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第二十六話「王権の危機:悪役令嬢、国家運営に参加する」
「……こちら管制室。第三防壁の出力低下を確認。東区画の魔導部隊、至急リチャージをお願いします。休憩時間は後でまとめて取らせますから、今は死ぬ気で回してください」
「北門の近衛騎士団、フォーメーションが乱れていますわよ。敵の狙いは陽動です。釣られないで。……ああもう、見ていられませんわね。私が直接座標を指定します。そこを撃ちなさい」
王宮の地下深くに存在する「王都防衛管制室」。
巨大な魔導スクリーンに囲まれた司令席で、私は矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
頭には通信用のヘッドセット、目の前には空中に浮かぶ数十枚のホログラムウィンドウ。
私の指先は鍵盤を叩くピアニストのように高速で動き、王都全域の結界システムと兵力配置をリアルタイムで操作していた。
ウェディングドレスの裾は邪魔なので破り捨て、ミニスカートのような状態になっている。足元は裸足だ。
なりふり構っていられない。
なぜなら、現在進行形で、私の「安住の地(予定)」が燃やされそうになっているからだ。
「リュシア様! 西門が突破されました! カイル殿下の私兵団が侵入してきます!」
「想定内です。第二層のトラップを起動。……落とし穴と粘着スライムのコンボで歓迎してあげなさい」
私は淡々と処理する。
『国の心臓』としてシステムと融合したおかげで、私の脳内には王都の全情報が流れ込んでくる。
魔力の残量、敵の位置、兵士の心拍数、さらには備蓄食料の在庫まで。
これはいわば、超高機能なRTS(リアルタイムストラテジー)ゲームだ。
元社畜として、ワンオペ業務には慣れている。これくらいのマルチタスク、決算期の経理部に比べれば可愛いものだ。
「……素晴らしい」
背後で護衛についている老将軍が、震える声で漏らした。
「これほど複雑な防衛システムを、たった一人で制御するとは……。歴代の王でさえ、補佐官を十人はつけていたというのに」
「補佐官に説明している時間が惜しいだけです」
私はキーを叩きながら返した。
本当は帰りたい。温かいお茶を飲んで寝たい。
だが、ここで手を抜けば、カイル王子に国を乗っ取られ、私は処刑、レオンハルト殿下も廃嫡されてしまう。
生存戦略として、勝つしかないのだ。
「リュシア、聞こえるか」
脳内に直接、愛しい(そして重い)婚約者の声が響いた。
『魂の融合』によるテレパシーだ。
「はい、殿下。聞こえています。……そちらの状況は?」
『快調だ。君が敵の動きを予測して光でマーキングしてくれるおかげで、目をつぶっていても斬れる』
前線で戦うレオンハルト殿下の視界が、私の脳裏に共有される。
彼は白銀の礼服を血に染めながら、鬼神のごとき強さで敵兵をなぎ倒していた。
私がシステムから「敵の死角」と「攻撃予測」を彼に送信し、彼がそれを実行する。
私たちが組めば、無敵だ。
『だが、カイルの姿が見当たらない。……奴は本気で「竜」を呼ぶつもりなのか?』
「ハッタリであってほしいですが……魔力反応を見る限り、何か巨大なものが接近しています」
私はメインモニターを凝視した。
王都の上空に、どす黒い雲が渦巻いている。
その中心から、生物としての根源的な恐怖を呼び起こすプレッシャーが放たれていた。
「……来ます」
ズガァァァァァァン!!
王宮の中庭に、雷のような衝撃と共に「それ」は降り立った。
全長五十メートルを超える巨体。
黒曜石のような鱗。
溶岩のように赤く輝く瞳。
そして、背中には禍々しい角が生えている。
先ほどのセレナが変異した怪物とは格が違う。
これは、本物だ。
アステリア王国の地下深くに眠っていたはずの、建国の守護獣――『黒竜』。
「……まさか、本当に封印を解いたの?」
私は絶句した。
黒竜は王家の切り札だが、制御不能になれば国を滅ぼす災害そのものだ。だからこそ、ヴァルモン家が代々その封印(鍵)を管理していたはずなのに。
竜の頭上に、カイル王子が立っていた。
彼は狂気じみた笑みを浮かべ、私たちがいる管制室の方角を見下ろした。
「ハハハハ! 見ろ、兄上! そしてリュシア嬢! これが『王の力』だ!」
カイルの声が、竜の咆哮と共に響き渡る。
「僕は見つけたのさ。古文書の記述をね。『魔女の血』がなくとも、竜を従える方法を! ……それは『生贄』だ!」
カイルが指差した先には、数人の神官や貴族たちが転がっていた。
彼らは皆、ミイラのように干からびている。
まさか、自分の味方を生贄にして、無理やり竜を目覚めさせたのか?
「さあ、黒竜よ! 偽りの王太子と魔女を焼き払え! この国を更地にして、僕の王国を作るんだ!」
グオォォォォォォォ!!
黒竜が口を大きく開けた。
喉の奥で、全てを蒸発させるであろう極大のブレスが輝き始める。
ターゲットは王宮。
防壁など紙屑同然だ。撃たれれば、私も、レオンハルトも、ここにいる全員が消し飛ぶ。
「……終わりか」
将軍が膝をつく。
いいえ。
私は立ち上がった。
ドレスの裾をひるがえし、管制室のメインコンソールに飛び乗る。
「終わらせません。……私が誰だと思っているのですか?」
私は『国の心臓』だ。
そして、ヴァルモン家の娘だ。
契約のプロフェッショナルだ。
「殿下! 私の魔力を全て中継して、声を増幅させてください! 竜と『対話』します!」
『無茶だ! 相手は理性を失っている!』
「いいえ、契約で縛られた獣には、必ず『条項』が存在します。カイル殿下の契約は不完全なはず……そこを突きます!」
私は目を閉じ、システムと深く同調した。
指輪が熱くなり、私の意識が拡大していく。
【リンク承認:音声出力を最大化。対象・黒竜へ接続】
私はカッ目を見開き、腹の底から叫んだ。
「――待ちなどのさいッ!! そこのトカゲ!!」
王都中に、いや、空の彼方まで届くような大音声。
ブレスを吐こうとしていた黒竜が、ビクッとして口を閉じた。
喉元で暴発した煙をゲホゲホと咳き込んでいる。
「な、なんだ!?」
カイルが体勢を崩す。
「よくもまあ、神聖な王宮の庭で焚き火をしようとしてくれましたわね! 防火条例違反で訴えますわよ!」
私はマイク越しにまくし立てた。
「黒竜! あなた、アステリア王家との『原初の契約』を忘れたのですか? 第一条、『我は王家の守護者なり』。第二条、『王家の血を引く者を害することなかれ』!」
黒竜が困惑したように唸る。
カイルが叫ぶ。
「黙れ! 今の主人は僕だ! 生贄を捧げた僕だ!」
「黙るのはあなたです、カイル殿下!」
私は即座に切り返した。
「あなたは『生贄』という賄賂(わいろ)で竜を買収したに過ぎません! それは正規の手続きではありません! ……黒竜よ、よく聞きなさい。その男は、あなたに『対価』として何を提示しましたか?」
黒竜の目が、私を見た。
私はシステムを通じて、竜の思考ノイズを読み取る。
『血……もっと血を……』
「たかが数人の血で、国一つを滅ぼす手伝いをさせる? 安すぎますわね。労働基準法違反もいいところです」
私はニヤリと笑った。
ここからは、交渉(商談)の時間だ。
「私なら、もっと良い条件を提示できますわ」
『……?』
「私は今、この国の『心臓』システムと直結しています。つまり、王都全域に流れるレイライン(地脈)の魔力を、自由に配分できる権限を持っています」
私はコンソールを操作し、王宮の地下から湧き上がる純粋な魔力の奔流を、ホログラムで可視化して見せた。
それは、カイルが捧げた生贄の血など比較にならない、圧倒的なエネルギーの塊だ。
「私と再契約すれば、この最高純度の魔力を、毎日定額で供給して差し上げます。人間を食べる必要も、血をすする惨めな生活も必要ありません。……安全で、クリーンで、持続可能なエネルギーライフをお約束しますわ」
黒竜の瞳が輝いた。
カイルの足元がグラリと揺れる。
「な、何を言っている……! 騙されるな! 焼いてしまえ!」
カイルが命令するが、黒竜はもう彼を見ていない。
私を見ている。
おいしそうな餌(魔力)を持った、新しい飼い主を見る目だ。
「さあ、どうします? ブラック企業の使い捨て社員として働くか、ホワイトな王宮の守護獣として優雅に暮らすか。……賢いあなたなら、どちらが得かおわかりですね?」
私は右手を掲げた。
薬指の指輪が、契約の光を放つ。
グルルル……ギャオンッ!
黒竜はカイルを背中から振り落とし、私に向かって恭順の姿勢を取った。
頭を垂れ、長い舌を出して「契約成立」の合図を送る。
「うわぁぁぁぁッ!?」
カイルは地面に叩きつけられ、泥まみれになって転がった。
「交渉成立です」
私はふぅ、と息を吐き、へたり込んだ。
勝った。
武力ではなく、福利厚生で竜を引き抜いた。
管制室が静まり返る。
将軍も、オペレーターたちも、口を開けたまま固まっている。
「……信じられん」
誰かが呟いた。
「伝説の黒竜を……条件交渉だけで手懐けた……」
「しかも、国のエネルギー政策まで絡めて……」
「あれこそ、真の女王の器だ……!」
やめて。
女王じゃない。ただの交渉上手な事務員です。
その時、モニターにレオンハルト殿下の姿が映し出された。
彼はカイルの私兵団を制圧し、中庭に到着していた。
そして、黒竜が私に頭を垂れている光景を見て、剣を落とした。
『……リュシア』
彼の目から、大粒の涙が溢れ出していた。
また泣いてる。
『君は……国を守るために、自ら竜の飼い主になるというのか。最も危険な魔獣を、その身一つで管理し、国にエネルギーを供給する礎になると……!』
いや、管理は部下に任せますけど。
『君がいなければ、この国は守れない。……いや、君こそが国そのものだ』
レオンハルトは中庭の中心で、私(がいる地下管制室の方角)に向かって跪いた。
『私の王冠も、剣も、全て君に捧げる。君が望むなら、私は君のただの騎士でいい』
ドクン。
【星冠値:測定不能(エラー:愛が重すぎてサーバーがダウンしました)】
脳内で変なエラーが出た。
サーバーダウンって何。
こうして、カイル王子のクーデターは、竜の裏切り(ヘッドハンティング)によって呆気なく鎮圧された。
私は管制室の椅子に沈み込みながら、天井を見上げた。
「……婚約破棄、したかったなぁ」
もはや誰も聞いていない。
周囲のスタッフたちは、私を神のように崇めている。
国の心臓であり、竜の主人であり、王太子の最愛の妻。
役職が増えすぎて、私の履歴書はもう書ききれないことになっていた。
しかし。
まだ終わっていない。
泥まみれになったカイル王子が、中庭で喚いているのがモニターに映った。
「まだだ……まだ終わっていない! 僕にはまだ『あの方』がいる!」
あの方?
まだ黒幕がいるの?
もういい加減にしてほしい。
私は重い体を起こした。
竜を手に入れた私に、もはや怖いものはない。
さあ、最後の掃除を始めましょう。
聖女の嘘を暴き、第二王子を裁き、そして……この重すぎる愛の決着をつけるために。
「北門の近衛騎士団、フォーメーションが乱れていますわよ。敵の狙いは陽動です。釣られないで。……ああもう、見ていられませんわね。私が直接座標を指定します。そこを撃ちなさい」
王宮の地下深くに存在する「王都防衛管制室」。
巨大な魔導スクリーンに囲まれた司令席で、私は矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
頭には通信用のヘッドセット、目の前には空中に浮かぶ数十枚のホログラムウィンドウ。
私の指先は鍵盤を叩くピアニストのように高速で動き、王都全域の結界システムと兵力配置をリアルタイムで操作していた。
ウェディングドレスの裾は邪魔なので破り捨て、ミニスカートのような状態になっている。足元は裸足だ。
なりふり構っていられない。
なぜなら、現在進行形で、私の「安住の地(予定)」が燃やされそうになっているからだ。
「リュシア様! 西門が突破されました! カイル殿下の私兵団が侵入してきます!」
「想定内です。第二層のトラップを起動。……落とし穴と粘着スライムのコンボで歓迎してあげなさい」
私は淡々と処理する。
『国の心臓』としてシステムと融合したおかげで、私の脳内には王都の全情報が流れ込んでくる。
魔力の残量、敵の位置、兵士の心拍数、さらには備蓄食料の在庫まで。
これはいわば、超高機能なRTS(リアルタイムストラテジー)ゲームだ。
元社畜として、ワンオペ業務には慣れている。これくらいのマルチタスク、決算期の経理部に比べれば可愛いものだ。
「……素晴らしい」
背後で護衛についている老将軍が、震える声で漏らした。
「これほど複雑な防衛システムを、たった一人で制御するとは……。歴代の王でさえ、補佐官を十人はつけていたというのに」
「補佐官に説明している時間が惜しいだけです」
私はキーを叩きながら返した。
本当は帰りたい。温かいお茶を飲んで寝たい。
だが、ここで手を抜けば、カイル王子に国を乗っ取られ、私は処刑、レオンハルト殿下も廃嫡されてしまう。
生存戦略として、勝つしかないのだ。
「リュシア、聞こえるか」
脳内に直接、愛しい(そして重い)婚約者の声が響いた。
『魂の融合』によるテレパシーだ。
「はい、殿下。聞こえています。……そちらの状況は?」
『快調だ。君が敵の動きを予測して光でマーキングしてくれるおかげで、目をつぶっていても斬れる』
前線で戦うレオンハルト殿下の視界が、私の脳裏に共有される。
彼は白銀の礼服を血に染めながら、鬼神のごとき強さで敵兵をなぎ倒していた。
私がシステムから「敵の死角」と「攻撃予測」を彼に送信し、彼がそれを実行する。
私たちが組めば、無敵だ。
『だが、カイルの姿が見当たらない。……奴は本気で「竜」を呼ぶつもりなのか?』
「ハッタリであってほしいですが……魔力反応を見る限り、何か巨大なものが接近しています」
私はメインモニターを凝視した。
王都の上空に、どす黒い雲が渦巻いている。
その中心から、生物としての根源的な恐怖を呼び起こすプレッシャーが放たれていた。
「……来ます」
ズガァァァァァァン!!
王宮の中庭に、雷のような衝撃と共に「それ」は降り立った。
全長五十メートルを超える巨体。
黒曜石のような鱗。
溶岩のように赤く輝く瞳。
そして、背中には禍々しい角が生えている。
先ほどのセレナが変異した怪物とは格が違う。
これは、本物だ。
アステリア王国の地下深くに眠っていたはずの、建国の守護獣――『黒竜』。
「……まさか、本当に封印を解いたの?」
私は絶句した。
黒竜は王家の切り札だが、制御不能になれば国を滅ぼす災害そのものだ。だからこそ、ヴァルモン家が代々その封印(鍵)を管理していたはずなのに。
竜の頭上に、カイル王子が立っていた。
彼は狂気じみた笑みを浮かべ、私たちがいる管制室の方角を見下ろした。
「ハハハハ! 見ろ、兄上! そしてリュシア嬢! これが『王の力』だ!」
カイルの声が、竜の咆哮と共に響き渡る。
「僕は見つけたのさ。古文書の記述をね。『魔女の血』がなくとも、竜を従える方法を! ……それは『生贄』だ!」
カイルが指差した先には、数人の神官や貴族たちが転がっていた。
彼らは皆、ミイラのように干からびている。
まさか、自分の味方を生贄にして、無理やり竜を目覚めさせたのか?
「さあ、黒竜よ! 偽りの王太子と魔女を焼き払え! この国を更地にして、僕の王国を作るんだ!」
グオォォォォォォォ!!
黒竜が口を大きく開けた。
喉の奥で、全てを蒸発させるであろう極大のブレスが輝き始める。
ターゲットは王宮。
防壁など紙屑同然だ。撃たれれば、私も、レオンハルトも、ここにいる全員が消し飛ぶ。
「……終わりか」
将軍が膝をつく。
いいえ。
私は立ち上がった。
ドレスの裾をひるがえし、管制室のメインコンソールに飛び乗る。
「終わらせません。……私が誰だと思っているのですか?」
私は『国の心臓』だ。
そして、ヴァルモン家の娘だ。
契約のプロフェッショナルだ。
「殿下! 私の魔力を全て中継して、声を増幅させてください! 竜と『対話』します!」
『無茶だ! 相手は理性を失っている!』
「いいえ、契約で縛られた獣には、必ず『条項』が存在します。カイル殿下の契約は不完全なはず……そこを突きます!」
私は目を閉じ、システムと深く同調した。
指輪が熱くなり、私の意識が拡大していく。
【リンク承認:音声出力を最大化。対象・黒竜へ接続】
私はカッ目を見開き、腹の底から叫んだ。
「――待ちなどのさいッ!! そこのトカゲ!!」
王都中に、いや、空の彼方まで届くような大音声。
ブレスを吐こうとしていた黒竜が、ビクッとして口を閉じた。
喉元で暴発した煙をゲホゲホと咳き込んでいる。
「な、なんだ!?」
カイルが体勢を崩す。
「よくもまあ、神聖な王宮の庭で焚き火をしようとしてくれましたわね! 防火条例違反で訴えますわよ!」
私はマイク越しにまくし立てた。
「黒竜! あなた、アステリア王家との『原初の契約』を忘れたのですか? 第一条、『我は王家の守護者なり』。第二条、『王家の血を引く者を害することなかれ』!」
黒竜が困惑したように唸る。
カイルが叫ぶ。
「黙れ! 今の主人は僕だ! 生贄を捧げた僕だ!」
「黙るのはあなたです、カイル殿下!」
私は即座に切り返した。
「あなたは『生贄』という賄賂(わいろ)で竜を買収したに過ぎません! それは正規の手続きではありません! ……黒竜よ、よく聞きなさい。その男は、あなたに『対価』として何を提示しましたか?」
黒竜の目が、私を見た。
私はシステムを通じて、竜の思考ノイズを読み取る。
『血……もっと血を……』
「たかが数人の血で、国一つを滅ぼす手伝いをさせる? 安すぎますわね。労働基準法違反もいいところです」
私はニヤリと笑った。
ここからは、交渉(商談)の時間だ。
「私なら、もっと良い条件を提示できますわ」
『……?』
「私は今、この国の『心臓』システムと直結しています。つまり、王都全域に流れるレイライン(地脈)の魔力を、自由に配分できる権限を持っています」
私はコンソールを操作し、王宮の地下から湧き上がる純粋な魔力の奔流を、ホログラムで可視化して見せた。
それは、カイルが捧げた生贄の血など比較にならない、圧倒的なエネルギーの塊だ。
「私と再契約すれば、この最高純度の魔力を、毎日定額で供給して差し上げます。人間を食べる必要も、血をすする惨めな生活も必要ありません。……安全で、クリーンで、持続可能なエネルギーライフをお約束しますわ」
黒竜の瞳が輝いた。
カイルの足元がグラリと揺れる。
「な、何を言っている……! 騙されるな! 焼いてしまえ!」
カイルが命令するが、黒竜はもう彼を見ていない。
私を見ている。
おいしそうな餌(魔力)を持った、新しい飼い主を見る目だ。
「さあ、どうします? ブラック企業の使い捨て社員として働くか、ホワイトな王宮の守護獣として優雅に暮らすか。……賢いあなたなら、どちらが得かおわかりですね?」
私は右手を掲げた。
薬指の指輪が、契約の光を放つ。
グルルル……ギャオンッ!
黒竜はカイルを背中から振り落とし、私に向かって恭順の姿勢を取った。
頭を垂れ、長い舌を出して「契約成立」の合図を送る。
「うわぁぁぁぁッ!?」
カイルは地面に叩きつけられ、泥まみれになって転がった。
「交渉成立です」
私はふぅ、と息を吐き、へたり込んだ。
勝った。
武力ではなく、福利厚生で竜を引き抜いた。
管制室が静まり返る。
将軍も、オペレーターたちも、口を開けたまま固まっている。
「……信じられん」
誰かが呟いた。
「伝説の黒竜を……条件交渉だけで手懐けた……」
「しかも、国のエネルギー政策まで絡めて……」
「あれこそ、真の女王の器だ……!」
やめて。
女王じゃない。ただの交渉上手な事務員です。
その時、モニターにレオンハルト殿下の姿が映し出された。
彼はカイルの私兵団を制圧し、中庭に到着していた。
そして、黒竜が私に頭を垂れている光景を見て、剣を落とした。
『……リュシア』
彼の目から、大粒の涙が溢れ出していた。
また泣いてる。
『君は……国を守るために、自ら竜の飼い主になるというのか。最も危険な魔獣を、その身一つで管理し、国にエネルギーを供給する礎になると……!』
いや、管理は部下に任せますけど。
『君がいなければ、この国は守れない。……いや、君こそが国そのものだ』
レオンハルトは中庭の中心で、私(がいる地下管制室の方角)に向かって跪いた。
『私の王冠も、剣も、全て君に捧げる。君が望むなら、私は君のただの騎士でいい』
ドクン。
【星冠値:測定不能(エラー:愛が重すぎてサーバーがダウンしました)】
脳内で変なエラーが出た。
サーバーダウンって何。
こうして、カイル王子のクーデターは、竜の裏切り(ヘッドハンティング)によって呆気なく鎮圧された。
私は管制室の椅子に沈み込みながら、天井を見上げた。
「……婚約破棄、したかったなぁ」
もはや誰も聞いていない。
周囲のスタッフたちは、私を神のように崇めている。
国の心臓であり、竜の主人であり、王太子の最愛の妻。
役職が増えすぎて、私の履歴書はもう書ききれないことになっていた。
しかし。
まだ終わっていない。
泥まみれになったカイル王子が、中庭で喚いているのがモニターに映った。
「まだだ……まだ終わっていない! 僕にはまだ『あの方』がいる!」
あの方?
まだ黒幕がいるの?
もういい加減にしてほしい。
私は重い体を起こした。
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