『婚約破棄された瞬間、前世の記憶が戻ってここが「推し」のいる世界だと気づきました。恋愛はもう結構ですので、推しに全力で貢ぎます。

放浪人

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第18話:公開断罪と「ざまぁ」

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王城、謁見の間。 張り詰めた空気の中、私、エリザベート・フォン・ハルティアは、優雅な手つきで分厚い書類の束を取り出した。 それは、ハルティア商会の精鋭会計士たちが徹夜で作成した、ジュリアン殿下への『請求書』と、彼の不正を暴く『告発状』のセットだ。

「陛下。発言をお許しいただけますでしょうか」

私が進み出ると、フリードリヒ国王陛下は興味深げに頷いた。

「許す。……その分厚い紙束はなんだ?」

「はい。今回のスタンピード鎮圧にかかった『経費』の明細、およびジュリアン殿下が横領された国家予算の使途不明金に関する調査報告書でございます」

「なっ……!?」

ジュリアン殿下がギョッとして私を見た。

「き、貴様! 余の財布の中身を探ったのか!? 不敬だぞ!」

「不敬? いいえ、これは『監査』です」

私は冷徹に言い放った。

「ジュリアン殿下。貴方は先ほど、『魔物の群れは余が撃退した』とおっしゃいましたね?」

「そ、そうだ! 余の遠隔指揮のおかげだ!」

「なるほど。では、指揮官としての責任をお取りいただきましょう」

私は書類の束を、バサァッ! と床にぶちまけた。 一枚一枚に、驚くべき金額が記されている。

「これは今回の防衛戦で使用したポーション代、武器代、傭兵への報酬、および破壊された北の砦の修繕費の見積もりです。……総額、金貨1200万枚」

会場がどよめいた。 金貨1200万枚。 小国の国家予算数年分に匹敵する額だ。

「な、なんだそのふざけた額は! ボッタクリだ!」

「正規価格です。なにせ、使用したのは最高級品ばかりですので。……さて、殿下。作戦の指揮官は、作戦にかかる費用を負担する義務があります。貴方が『私がやった』と主張するなら、この請求書の宛名は貴方になります」

私はニッコリと微笑んだ。 逃げ道は塞いだ。

「は、払えるわけがないだろう! そんな大金!」

「おや? 払えないのですか? では、今回の作戦を実行したのは貴方ではないということになりますね? 費用を負担したのはハルティア商会であり、実際に戦ったのはレオンハルト様ですから」

「ぐぬぬ……ッ!」

ジュリアン殿下は顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。 「手柄は欲しいが、金は払いたくない」。 そんな子供のような理屈が、この場で通じるはずがない。

私はさらに追い打ちをかける。

「それに、払えないというのはおかしな話ですね。……ここにある調査報告書によりますと、殿下は過去3年間で、騎士団の予算から金貨500万枚近くを『機密費』として引き出しておられます」

私は別の書類を突きつけた。

「その金の行方は? ……マリア様へのプレゼント、毎晩の夜会、そして違法な賭博への出資。すべて裏が取れていますわ」

貴族たちがざわめき始める。 「500万枚だと?」「我々の血税を……」「騎士団が弱体化した原因はそれか!」 冷ややかな視線が、ジュリアンとマリアに突き刺さる。

「ち、違う! それは必要経費で……! マリアは聖女の素質があるから、その育成のために……!」

ジュリアンが苦しい言い訳をする。 その隣で、マリア嬢が涙目で震えている。

「そ、そうですぅ! 私、祈りで国を守ろうと……」

「祈りで腹は膨れませんし、魔物も死にません」

私はバッサリと切り捨てた。

「マリア様。貴女が着ているそのドレス、貴女がつけているその宝石。それらを買う金があれば、北の砦にどれだけのポーションを送れたと思いますか? ……貴女の贅沢が、兵士たちの命を奪ったのです」

「ひっ……!」

マリア嬢が青ざめて座り込む。 「人殺し」と言われたに等しい。 周囲の貴族女性たちも、扇子で口元を隠しながら「まあ、汚らわしい」「兵士の血を吸って着飾っていたのね」と囁き合っている。

「ええい、黙れ黙れ! 余は第一王子だぞ! 次期国王だぞ! 金など、王になればいくらでも返せる!」

ジュリアン殿下が錯乱して叫んだ。 最悪の一手だ。 「王になれば国庫を私物化できる」と公言したも同然だ。

玉座のフリードリヒ国王陛下が、ゆっくりと立ち上がった。 その顔には、失望と、静かな怒りが刻まれていた。

「……ジュリアンよ。余は、お前を甘やかして育てすぎたようだ」

「ち、父上……?」

「騎士団を私物化し、国難を放置し、あまつさえ弟の手柄を横取りしようとする。……王たる資格以前に、人の上に立つ者としての資質に欠ける」

国王陛下は、レオンハルト様を見た。 ボロボロのコートを着て、しかし堂々と胸を張る第三王子を。

「レオンハルト。そなたは、何も持たざる身で、民を守り、国を救った。その勇気と、人を惹きつける力……まさしく王の器である」

国王陛下の声が、広間に響き渡る。

「宣言する! 第一王子ジュリアンの王位継承権を剥奪し、平民の身分へと落とす! 同時に、その身柄を拘束し、横領した公金の全額返済を命じる!」

「な、ななな……ッ!?」

ジュリアン殿下が膝から崩れ落ちた。

「へ、平民!? 余が!? 嘘だ、嘘だぁぁぁッ!」

「そして、第三王子レオンハルト! そなたを新たな王太子に任命する! 即位の儀は、国が落ち着き次第、執り行うものとする!」

「はッ! 謹んでお受けいたします!」

レオンハルト様が深く頭を下げる。 広間中から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。 それは、恐怖や義務感からではない。 心からの祝福の拍手だった。

「連れて行け」

国王陛下の合図で、近衛騎士たちがジュリアン殿下とマリア嬢を取り押さえる。

「いやだ! 離せ! 余は王子だぞ!」 「キャァァッ! ドレスが汚れるぅ! 助けてぇ!」

二人はズルズルと引きずられていく。 その途中、ジュリアン殿下が私を睨みつけた。

「エリザベート! 貴様、最初からこれを狙って……!?」

私は彼を見下ろし、冷ややかに微笑んだ。

「ええ。申し上げたはずですわ。『高い勉強代になりますよ』と」

私は彼に近づき、耳元で囁いた。

「ちなみに、貴方が最初に私に渡してくれた『王領鉱山の権利書』。あれから出たレアメタルだけで、今回の戦費の半分は賄えましたの。……皮肉なものですわね。貴方の財産が、貴方を追い落とすための剣(レオンハルト様)を磨き上げたのですから」

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁッ!!」

ジュリアン殿下は、絶望の叫び声を上げながら、扉の向こうへと消えていった。 自分の愚かさが招いた結末。 完璧な『ざまぁ』の完成だ。

広間に静寂が戻る。 残ったのは、爽快感と、新しい時代の予感。

レオンハルト様が、私の隣に来た。

「……終わったな」

「はい。完璧な勝利です」

「だが、請求書はまだ残っているぞ? 金貨1200万枚、どうするつもりだ?」

彼は床に散らばった書類を見て苦笑した。

「ふふっ、ご安心を。ジュリアン殿下の私財没収はもちろんですが……足りない分は、新しい王太子殿下に、身体で払っていただきますから」

「……身体で?」

レオンハルト様が顔を赤らめる。

「ええ。これからは『王太子妃』として、貴方の公務のサポート、領地経営、外交交渉……死ぬほど働かせていただきます。貴方も、私と一緒に過労死するまで働いて、この国を豊かにして、借金を返済するのです。……一生、逃がしませんよ?」

それは、私なりのプロポーズだった。 金だけの関係は終わった。 これからは、運命共同体としての契約だ。

レオンハルト様は、一瞬驚いた顔をして、それから破顔した。

「ああ。……望むところだ。俺の人生(すべて)、お前に預ける」

彼は私の手を取り、衆人環視の中で、その甲に口づけを落とした。 広間から、再び歓声と、冷やかしの口笛が上がる。

「ヒューッ! お熱いねぇ!」 「英雄様、顔が真っ赤ですぞ!」

私は顔が熱くなるのを感じながらも、しっかりと彼の手を握り返した。

悪役令嬢としての断罪回避。 推しの生存ルート確保。 そして、彼を王にするというメインクエスト。 すべてコンプリートだ。

でも、物語はまだ終わらない。 ここからは、ハッピーエンドのその先。 私と推しが紡ぐ、国造りの物語(アフターストーリー)が始まるのだ。

「さあ、レオン様。まずは祝勝会の準備と、経済復興計画の策定です! 休んでいる暇はありませんよ!」

「……お手柔らかに頼むよ、俺の宰相殿」

私たちは笑い合い、光の差し込む未来へと歩き出した。 私の手には、彼の手の温もりが。 そして頭の中には、すでに次の「投資計画」が渦巻いていた。

(まずは王都の観光地化、それからレオン様のグッズ販売、あ、結婚式の独占放映権も売れるわね……!)

私の推し活は、まだまだ終わらない。 だって、推しが国王になったのだから、次は世界一の皇帝にでもなってもらわないと!
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