転生したら断罪イベが終わっていたので、楽しい奴隷ライフを目指します!

架月はるか

文字の大きさ
30 / 34

転生したら断罪イベが終わっていたので……

しおりを挟む
 黒曜石の指輪を、左手の薬指に嵌めたマルガリータと共に応接室に戻ったディアンが、父親へ再び……いや実際には三度目となる結婚の許可を請う言葉を紡ぐと、今度はあっけないほど簡単に許された。

(それにしても、いつの間に指輪まで用意していたのかしら)

 婚約者の男性から、相手の女性に贈られる指輪には好意を示す贈り物であると共に、その宝石によって意味が異なる。
 女性の瞳と同じ色の石ならば「貴方を愛しています」という意味に、そして男性の瞳と同じ色の石だと「私のものになって下さい」という、もっと直接的で独占欲を兼ね備えた意味になる。

 主に女性の瞳の色を贈るのは婚約時、男性の瞳の色は求婚時に用いられるものなのだが、政略結婚の多い貴族社会では、昨今この束縛にも似た贈り物は逆に嫌がられることも多々ある為に、無難にどちらの色にも他人の色にもならない、無色透明のダイヤモンドを贈ることの方が多い。
 結果、日本の婚約指輪に近いものが一般的に採用されている様で、そこは流石に日本の乙女ゲームといった所だ。

(既にゲームとこの世界は別物だと思っているし、日本が恋しいわけでもないけれど、こういう習慣を見るとやっぱり思い出すわね)

 ディアンの屋敷へと向かう馬車の中、そっと隣に座るディアンの左薬指に視線を落とすと、そこにはマルガリータの瞳と同じ空色をした宝石の付いた指輪が嵌められている。
 ご丁寧な事に、マルガリータへ贈ってくれた黒曜石の指輪と全く同じデザインだ。

 片方だけが身につけるのではなく、想い合う二人がお互いに相手の瞳の色の指輪を身につけるのは、最大の愛の証であり最大級の束縛にもなり得る。
 日本で言う、結婚指輪のようなものかもしれない。少し意味は、重すぎるのだけれど。

(貴方だけに、一生を捧げる……だったっけ)

 オーゼンハイム伯爵家においての求婚の順序を違えた時に、あんなにすげなくばっさりと断っていた父親が、最後は少しの反対もせず許してくれた最大の理由は、マルガリータとディアンのお互いの左薬指に、既にこれが嵌められていた事が大きいはずだ。
 ちなみに父親と母親の指にも、お互いの瞳の色の石がはめ込まれた指輪が当然の様にある。

(それにしても、まさか許可を得たその足で、ディアンの屋敷に向かうことまで許されるとは思わなかったわ)

 これ以上は、片時も離れていたくないのだと訴えるディアンの勢いに、マルガリータは父親が母親以外の相手に折れるところを初めて見た。

「マリー、どうかした?」

 じっと左薬指に視線を固定しているマルガリータに気付いて、ディアンが声を掛けてくれる。
 ディアンに付いてきていたダリスとハンナは馬車内ではなく、外の従者席で馬を操っているために、車内は二人きりだ。
 ダリスはともかく、ハンナは辛くないのかと心配したけれど「乗馬は得意ですし、ダリスと二人きりになれるのは嬉しいですから」と微笑まれ、むしろ嬉々として馬に乗る姿は格好良かった。

 使用人達の能力の高さへの疑問は、ディアンが第一王子だった事を知ってある程度納得もしたけれど、それにしても凄すぎる。
 最小限の人数で、最大限の快適な暮らしを提供する為に選抜されたのだろうけれど、それにしてもと思う所が大きい。
 いつか皆に、その能力の高さはどこで培ったのか、聞いてみたい所だ。

「幸せだなって、思っていただけです」
「それは俺の台詞だ。マリーの幸せはこれからもっと増やしてくつもりだから、覚悟していてくれ」

 これから先の人生、奴隷として生きていく覚悟を決めていたはずなのに、幸せを覚悟しろと言われる日が来るなんて、真奈美の記憶を取り戻してから一度も思ってもいなかった。
 恋人どころか異性とほとんど関わらずに生きてきた真奈美としては、展開の早さに現在進行形で驚きの連続だけれど、この先マルガリータとしての今の人生を歩んでいく事は嫌じゃない。
 これからは真奈美とマルガリータの二人分、幸せを掴んでいきたいし、二人分愛していきたい。

「私もディアンを幸せにしますから、期待していて下さい」
「マリーが俺の傍にいてくれるだけで充分幸せを貰っているから、これ以上となると少し恐いな」
「ディアンは、もっともっと幸せになっていいんですよ」

 マルガリータは奴隷に堕とされたと言っても、実質的には数日でディアンに救って貰った。
 虐げられたり冷ややかな目に晒された時間は、ほんの僅かだ。
 幼い頃からずっと周りから忌避の目を向けられ続け、虐げられ続けたディアンの方こそ、よっぽどこれから幸せになって良い。

「それなら……また俺のために、クッキーを焼いてくれる?」
「そんな事でいいんですか? もちろん、お安いご用です」

 恐る恐るというお伺いはとても些細で、けれどディアンはそんな普通で穏やかな日々を望んでいるのだと思った。
 ぎゅっと右手で隣に居るディアンの左手を握って笑うと、ディアンもほっと安心した様に笑う。
 これから先もずっとこうして二人で笑っていられたなら、マルガリータはきっと幸せだ。

 見つめ合っていたディアンの顔が近付き、それに呼応するようにマルガリータが目を伏せると、唇に温かな感触が落ちて来る。
 二人が愛を確かめ合い、お互いを想い合って微笑みを交わすのを待っていたかの様なタイミングで、馬車が速度を緩めた。

 流石にいくら優秀な使用人だからとは言え、車内の会話の内容や二人の行動までは計れないとは思うのだが、侮れないという気持ちも片隅にある。
 窓の外に視線を移すと、そんなに長い間お世話になった訳でもないのに、見慣れた屋敷が懐かしい。

(帰って来た)

 素直にそう思えるのは、この場所がマルガリータにとってとても優しい場所だからだ。
 辺りに何も無い町外れのこじんまりとした、けれど洗練された屋敷。
 門をくぐって玄関先に着くと同時に、馬車の扉が開く。

 扉を開けてくれたのは、ディアンの侍従であるアルフで、扉を押さえながら頭を下げるその前に一瞬だけでマルガリータを視線の先に捉え、嬉しそうに笑みを浮かべたのがわかった。
 先に降りたディアンが、自然な動きでマルガリータに手を差し出す。
 ディアンの顔に黒い仮面がないだけで、この屋敷に奴隷として初めて連れて来られた日と全く同じ光景がここにはあった。

 変わったのはマルガリータの気持ちだけで、あの時からずっとこの屋敷とディアンや使用人達は、マルガリータを迎え入れてくれようとしていたのだ。
 今ここにいるマルガリータには、奴隷としてこれから先やっていく不安を抱える事もなく、与えられる温かさをそのまま受け入れられる。
 ディアンの手を戸惑い無く取って、自身を委ねられる。

 湖でディアンのエスコートに既視感を抱いたのは、この場所で黒仮面の男としてのエスコートを受けていたからなのだと、今更気付いた。
 黒仮面の男がディアンだと気付くヒントは、こうやって本当は沢山散らばっていたのかもしれない。

 突然真奈美の記憶を取り戻したり、奴隷としての覚悟を決めなくてはならなかったり、ゲームの世界を楽しむどころか立て続けに厳しい状況に置かれてしまったから全く気付くことは出来なかったけれど、それでも皆がマルガリータを大切にしてくれていた事だけは知っている。

 アルフは降りたマルガリータを確認して馬車の扉を閉め、今度は素早く屋敷の大きな扉を開けてくれた。
 そしてディアンとマルガリータが一歩踏み入れたすぐ後に、ダリスとハンナそして最後に扉を閉めながらアルフが、玄関で待っていたアリーシアとバルトの隣に一列に並ぶ。
 マルガリータは、この光景にも確かに見覚えがあった。
 そしてこの後、皆がするだろう行動も知っている。

「「「「「お帰りなさいませ。旦那様、マルガリータ様」」」」」

 揃った声と、綺麗な角度のお辞儀。この屋敷の使用人達の、優秀さが垣間見える出迎え。
 初めての時と違うのは、皆がマルガリータの名前を続けて呼んで、お帰りと言ってくれた事。

 ディアンがマルガリータのエスコートを終え、一列に並ぶ使用人達の一歩手前に移動して、くるりと振り返る。
 そうしてマルガリータに向かい合ったディアンが、ふわりと微笑んだ。

「お帰り、マリー」
「只今戻りました。今日からまた、よろしくお願い致します」

 ディアンの声と共に使用人達が顔を上げたタイミングで、奴隷として最初に挨拶した時の様に、淑女の礼ではなくぺこりと勢いよく頭を下げる。
 顔を上げて笑うと、泣き出しそうなアリーシアが突進してきてそのまま思い切り抱きしめられ、バルトに「良く戻ったな」とぽんっと頭を小突かれ、ハンナに痛いくらいにぎゅっと両手を握られた。

 ディアンの隣でアルフが「良かったですね」と嬉しそうに笑っていて、「少しだけ、許してやって下さい」とダリスが呆れ気味にけれど可笑しそうに、ディアンに使用人達の主人に対する無礼とも取れる行動を謝罪している。
 仕方なさそうに頷くディアンと視線だけを絡ませて、マルガリータは幸せに包まれて艶やかな笑みを浮かべた。

 転生したら断罪イベが終わっていたので、楽しい奴隷ライフを目指していたはずなのに、どうやらこれから楽しい幸せライフが始まりそうです。





END
本編完結です。最後までお付き合い下さりありがとうございました!
この後、ディアン視点の番外編が数話ございますので、もう少しだけお付き合い頂けたら嬉しいです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

処理中です...