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第九話「断罪の台本を、条文で破る」
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深夜のヴァルモン公爵邸。
私の部屋の机には、分厚い六法全書、過去の判例集、そして羊皮紙の山が積み上げられていた。
「……よし。これで第十二条の抜け穴は塞いだわ」
私は羽ペンを走らせながら、不敵な笑みを浮かべた。
現在、私が作成しているのは『王族の婚約破棄に関する特例措置法案(草案)』である。
乙女ゲームの「断罪イベント」では、王太子がいきなり「貴様との婚約を破棄する!」と叫び、ヒロインの証言だけで悪役令嬢を追放していた。
だが、ここは現実だ。法治国家だ。
そんな感情論での解雇(婚約破棄)がまかり通ってはいけない。
私の狙いは一つ。
断罪のハードルを、エベレストよりも高くすることだ。
『第一項:婚約破棄の申し立てには、第三者機関である神殿および監査局が認証した、改竄不可能な物的証拠(記録石等)を必須とする』
『第二項:被害者の証言のみを根拠とした処分は、これを無効とする』
『第三項:冤罪が判明した場合、告発者は王族への反逆罪と同等の処罰を受ける』
完璧だ。
これを通しておけば、セレナお得意の「リュシア様にいじめられました(涙)」という泣き落としは、証拠不十分として門前払いされる。
さらに「虚偽申告したら反逆罪」という特大の地雷も埋めておいた。
これなら、さすがのセレナも迂闊に手出しはできないだろう。
(ふふふ。これで私が断罪される確率はゼロ。むしろ、面倒な手続きを嫌った殿下が『こんな面倒な女とは結婚できない』と呆れてくれれば一石二鳥!)
私は徹夜のテンションでペンを走らせ続けた。
そこに、窓の外から爽やかな風と共に、あの男が現れた。
「リュシア。まだ起きているのか?」
「うわっ!?」
バルコニーから入ってきたのは、レオンハルト殿下だった。
いや、ここ三階ですよ? どうやって登ってきたんですか?
「灯りがついていたから心配になってね。……また、根を詰めて仕事をしていたのか」
彼は部屋に入るなり、私の机の上の惨状(書類の山)を見て目を細めた。
私は慌てて書類を隠そうとしたが、時すでに遅し。
レオンハルトの手が、私が書き上げたばかりの『草案』を拾い上げた。
「これは……『婚約破棄に関する特例措置法案』?」
終わった。
「婚約破棄」という単語を見ただけで、彼はまた「私を捨てる気か!」と激昂するか、あるいは悲しむに違いない。
私は言い訳を口にしようとした。
「あの、それはですね、万が一の時のために……」
レオンハルトは黙って書類を読み進めた。
一枚、二枚。
彼の表情が、次第に真剣なものへと変わっていく。
眉間に皺が寄り、アイスブルーの瞳が鋭く光る。
怒られる。
絶対怒られる。
こんな「自分を守るためだけの自己中心的な法案」を作っていたなんてバレたら――。
「……凄い」
え?
レオンハルトが顔を上げ、震える声で言った。
「君は……ここまで考えていたのか。この国の『司法の欠陥』を」
はい?
「確かに、今の法制度では、有力者の『感情』や『鶴の一声』で、無実の者が罪に問われる危険性がある。特に社交界では、声の大きい者の嘘が真実としてまかり通ることが多い」
まあ、それはそうですが。
「君はこの法案で、それを根絶しようとしているんだな。『証拠主義』を徹底し、権力者であっても恣意的な処罰ができないように。……これは、君自身のためではない。これから理不尽な権力闘争に巻き込まれるかもしれない、全ての弱き者たちを守るための盾だ!」
違います。私専用のシェルターです。
レオンハルトは感動のあまり、机をバンと叩いた。
「特にこの『虚偽申告への厳罰化』……素晴らしい。これがあれば、無実の者を陥れようとする卑劣な輩を一掃できる。君は、未来の冤罪被害者たちを救う女神だ!」
ドクン。
ああ、もう。
深夜だというのに、彼の胸元の発光が眩しい。
【星冠値:74 → 78】
「採用しよう、リュシア。この草案を基に、直ちに法改正を行う」
「え、今すぐ? いや、それはちょっと……」
「善は急げだ。来月の『白花の儀』までに施行すれば、その場での混乱も防げる。君の慧眼にはいつも驚かされるよ」
彼は嬉々として草案を持ち帰ってしまった。
私は呆然と窓の外を見送った。
……まあ、いいか。
結果的に、断罪イベントの発生条件が厳しくなったのは事実だ。
これで私の生存率は上がったはずだ。
◇
数日後。
王宮の庭園で、ティーパーティーが開かれていた。
主催は王妃陛下。招かれているのは、私を含む高位貴族の令嬢たちだ。
もちろん、そこには「聖女」として最近名を上げているセレナも呼ばれていた。
セレナは自信満々だった。
彼女の取り巻きたちが、私の方をチラチラと見てヒソヒソ話をしている。
どうやら、今日ここで何か仕掛けてくるつもりらしい。
(望むところよ。私の作った『鉄壁の法』を試すいい機会だわ)
私は優雅に紅茶を啜った。
しばらくして、私が席を立ち、庭の奥にあるガゼボへ向かった時だった。
背後から足音が近づいてきた。
「リュシア様!」
振り返ると、セレナが立っていた。
彼女の目は血走り、手には何やらガラスの小瓶が握られている。
「……何かご用かしら?」
「ふふん。余裕ぶっていられるのも今のうちよ」
セレナはいきなり、自分の持っていた小瓶を地面に叩きつけた。
ガシャーン!
鋭い音が響き、ガラスが飛び散る。
同時に、彼女は自らその破片の上に倒れ込み、「きゃああああ!」と悲鳴を上げた。
「い、痛いっ! なんてことを……!」
彼女の手のひらから血が滲む。
騒ぎを聞きつけて、周囲にいた令嬢たちや衛兵、そしてちょうど通りかかったレオンハルト殿下が駆けつけてきた。
「何事だ!」
「で、殿下ぁ……!」
セレナは涙ながらに訴えた。
「リュシア様が……私を突き飛ばしたんです! 私が持っていた聖水を妬んで……!」
周囲がざわめく。
「まあ、なんてこと」
「やはり嫉妬なさっていたのね」
「証拠はないけれど、あの傲慢なリュシア様ならやりかねないわ」
従来のシナリオなら、ここで私は窮地に立たされる。
レオンハルトが「リュシア、なんてことを!」と激怒し、私の言い分など聞かずに断罪ムードになるはずだ。
セレナが勝ち誇ったように私を見て、口の端を歪めた。
(さあ、どうするの? 誰も見ていない場所よ。私の証言が全てよ!)
しかし。
私は涼しい顔で、懐から一枚の書類を取り出した。
「……殿下。例の条文、すでに施行されていますわよね?」
レオンハルトは頷いた。
彼はセレナを一瞥し、冷徹に告げた。
「男爵令嬢セレナ。君の訴えを受理するためには、『王族婚約破棄特例法』に基づき、以下の手続きが必要となる」
「え?」
セレナが涙を止めてきょとんとする。
「第一に、客観的証拠の提示。この場における魔力痕跡の解析結果だ。第二に、第三者による目撃証言。……衛兵、記録石を確認しろ」
衛兵が即座に動く。
彼は庭園の柱に設置されていた、最新型の防犯用記録石を操作した。
「殿下、解析完了しました。……当該時刻、リュシア様は男爵令嬢に指一本触れておりません。男爵令嬢が自ら瓶を叩きつけ、転倒した映像が鮮明に記録されています」
その場に、ホログラムのような映像が浮かび上がった。
そこには、ノリノリで自爆するセレナの間抜けな姿が映し出されていた。
「なっ……!?」
セレナの顔が真っ赤になる。
「そ、それは偽造です! リュシア様が魔術で映像を書き換えたんです!」
「往生際が悪いぞ」
レオンハルトの声が低くなる。
「さらに、この新法では『冤罪を目的とした虚偽申告』に対し、厳罰を処すことになっている。……君の今の発言は、公爵令嬢および王家への侮辱罪に該当する可能性があるが?」
「そ、そんな法律、いつの間に……!」
「つい先日だ。リュシアが提案し、私が即決した」
レオンハルトは私を見て、誇らしげに微笑んだ。
「彼女は予見していたのだ。君のような者が、証拠もない言いがかりで混乱を招くことを。だからこそ、事前に法を整備し、無用な争いを防ごうとした。……これが『王妃の慈悲』だ」
周囲の空気が一変する。
「さすがリュシア様……」
「ご自身が疑われるリスクがあるのに、法と証拠で潔白を証明されるなんて」
「あの男爵令嬢、恐ろしいわ。自分で怪我をしてまで……」
セレナは震えながら後ずさった。
彼女の「被害者ムーブ」という最強の武器が、私の「六法全書(物理)」によって粉砕された瞬間だった。
「お、覚えてなさいよ……!」
捨て台詞を吐いて、セレナは逃げ出した。
私は溜め息をついた。
勝った。
けど、なんか違う。
私はもっとこう、「ふん、私が突き飛ばした? それがどうしたの?」みたいな悪役台詞を吐きたかったのに。
なんで「法と秩序の守護者」みたいになってるのよ。
「リュシア」
レオンハルトが私の手を取り、甲にキスをした。
「君のおかげで、庭園の平和は守られた。この法律は、きっと未来永劫、この国の司法の礎になるだろう」
【星冠値:78 → 80】
ピシッ。
空気が凍りつくような音がした。
80。
それは《星冠の誓約》における、最も危険なライン。
『誓約条項の自動追加』が発動する数値だ。
「……ん?」
レオンハルトが胸元を押さえた。
彼の胸から、眩い光の文字が空中に浮かび上がる。
『条件達成を確認。星冠値80到達により、以下の条項を追加する』
『甲(王太子)ト乙(婚約者)ハ、互イノ名誉ヲ守ルタメ、一刻タリトモ離レルコトヲ禁ズ』
『双方ノ半径5メートル以内ニ、異性ノ侵入ヲ制限スル』
「はあああ!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
離れることを禁ず?
半径5メートル以内立ち入り禁止?
「なんと……」
レオンハルトは、光の文字を見つめ、うっとりと頬を染めた。
「星も望んでいるのか。私たちが片時も離れず、愛を育むことを」
「違います! これは呪いです! バグです!」
「リュシア。今日から私の執務室にベッドを運ぼう。部屋を分ける必要もなくなった」
「嫌ぁぁぁぁッ!!」
私の叫びは、王宮の青空に虚しく吸い込まれていった。
法で身を守ったつもりが、誓約という超法規的措置によって、物理的な自由を奪われてしまった。
◇
その夜。
セレナの部屋。
彼女は爪を噛みながら、ブツブツと呟いていた。
「許さない……法なんて小細工で私の邪魔をするなんて」
彼女の目の前には、黒いローブを纏った男が立っていた。神殿の人間ではない。もっと闇の深い、裏社会の住人だ。
「……計画を変えるわ。証拠がないなら、作ればいい。リュシアの部屋に、決定的な『証拠』をね」
男がニヤリと笑い、懐から何かを取り出した。
それは、禁忌とされる呪いの人形と、ヴァルモン家の紋章が入った偽の手紙だった。
「これをリュシアの部屋に隠しなさい。……今度こそ、言い逃れできないようにしてやるわ」
私の知らないところで、物語は「冤罪」から「陰謀」へと、さらに危険なステージへ進もうとしていた。
私の部屋の机には、分厚い六法全書、過去の判例集、そして羊皮紙の山が積み上げられていた。
「……よし。これで第十二条の抜け穴は塞いだわ」
私は羽ペンを走らせながら、不敵な笑みを浮かべた。
現在、私が作成しているのは『王族の婚約破棄に関する特例措置法案(草案)』である。
乙女ゲームの「断罪イベント」では、王太子がいきなり「貴様との婚約を破棄する!」と叫び、ヒロインの証言だけで悪役令嬢を追放していた。
だが、ここは現実だ。法治国家だ。
そんな感情論での解雇(婚約破棄)がまかり通ってはいけない。
私の狙いは一つ。
断罪のハードルを、エベレストよりも高くすることだ。
『第一項:婚約破棄の申し立てには、第三者機関である神殿および監査局が認証した、改竄不可能な物的証拠(記録石等)を必須とする』
『第二項:被害者の証言のみを根拠とした処分は、これを無効とする』
『第三項:冤罪が判明した場合、告発者は王族への反逆罪と同等の処罰を受ける』
完璧だ。
これを通しておけば、セレナお得意の「リュシア様にいじめられました(涙)」という泣き落としは、証拠不十分として門前払いされる。
さらに「虚偽申告したら反逆罪」という特大の地雷も埋めておいた。
これなら、さすがのセレナも迂闊に手出しはできないだろう。
(ふふふ。これで私が断罪される確率はゼロ。むしろ、面倒な手続きを嫌った殿下が『こんな面倒な女とは結婚できない』と呆れてくれれば一石二鳥!)
私は徹夜のテンションでペンを走らせ続けた。
そこに、窓の外から爽やかな風と共に、あの男が現れた。
「リュシア。まだ起きているのか?」
「うわっ!?」
バルコニーから入ってきたのは、レオンハルト殿下だった。
いや、ここ三階ですよ? どうやって登ってきたんですか?
「灯りがついていたから心配になってね。……また、根を詰めて仕事をしていたのか」
彼は部屋に入るなり、私の机の上の惨状(書類の山)を見て目を細めた。
私は慌てて書類を隠そうとしたが、時すでに遅し。
レオンハルトの手が、私が書き上げたばかりの『草案』を拾い上げた。
「これは……『婚約破棄に関する特例措置法案』?」
終わった。
「婚約破棄」という単語を見ただけで、彼はまた「私を捨てる気か!」と激昂するか、あるいは悲しむに違いない。
私は言い訳を口にしようとした。
「あの、それはですね、万が一の時のために……」
レオンハルトは黙って書類を読み進めた。
一枚、二枚。
彼の表情が、次第に真剣なものへと変わっていく。
眉間に皺が寄り、アイスブルーの瞳が鋭く光る。
怒られる。
絶対怒られる。
こんな「自分を守るためだけの自己中心的な法案」を作っていたなんてバレたら――。
「……凄い」
え?
レオンハルトが顔を上げ、震える声で言った。
「君は……ここまで考えていたのか。この国の『司法の欠陥』を」
はい?
「確かに、今の法制度では、有力者の『感情』や『鶴の一声』で、無実の者が罪に問われる危険性がある。特に社交界では、声の大きい者の嘘が真実としてまかり通ることが多い」
まあ、それはそうですが。
「君はこの法案で、それを根絶しようとしているんだな。『証拠主義』を徹底し、権力者であっても恣意的な処罰ができないように。……これは、君自身のためではない。これから理不尽な権力闘争に巻き込まれるかもしれない、全ての弱き者たちを守るための盾だ!」
違います。私専用のシェルターです。
レオンハルトは感動のあまり、机をバンと叩いた。
「特にこの『虚偽申告への厳罰化』……素晴らしい。これがあれば、無実の者を陥れようとする卑劣な輩を一掃できる。君は、未来の冤罪被害者たちを救う女神だ!」
ドクン。
ああ、もう。
深夜だというのに、彼の胸元の発光が眩しい。
【星冠値:74 → 78】
「採用しよう、リュシア。この草案を基に、直ちに法改正を行う」
「え、今すぐ? いや、それはちょっと……」
「善は急げだ。来月の『白花の儀』までに施行すれば、その場での混乱も防げる。君の慧眼にはいつも驚かされるよ」
彼は嬉々として草案を持ち帰ってしまった。
私は呆然と窓の外を見送った。
……まあ、いいか。
結果的に、断罪イベントの発生条件が厳しくなったのは事実だ。
これで私の生存率は上がったはずだ。
◇
数日後。
王宮の庭園で、ティーパーティーが開かれていた。
主催は王妃陛下。招かれているのは、私を含む高位貴族の令嬢たちだ。
もちろん、そこには「聖女」として最近名を上げているセレナも呼ばれていた。
セレナは自信満々だった。
彼女の取り巻きたちが、私の方をチラチラと見てヒソヒソ話をしている。
どうやら、今日ここで何か仕掛けてくるつもりらしい。
(望むところよ。私の作った『鉄壁の法』を試すいい機会だわ)
私は優雅に紅茶を啜った。
しばらくして、私が席を立ち、庭の奥にあるガゼボへ向かった時だった。
背後から足音が近づいてきた。
「リュシア様!」
振り返ると、セレナが立っていた。
彼女の目は血走り、手には何やらガラスの小瓶が握られている。
「……何かご用かしら?」
「ふふん。余裕ぶっていられるのも今のうちよ」
セレナはいきなり、自分の持っていた小瓶を地面に叩きつけた。
ガシャーン!
鋭い音が響き、ガラスが飛び散る。
同時に、彼女は自らその破片の上に倒れ込み、「きゃああああ!」と悲鳴を上げた。
「い、痛いっ! なんてことを……!」
彼女の手のひらから血が滲む。
騒ぎを聞きつけて、周囲にいた令嬢たちや衛兵、そしてちょうど通りかかったレオンハルト殿下が駆けつけてきた。
「何事だ!」
「で、殿下ぁ……!」
セレナは涙ながらに訴えた。
「リュシア様が……私を突き飛ばしたんです! 私が持っていた聖水を妬んで……!」
周囲がざわめく。
「まあ、なんてこと」
「やはり嫉妬なさっていたのね」
「証拠はないけれど、あの傲慢なリュシア様ならやりかねないわ」
従来のシナリオなら、ここで私は窮地に立たされる。
レオンハルトが「リュシア、なんてことを!」と激怒し、私の言い分など聞かずに断罪ムードになるはずだ。
セレナが勝ち誇ったように私を見て、口の端を歪めた。
(さあ、どうするの? 誰も見ていない場所よ。私の証言が全てよ!)
しかし。
私は涼しい顔で、懐から一枚の書類を取り出した。
「……殿下。例の条文、すでに施行されていますわよね?」
レオンハルトは頷いた。
彼はセレナを一瞥し、冷徹に告げた。
「男爵令嬢セレナ。君の訴えを受理するためには、『王族婚約破棄特例法』に基づき、以下の手続きが必要となる」
「え?」
セレナが涙を止めてきょとんとする。
「第一に、客観的証拠の提示。この場における魔力痕跡の解析結果だ。第二に、第三者による目撃証言。……衛兵、記録石を確認しろ」
衛兵が即座に動く。
彼は庭園の柱に設置されていた、最新型の防犯用記録石を操作した。
「殿下、解析完了しました。……当該時刻、リュシア様は男爵令嬢に指一本触れておりません。男爵令嬢が自ら瓶を叩きつけ、転倒した映像が鮮明に記録されています」
その場に、ホログラムのような映像が浮かび上がった。
そこには、ノリノリで自爆するセレナの間抜けな姿が映し出されていた。
「なっ……!?」
セレナの顔が真っ赤になる。
「そ、それは偽造です! リュシア様が魔術で映像を書き換えたんです!」
「往生際が悪いぞ」
レオンハルトの声が低くなる。
「さらに、この新法では『冤罪を目的とした虚偽申告』に対し、厳罰を処すことになっている。……君の今の発言は、公爵令嬢および王家への侮辱罪に該当する可能性があるが?」
「そ、そんな法律、いつの間に……!」
「つい先日だ。リュシアが提案し、私が即決した」
レオンハルトは私を見て、誇らしげに微笑んだ。
「彼女は予見していたのだ。君のような者が、証拠もない言いがかりで混乱を招くことを。だからこそ、事前に法を整備し、無用な争いを防ごうとした。……これが『王妃の慈悲』だ」
周囲の空気が一変する。
「さすがリュシア様……」
「ご自身が疑われるリスクがあるのに、法と証拠で潔白を証明されるなんて」
「あの男爵令嬢、恐ろしいわ。自分で怪我をしてまで……」
セレナは震えながら後ずさった。
彼女の「被害者ムーブ」という最強の武器が、私の「六法全書(物理)」によって粉砕された瞬間だった。
「お、覚えてなさいよ……!」
捨て台詞を吐いて、セレナは逃げ出した。
私は溜め息をついた。
勝った。
けど、なんか違う。
私はもっとこう、「ふん、私が突き飛ばした? それがどうしたの?」みたいな悪役台詞を吐きたかったのに。
なんで「法と秩序の守護者」みたいになってるのよ。
「リュシア」
レオンハルトが私の手を取り、甲にキスをした。
「君のおかげで、庭園の平和は守られた。この法律は、きっと未来永劫、この国の司法の礎になるだろう」
【星冠値:78 → 80】
ピシッ。
空気が凍りつくような音がした。
80。
それは《星冠の誓約》における、最も危険なライン。
『誓約条項の自動追加』が発動する数値だ。
「……ん?」
レオンハルトが胸元を押さえた。
彼の胸から、眩い光の文字が空中に浮かび上がる。
『条件達成を確認。星冠値80到達により、以下の条項を追加する』
『甲(王太子)ト乙(婚約者)ハ、互イノ名誉ヲ守ルタメ、一刻タリトモ離レルコトヲ禁ズ』
『双方ノ半径5メートル以内ニ、異性ノ侵入ヲ制限スル』
「はあああ!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
離れることを禁ず?
半径5メートル以内立ち入り禁止?
「なんと……」
レオンハルトは、光の文字を見つめ、うっとりと頬を染めた。
「星も望んでいるのか。私たちが片時も離れず、愛を育むことを」
「違います! これは呪いです! バグです!」
「リュシア。今日から私の執務室にベッドを運ぼう。部屋を分ける必要もなくなった」
「嫌ぁぁぁぁッ!!」
私の叫びは、王宮の青空に虚しく吸い込まれていった。
法で身を守ったつもりが、誓約という超法規的措置によって、物理的な自由を奪われてしまった。
◇
その夜。
セレナの部屋。
彼女は爪を噛みながら、ブツブツと呟いていた。
「許さない……法なんて小細工で私の邪魔をするなんて」
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「……計画を変えるわ。証拠がないなら、作ればいい。リュシアの部屋に、決定的な『証拠』をね」
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けれど確実。
焦らせた者も、慢心した者も、
気づけば“選ばれない側”になっている。
これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。
そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。
隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。
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