「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

文字の大きさ
9 / 31

第九話「断罪の台本を、条文で破る」

 深夜のヴァルモン公爵邸。
 私の部屋の机には、分厚い六法全書、過去の判例集、そして羊皮紙の山が積み上げられていた。

「……よし。これで第十二条の抜け穴は塞いだわ」

 私は羽ペンを走らせながら、不敵な笑みを浮かべた。
 現在、私が作成しているのは『王族の婚約破棄に関する特例措置法案(草案)』である。

 乙女ゲームの「断罪イベント」では、王太子がいきなり「貴様との婚約を破棄する!」と叫び、ヒロインの証言だけで悪役令嬢を追放していた。
 だが、ここは現実だ。法治国家だ。
 そんな感情論での解雇(婚約破棄)がまかり通ってはいけない。

 私の狙いは一つ。
 断罪のハードルを、エベレストよりも高くすることだ。

『第一項:婚約破棄の申し立てには、第三者機関である神殿および監査局が認証した、改竄不可能な物的証拠(記録石等)を必須とする』
『第二項:被害者の証言のみを根拠とした処分は、これを無効とする』
『第三項:冤罪が判明した場合、告発者は王族への反逆罪と同等の処罰を受ける』

 完璧だ。
 これを通しておけば、セレナお得意の「リュシア様にいじめられました(涙)」という泣き落としは、証拠不十分として門前払いされる。
 さらに「虚偽申告したら反逆罪」という特大の地雷も埋めておいた。
 これなら、さすがのセレナも迂闊に手出しはできないだろう。

(ふふふ。これで私が断罪される確率はゼロ。むしろ、面倒な手続きを嫌った殿下が『こんな面倒な女とは結婚できない』と呆れてくれれば一石二鳥!)

 私は徹夜のテンションでペンを走らせ続けた。
 そこに、窓の外から爽やかな風と共に、あの男が現れた。

「リュシア。まだ起きているのか?」

「うわっ!?」

 バルコニーから入ってきたのは、レオンハルト殿下だった。
 いや、ここ三階ですよ? どうやって登ってきたんですか?

「灯りがついていたから心配になってね。……また、根を詰めて仕事をしていたのか」

 彼は部屋に入るなり、私の机の上の惨状(書類の山)を見て目を細めた。
 私は慌てて書類を隠そうとしたが、時すでに遅し。
 レオンハルトの手が、私が書き上げたばかりの『草案』を拾い上げた。

「これは……『婚約破棄に関する特例措置法案』?」

 終わった。
 「婚約破棄」という単語を見ただけで、彼はまた「私を捨てる気か!」と激昂するか、あるいは悲しむに違いない。
 私は言い訳を口にしようとした。

「あの、それはですね、万が一の時のために……」

 レオンハルトは黙って書類を読み進めた。
 一枚、二枚。
 彼の表情が、次第に真剣なものへと変わっていく。
 眉間に皺が寄り、アイスブルーの瞳が鋭く光る。

 怒られる。
 絶対怒られる。
 こんな「自分を守るためだけの自己中心的な法案」を作っていたなんてバレたら――。

「……凄い」

 え?

 レオンハルトが顔を上げ、震える声で言った。

「君は……ここまで考えていたのか。この国の『司法の欠陥』を」

 はい?

「確かに、今の法制度では、有力者の『感情』や『鶴の一声』で、無実の者が罪に問われる危険性がある。特に社交界では、声の大きい者の嘘が真実としてまかり通ることが多い」

 まあ、それはそうですが。

「君はこの法案で、それを根絶しようとしているんだな。『証拠主義』を徹底し、権力者であっても恣意的な処罰ができないように。……これは、君自身のためではない。これから理不尽な権力闘争に巻き込まれるかもしれない、全ての弱き者たちを守るための盾だ!」

 違います。私専用のシェルターです。

 レオンハルトは感動のあまり、机をバンと叩いた。

「特にこの『虚偽申告への厳罰化』……素晴らしい。これがあれば、無実の者を陥れようとする卑劣な輩を一掃できる。君は、未来の冤罪被害者たちを救う女神だ!」

 ドクン。
 ああ、もう。
 深夜だというのに、彼の胸元の発光が眩しい。

 【星冠値:74 → 78】

「採用しよう、リュシア。この草案を基に、直ちに法改正を行う」

「え、今すぐ? いや、それはちょっと……」

「善は急げだ。来月の『白花の儀』までに施行すれば、その場での混乱も防げる。君の慧眼にはいつも驚かされるよ」

 彼は嬉々として草案を持ち帰ってしまった。
 私は呆然と窓の外を見送った。
 ……まあ、いいか。
 結果的に、断罪イベントの発生条件が厳しくなったのは事実だ。
 これで私の生存率は上がったはずだ。

          ◇

 数日後。
 王宮の庭園で、ティーパーティーが開かれていた。
 主催は王妃陛下。招かれているのは、私を含む高位貴族の令嬢たちだ。
 もちろん、そこには「聖女」として最近名を上げているセレナも呼ばれていた。

 セレナは自信満々だった。
 彼女の取り巻きたちが、私の方をチラチラと見てヒソヒソ話をしている。
 どうやら、今日ここで何か仕掛けてくるつもりらしい。

(望むところよ。私の作った『鉄壁の法』を試すいい機会だわ)

 私は優雅に紅茶を啜った。
 しばらくして、私が席を立ち、庭の奥にあるガゼボへ向かった時だった。
 背後から足音が近づいてきた。

「リュシア様!」

 振り返ると、セレナが立っていた。
 彼女の目は血走り、手には何やらガラスの小瓶が握られている。

「……何かご用かしら?」

「ふふん。余裕ぶっていられるのも今のうちよ」

 セレナはいきなり、自分の持っていた小瓶を地面に叩きつけた。
 
 ガシャーン!

 鋭い音が響き、ガラスが飛び散る。
 同時に、彼女は自らその破片の上に倒れ込み、「きゃああああ!」と悲鳴を上げた。

「い、痛いっ! なんてことを……!」

 彼女の手のひらから血が滲む。
 騒ぎを聞きつけて、周囲にいた令嬢たちや衛兵、そしてちょうど通りかかったレオンハルト殿下が駆けつけてきた。

「何事だ!」

「で、殿下ぁ……!」
 セレナは涙ながらに訴えた。
「リュシア様が……私を突き飛ばしたんです! 私が持っていた聖水を妬んで……!」

 周囲がざわめく。
「まあ、なんてこと」
「やはり嫉妬なさっていたのね」
「証拠はないけれど、あの傲慢なリュシア様ならやりかねないわ」

 従来のシナリオなら、ここで私は窮地に立たされる。
 レオンハルトが「リュシア、なんてことを!」と激怒し、私の言い分など聞かずに断罪ムードになるはずだ。

 セレナが勝ち誇ったように私を見て、口の端を歪めた。
(さあ、どうするの? 誰も見ていない場所よ。私の証言が全てよ!)

 しかし。
 私は涼しい顔で、懐から一枚の書類を取り出した。

「……殿下。例の条文、すでに施行されていますわよね?」

 レオンハルトは頷いた。
 彼はセレナを一瞥し、冷徹に告げた。

「男爵令嬢セレナ。君の訴えを受理するためには、『王族婚約破棄特例法』に基づき、以下の手続きが必要となる」

「え?」
 セレナが涙を止めてきょとんとする。

「第一に、客観的証拠の提示。この場における魔力痕跡の解析結果だ。第二に、第三者による目撃証言。……衛兵、記録石を確認しろ」

 衛兵が即座に動く。
 彼は庭園の柱に設置されていた、最新型の防犯用記録石を操作した。

「殿下、解析完了しました。……当該時刻、リュシア様は男爵令嬢に指一本触れておりません。男爵令嬢が自ら瓶を叩きつけ、転倒した映像が鮮明に記録されています」

 その場に、ホログラムのような映像が浮かび上がった。
 そこには、ノリノリで自爆するセレナの間抜けな姿が映し出されていた。

「なっ……!?」
 セレナの顔が真っ赤になる。

「そ、それは偽造です! リュシア様が魔術で映像を書き換えたんです!」

「往生際が悪いぞ」
 レオンハルトの声が低くなる。

「さらに、この新法では『冤罪を目的とした虚偽申告』に対し、厳罰を処すことになっている。……君の今の発言は、公爵令嬢および王家への侮辱罪に該当する可能性があるが?」

「そ、そんな法律、いつの間に……!」

「つい先日だ。リュシアが提案し、私が即決した」

 レオンハルトは私を見て、誇らしげに微笑んだ。

「彼女は予見していたのだ。君のような者が、証拠もない言いがかりで混乱を招くことを。だからこそ、事前に法を整備し、無用な争いを防ごうとした。……これが『王妃の慈悲』だ」

 周囲の空気が一変する。
「さすがリュシア様……」
「ご自身が疑われるリスクがあるのに、法と証拠で潔白を証明されるなんて」
「あの男爵令嬢、恐ろしいわ。自分で怪我をしてまで……」

 セレナは震えながら後ずさった。
 彼女の「被害者ムーブ」という最強の武器が、私の「六法全書(物理)」によって粉砕された瞬間だった。

「お、覚えてなさいよ……!」
 捨て台詞を吐いて、セレナは逃げ出した。

 私は溜め息をついた。
 勝った。
 けど、なんか違う。
 私はもっとこう、「ふん、私が突き飛ばした? それがどうしたの?」みたいな悪役台詞を吐きたかったのに。
 なんで「法と秩序の守護者」みたいになってるのよ。

「リュシア」
 レオンハルトが私の手を取り、甲にキスをした。

「君のおかげで、庭園の平和は守られた。この法律は、きっと未来永劫、この国の司法の礎になるだろう」

 【星冠値:78 → 80】

 ピシッ。
 空気が凍りつくような音がした。
 80。
 それは《星冠の誓約》における、最も危険なライン。
 『誓約条項の自動追加』が発動する数値だ。

「……ん?」
 レオンハルトが胸元を押さえた。
 彼の胸から、眩い光の文字が空中に浮かび上がる。

『条件達成を確認。星冠値80到達により、以下の条項を追加する』

 『甲(王太子)ト乙(婚約者)ハ、互イノ名誉ヲ守ルタメ、一刻タリトモ離レルコトヲ禁ズ』
 『双方ノ半径5メートル以内ニ、異性ノ侵入ヲ制限スル』

「はあああ!?」
 私は素っ頓狂な声を上げた。
 離れることを禁ず?
 半径5メートル以内立ち入り禁止?

「なんと……」
 レオンハルトは、光の文字を見つめ、うっとりと頬を染めた。

「星も望んでいるのか。私たちが片時も離れず、愛を育むことを」

「違います! これは呪いです! バグです!」

「リュシア。今日から私の執務室にベッドを運ぼう。部屋を分ける必要もなくなった」

「嫌ぁぁぁぁッ!!」

 私の叫びは、王宮の青空に虚しく吸い込まれていった。
 法で身を守ったつもりが、誓約という超法規的措置によって、物理的な自由を奪われてしまった。

          ◇

 その夜。
 セレナの部屋。
 彼女は爪を噛みながら、ブツブツと呟いていた。

「許さない……法なんて小細工で私の邪魔をするなんて」

 彼女の目の前には、黒いローブを纏った男が立っていた。神殿の人間ではない。もっと闇の深い、裏社会の住人だ。

「……計画を変えるわ。証拠がないなら、作ればいい。リュシアの部屋に、決定的な『証拠』をね」

 男がニヤリと笑い、懐から何かを取り出した。
 それは、禁忌とされる呪いの人形と、ヴァルモン家の紋章が入った偽の手紙だった。

「これをリュシアの部屋に隠しなさい。……今度こそ、言い逃れできないようにしてやるわ」

 私の知らないところで、物語は「冤罪」から「陰謀」へと、さらに危険なステージへ進もうとしていた。

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

無能な悪役令嬢は静かに暮らしたいだけなのに、超有能な側近たちの勘違いで救国の聖女になってしまいました

黒崎隼人
ファンタジー
乙女ゲームの悪役令嬢イザベラに転生した私の夢は、破滅フラグを回避して「悠々自適なニート生活」を送ること!そのために王太子との婚約を破棄しようとしただけなのに…「疲れたわ」と呟けば政敵が消え、「甘いものが食べたい」と言えば新商品が国を潤し、「虫が嫌」と漏らせば魔物の巣が消滅!? 私は何もしていないのに、超有能な側近たちの暴走(という名の忠誠心)が止まらない!やめて!私は聖女でも策略家でもない、ただの無能な怠け者なのよ!本人の意思とは裏腹に、勘違いで国を救ってしまう悪役令嬢の、全力で何もしない救国ファンタジー、ここに開幕!

離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる! 前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。 「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。 一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……? これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!

お前との婚約は、ここで破棄する!

もちもちほっぺ
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴
恋愛
侯爵令嬢エヴェリーナは未来の王太子妃として育てられたが、突然に婚約破棄された。 王太子は真に愛する女性と結婚したいというのだった。 その女性はエヴェリーナとは正反対で、エヴェリーナは影で貶められるようになる。 そんなある日、王太子の兄といわれる第一王子ジルベルトが現れる。 ジルベルトは王太子を上回る素質を持つと噂される人物で、なぜかエヴェリーナに興味を示し…? ※「小説家になろう」にも載せています