「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

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第二十五話「本物の奇跡(偽装)と、神殿の最終戦」

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 大聖堂の外から、地鳴りのような咆哮が聞こえたのは、誓いのキスを交わそうとしたその瞬間だった。

「ギャオォォォォォン!!」

 ステンドグラスが衝撃波で粉々に砕け散る。
 降り注ぐガラスの雨。
 しかし、それらは私たちの肌に触れる前に、見えない障壁によって弾かれた。

「……リュシア、怪我はないか?」

 レオンハルト殿下が私を抱き寄せている。
 私は自分の体を触って確認した。無傷だ。それどころか、体の奥底から無限の力が湧き上がってくるのを感じる。
 これが、先ほどの『魂の融合』の効果だろうか。彼の強靭な生命力と魔力が、パスを通じて私に流れ込んでいる。

「はい、平気です。……でも、殿下。外が」

 私が指差した先。崩れた壁の向こうに、その「悪夢」はいた。
 王宮前広場に、巨大な蜥蜴のような怪物が鎮座している。
 全身を赤黒い鱗に覆われ、背中からは歪な翼が生えている。その大きさは王宮の尖塔ほどもあり、口からは紫色の炎を吐き出していた。

 そして、その怪物の瞳には、見覚えのある理性の光が残っていた。
 憎悪と、嫉妬と、絶望に濁った瞳。

「……セレナ?」

 私が呟くと、怪物がギョロリとこちらを見た。

『リュシアァァァ……! 許サナイ……幸セナンテ……壊シテヤルゥゥゥ!!』

 言語とも鳴き声ともつかない咆哮と共に、怪物が突進してきた。
 巨大な鉤爪が、大聖堂の回廊を紙細工のように引き裂く。

 参列者たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、レオンハルトは私を抱えたまま、驚異的な跳躍力で空中に舞った。
 ドレスの裾が風にはためく。

「……哀れだな」

 レオンハルトは冷徹な目で怪物を見下ろした。

「聖女と呼ばれた者が、最後は自ら魔獣に堕ちるとは。……リュシア、あれはもう人間ではない。討伐するしかない」

 彼は腰の剣を抜こうとした。
 だが、私は彼の手を止めた。

「待ってください、殿下。……あれは『竜』ではありません」

 私の瞳(魔女モード)には、怪物の構造が設計図のように透けて見えていた。

「あれは……強制的な変異です。彼女の体内にある『契約紋』が暴走し、細胞を書き換えている。原因は、彼女が飲んだ『何か』です」

 私は目を凝らした。
 怪物の心臓付近に、どす黒い魔力の塊が見える。
 それは、かつて私が実家の禁書庫で見たことのある、王家秘伝の薬――『竜の血』に酷似していた。だが、決定的に何かが違う。不純物が多すぎるのだ。

「『竜の血』の贋作(コピー品)……!?」

 私は息を呑んだ。
 『竜の血』は、アステリア王家の始祖が契約した竜の力を借りるための秘薬だ。本来なら王族しか扱えないはずのそれが、なぜセレナの手に?
 しかも、粗悪品だ。これでは飲んだ者は力を得るどころか、遺伝子レベルで崩壊して怪物になり果てる。

「殿下、殺してはいけません! あれを解析すれば、黒幕(カイル一派)が王家の禁忌技術を盗み出した証拠になります!」

 私は叫んだ。
 そう、これはもはや恋愛トラブルではない。国家機密漏洩事件だ。
 元社畜として、そして「国の心臓」として、この不祥事を見過ごすわけにはいかない。

「殺さずに、無力化しろと?」
 レオンハルトが苦笑する。
「君は相変わらず無茶を言う。……だが、君がそう望むなら、神さえも生け捕りにしてみせよう」

 ドクン。
 私たちの指輪が共鳴し、光り輝く。
 
 【リンク同調率:100%。戦闘モードへ移行します】

 脳内にシステム音声が響いた瞬間、私の視界がレオンハルトの動体視力と同期した。
 スローモーションに見える世界。
 風の流れ、瓦礫の軌道、そして怪物の筋肉の動きまでが手に取るようにわかる。

「行くぞ、リュシア!」
「はい、あなた!」

 ……えっ? 今、私、「あなた」って言った?
 システムによる言語補正か!?
 訂正する暇もなく、私たちは空から急降下した。

          ◇

 広場に降り立った私たちは、まさに「二人で一人」の戦士だった。

 怪物が炎を吐く。
 レオンハルトが剣を一閃させ、炎を切り裂く。
 その隙に、私が指先から魔術を放ち、怪物の足元を凍結させる。

『ギャオォッ!?』

 動きを封じられた怪物が、尻尾を振り回す。
 レオンハルトは私を抱えたまま、舞うようにそれを回避し、逆に尻尾を足場にして怪物の背中へと駆け上がった。

「リュシア、解析を!」

「了解です! ……アクセス・コード、ヴァルモン!」

 私は怪物の背中に手を触れ、強制的に魔力回路へ侵入した。
 ドロドロとした憎悪の念が流れ込んでくるが、『魂の融合』で繋がったレオンハルトの精神力が防波堤となって私を守ってくれる。

(見つけた……! 変異の核!)

 心臓部にある黒い塊。
 そこには、カイル王子が独自に開発させていたであろう、歪んだ魔術式が刻まれていた。
 『擬似竜化』『理性の剥離』『破壊衝動の増幅』。
 ひどい。これは兵器だ。人間を使い捨ての爆弾にするための。

「……許せない」

 私は怒りで震えた。
 セレナは確かに嫌な女だった。私を陥れようとしたし、嘘つきで、自己中心的だった。
 でも、こんな……こんな醜い怪物にされて、使い捨てにされていいはずがない。

「殿下! 核を摘出します! でも、普通に引き抜けば彼女は死にます!」

「どうすればいい?」

「私の魔力で彼女の生命維持機能を代行します! その間に、殿下が精確無比な剣技で、心臓を傷つけずに核だけを切り離してください! 誤差1ミリでもあれば即死です!」

「……任せろ」

 レオンハルトは不敵に笑った。
 それは、世界で一番信頼できる男の笑顔だった。

「私の剣は、君の願いを叶えるためにある。君が『生かせ』と言うなら、死神からでも奪い返してみせる!」

 彼は剣を構え、怪物の首元にある逆鱗の隙間を狙った。
 私は全魔力を解放し、怪物の体を内側から固定する。

「今です!!」

 ザンッ!!

 一瞬の閃光。
 レオンハルトの剣が突き刺さり、そして引き抜かれた。
 その剣先には、赤黒い結晶体が突き刺さっていた。変異の核だ。

『ア……ァ……』

 怪物の咆哮が止まる。
 巨体が崩れ落ち、シュルシュルと音を立てて縮んでいく。
 鱗が剥がれ落ち、翼が消え、そこにはボロボロのローブを纏った一人の少女が残された。

 セレナだ。
 彼女は血まみれで倒れていたが、胸は微かに上下していた。

「……成功、ですね」
 私は安堵のため息をつき、その場にへたり込んだ。
 同時にレオンハルトも膝をつき、私を支えた。

「ああ。君のおかげだ」

 私たちの指輪が、ゆっくりと光を弱める。
 周囲からは、様子を窺っていた騎士団や民衆たちが、恐る恐る近づいてきた。

「た、倒したぞ……!」
「王太子殿下と、リュシア様が!」
「あんな化け物を、一瞬で……!」

 歓声が上がる。
 しかし、私は素直に喜べなかった。
 倒れているセレナのそばに、割れた小瓶が落ちているのが見えたからだ。
 そこには、王家の紋章に似せた、しかし明らかに偽物とわかる刻印があった。

「……殿下、これを見てください」

 私が小瓶の破片を拾い上げると、レオンハルトの表情が凍りついた。

「これは……王立研究所から盗まれた試作品の容器か? いや、カイルが独自に製造させたものか」

「どちらにせよ、これは『王家の技術』が悪用された証拠です。民衆は思うでしょう。『王家はこんな恐ろしいものを隠し持っていたのか』と」

 私は周囲を見渡した。
 歓声の中にも、不安の色が見え隠れしている。
 怪物が「聖女」だったという衝撃。そして、それが「薬」によって作られたという恐怖。
 これは、アステリア王国の王権そのものを揺るがすスキャンダルになりかねない。

「……隠蔽するか?」
 レオンハルトが低い声で問う。

「いいえ。隠せば、余計に疑われます」

 私は立ち上がり、破片を握りしめた。
 覚悟を決める。
 私はもう、この国の心臓なのだ。毒が回ったなら、自浄作用を発揮するしかない。

「公表しましょう。すべてを」

「リュシア?」

「『かつて王家には禁忌の研究があった。しかし、それは過去のもの。今回、その残滓を悪用した者がいたが、現王太子と王妃がそれを断ち切った』……そう発表するのです」

 私はレオンハルトの手を取った。

「私たちは、過去の負の遺産を清算する『新しい王家』であると、民に示すのです。……それが、カイル一派の狙いである『王権への不信』を打ち砕く唯一の方法です」

 レオンハルトは目を見開き、そして涙ぐんだ。
 またか。

「……強いな、君は。国の恥部さえも、未来への礎に変えてしまうとは」

 彼は私の手を掲げ、民衆に向かって叫んだ。

「聞け、アステリアの民よ! この怪物は、我が弟カイルと、神殿の腐敗分子が生み出した悲劇だ! だが、我々はこの脅威を退けた! 我が妃リュシアの叡智と慈悲によって!」

 わぁぁぁぁっ!!
 再び歓声が沸き起こる。
 
 【星冠値:∞(インフィニティ)】
 【状態:神格化進行中】

 脳内のステータス表示が、不穏な文字列を表示している。神格化って何。やめて。

 その時だった。
 王宮の方角から、再び爆発音が響いた。
 今度は、王宮の正門だ。

「……何事だ!?」

 騎士団からの緊急通信が入る。

『ほ、報告! 地下牢が破られました! カイル殿下が……カイル殿下が脱獄し、私兵団を率いて王宮を占拠しようとしています!』

「何だと!?」

『さらに……カイル殿下は「本物の竜」を呼び出すと宣言しており……!』

 通信が途絶える。
 私は頭を抱えた。
 贋作の次は本物?
 この兄弟喧嘩、スケールが大きすぎてついていけない。

「……行くぞ、リュシア」
 レオンハルトが私を抱き上げる。

「結婚式の続きは、反逆者を鎮圧してからだ。……私たちのハネムーンは、王宮奪還戦になりそうだ」

 私は遠い目をした。
 白いドレスは煤と返り血で汚れ、手には証拠品のガラス片、指には呪いの指輪。
 これが「幸せな花嫁」の姿だろうか。

「……ハイハイ、行きますよ。とっとと片付けて、温かいお茶が飲みたいです」

 私のヤケクソ気味な言葉に、レオンハルトは「最高の采配だ」と頷いた。
 私たちは戦場と化した王宮へと走り出した。
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