せて貰った時も思ったけれど、凜々しい格好と黒馬がオプションに付いている効果なのかしら? 元々顔面偏差値は高かったけれど、今日は王子様感が半端ない……)

「ありがとうございます」
「慣れない乗馬で疲れただろう。先に昼食にしようか」

 特に自分では何もしていないし、身体を預けていただけなのにと言おうとしたけれど、支えられて足を地面に付けた途端、ガクガクと膝が笑っているのに気付いて、乗馬が運動である事を知った。
 マルガリータがその場から動かなくて良い様に、さっと広げられた敷布に座るように勧めてくるディアンは、そのまま黒馬のお腹を撫でて労りながら、湖の方へ連れて行こうとする。
 去って行く気配を察して、マルガリータは咄嗟にディアンを呼び止めた。

「ディアン、待って! その子の名前を、教えて貰っても?」

 マルガリータが、そのまま大人しく座るものだと思っていたらしいディアンが、驚いた様に振り返る。
 視線を黒馬に止めたまま首を傾げてみせると、マルガリータの質問がここまで二人を運んでくれた黒馬の名前を尋ねたのだと、理解してくれたらしい。

「ジェット、だ」

 ディアンが名前を告げながらぽんぽんとその背を叩くと、黒馬のジェットが少しだけ首を下げて、マルガリータと視線を合わせてくれようとする。

(か、賢い! そしてやっぱり、凄く格好いいし可愛い……!)

 感動しながら一歩近寄ってみると、くるりとした瞳と視線が合う。
 すらりとした身体や、つやつやの黒いたてがみはとても格好いいのに、瞳を見ると可愛く見えるから動物は不思議だ。

「ジェット、ここまで連れて来て下さってありがとうございます。重くありませんでしたか?」

 ディアンに目配せして頷いて貰ってから、そっと近づけてくれた首元に手を添えてみると、ジェットは嫌がる様子もなかったので、そのままゆっくりと撫でてみる。
 つるりとした肌触りが気持ちよく、大切に世話をされているのが素人のマルガリータにさえわかった。

 乗せてくれたお礼の言葉をまるで理解したように、撫でるマルガリータの手に身を委ねて「ブルルルッ」と、気持ちよさそうに応えてくれたジェットに、笑みを返す。
 その様子を、隣に居たディアンが驚いた様に見ていた。

「マルガリータ、君は……」
「あ、ジェットを休ませてあげようとしていたのですよね。邪魔をしてごめんなさい。ジェット、ゆっくりしてまた帰りもお願いしますね」

 「ヒヒン!」とまるで「任せろ!」とでも言うように鳴いたジェットの姿に、ディアンが堪らずと行った具合に「ははっ」と、声を漏らした。
 突然の笑い声にディアンへ視線を向けると、はっとした様に片手で口元を押さえ必死に笑いを誤魔化そうとしているけれど、実際はちっとも隠せていない。

(私、笑われる様な事をしたかしら?)

 ディアンの笑いのツボに心当たりがなさ過ぎて、こてんと首を傾げる。
 ディアンは「違うんだ」と首を小さく横に振っているけれど、口角は上がったままなので、笑いを堪えている表情は全く治まっていない。

「ジェットに、そんなに真剣に礼を言うなんて思ってもいなかったから、驚いただけだ」
「どうしてです? 私が乗馬を出来ないばかりに、二人乗せることになってしまった功労者へお礼を言うのは、当たり前ですよ」

 マルガリータは真奈美だった頃と違って、ナイスバディの持ち主でとても羨ましい体型だし、奴隷に堕とされた事もあって平均的な女性体重よりも軽くなっていたけれど、それでも一人の人間だ。
 ジェットは二人を背に乗せ、かつ昼食やハーブ苗を収集するための道具、帰りには更にその収集したハーブの苗を一匹で全て運んでくれることになる。

 どんなに立派な馬だとは言え、負担が大きいのではないだろうか。
 マルガリータに乗馬の経験があれば、二頭で分散出来たのに、と思うのは当然だ。

「羽のように軽い君一人増えた所で、ジェットは平気だよ。もっと重い荷物を運んでくれる事だって、よくあるんだから」
「そうなのですか? ジェットは随分、力持ちなんですね」
「あぁ。だからそんなに、気にしなくてもいい」
「でも、いくら力持ちで平気なのだとしても、ここへ連れて来てくれた事実に変わりありませんし、私がお礼を言いたかったのです。もちろん、この場所へ誘って下さったディアンにも、とても感謝しています!」

 久しぶりの外は、自分が思っていた以上に嬉しかった。
 その上、こんなにも素敵で幻想的な場所を見ることが出来た興奮も有り、一気にまくし立てるような感謝の言葉になってしまった。
 連れ出してくれたディアンには、絶対に感謝を伝えたかったから、その手を取って「この感動よ、伝われ!」とばかりに、満面の笑みを零す。

「マルガリータが喜んでくれたなら、俺も嬉しい。それに、ジェットを気遣ってくれてありがとう」

 ディアンがあまりにも嬉しそうに笑うから、自分から握っておいてその行動が恥ずかしくなる。
 マルガリータと真奈美の意識が混ざり合ってから、多少この世界の中では常識外れな事をしてしまっているのは、何となくわかっていた。

 馬に感謝を伝えながら撫でる行為は、もしかして貴族としてだけではなく、平民や奴隷としての立場からしても普通とは違ったのかもしれない。
 ジェットは気持ちよさそうにしてくれていたし、マルガリータも感謝と労いを伝えられたから、何の問題も無いと思ったのだけれど、ふと不安が過ぎる。

「あの、私……変な事をしてしまったのでしょうか」
「いや、ちっとも変なんかじゃない。むしろ可愛すぎて、困る……」
「え? 今、何と?」
「なんでもない。ジェットを休ませてくるから、少し待っていてくれ」

 否定した後の小さく呟く様な言葉が聞き取れず、もう一度言ってくれないかと願うように首を傾げたが、ディアンは慌てたように話を終わらせてしまう。
 最後に、ぎゅっとマルガリータの手を握り返してから名残惜しそうに手を離し、ジェットを連れて行ってしまった。

 湖に程近い一本の大きな木に、ある程度ジェットが水を飲んだり草を食べたり自由に出来る様、長めの紐を使ってつなぎ止めているディアンの姿を目の端に捉えながら、マルガリータは周りへと視線を向けた。
 湖は澄んだ水で満たされていて、その周りに生き生きと育つ背丈の低い沢山の植物。
 森の中と言うほどには大きな木々が鬱蒼と生えてはいないものの、環境の良さからか一本一本はみずみずしく育った巨木が多い。

 なのに、湖の周辺を避けるように木が生えていてこの周辺だけが広く開けているので、とても見晴らしが良い。
 ピクニックには、最適だ。

 今マルガリータが居る場所は葉っぱの緑が中心だけれど、対岸辺りには白や赤、黄色と言った色とりどりの色彩が見えるから、あの辺りには花の咲く植物が中心に咲いているのだろう。
 ハーブの苗を仕入れにと言うだけあって、マルガリータの足下にある緑色の中にはハーブも多い。
 むしろ宝庫と言って良かった。凄い。

(あれ? でもこの風景……どこかで見た事があったかしら?)

 かろうじて歩いて一周出来そうな大きさの湖と辺りの光景は、何故か知っている場所の様な、不思議な感覚がした。
 首を傾げつつ自然とその場にしゃがみ込んで、多種多様のハーブが揃う湖畔の様子を確かめていたら、頭上に影が差す。
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