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第二十三話「カンストの罠:辞退=国家損失」
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目が覚めると、そこは天国のような地獄だった。
天蓋付きの巨大なベッド。最高級のシルクのシーツ。
窓の外には、王宮の美しい庭園が広がっている――ように見えるが、よく見れば窓ガラスには蜂の巣状の魔法結界が幾重にも展開されており、鳥一羽どころか、蚊一匹侵入できない構造になっている。
ここは、王宮の最奥部に位置する「王家直轄・絶対安全区画(サンクチュアリ)」。
通称、私の新居である。
「……おはよう、我が国の心臓」
隣で寝ていたレオンハルト殿下が、とろけるような笑顔で挨拶してきた。
昨日の今日で、彼の呼び方は「リュシア」から「心臓」へとグレードアップしていた。生物学的な意味ではないとわかっていても、背筋が寒い。
「おはようございます、殿下。……あの、トイレに行きたいのですが」
「ああ、行ってらっしゃい。ドアの前で待機している」
彼は爽やかに言った。
変化なし。
星冠値が100になろうが、国家システムの一部になろうが、私のプライバシーがないことは変わらないらしい。
私は重い体を引きずって洗面所へ向かった。
鏡に映る自分の顔を見る。左手の薬指には、あの巨大なダイヤモンドの指輪が、皮膚と一体化したかのように鎮座している。
「……婚約破棄、したい」
私は鏡に向かって呟いた。
その瞬間。
【警告:システムエラー発生。当該発言は国家存続に重大なリスクを及ぼすため、棄却されます】
頭の中に無機質な声が響き、同時に強烈な目眩が襲ってきた。
「うっ、げほっ……!」
私は洗面台に手をつき、激しく咳き込んだ。
喉が痙攣し、言葉が出ない。
まるで、体が「その言葉を口にするな」と拒絶しているようだ。
(な、何これ……?)
私は青ざめた。
『自由意思による契約破棄は不可能』。
昨日のシステム音声の言葉は、比喩ではなかったのだ。
この指輪と、カンストした星冠値が、私の言動を物理的に制限し始めている。「婚約破棄」や「辞退」といった概念を思考しようとすると、強制的にストップがかかる仕様になっている。
「リュシア! どうした! 咳き込んでいるじゃないか!」
ドアを蹴破って(もはやノックもしない)、レオンハルトが飛び込んできた。
彼は私を抱きかかえ、半泣きで背中をさすった。
「すまない、私が目を離した隙に……! 空気中の塵か? それとも湿度が適切でなかったか? すぐに空調魔導士を呼び出して処刑させる!」
「い、いいえ、違います……ただの寝起きで……」
私はゼイゼイと息をしながら答えた。
恐ろしい。
これは単なる束縛ではない。私は文字通り、この国の「生体部品」として組み込まれてしまったのだ。
◇
朝食後。
私はレオンハルトの膝の上(定位置)で、一日のスケジュールを確認させられていた。
「いいかい、リュシア。今日の予定だ」
彼が広げた羊皮紙には、分刻みで私の行動が記されていた。
『08:00 朝食(栄養管理士監修)』
『09:00 バイタルチェック(医師団による健康診断)』
『10:00 精神安定のためのハーブティー摂取』
『11:00 王太子による愛の囁きタイム(30分)』
『12:00 昼食(毒見済み)』
「……あの、殿下。仕事は?」
私が尋ねると、レオンハルトは優しく首を振った。
「君はもう働かなくていい。君が存在していること、呼吸をしていること、それが最大の国益だ。書類仕事など、下々の者に任せておけばいい」
ニート宣言だ。
いや、高級ペット宣言か。
元社畜として、仕事を奪われるのは苦痛だ。それに、何もせずにただ愛されるだけの生活なんて、精神が腐ってしまう。
「……嫌です」
私は抵抗した。
「私は働きたいです。国の心臓だと言うなら、全身に血液を送り出すポンプとして機能させてください。ただ飾られているだけの心臓なんて、標本と同じです」
レオンハルトは目を丸くした。
そして、感動で震え出した。
「……リュシア。君はどこまで勤勉なんだ。至高の地位についてもなお、国のために身を粉にして働きたいと願うとは……!」
ドクン。
胸元の光が点滅する。もはや100を超えて計測不能なのか、カウンターが壊れているようにも見える。
「わかった。君の意思を尊重しよう。ただし、条件がある」
「条件?」
「私の目の届く範囲で、かつ私の許可した資料のみを閲覧すること。……まずは、王家の歴史と法規に関する『禁書庫』の整理を手伝ってもらおうか」
禁書庫。
その言葉に、私の耳がピクリと反応した。
父が言っていた「黒の誓約書」。そして、私が魔女の末裔であるという事実。
もしかしたら、そこにこの「システムによる洗脳(強制ロック)」を解除する方法が眠っているかもしれない。
「喜んでお供しますわ、殿下」
私はニッコリと微笑んだ。
◇
王宮の地下深くにある禁書庫は、ひんやりとした冷気に包まれていた。
一般には公開されていない、王家の闇に関わる資料が眠る場所だ。
埃っぽい空気を吸い込むと、なぜか懐かしい気分になるのは、やはり私の血のせいだろうか。
「ここにある書物は、すべて国家機密だ。君と私以外、立ち入りは許されていない」
レオンハルトは私の腰に手を回したまま、棚の間を歩く。
私は隙を見て、背表紙に目を走らせた。
『初代国王の日記』『星冠システムの設計図』『誓約無効化の失敗事例集』……。
あった。
『システム緊急停止プロトコル』。
私は震える手でその薄い本を抜き取った。
レオンハルトは別の棚で「愛の詩集」を探している。今がチャンスだ。
パラパラとページをめくる。
そこには、古代の魔術文字でこう書かれていた。
『星冠値が制御不能な領域(100以上)に達した場合、対象者は個人の意思を剥奪され、システムに同化する。これを解除するには、以下の手順が必要となる』
ゴクリと唾を飲む。
解除手順。私の希望の光。
『一、対象者に対する王太子の愛が「憎しみ」に変わること』
『二、対象者が物理的に消滅(死亡)すること』
『三、白花の儀における「最終誓約(ラスト・オース)」の際、規定の文言を書き換え、システムを初期化すること』
一と二は論外だ。
今のレオンハルトが私を憎むなんてありえないし、死にたくもない。
残るは三。「最終誓約」の書き換えだ。
「……リュシア? 何を読んでいるんだ?」
背後から声をかけられ、私はビクッと肩を跳ねさせた。
本を隠す暇もなく、レオンハルトに覗き込まれる。
「『緊急停止プロトコル』……?」
終わった。
システム解除の方法を探していたことがバレた。
「やはり逃げる気か!」と激怒され、今度こそ鎖で繋がれるかもしれない。
私は覚悟を決めて、言い訳を考えた。
「あ、あの、これはですね、もしシステムが暴走して、国に害をなすようになった時のために、安全装置(キルスイッチ)の場所を知っておこうかと……」
レオンハルトは真剣な眼差しでページを見つめ、そして深く頷いた。
「……さすがだ」
え?
「君は、自分自身が『国の心臓』となったリスクを、誰よりも冷静に分析しているんだな。もし将来、君が病に倒れたり、敵に操られたりして、システムが暴走した場合……国を守るために、自らを『停止』させる手段を用意しておこうというのか」
レオンハルトの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「なんて悲しい……なんて崇高な覚悟なんだ。自分を殺す方法を、愛する私のために探してくれるなんて……!」
違います。生きるために探してるんです。
「だが、約束してくれ。その手順『二(死亡)』だけは、絶対に選ばないと」
彼は私の肩を掴み、必死に訴えた。
「もしシステムが暴走しても、私が止める。君を殺してまで守る国など、私には必要ない!」
ドクン、ドクン。
胸元の光が、禁書庫の闇を照らす。
もはや数値は見えない。ただ、白く、熱く、太陽のように輝いているだけだ。
「……はい、約束します」
私は力なく答えた。
手順「二」は選ばない。私が狙うのは手順「三」だ。
私はこっそりと、そのページの内容を記憶した。
『白花の儀』での最終誓約。
そこで読み上げる誓いの言葉には、特定の「コマンド(呪文)」が含まれている。それを少しだけ改変すれば、システムを初期化し、星冠値をリセットできるかもしれない。
例えば、「健やかなる時も、病める時も」を「健やかなる時は一緒に、病める時は別居して」に変えるとか。……いや、もっと魔術的な言葉が必要だが、方向性はそれだ。
「……見つけました」
私は心の中でガッツポーズをした。
まだ手はある。
完全な奴隷(王妃)になる前に、最後の逆転チャンスが残されている。
◇
禁書庫を出ると、侍女長が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「殿下、リュシア様! 大変です! 貴族院から緊急の要請が!」
「なんだ? 今はリュシアとの『歴史探求デート』の最中だぞ」
「そ、それが……カイル殿下の残党と思われる勢力が、『リュシア様は王妃にふさわしくない』と、最後のごね得……いえ、抗議活動を行っておりまして」
まだいるのか。
カイル王子は捕まったが、彼の息がかかった貴族たちは、自分たちの保身のために必死なのだろう。
彼らの言い分はこうだ。
『暴動を鎮めたとはいえ、リュシア嬢は魔女の血を引く危険因子だ。王妃として迎えるには、公的な「浄化の儀式」が必要である』と。
「浄化だと? ふざけるな」
レオンハルトが吐き捨てる。
「リュシアは清廉潔白だ。浄化が必要なのは、奴らの腐った性根の方だ」
「で、ですが……規定により、白花の儀の前に『身の潔白』を証明する手続きを経ないと、正式な即位が認められないと……」
面倒くさい。
だが、これはチャンスかもしれない。
儀式の手順が増えれば、それだけ私が工作する時間も増える。
「受けましょう、殿下」
私は進言した。
「反対派の口を塞ぐ良い機会です。浄化でも何でも、受けて立ちますわ」
「リュシア……君は、また泥を被るのか」
「いいえ。泥を払うだけです」
私はニッコリと笑った。
それに、「白花の儀」の予行演習ができれば、誓約文の改変ポイントを探ることもできるはずだ。
こうして、私たちは数日後に迫った「白花の儀」に向けて、最後の準備を進めることになった。
天蓋付きの巨大なベッド。最高級のシルクのシーツ。
窓の外には、王宮の美しい庭園が広がっている――ように見えるが、よく見れば窓ガラスには蜂の巣状の魔法結界が幾重にも展開されており、鳥一羽どころか、蚊一匹侵入できない構造になっている。
ここは、王宮の最奥部に位置する「王家直轄・絶対安全区画(サンクチュアリ)」。
通称、私の新居である。
「……おはよう、我が国の心臓」
隣で寝ていたレオンハルト殿下が、とろけるような笑顔で挨拶してきた。
昨日の今日で、彼の呼び方は「リュシア」から「心臓」へとグレードアップしていた。生物学的な意味ではないとわかっていても、背筋が寒い。
「おはようございます、殿下。……あの、トイレに行きたいのですが」
「ああ、行ってらっしゃい。ドアの前で待機している」
彼は爽やかに言った。
変化なし。
星冠値が100になろうが、国家システムの一部になろうが、私のプライバシーがないことは変わらないらしい。
私は重い体を引きずって洗面所へ向かった。
鏡に映る自分の顔を見る。左手の薬指には、あの巨大なダイヤモンドの指輪が、皮膚と一体化したかのように鎮座している。
「……婚約破棄、したい」
私は鏡に向かって呟いた。
その瞬間。
【警告:システムエラー発生。当該発言は国家存続に重大なリスクを及ぼすため、棄却されます】
頭の中に無機質な声が響き、同時に強烈な目眩が襲ってきた。
「うっ、げほっ……!」
私は洗面台に手をつき、激しく咳き込んだ。
喉が痙攣し、言葉が出ない。
まるで、体が「その言葉を口にするな」と拒絶しているようだ。
(な、何これ……?)
私は青ざめた。
『自由意思による契約破棄は不可能』。
昨日のシステム音声の言葉は、比喩ではなかったのだ。
この指輪と、カンストした星冠値が、私の言動を物理的に制限し始めている。「婚約破棄」や「辞退」といった概念を思考しようとすると、強制的にストップがかかる仕様になっている。
「リュシア! どうした! 咳き込んでいるじゃないか!」
ドアを蹴破って(もはやノックもしない)、レオンハルトが飛び込んできた。
彼は私を抱きかかえ、半泣きで背中をさすった。
「すまない、私が目を離した隙に……! 空気中の塵か? それとも湿度が適切でなかったか? すぐに空調魔導士を呼び出して処刑させる!」
「い、いいえ、違います……ただの寝起きで……」
私はゼイゼイと息をしながら答えた。
恐ろしい。
これは単なる束縛ではない。私は文字通り、この国の「生体部品」として組み込まれてしまったのだ。
◇
朝食後。
私はレオンハルトの膝の上(定位置)で、一日のスケジュールを確認させられていた。
「いいかい、リュシア。今日の予定だ」
彼が広げた羊皮紙には、分刻みで私の行動が記されていた。
『08:00 朝食(栄養管理士監修)』
『09:00 バイタルチェック(医師団による健康診断)』
『10:00 精神安定のためのハーブティー摂取』
『11:00 王太子による愛の囁きタイム(30分)』
『12:00 昼食(毒見済み)』
「……あの、殿下。仕事は?」
私が尋ねると、レオンハルトは優しく首を振った。
「君はもう働かなくていい。君が存在していること、呼吸をしていること、それが最大の国益だ。書類仕事など、下々の者に任せておけばいい」
ニート宣言だ。
いや、高級ペット宣言か。
元社畜として、仕事を奪われるのは苦痛だ。それに、何もせずにただ愛されるだけの生活なんて、精神が腐ってしまう。
「……嫌です」
私は抵抗した。
「私は働きたいです。国の心臓だと言うなら、全身に血液を送り出すポンプとして機能させてください。ただ飾られているだけの心臓なんて、標本と同じです」
レオンハルトは目を丸くした。
そして、感動で震え出した。
「……リュシア。君はどこまで勤勉なんだ。至高の地位についてもなお、国のために身を粉にして働きたいと願うとは……!」
ドクン。
胸元の光が点滅する。もはや100を超えて計測不能なのか、カウンターが壊れているようにも見える。
「わかった。君の意思を尊重しよう。ただし、条件がある」
「条件?」
「私の目の届く範囲で、かつ私の許可した資料のみを閲覧すること。……まずは、王家の歴史と法規に関する『禁書庫』の整理を手伝ってもらおうか」
禁書庫。
その言葉に、私の耳がピクリと反応した。
父が言っていた「黒の誓約書」。そして、私が魔女の末裔であるという事実。
もしかしたら、そこにこの「システムによる洗脳(強制ロック)」を解除する方法が眠っているかもしれない。
「喜んでお供しますわ、殿下」
私はニッコリと微笑んだ。
◇
王宮の地下深くにある禁書庫は、ひんやりとした冷気に包まれていた。
一般には公開されていない、王家の闇に関わる資料が眠る場所だ。
埃っぽい空気を吸い込むと、なぜか懐かしい気分になるのは、やはり私の血のせいだろうか。
「ここにある書物は、すべて国家機密だ。君と私以外、立ち入りは許されていない」
レオンハルトは私の腰に手を回したまま、棚の間を歩く。
私は隙を見て、背表紙に目を走らせた。
『初代国王の日記』『星冠システムの設計図』『誓約無効化の失敗事例集』……。
あった。
『システム緊急停止プロトコル』。
私は震える手でその薄い本を抜き取った。
レオンハルトは別の棚で「愛の詩集」を探している。今がチャンスだ。
パラパラとページをめくる。
そこには、古代の魔術文字でこう書かれていた。
『星冠値が制御不能な領域(100以上)に達した場合、対象者は個人の意思を剥奪され、システムに同化する。これを解除するには、以下の手順が必要となる』
ゴクリと唾を飲む。
解除手順。私の希望の光。
『一、対象者に対する王太子の愛が「憎しみ」に変わること』
『二、対象者が物理的に消滅(死亡)すること』
『三、白花の儀における「最終誓約(ラスト・オース)」の際、規定の文言を書き換え、システムを初期化すること』
一と二は論外だ。
今のレオンハルトが私を憎むなんてありえないし、死にたくもない。
残るは三。「最終誓約」の書き換えだ。
「……リュシア? 何を読んでいるんだ?」
背後から声をかけられ、私はビクッと肩を跳ねさせた。
本を隠す暇もなく、レオンハルトに覗き込まれる。
「『緊急停止プロトコル』……?」
終わった。
システム解除の方法を探していたことがバレた。
「やはり逃げる気か!」と激怒され、今度こそ鎖で繋がれるかもしれない。
私は覚悟を決めて、言い訳を考えた。
「あ、あの、これはですね、もしシステムが暴走して、国に害をなすようになった時のために、安全装置(キルスイッチ)の場所を知っておこうかと……」
レオンハルトは真剣な眼差しでページを見つめ、そして深く頷いた。
「……さすがだ」
え?
「君は、自分自身が『国の心臓』となったリスクを、誰よりも冷静に分析しているんだな。もし将来、君が病に倒れたり、敵に操られたりして、システムが暴走した場合……国を守るために、自らを『停止』させる手段を用意しておこうというのか」
レオンハルトの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「なんて悲しい……なんて崇高な覚悟なんだ。自分を殺す方法を、愛する私のために探してくれるなんて……!」
違います。生きるために探してるんです。
「だが、約束してくれ。その手順『二(死亡)』だけは、絶対に選ばないと」
彼は私の肩を掴み、必死に訴えた。
「もしシステムが暴走しても、私が止める。君を殺してまで守る国など、私には必要ない!」
ドクン、ドクン。
胸元の光が、禁書庫の闇を照らす。
もはや数値は見えない。ただ、白く、熱く、太陽のように輝いているだけだ。
「……はい、約束します」
私は力なく答えた。
手順「二」は選ばない。私が狙うのは手順「三」だ。
私はこっそりと、そのページの内容を記憶した。
『白花の儀』での最終誓約。
そこで読み上げる誓いの言葉には、特定の「コマンド(呪文)」が含まれている。それを少しだけ改変すれば、システムを初期化し、星冠値をリセットできるかもしれない。
例えば、「健やかなる時も、病める時も」を「健やかなる時は一緒に、病める時は別居して」に変えるとか。……いや、もっと魔術的な言葉が必要だが、方向性はそれだ。
「……見つけました」
私は心の中でガッツポーズをした。
まだ手はある。
完全な奴隷(王妃)になる前に、最後の逆転チャンスが残されている。
◇
禁書庫を出ると、侍女長が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「殿下、リュシア様! 大変です! 貴族院から緊急の要請が!」
「なんだ? 今はリュシアとの『歴史探求デート』の最中だぞ」
「そ、それが……カイル殿下の残党と思われる勢力が、『リュシア様は王妃にふさわしくない』と、最後のごね得……いえ、抗議活動を行っておりまして」
まだいるのか。
カイル王子は捕まったが、彼の息がかかった貴族たちは、自分たちの保身のために必死なのだろう。
彼らの言い分はこうだ。
『暴動を鎮めたとはいえ、リュシア嬢は魔女の血を引く危険因子だ。王妃として迎えるには、公的な「浄化の儀式」が必要である』と。
「浄化だと? ふざけるな」
レオンハルトが吐き捨てる。
「リュシアは清廉潔白だ。浄化が必要なのは、奴らの腐った性根の方だ」
「で、ですが……規定により、白花の儀の前に『身の潔白』を証明する手続きを経ないと、正式な即位が認められないと……」
面倒くさい。
だが、これはチャンスかもしれない。
儀式の手順が増えれば、それだけ私が工作する時間も増える。
「受けましょう、殿下」
私は進言した。
「反対派の口を塞ぐ良い機会です。浄化でも何でも、受けて立ちますわ」
「リュシア……君は、また泥を被るのか」
「いいえ。泥を払うだけです」
私はニッコリと笑った。
それに、「白花の儀」の予行演習ができれば、誓約文の改変ポイントを探ることもできるはずだ。
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