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転生したら断罪イベが終わっていたので……

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 黒曜石の指輪を、左手の薬指に嵌めたマルガリータと共に応接室に戻ったディアンが、父親へ再び……いや実際には三度目となる結婚の許可を請う言葉を紡ぐと、今度はあっけないほど簡単に許された。

(それにしても、いつの間に指輪まで用意していたのかしら)

 婚約者の男性から、相手の女性に贈られる指輪には好意を示す贈り物であると共に、その宝石によって意味が異なる。
 女性の瞳と同じ色の石ならば「貴方を愛しています」という意味に、そして男性の瞳と同じ色の石だと「私のものになって下さい」という、もっと直接的で独占欲を兼ね備えた意味になる。

 主に女性の瞳の色を贈るのは婚約時、男性の瞳の色は求婚時に用いられるものなのだが、政略結婚の多い貴族社会では、昨今この束縛にも似た贈り物は逆に嫌がられることも多々ある為に、無難にどちらの色にも他人の色にもならない、無色透明のダイヤモンドを贈ることの方が多い。
 結果、日本の婚約指輪に近いものが一般的に採用されている様で、そこは流石に日本の乙女ゲームといった所だ。

(既にゲームとこの世界は別物だと思っているし、日本が恋しいわけでもないけれど、こういう習慣を見るとやっぱり思い出すわね)

 ディアンの屋敷へと向かう馬車の中、そっと隣に座るディアンの左薬指に視線を落とすと、そこにはマルガリータの瞳と同じ空色をした宝石の付いた指輪が嵌められている。
 ご丁寧な事に、マルガリータへ贈ってくれた黒曜石の指輪と全く同じデザインだ。

 片方だけが身につけるのではなく、想い合う二人がお互いに相手の瞳の色の指輪を身につけるのは、最大の愛の証であり最大級の束縛にもなり得る。
 日本で言う、結婚指輪のようなものかもしれない。少し意味は、重すぎるのだけれど。

(貴方だけに、一生を捧げる……だったっけ)

 オーゼンハイム伯爵家においての求婚の順序を違えた時に、あんなにすげなくばっさりと断っていた父親が、最後は少しの反対もせず許してくれた最大の理由は、マルガリータとディアンのお互いの左薬指に、既にこれが嵌められていた事が大きいはずだ。
 ちなみに父親と母親の指にも、お互いの瞳の色の石がはめ込まれた指輪が当然の様にある。

(それにしても、まさか許可を得たその足で、ディアンの屋敷に向かうことまで許されるとは思わなかったわ)

 これ以上は、片時も離れていたくないのだと訴えるディアンの勢いに、マルガリータは父親が母親以外の相手に折れるところを初めて見た。

「マリー、どうかした?」

 じっと左薬指に視線を固定しているマルガリータに気付いて、ディアンが声を掛けてくれる。
 ディアンに付いてきていたダリスとハンナは馬車内ではなく、外の従者席で馬を操っているために、車内は二人きりだ。
 ダリスはともかく、ハンナは辛くないのかと心配したけれど「乗馬は得意ですし、ダリスと二人きりになれるのは嬉しいですから」と微笑まれ、むしろ嬉々として馬に乗る姿は格好良かった。

 使用人達の能力の高さへの疑問は、ディアンが第一王子だった事を知ってある程度納得もしたけれど、それにしても凄すぎる。
 最小限の人数で、最大限の快適な暮らしを提供する為に選抜されたのだろうけれど、それにしてもと思う所が大きい。
 いつか皆に、その能力の高さはどこで培ったのか、聞いてみたい所だ。

「幸せだなって、思っていただけです」
「それは俺の台詞だ。マリーの幸せはこれからもっと増やしてくつもりだから、覚悟していてくれ」

 これから先の人生、奴隷として生きていく覚悟を決めていたはずなのに、幸せを覚悟しろと言われる日が来るなんて、真奈美の記憶を取り戻してから一度も思ってもいなかった。
 恋人どころか異性とほとんど関わらずに生きてきた真奈美としては、展開の早さに現在進行形で驚きの連続だけれど、この先マルガリータとしての今の人生を歩んでいく事は嫌じゃない。
 これからは真奈美とマルガリータの二人分、幸せを掴んでいきたいし、二人分愛していきたい。

「私もディアンを幸せにしますから、期待していて下さい」
「マリーが俺の傍にいてくれるだけで充分幸せを貰っているから、これ以上となると少し恐いな」
「ディアンは、もっともっと幸せになっていいんですよ」

 マルガリータは奴隷に堕とされたと言っても、実質的には数日でディアンに救って貰った。
 虐げられたり冷ややかな目に晒された時間は、ほんの僅かだ。
 幼い頃からずっと周りから忌避の目を向けられ続け、虐げられ続けたディアンの方こそ、よっぽどこれから幸せになって良い。

「それなら……また俺のために、クッキーを焼いてくれる?」
「そんな事でいいんですか? もちろん、お安いご用です」

 恐る恐るというお伺いはとても些細で、けれどディアンはそんな普通で穏やかな日々を望んでいるのだと思った。
 ぎゅっと右手で隣に居るディアンの左手を握って笑うと、ディアンもほっと安心した様に笑う。
 これから先もずっとこうして二人で笑っていられたなら、マルガリータはきっと幸せだ。

 見つめ合っていたディアンの顔が近付き、それに呼応するようにマルガリータが目を伏せると、唇に温かな感触が落ちて来る。
 二人が愛を確かめ合い、お互いを想い合って微笑みを交わすのを待っていたかの様なタイミングで、馬車が速度を緩めた。

 流石にいくら優秀な使用人だからとは言え、車内の会話の内容や二人の行動までは計れないとは思うのだが、侮れないという気持ちも片隅にある。
 窓の外に視線を移すと、そんなに長い間お世話になった訳でもないのに、見慣れた屋敷が懐かしい。

(帰って来た)

 素直にそう思えるのは、この場所がマルガリータにとってとても優しい場所だからだ。
 辺りに何も無い町外れのこじんまりとした、けれど洗練された屋敷。
 門をくぐって玄関先に着くと同時に、馬車の扉が開く。

 扉を開けてくれたのは、ディアンの侍従であるアルフで、扉を押さえながら頭を下げるその前に一瞬だけでマルガリータを視線の先に捉え、嬉しそうに笑みを浮かべたのがわかった。
 先に降りたディアンが、自然な動きでマルガリータに手を差し出す。
 ディアンの顔に黒い仮面がないだけで、この屋敷に奴隷として初めて連れて来られた日と全く同じ光景がここにはあった。

 変わったのはマルガリータの気持ちだけで、あの時からずっとこの屋敷とディアンや使用人達は、マルガリータを迎え入れてくれようとしていたのだ。
 今ここにいるマルガリータには、奴隷としてこれから先やっていく不安を抱える事もなく、与えられる温かさをそのまま受け入れられる。
 ディアンの手を戸惑い無く取って、自身を委ねられる。

 湖でディアンのエスコートに既視感を抱いたのは、この場所で黒仮面の男としてのエスコートを受けていたからなのだと、今更気付いた。
 黒仮面の男がディアンだと気付くヒントは、こうやって本当は沢山散らばっていたのかもしれない。

 突然真奈美の記憶を取り戻したり、奴隷としての覚悟を決めなくてはならなかったり、ゲームの世界を楽しむどころか立て続けに厳しい状況に置かれてしまったから全く気付くことは出来なかったけれど、それでも皆がマルガリータを大切にしてくれていた事だけは知っている。

 アルフは降りたマルガリータを確認して馬車の扉を閉め、今度は素早く屋敷の大きな扉を開けてくれた。
 そしてディアンとマルガリータが一歩踏み入れたすぐ後に、ダリスとハンナそして最後に扉を閉めながらアルフが、玄関で待っていたアリーシアとバルトの隣に一列に並ぶ。
 マルガリータは、この光景にも確かに見覚えがあった。
 そしてこの後、皆がするだろう行動も知っている。

「「「「「お帰りなさいませ。旦那様、マルガリータ様」」」」」

 揃った声と、綺麗な角度のお辞儀。この屋敷の使用人達の、優秀さが垣間見える出迎え。
 初めての時と違うのは、皆がマルガリータの名前を続けて呼んで、お帰りと言ってくれた事。

 ディアンがマルガリータのエスコートを終え、一列に並ぶ使用人達の一歩手前に移動して、くるりと振り返る。
 そうしてマルガリータに向かい合ったディアンが、ふわりと微笑んだ。

「お帰り、マリー」
「只今戻りました。今日からまた、よろしくお願い致します」

 ディアンの声と共に使用人達が顔を上げたタイミングで、奴隷として最初に挨拶した時の様に、淑女の礼ではなくぺこりと勢いよく頭を下げる。
 顔を上げて笑うと、泣き出しそうなアリーシアが突進してきてそのまま思い切り抱きしめられ、バルトに「良く戻ったな」とぽんっと頭を小突かれ、ハンナに痛いくらいにぎゅっと両手を握られた。

 ディアンの隣でアルフが「良かったですね」と嬉しそうに笑っていて、「少しだけ、許してやって下さい」とダリスが呆れ気味にけれど可笑しそうに、ディアンに使用人達の主人に対する無礼とも取れる行動を謝罪している。
 仕方なさそうに頷くディアンと視線だけを絡ませて、マルガリータは幸せに包まれて艶やかな笑みを浮かべた。

 転生したら断罪イベが終わっていたので、楽しい奴隷ライフを目指していたはずなのに、どうやらこれから楽しい幸せライフが始まりそうです。





END
本編完結です。最後までお付き合い下さりありがとうございました!
この後、ディアン視点の番外編が数話ございますので、もう少しだけお付き合い頂けたら嬉しいです。
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