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第二話「冷たくしたいのに、優しいと誤訳される」
護衛が増えた。
正確には、私のプライベートが消滅した。
王宮の廊下を歩けば、前後左右を騎士に囲まれる。
トイレに行くときでさえ、ドアの前で二人が待機している始末だ。
これでは、「夜逃げ」も「密会(裏工作)」も不可能である。
「……どうしてこうなったの」
私は王太子の執務室の隅に設置された、私専用のデスクで突っ伏していた。
なぜか今日から、「安全のため」という名目で、レオンハルト殿下の執務室で勉強(という名の監視)をすることになったのだ。
目の前では、レオンハルトが山のような書類と格闘している。
時折、チラリとこちらを見ては、満足げに頷くのが腹立たしい。
(このままじゃダメだわ。誤解を解かないと)
私はペンを回しながら思考を巡らせる。
前回の敗因は、「謙遜」したことだ。
「力不足」なんて言ったから、「自分を犠牲にする健気な令嬢」だと勘違いされた。
なら、逆をやればいい。
徹底的に冷たく、わがままで、嫌な女になればいいのだ。
幸い、私の顔は黙っていれば「悪役顔」である。
「……殿下」
私は冷ややかな声を意識して呼びかけた。
レオンハルトの手が止まる。
「なんだい? 何か欲しいものでも……」
「うるさいです」
私はピシャリと言い放った。
「ペンの走る音が耳障りです。集中できません。少しは静かにしていただけませんか?」
どうだ。
王太子に向かって「うるさい」と言うなど、不敬罪ギリギリの暴言だ。
普通の貴族令嬢なら、即刻処刑されても文句は言えない。
さあ、怒れ。幻滅しろ。そして私を部屋から追い出せ!
レオンハルトは目を丸くした。
そして、ペンを置き、眉間に皺を寄せた。
よし、来た!
「……すまない。配慮が足りなかった」
「は?」
「君は昨日から、神経を張り詰めているんだな。反対派の動きを警戒し、常に周囲に気を配っている……その疲労を、私は理解していなかった」
え、待って。
なんでそうなる?
彼は立ち上がり、私のそばに来ると、そっと私の肩に手を置いた。
「君が『うるさい』と言うのは、私に『休め』と言っているのだろう?」
「はい……?」
「私が根を詰めて仕事をしているのを心配して、わざと悪役のような物言いをして、私を休ませようとしてくれた……そうだろう?」
ドクン。
再び、嫌な音が聞こえた。
彼の胸元の刻印が光る。
【星冠値:25 → 35】
(上がってるー!?)
私は心の中でテーブルをひっくり返した。
ポジティブすぎる! この男の思考回路は一体どうなっているの!?
「君の優しさは、不器用だな」
レオンハルトは愛おしそうに目を細め、私の髪を一房すくい上げて口づけた。
「ありがとう、リュシア。君の言う通り、少し休憩しよう」
彼はメイドに紅茶を命じ、優雅にソファに腰掛けた。
私は呆然と口を開けたまま、何も言えなかった。
……恐ろしい。
《星冠の誓約》の仕様、「身を引こうとするほど守護本能が強まる」というパラドックスは、ここまで強力なのか。
私の悪態さえも、「愛のムチ」に脳内変換されてしまうなんて。
その日の午後。
宮廷内には、早くも妙な噂が広まっていた。
『聞いた? リュシア様が、殿下を休ませるために、あえて悪役を演じたそうよ』
『なんて健気な……。殿下の健康を第一に考えて、自ら泥をかぶるなんて』
『まさに、王太子妃の鑑(かがみ)だわ』
廊下ですれ違う貴族たちの視線が、以前よりも温かい。
いや、熱い。尊敬と称賛の眼差しだ。
やめて。
私は悪役令嬢なの。嫌われたいの。
そんなキラキラした目で見ないで!
私が頭を抱えて廊下を歩いていると、向こうから一人の少女が走ってきた。
ピンクブロンドのふわふわした髪。
小動物のような愛くるしい瞳。
フリルたっぷりの白いドレスを着たその姿は、まさに乙女ゲームのヒロインそのもの。
男爵令嬢、セレナ・ルミエール。
彼女こそが、この世界の「聖女(自称)」であり、私を破滅させる張本人だ。
「リュシア様!」
セレナは私の前で立ち止まると、いきなり大きな瞳に涙を溜めた。
そして、廊下に響き渡るような大声で叫んだ。
「ひどいです! 殿下を独占して、私を近づけさせないようにするなんて……!」
……来た。
これだ。
私が求めていたのは、この展開だ!
周囲の貴族たちが足を止め、ざわめき始める。
セレナの「被害者ムーブ」。
これに乗っかって、私が彼女をいじめれば――今度こそ、レオンハルトに嫌われるはず!
私は内心でガッツポーズをした。
さあ、始めましょう。泥沼のキャットファイトを!
正確には、私のプライベートが消滅した。
王宮の廊下を歩けば、前後左右を騎士に囲まれる。
トイレに行くときでさえ、ドアの前で二人が待機している始末だ。
これでは、「夜逃げ」も「密会(裏工作)」も不可能である。
「……どうしてこうなったの」
私は王太子の執務室の隅に設置された、私専用のデスクで突っ伏していた。
なぜか今日から、「安全のため」という名目で、レオンハルト殿下の執務室で勉強(という名の監視)をすることになったのだ。
目の前では、レオンハルトが山のような書類と格闘している。
時折、チラリとこちらを見ては、満足げに頷くのが腹立たしい。
(このままじゃダメだわ。誤解を解かないと)
私はペンを回しながら思考を巡らせる。
前回の敗因は、「謙遜」したことだ。
「力不足」なんて言ったから、「自分を犠牲にする健気な令嬢」だと勘違いされた。
なら、逆をやればいい。
徹底的に冷たく、わがままで、嫌な女になればいいのだ。
幸い、私の顔は黙っていれば「悪役顔」である。
「……殿下」
私は冷ややかな声を意識して呼びかけた。
レオンハルトの手が止まる。
「なんだい? 何か欲しいものでも……」
「うるさいです」
私はピシャリと言い放った。
「ペンの走る音が耳障りです。集中できません。少しは静かにしていただけませんか?」
どうだ。
王太子に向かって「うるさい」と言うなど、不敬罪ギリギリの暴言だ。
普通の貴族令嬢なら、即刻処刑されても文句は言えない。
さあ、怒れ。幻滅しろ。そして私を部屋から追い出せ!
レオンハルトは目を丸くした。
そして、ペンを置き、眉間に皺を寄せた。
よし、来た!
「……すまない。配慮が足りなかった」
「は?」
「君は昨日から、神経を張り詰めているんだな。反対派の動きを警戒し、常に周囲に気を配っている……その疲労を、私は理解していなかった」
え、待って。
なんでそうなる?
彼は立ち上がり、私のそばに来ると、そっと私の肩に手を置いた。
「君が『うるさい』と言うのは、私に『休め』と言っているのだろう?」
「はい……?」
「私が根を詰めて仕事をしているのを心配して、わざと悪役のような物言いをして、私を休ませようとしてくれた……そうだろう?」
ドクン。
再び、嫌な音が聞こえた。
彼の胸元の刻印が光る。
【星冠値:25 → 35】
(上がってるー!?)
私は心の中でテーブルをひっくり返した。
ポジティブすぎる! この男の思考回路は一体どうなっているの!?
「君の優しさは、不器用だな」
レオンハルトは愛おしそうに目を細め、私の髪を一房すくい上げて口づけた。
「ありがとう、リュシア。君の言う通り、少し休憩しよう」
彼はメイドに紅茶を命じ、優雅にソファに腰掛けた。
私は呆然と口を開けたまま、何も言えなかった。
……恐ろしい。
《星冠の誓約》の仕様、「身を引こうとするほど守護本能が強まる」というパラドックスは、ここまで強力なのか。
私の悪態さえも、「愛のムチ」に脳内変換されてしまうなんて。
その日の午後。
宮廷内には、早くも妙な噂が広まっていた。
『聞いた? リュシア様が、殿下を休ませるために、あえて悪役を演じたそうよ』
『なんて健気な……。殿下の健康を第一に考えて、自ら泥をかぶるなんて』
『まさに、王太子妃の鑑(かがみ)だわ』
廊下ですれ違う貴族たちの視線が、以前よりも温かい。
いや、熱い。尊敬と称賛の眼差しだ。
やめて。
私は悪役令嬢なの。嫌われたいの。
そんなキラキラした目で見ないで!
私が頭を抱えて廊下を歩いていると、向こうから一人の少女が走ってきた。
ピンクブロンドのふわふわした髪。
小動物のような愛くるしい瞳。
フリルたっぷりの白いドレスを着たその姿は、まさに乙女ゲームのヒロインそのもの。
男爵令嬢、セレナ・ルミエール。
彼女こそが、この世界の「聖女(自称)」であり、私を破滅させる張本人だ。
「リュシア様!」
セレナは私の前で立ち止まると、いきなり大きな瞳に涙を溜めた。
そして、廊下に響き渡るような大声で叫んだ。
「ひどいです! 殿下を独占して、私を近づけさせないようにするなんて……!」
……来た。
これだ。
私が求めていたのは、この展開だ!
周囲の貴族たちが足を止め、ざわめき始める。
セレナの「被害者ムーブ」。
これに乗っかって、私が彼女をいじめれば――今度こそ、レオンハルトに嫌われるはず!
私は内心でガッツポーズをした。
さあ、始めましょう。泥沼のキャットファイトを!
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