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第十六話「実家炎上:悪役の家は潰されやすい」
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馬車が石畳を揺らしながら進む。
窓の外に見えるのは、慣れ親しんだヴァルモン領の風景だ。
しかし、今日の帰郷は「里帰り」などという生易しいものではない。
「……家の周り、すごい人だかりね」
私が呟くと、隣に座るレオンハルト殿下が厳しく眉を寄せた。
公爵邸の正門前には、神殿の神官兵や、貴族院から派遣された調査団、そして野次馬たちがひしめき合っている。
セレナの捨て台詞――「ヴァルモン家は魔女の家系だ」という言葉が、燎原の火のごとく広まった結果だ。
「申し訳ありません、殿下。私ごときのために、このような騒ぎに巻き込んでしまって」
私はしおらしく頭を下げた。
内心では、(しめしめ)と思っている。
これだ。このスキャンダルこそが、待ち望んでいた「婚約破棄の切り札」だ。
『魔女の血筋』なんて、王族の結婚相手としてはこれ以上ない欠陥物件だ。
今日こそ、父と殿下の前で、「王家に泥を塗るわけにはいきません」と泣いて破棄を迫ろう。
「謝る必要はない、リュシア。……彼らはただ、真実を知らないだけだ」
レオンハルトは私の手を強く握った。
いや、知られたら困る真実(魔女)があるんですよね? 大丈夫なんですか?
◇
屋敷に入ると、父であるヴァルモン公爵が待っていた。
銀髪に片眼鏡、冷徹な美貌を持つ父は、騒動の渦中にあるとは思えないほど落ち着き払って紅茶を飲んでいた。
「お父様!」
「戻ったか、リュシア。……それに殿下も。ご足労をおかけして申し訳ない」
父は優雅に立ち上がり、一礼した。
私は単刀直入に切り出した。
「お父様、セレナが言っていたことは本当なのですか? わが家は……魔女の家系なのですか?」
父は片眼鏡の位置を直し、あっさりと答えた。
「何を今さら。当たり前だろう」
「えっ」
「我が家の地下書庫には、初代国王と契約した『始祖の魔女』の術式が封印されている。お前が幼い頃から、契約書や魔法陣を見ると異常に興奮していたのは、その血のせいだ」
「血のせいだったんですか!? 社畜の性(さが)じゃなくて!?」
衝撃の事実だ。
私が書類整理や契約の穴探しに喜びを感じていたのは、前世の記憶だけでなく、DNAレベルで刻まれた「魔女の本能」だったとは。
「ですが、それが公になれば、ヴァルモン家は破滅です。異端審問にかけられ、取り潰し……」
「そうなる前に、手を打つ」
父が冷徹な瞳を光らせた時、玄関ホールが騒がしくなった。
「調査団だ! 公爵、開けなさい!」
ドカドカと押し入ってきたのは、神殿の保守派司教と、カイル王子の派閥に属する貴族たちだ。
彼らはここぞとばかりに、ヴァルモン家を潰しにかかってきた。
「ヴァルモン公爵! 貴殿の娘が使った『契約無効化』の術、あれは人間業ではない! 禁忌の魔術を隠匿している疑いがある!」
「屋敷を捜索させてもらう! 証拠が出れば、即刻一族郎党を拘束する!」
司教が唾を飛ばしながら叫ぶ。
父は無言で彼らを見下ろしている。
チャンスだ。
私は一歩前に進み出た。
悲劇のヒロインのように、涙を浮かべて(目薬はさっき差した)。
「お待ちください! 全ては……私の責任です!」
私はレオンハルトに向き直り、震える声で訴えた。
「殿下、お聞きください。私の血には、忌まわしい魔女の呪いが流れているようです。こんな汚れた血を持つ者が、次期王妃になるなど……許されるはずがありません」
私はその場に跪いた。
「ヴァルモン家は、これより全ての爵位を返上し、王都を去ります。ですから……どうか、私との婚約を破棄してください!」
完璧だ。
「家の没落」を理由にした、不可抗力の婚約破棄。
これなら殿下も、「君を愛しているが、国法には逆らえない」と泣く泣く承諾するしかないはずだ。
さあ、さよならを言って!
調査団の貴族たちも、「そうだそうだ! 魔女の娘など王妃にふさわしくない!」と野次を飛ばす。
しかし。
レオンハルトは、静かに、しかし王者の覇気を纏って一歩踏み出した。
「……愚か者どもが」
その声の低さに、騒いでいた調査団が一瞬で凍りついた。
「で、殿下……?」
「汚れた血、だと? 魔女、だと?」
レオンハルトは私を抱き起こし、その肩を抱いて調査団を睨みつけた。
「貴様らは、この国の成り立ちすら忘れたのか? 建国の時、初代国王アステリアが、誰の力を借りてこの国を興したのかを」
「そ、それは……神の加護と……」
「違う! 『星冠の誓約』という絶対のシステムだ! そしてそのシステムを構築し、維持してきたのが、他ならぬヴァルモン家の一族だ!」
レオンハルトの声がホールに響き渡る。
「彼らは魔女ではない。『王家の鍵(キーパー)』だ! 彼らが管理する術式があるからこそ、王族の誓約は効力を持ち、国の秩序が保たれているのだ!」
えっ、そうなの?
初耳なんですけど。
「リュシアが契約術式に精通しているのは、彼女が次代の『鍵の守護者』として覚醒しつつある証拠。それを『汚れ』と呼ぶとは……王家の権威そのものを否定する気か!」
司教たちが青ざめて後ずさる。
王家の正統性に直結する話を持ち出されては、反論できない。
「し、しかし……強力すぎる力は危険です! 管理が必要です!」
「だからこそ!」
レオンハルトは私をさらに強く抱き寄せた。
「私が彼女を娶るのだ! 王家とヴァルモン家が一つになることで、その力は正しく国の礎となる。……これぞ、建国以来の悲願にして、最強の政略結婚だ!」
ええええええ!?
話が飛躍しすぎている。
「魔女だから危険→排除」ではなく、「魔女だから重要→合体」という超理論で、婚約の正当性が強化されてしまった。
父がニヤリと笑い、拍手をした。
「さすが殿下。よくぞ看破された。……リュシアよ、聞いたか? お前の力は、殿下のためにあるのだ」
「お父様!? 裏切りましたわね!?」
レオンハルトは調査団に向かって宣言した。
「これより、ヴァルモン公爵邸を『王家直轄聖域』に指定する。今後、この屋敷への立ち入り調査は、私への反逆とみなす!」
「ひっ……!」
調査団は逃げ帰っていった。
残されたのは、聖域認定されてしまった実家と、婚約破棄の口実を失った私。
「リュシア」
レオンハルトが、うっとりとした目で私を見つめる。
「君は、またしても私を守ろうとしたな。自分の家を犠牲にして、私に『魔女の夫』という汚名を着せないように……わざと身を引こうとした」
違います。本当に引きたかったんです。
「だが、無駄だ。君の血が魔女だろうと何だろうと、私の愛は揺るがない。むしろ、君が『人外』の領域に近づくほど、私の守護欲は燃え上がる」
ドクン。
胸元の光が、また一段と強くなる。
【星冠値:92 → 94】
94。
もはや引き返せない。
「……疲れた」
私がガックリと膝をつくと、レオンハルトはすかさずお姫様抱っこをした。
「疲れただろう。私の部屋……いや、私たちの部屋へ帰ろう」
実家を守ることはできた。
父も無事だ。
しかし、その代償として、ヴァルモン家は「王家の秘密兵器庫」として認定され、私はその「管理者」として、王妃になる以外の選択肢を完全に潰された。
帰り際、父が小声で私に耳打ちした。
『……リュシア。地下書庫の最奥にある「黒の誓約書」には気をつけるのだ。あれだけは、殿下にも見せるな』
何それ怖い。
まだ何かあるの?
王宮への帰路。
馬車の中で揺られながら、私はぼんやりと考えた。
「婚約破棄」というゴールは、蜃気楼のように遠ざかっていく。
そして、セレナに代わって動き出すであろう「真の黒幕」の影が、すぐそこまで迫っていることを、肌で感じていた。
窓の外に見えるのは、慣れ親しんだヴァルモン領の風景だ。
しかし、今日の帰郷は「里帰り」などという生易しいものではない。
「……家の周り、すごい人だかりね」
私が呟くと、隣に座るレオンハルト殿下が厳しく眉を寄せた。
公爵邸の正門前には、神殿の神官兵や、貴族院から派遣された調査団、そして野次馬たちがひしめき合っている。
セレナの捨て台詞――「ヴァルモン家は魔女の家系だ」という言葉が、燎原の火のごとく広まった結果だ。
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今日こそ、父と殿下の前で、「王家に泥を塗るわけにはいきません」と泣いて破棄を迫ろう。
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レオンハルトは私の手を強く握った。
いや、知られたら困る真実(魔女)があるんですよね? 大丈夫なんですか?
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銀髪に片眼鏡、冷徹な美貌を持つ父は、騒動の渦中にあるとは思えないほど落ち着き払って紅茶を飲んでいた。
「お父様!」
「戻ったか、リュシア。……それに殿下も。ご足労をおかけして申し訳ない」
父は優雅に立ち上がり、一礼した。
私は単刀直入に切り出した。
「お父様、セレナが言っていたことは本当なのですか? わが家は……魔女の家系なのですか?」
父は片眼鏡の位置を直し、あっさりと答えた。
「何を今さら。当たり前だろう」
「えっ」
「我が家の地下書庫には、初代国王と契約した『始祖の魔女』の術式が封印されている。お前が幼い頃から、契約書や魔法陣を見ると異常に興奮していたのは、その血のせいだ」
「血のせいだったんですか!? 社畜の性(さが)じゃなくて!?」
衝撃の事実だ。
私が書類整理や契約の穴探しに喜びを感じていたのは、前世の記憶だけでなく、DNAレベルで刻まれた「魔女の本能」だったとは。
「ですが、それが公になれば、ヴァルモン家は破滅です。異端審問にかけられ、取り潰し……」
「そうなる前に、手を打つ」
父が冷徹な瞳を光らせた時、玄関ホールが騒がしくなった。
「調査団だ! 公爵、開けなさい!」
ドカドカと押し入ってきたのは、神殿の保守派司教と、カイル王子の派閥に属する貴族たちだ。
彼らはここぞとばかりに、ヴァルモン家を潰しにかかってきた。
「ヴァルモン公爵! 貴殿の娘が使った『契約無効化』の術、あれは人間業ではない! 禁忌の魔術を隠匿している疑いがある!」
「屋敷を捜索させてもらう! 証拠が出れば、即刻一族郎党を拘束する!」
司教が唾を飛ばしながら叫ぶ。
父は無言で彼らを見下ろしている。
チャンスだ。
私は一歩前に進み出た。
悲劇のヒロインのように、涙を浮かべて(目薬はさっき差した)。
「お待ちください! 全ては……私の責任です!」
私はレオンハルトに向き直り、震える声で訴えた。
「殿下、お聞きください。私の血には、忌まわしい魔女の呪いが流れているようです。こんな汚れた血を持つ者が、次期王妃になるなど……許されるはずがありません」
私はその場に跪いた。
「ヴァルモン家は、これより全ての爵位を返上し、王都を去ります。ですから……どうか、私との婚約を破棄してください!」
完璧だ。
「家の没落」を理由にした、不可抗力の婚約破棄。
これなら殿下も、「君を愛しているが、国法には逆らえない」と泣く泣く承諾するしかないはずだ。
さあ、さよならを言って!
調査団の貴族たちも、「そうだそうだ! 魔女の娘など王妃にふさわしくない!」と野次を飛ばす。
しかし。
レオンハルトは、静かに、しかし王者の覇気を纏って一歩踏み出した。
「……愚か者どもが」
その声の低さに、騒いでいた調査団が一瞬で凍りついた。
「で、殿下……?」
「汚れた血、だと? 魔女、だと?」
レオンハルトは私を抱き起こし、その肩を抱いて調査団を睨みつけた。
「貴様らは、この国の成り立ちすら忘れたのか? 建国の時、初代国王アステリアが、誰の力を借りてこの国を興したのかを」
「そ、それは……神の加護と……」
「違う! 『星冠の誓約』という絶対のシステムだ! そしてそのシステムを構築し、維持してきたのが、他ならぬヴァルモン家の一族だ!」
レオンハルトの声がホールに響き渡る。
「彼らは魔女ではない。『王家の鍵(キーパー)』だ! 彼らが管理する術式があるからこそ、王族の誓約は効力を持ち、国の秩序が保たれているのだ!」
えっ、そうなの?
初耳なんですけど。
「リュシアが契約術式に精通しているのは、彼女が次代の『鍵の守護者』として覚醒しつつある証拠。それを『汚れ』と呼ぶとは……王家の権威そのものを否定する気か!」
司教たちが青ざめて後ずさる。
王家の正統性に直結する話を持ち出されては、反論できない。
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ええええええ!?
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「さすが殿下。よくぞ看破された。……リュシアよ、聞いたか? お前の力は、殿下のためにあるのだ」
「お父様!? 裏切りましたわね!?」
レオンハルトは調査団に向かって宣言した。
「これより、ヴァルモン公爵邸を『王家直轄聖域』に指定する。今後、この屋敷への立ち入り調査は、私への反逆とみなす!」
「ひっ……!」
調査団は逃げ帰っていった。
残されたのは、聖域認定されてしまった実家と、婚約破棄の口実を失った私。
「リュシア」
レオンハルトが、うっとりとした目で私を見つめる。
「君は、またしても私を守ろうとしたな。自分の家を犠牲にして、私に『魔女の夫』という汚名を着せないように……わざと身を引こうとした」
違います。本当に引きたかったんです。
「だが、無駄だ。君の血が魔女だろうと何だろうと、私の愛は揺るがない。むしろ、君が『人外』の領域に近づくほど、私の守護欲は燃え上がる」
ドクン。
胸元の光が、また一段と強くなる。
【星冠値:92 → 94】
94。
もはや引き返せない。
「……疲れた」
私がガックリと膝をつくと、レオンハルトはすかさずお姫様抱っこをした。
「疲れただろう。私の部屋……いや、私たちの部屋へ帰ろう」
実家を守ることはできた。
父も無事だ。
しかし、その代償として、ヴァルモン家は「王家の秘密兵器庫」として認定され、私はその「管理者」として、王妃になる以外の選択肢を完全に潰された。
帰り際、父が小声で私に耳打ちした。
『……リュシア。地下書庫の最奥にある「黒の誓約書」には気をつけるのだ。あれだけは、殿下にも見せるな』
何それ怖い。
まだ何かあるの?
王宮への帰路。
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