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第35話 正規手順
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直接の依頼を突っぱねてから数日後。
工房の扉が開き、分厚い羊皮紙の束を抱えたリュシアンが入ってきた。
彼の外套からは、外の冷たい空気と、かすかな枯れ葉の匂いがする。
「エリシア。救恤院の本部を経由して、辺境から正式な発注書が届きました」
リュシアンがテーブルに広げた書類には、ギルドと救恤院の認印がしっかりと押されていた。
無理な納期設定もなく、前金も規定通りの額が、正規のルートで振り込まれている。
そして書類の束の最後に、一枚の短い手紙が添えられていた。
『規定を無視した非合理な要求をしたこと、謝罪する。手続きはすべて救恤院に一任した。領民のため、どうかお願いする。ロルフ』
あの傲慢だった男が、自らの非を認め、「お願いします」と頭を下げてきたのだ。
エリシアは手紙の文字を指先でそっと撫でた。
「……ふふっ」
自然と、小さな笑みがこぼれる。
かつては命を削り合うような関係だった相手と、今は確固たる制度の壁を挟んで、健康的な取引ができている。
お互いの境界線を守りながら、必要な時だけ協力し合う。この関係の安定感が、ひどく心地よかった。
「これで、心置きなく仕事に取り掛かれますね」
リュシアンが穏やかに微笑み、ティナの作業台の進捗を確認しに行く。
ティナもすっかり工房の空気に馴染み、不器用ながらも一生懸命に糸を紡いでいた。
すべてが、静かで温かい日常として回っている。
「そうだ、エリシア」
振り返ったリュシアンの表情が、少しだけ真剣なものに変わった。
「来月、クララが入学する初等学校の面談がありますね。……準備は進んでいますか?」
その言葉に、エリシアの指先がピクリと止まった。
♦︎♦︎♦︎
工房の扉が開き、分厚い羊皮紙の束を抱えたリュシアンが入ってきた。
彼の外套からは、外の冷たい空気と、かすかな枯れ葉の匂いがする。
「エリシア。救恤院の本部を経由して、辺境から正式な発注書が届きました」
リュシアンがテーブルに広げた書類には、ギルドと救恤院の認印がしっかりと押されていた。
無理な納期設定もなく、前金も規定通りの額が、正規のルートで振り込まれている。
そして書類の束の最後に、一枚の短い手紙が添えられていた。
『規定を無視した非合理な要求をしたこと、謝罪する。手続きはすべて救恤院に一任した。領民のため、どうかお願いする。ロルフ』
あの傲慢だった男が、自らの非を認め、「お願いします」と頭を下げてきたのだ。
エリシアは手紙の文字を指先でそっと撫でた。
「……ふふっ」
自然と、小さな笑みがこぼれる。
かつては命を削り合うような関係だった相手と、今は確固たる制度の壁を挟んで、健康的な取引ができている。
お互いの境界線を守りながら、必要な時だけ協力し合う。この関係の安定感が、ひどく心地よかった。
「これで、心置きなく仕事に取り掛かれますね」
リュシアンが穏やかに微笑み、ティナの作業台の進捗を確認しに行く。
ティナもすっかり工房の空気に馴染み、不器用ながらも一生懸命に糸を紡いでいた。
すべてが、静かで温かい日常として回っている。
「そうだ、エリシア」
振り返ったリュシアンの表情が、少しだけ真剣なものに変わった。
「来月、クララが入学する初等学校の面談がありますね。……準備は進んでいますか?」
その言葉に、エリシアの指先がピクリと止まった。
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