「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

文字の大きさ
5 / 31

第五話「護衛増員で逃げ道が消えました」

しおりを挟む
 舞踏会から一夜明けた、ヴァルモン公爵邸。
 私は自室のベッドの上で、頭を抱えていた。

「外堀を埋める、って言ってたわよね……」

 昨夜のレオンハルト殿下の言葉が、呪いのようにリフレインする。
 あのキラキラした笑顔で言われたのが余計に怖い。ポジティブ王太子の「埋める」は、物理的にコンクリートで固めるレベルの拘束力を意味するからだ。

 だが、私もただ震えているだけではない。
 来月には『白花の儀』がある。そこで「再選定」が行われ、私が王太子の婚約者としてふさわしくないと判断されれば、晴れて自由の身だ。
 つまり、この一ヶ月間、ひたすら好感度(星冠値)を下げる行動を取り続ければいい。

「マリー、作戦を変更するわ」

 私は控えている侍女のマリーに向かって宣言した。

「今日から私は『引きこもり』になります」

 マリーが眉ひとつ動かさずに手帳を開く。
「引きこもり、ですか。記録しておきます」

「そうよ。恋愛シミュレーションゲームの鉄則、それは『接触頻度』。会わなければイベントは起きないし、好感度も上がらない。むしろ、『最近あいつ付き合い悪いな』と思われて、自然消滅を狙えるわ」

 名付けて、『徹底的な無視&引きこもり作戦』。
 私は今日から一歩も部屋を出ない。殿下が来ても「気分が優れません」と仮病を使って追い返す。
 地味だが、これが一番確実なはずだ。

 そう決意して、私は優雅に紅茶を一口飲んだ。
 その時だった。

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――。

 窓の外から、軍靴の足音が聞こえてきた。それも一人や二人ではない。数百人規模の行進の音だ。
 何事かと窓辺に駆け寄った私は、我が目を疑った。

 公爵邸の庭が、銀色の鎧に埋め尽くされていた。

「え……?」

 整列しているのは、王国の精鋭中の精鋭、近衛騎士団。
 その先頭に、見慣れた黄金の髪の青年が立っていた。

「殿下!?」

 私は思わず窓を開けて叫んだ。
 レオンハルト殿下は私を見上げると、爽やかに手を振った。

「やあ、リュシア。顔色が悪いと聞いたが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですけど、これは一体!?」

「君を守るための『外堀』だよ」

 彼は事もなげに言った。

「昨夜、君は『再選定』を受けた。それはつまり、君を失脚させたい勢力――例えば反対派貴族や、君に嫉妬する者たち――が、君に危害を加える可能性が高まったということだ」

 まあ、確かにセレナあたりは何かしてくるかもしれないけれど。
 でも、これはやりすぎだ。庭の芝生が騎士のブーツで死んでしまう。

「ですから、ヴァルモン公爵邸の警備レベルを『国家最高重要拠点』に引き上げた。今日からこの騎士団一個大隊が、屋敷の周囲を二十四時間警護する」

「い、一個大隊!? 五百人もいるじゃないですか!」

「安心したまえ。鼠一匹、蟻一匹通さない。もちろん、君への不審な郵便物や、毒物の混入がないか、すべての搬入物をチェックさせてもらう」

 私はめまいがした。
 これでは引きこもり以前の問題だ。完全な『包囲網』ではないか。

「殿下、お引き取りください! 私は静かに過ごしたいんです!」

 私は叫んで、窓をバタンと閉め、カーテンを引いた。
 これで「拒絶」の意志は伝わったはずだ。
 普通の神経なら、「ああ、嫌われたんだな」と思って帰るはずだ。

 しかし、数分後。
 ドンドンドン、と私の部屋のドアが激しく叩かれた。

「リュシア! 開けてくれ! 無事か!?」

 レオンハルトの声だ。
 え、なんで屋敷の中にいるの? 騎士団は外だけじゃないの?

「入らないでください! 私は一人になりたいんです!」

「やはりか……! リュシア、君は今、何かに怯えているな?」

 ドア越しに、彼の悲痛な声が響く。

「先ほど窓を閉めた時の君の表情……あれは私を拒絶したのではない。何か『見えない敵』から逃れようとする、必死な顔だった」

 違います。あなたから逃れようとしたんです。

「まさか、すでに脅迫状が届いているのか? 『王太子に助けを求めれば、実家に火を放つ』とでも書かれていたか?」

「届いてません! 妄想です!」

「君は優しいから、私を巻き込まないために嘘をついているんだな……。くそっ、私の到着が遅れたばかりに、君をそこまで追い詰めてしまうとは!」

 バンッ!!

 ドアが蹴破られた。
 えええええ!?

 鍵をかけていたはずの重厚なドアが、物理的に破壊されて開いた。
 踏み込んできたレオンハルトは、剣を抜き放ち、殺気立った目で部屋の中を見回した。

「曲者はどこだ! リュシアを脅す卑劣な輩は、私が斬る!」

 部屋には私とマリーしかいない。
 私はベッドの上でポカンとし、マリーは無表情で壊れたドアの破片を拾っている。

「……誰も、いない?」

 レオンハルトは剣を下ろし、私を見た。
 私は震える声で言った。

「だ、だから言ったじゃないですか。一人になりたいって……。殿下の顔を見ると、その……胸が苦しくなるんです(ストレスで)」

 これならどうだ。直球の拒絶だ。
 しかし、レオンハルトは剣を床に落とし、駆け寄って私を抱きしめた。

「リュシア……!」

「ひゃっ!?」

「私の顔を見ると胸が苦しい……それほどまでに、君は精神的に追い詰められていたのか。私への愛と、私を守らなければという義務感の板挟みで、心が悲鳴を上げているんだね」

 ドクン、ドクン。
 彼の心臓の音が聞こえる。
 そして、私の視界の隅で、彼の胸元の光が強烈に輝いた。

 【星冠値:55 → 60】

 ――ピキーン。
 何かが、世界の設定レベルで書き換わる音がした。

 60。
 それは《星冠の誓約》における第二の節目。
 「公的固定」の段階だ。

「……決めたよ、リュシア」

 レオンハルトは私を抱きしめたまま、低い声で囁いた。
 その声には、有無を言わせぬ王者の覇気が宿っていた。

「君が恐怖で部屋から出られないなら、私が君を外へ連れ出す。そして、国中の誰が見ても『リュシアこそが王太子の唯一の相手』であると認識させる」

「は……?」

「騎士団長! 『星冠の馬車』を回せ!」

 彼が叫ぶと、廊下に控えていた騎士たちが「ハッ!」と応じた。

 数十分後。
 私は強制的に着替えさせられ、屋敷の玄関前に連れ出されていた。
 そこにあったのは、黄金の装飾が施された、王家専用の馬車だった。
 しかも、ただの馬車ではない。側面に描かれた王家の紋章の隣に、なんとヴァルモン家の紋章(銀の薔薇)が魔法的に焼き付けられているではないか。

「こ、これは……?」

「星冠値が60を超えたことにより、誓約の魔術が発動したんだ」

 レオンハルトは満足げに説明した。

「この馬車は、王族とその『正当な伴侶』しか乗ることができない。つまり、君がこれに乗ってパレードをすれば、君の地位は法的に固定される。もはや誰が何を言おうと、君は私の隣に座る権利がある」

 嘘でしょ。
 引きこもりたかったのに、パレード!?

「さあ、乗るんだ。民衆に君の笑顔を見せてやってくれ。そうすれば、陰でコソコソ動く反対派も手出しできなくなる」

 私は半泣きで馬車に押し込まれた。
 レオンハルトが隣に座り、私の腰に手を回す。
 馬車が動き出すと、沿道にはいつの間にか集まった市民たちが歓声を上げていた。

「見ろ! 王太子殿下とリュシア様だ!」
「王家の馬車に、二つの紋章が並んでいるぞ!」
「やはり神託なんて関係ない、お二人の絆は本物なんだ!」

 窓の外から聞こえる祝福の声。
 私は死んだ魚のような目で手を振り返した。
 
(終わった……。引きこもり作戦が、まさかの凱旋パレードになるなんて)

 隣のレオンハルトは、これ以上ないほど幸せそうに微笑んでいる。
「見なさい、リュシア。民も君を求めている。君が閉じこもる必要なんて、どこにもないんだ」

 違うんです。求めてないんです。
 私はただ、静かに婚約破棄されたいだけなんです。

 屋敷に戻った頃には、私はぐったりと疲れ果てていた。
 公的固定。
 その効果は凄まじかった。
 屋敷に届く郵便物の宛名が、勝手に『王太子妃内定者 リュシア様』に書き換わっていたり、夕食のメニューに王家直伝のスープが追加されていたり。
 世界そのものが、私を「王太子妃」という型枠に嵌め込もうとしている。

「……もう、逃げ場がない」

 私がソファに沈み込んでいると、執事が恭しく銀のお盆を持ってきた。
 その上には、一通の豪奢な封筒が載っている。
 王家の紋章入りの、最高重要書類だ。

「殿下からの追加の贈り物でございます」

「……今度は何? もう驚かないわよ」

 私はやけくそ気味に封筒を開けた。
 中に入っていた書類を見て、私の思考は凍りついた。

『王太子妃教育カリキュラム開始のお知らせ』
『担当講師:鬼の侯爵夫人 マダム・エルゼ』

「ひっ……!」

 私は悲鳴を上げた。
 マダム・エルゼ。
 それは社交界で最も恐れられる、礼儀作法の鬼教官。彼女の指導を受けた令嬢は、あまりの厳しさに半分が修道院へ逃げ出し、残りの半分は完璧な淑女(という名の兵士)に改造されるという伝説の人物だ。

「白花の儀に向けて、君を完璧に仕上げるために招聘した。明日から毎日、彼女が屋敷に来る」

 いつの間にか背後に立っていたレオンハルトが、爽やかに告げた。

「逃げ場がないなら、強くなればいい。君ならきっと、マダム・エルゼをも唸らせる最高の王妃になれるはずだ」

 私の目の前が真っ暗になった。
 護衛による物理的封鎖。
 誓約による社会的固定。
 そして今、教育による精神的改造が始まろうとしている。

 私の「婚約破棄計画」は、完全に詰みの様相を呈していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

出て行けと言ったものの、本当に出て行かれるとは思っていなかった旦那様

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵は、溺愛する自身の妹レイアと共謀する形で、婚約者であるユフィーナの事を追放することを決めた。ただその理由は、ユフィーナが婚約破棄を素直に受け入れることはないであろうと油断していたためだった。しかしユフィーナは二人の予想を裏切り、婚約破棄を受け入れるそぶりを見せる。予想外の行動をとられたことで焦りの色を隠せない二人は、ユフィーナを呼び戻すべく様々な手段を講じるのであったが…。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

『婚約破棄?結構ですわ。白い結婚で優雅に返り咲きます』

鍛高譚
恋愛
伯爵令嬢アリエルは、幼い頃から決まっていた婚約者――王都屈指の名門・レオポルド侯爵家の嫡男マックスに、ある宴で突然“つまらない女”と蔑まれ、婚約を破棄されてしまう。 だが、それで終わる彼女ではない。むしろ“白い結婚”という形式だけの夫婦関係を逆手に取り、自由な生き方を選ぼうと決意するアリエル。ところが、元婚約者のマックスが闇商人との取引に手を染めているらしい噂が浮上し、いつしか王都全体を揺るがす陰謀が渦巻き始める。 さらに、近衛騎士団長補佐を務める冷徹な青年伯爵リヒトとの出会いが、アリエルの運命を大きく動かして――。 「貴族社会の窮屈さなんて、もうたくさん!」 破談から始まるざまぁ展開×白い結婚の爽快ファンタジー・ロマンス、開幕です。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」 崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。 助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。 焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。 私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。 放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。 そして―― 一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。 無理な拡張はしない。 甘い条件には飛びつかない。 不利な契約は、きっぱり拒絶する。 やがてその姿勢は王宮にも波及し、 高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。 ざまあは派手ではない。 けれど確実。 焦らせた者も、慢心した者も、 気づけば“選ばれない側”になっている。 これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。 そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。 隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。

処理中です...