五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人

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第34話 辺境便り

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 工房に戻り、鉄のストーブに薪をくべる。
 パチパチと爆ぜる火の音と、温かい熱気が部屋に広がっていく。

 エリシアはテーブルの上で、ヨアヒムから渡された封筒を開いた。
 中に入っていたのは、ロルフの角張った筆跡で書かれた直接の依頼状と、前金代わりらしき高額な小切手だった。

 『寒波が予想以上に厳しい。救恤院の審査を待っていては領民が凍える。相場の倍の対価を支払うゆえ、ギルドの手続きを飛ばし、直接当家へ祝布を納品してほしい』

 圧倒的な金と権力で、手順をショートカットしようとする。いかにも合理主義のロルフらしい、強引なやり方だった。
 以前のエリシアなら、この高圧的な依頼に恐怖し、無理をしてでも従っていたかもしれない。
 だが今の彼女には、守るべき自分のルールと、仲間たちがいた。

「……お断りします」

 エリシアは静かに呟き、羊皮紙をテーブルに置いた。
 様子を見に来ていたリュシアンが、お湯を注いだ木杯を差し出しながら頷く。

「正しい判断です。ここで特例を認めれば、ギルドの価格統制が崩れ、他の職人たちにも迷惑がかかります。それに、あなた個人の負担が大きすぎる」
「はい。私は、正規の手順でしかお受けしません」

 エリシアは新しい羊皮紙を引き寄せ、迷いのない手つきでペンを走らせた。

 『直接の取引は、ギルドの規定に違反するためお受けできません。必要な物資がある場合は、救恤院を通し、正規の手順で発注し直してください』

 感情的な恨み言は一切書かない。ただ、職人としての処置を冷徹に示すだけだ。
 金や権力では、もう私の生活の境界線を越えることはできない。
 それを、あの男にも学んでもらわなければならない。

 書き上げた手紙を封筒に入れ、ヨアヒムの元へと送り返す。
 冷たい秋の風が、窓の外でヒューッと音を立てて吹き抜けていった。

♦︎♦︎♦︎
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