「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

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第十三話「偽の奇跡、真の記録」

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 王都は、一種の熱狂に包まれていた。
 街角の掲示板、酒場の話題、そして貴族のサロンに至るまで、どこもかしこも「聖女セレナの奇跡」の話題で持ちきりだ。

『不治の病を治す光!』
『神に選ばれし乙女、ついに降臨!』

 新聞の見出しは踊り狂っている。
 私は王太子の執務室(兼、私の私室)で、その新聞を広げながら、眉間の皺を揉みほぐしていた。

「……まずいわ」

 私が呟くと、隣で書類仕事をしていたレオンハルト殿下が顔を上げた。
 今日も今日とて、距離はゼロメートルだ。私の椅子の背もたれに彼の腕が回されている。

「何がまずいんだい? やはり、聖女の人気が君を脅かすと不安なのか?」

「いいえ、逆です。……これ、もし嘘だったらどうするんですか?」

 私は新聞記事の写真を指差した。
 そこには、紫がかった光を放つ杖を掲げるセレナと、その足元でひれ伏す信者たちの姿がある。

「ヒロインが『奇跡詐欺』で捕まるなんて、乙女ゲーム史上前代未聞のバッドエンドですわ。そんなことになれば、私の『断罪イベント』どころか、国家転覆罪で処刑されて終わりじゃないですか」

「……ん? 乙女ゲーム? ヒロイン?」

「あ、独り言です」

 私は咳払いをした。
 とにかく、このままではセレナが自滅する。
 彼女には「清く正しく美しいヒロイン」として私を断罪してもらわなければ困るのだ。犯罪者になってもらっては困る。

(管理不足ね。私が現場に行って、彼女の『演出』が法に触れない範囲かチェックしてあげないと)

 元社畜のコンサル魂がうずいた。
 私は立ち上がり、拳を握りしめた。

「殿下。神殿へ参ります」

「神殿へ? 危険だ。カイルの息がかかった場所かもしれない」

「だからこそ行くのです。もしこの奇跡が偽物で、民衆を騙すための道具だとしたら……国の信用に関わります。私が直接、その『品質管理』を行います!」

 レオンハルトは目を丸くし、やがて感動に打ち震えた。

「……品質管理。君は聖女の奇跡さえも、国家事業の一環として冷静に監査しようというのか。信仰という不可侵領域に、実務のメスを入れる……その勇気、感服した!」

 違う。ただの尻拭いだ。

「よし、行こう。もちろん、近衛騎士団全部隊を引き連れてな」

「戦争に行くんですか!?」

          ◇

 大神殿の大会議室は、重苦しい空気に支配されていた。
 上座には私とレオンハルト殿下。
 対面には、きらびやかな法衣をまとった高位神官たち。彼らはセレナを支持する派閥の重鎮だ。
 そして私の隣には、頼れる味方、監査官のエルダがいる。

「……リュシア様。聖女様の奇跡に疑義を呈されるとは、いささか不敬ではありませんかな?」

 恰幅の良い司教が、不愉快そうに口を開いた。
 彼の背後には、「聖女への冒涜だ」と囁き合う神官たちが控えている。

「疑義などと人聞きが悪い」
 私は扇を閉じて、冷ややかに微笑んだ。

「私はむしろ、聖女様を心配しているのです。これほど大規模な『奇跡』を公表して、もし万が一、効果がなかったり、副作用が出たりしたらどうなさるおつもり?」

「副作用などありえません! 神の御業ですぞ!」

「神の御業だからこそ、証明が必要なのです」

 私は机の上に、分厚いファイルを叩きつけた。
 前回の監査でエルダと共有した、セレナの不正疑惑データだ。

「この国は法治国家であり、証拠主義を採用しています。口先だけの『神の力』など、露店で売られているインチキ薬と変わりません。……本物ならば、堂々とデータで示せるはずですわ」

 司教の顔が赤くなる。
「データだと!? 信仰を数字で測ろうなどと……!」

「測れます」
 エルダが静かに口を挟んだ。

「過去の聖女たちの奇跡は、すべて《記録石》にその魔力波形が保存されています。しかし、今回のセレナ様の事例には、波形データが一切存在しない。……これは異常事態です」

「そ、それは……今回の奇跡が高次元すぎるがゆえに、既存の魔道具では記録できないだけで……!」

 苦しい言い訳だ。
 私は溜め息をついた。

「わかりました。では、こうしましょう」

 私は提案した。

「近日行われるという『奇跡の儀式』。これを、王家主導の『公開検証会』と位置づけます」

「なっ……!?」

「場所は閉ざされた大聖堂ではなく、王宮前の広場。観客は信者だけでなく、王立魔術研究所の学者、医師団、そして各国の来賓も招きましょう」

 私は指を一本ずつ立てて条件を提示していく。

「一、治療対象は神殿が用意したサクラではなく、医師団が選定した本物の重病人とすること」
「二、儀式中は常時、最高精度の《記録石》を十台稼働させること」
「三、万が一、奇跡が発動しなかった場合、神殿は『誇大広告』の責任を取り、全額返金および公式謝罪を行うこと」

 司教たちが青ざめていく。
 彼らはセレナの「奇跡」が演出であることを知っているのだろう。だからこそ、閉鎖的な空間で、信者だけを集めて行いたかったのだ。それを白日の下に晒せと言われて、動揺しないはずがない。

「そ、そのような……神聖な儀式を見世物にするなど……!」

「見世物ではありません。証明です」
 私はキッパリと言い放った。

「もし本当に奇跡が起きれば、疑う者は誰もいなくなる。セレナ様は正真正銘の聖女として歴史に名を刻むでしょう。……私は、彼女に『偽物』という汚名を着せたくないのです。彼女の名誉を守るために、最高の舞台を用意して差し上げると言っているのです」

 これは本心だ。
 嘘つきのまま終わってほしくない。やるなら本物の魔法を見せて、私をビビらせてみろ。
 そうすれば、私も心置きなく「負けました」と言って婚約破棄できるのだから。

 静まり返る会議室。
 誰も反論できない。
 「聖女の名誉のため」という大義名分を突きつけられては、断る理由がないからだ。

「……素晴らしい」

 沈黙を破ったのは、隣に座るレオンハルトだった。

「リュシア。君は……そこまで考えていたのか」

 はい?

「単に嘘を暴くだけなら、記録石のデータを突きつけて終わりだ。だが君は、あえてチャンスを与えた。もし彼女が本物なら賞賛し、偽物ならその場で更生させる……。罪を憎んで人を憎まず。まさに『王妃の慈愛』そのものだ」

 違います。単なる公開処刑の準備です。

 ドクン。
 
 【星冠値:84 → 86】

 また上がった。
 しかも、司教たち以外の神官(中立派や良識派)たちも、私を見る目が変わっている。
「確かに、リュシア様の仰る通りだ」
「本物なら堂々と見せればいい」
「あの方こそ、神殿の腐敗を正す女神では?」

 エルダが小さく頷き、宣言した。
「神殿監査局は、リュシア様の提案を全面的に支持します。……拒否するならば、即座に『詐欺容疑』で強制捜査に入りますが?」

 司教は脂汗を流しながら、震える声で答えた。
「……わ、わかりました。公開検証会、お受けいたします……」

          ◇

 帰り道。
 王宮の廊下を歩きながら、私はどっと疲れが出ていた。
 これでセレナは逃げられなくなった。
 あとは当日、彼女がどう出るかだ。もし何か「仕掛け」があるなら、それを見破る準備もしなければ。

「リュシア」

 レオンハルトが立ち止まり、私の手を取った。

「今回の件で、神殿内での君の評価は不動のものになった。保守派も改革派も、君の公平さにひれ伏した」

「……ただの事務処理ですよ」

「謙遜しなくていい。……だが、一つだけ懸念がある」

 レオンハルトの表情が曇る。

「公開検証会で、もしセレナが『本物の奇跡』……いや、我々の理解を超える『何か』を起こした場合だ」

「え?」

「カイルの動きが不気味だ。彼がただの詐欺師を担ぎ上げるはずがない。きっと、何か裏がある。……その時、矢面に立つのは、提案者である君だ」

 レオンハルトは強く私の手を握りしめた。

「君を守るために、私にも覚悟が必要だ。……リュシア、次の『王妃教育』のカリキュラムに、これを追加しよう」

 彼が懐から取り出した書類を見て、私は目を疑った。

『王家秘伝・対魔術戦闘訓練』
『有事における軍隊指揮権の譲渡について』

「は?」

「ただの象徴としての王妃ではない。君には、自らの身を守り、そして国を守るための『力』を持ってもらう。……君が強くなればなるほど、君を害そうとする者たちは手出しできなくなる」

 待って。
 私は穏やかな隠居生活を求めているのであって、戦う王妃(アマゾネス)になりたいわけではない。

「え、あの、戦闘訓練って……剣とか振るんですか?」

「いや、もっと実戦的だ。誓約魔術の応用による結界展開、そして王家の短剣術。……講師は私が務める」

 レオンハルトはキラキラした笑顔で言った。

「毎日、朝の鍛錬も一緒にできるな。汗を流す君もきっと美しい」

 【星冠値:86 → 88】

 私は天を仰いだ。
 公開検証会が決まった代償として、私は「戦う王妃」への道を強制的に歩まされることになった。
 同棲、監視、そして戦闘訓練。
 私のライフスタイルは、もはや貴族令嬢というより、特殊部隊の隊員に近づいていた。

          ◇

 その頃、王都の地下水路。
 薄暗い空間で、セレナはヒステリックに叫んでいた。

「公開検証会!? バカじゃないの! そんなの、私の魔法がインチキだってバレちゃうじゃない!」

 彼女の前には、カイル王子と、黒いローブの男たちが立っていた。
 カイルは楽しそうに笑っている。

「焦ることはないよ、セレナ嬢。むしろ好都合だ」

「何がよ!」

「大衆の目の前で奇跡を起こせば、効果は絶大だ。……それに、君の力はもう『インチキ』ではない」

 カイルが合図をすると、ローブの男が恭しく紫色の小瓶を差し出した。
 そこから漂う禍々しい気配に、セレナが一瞬怯む。

「……これは?」

「古代の秘薬だよ。一時的に魔力を暴走させ、術者の生命力を代償に、強大な治癒現象を引き起こす。……まあ、少しばかり『寿命』は縮むかもしれないが、王妃の座には代えられないだろう?」

 カイルの瞳が、冷酷に光る。

「使いなさい。そして、あの高慢なリュシアを黙らせるんだ。……彼女が作った『検証の舞台』で、彼女自身の理論を崩壊させる。最高のショーになると思わないかい?」

 セレナは震える手で小瓶を受け取った。
 その瞳に、狂気と野心が宿る。

「……やってやるわ。リュシア、見てなさい。あんたの作ったルールごと、吹き飛ばしてやるから」
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