五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人

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第37話 席の距離

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 王都の初等学校の教室には、古い木材と、黒板に使う石筆の粉の匂いが漂っていた。
 窓からは秋の柔らかい陽射しが差し込み、小さな机と椅子を四角く照らしている。

 エリシアは、クララ用の小さな椅子の横に並べられた、保護者用の席に座っていた。
 右隣には、リュシアンが静かに腰を下ろしている。彼の肩が触れそうな距離にあるだけで、エリシアの心は不思議なほど落ち着いていた。

 そして、教室の一番後ろ。
 壁際に立つ長身の影が一つ。平服姿のロルフだった。

 「本日は、面談にお越しいただきありがとうございます」

 白髪交じりの老教師が、少しだけ緊張した面持ちで口を開いた。
 無理もない。王都の学校とはいえ、辺境伯という大貴族の当主が、護衛もつけずに教室の後ろで腕を組んで立っているのだから。

 「クララさんの家庭環境についてですが……本校では、ご両親の協力が不可欠となります。行事や日々の送迎など、どのように分担されるご予定でしょうか」

 教師の視線が、エリシアと、そして後ろに立つロルフの間をさまよう。
 エリシアが答えようと息を吸い込んだ時、背後から静かでよく通る声が響いた。

 「日常の養育と決定権は、すべて母親であるエリシア殿にあります」

 ロルフは壁に寄りかかったまま、一歩も前へ出ようとはしなかった。

 「私は月に一度の面会と、有事の際の護衛を務めるのみ。学校生活に関する手続きや判断は、母親と、そちらのリュシアン殿の指示に従ってください。私に直接の確認は不要です」

 それは、教師に対する明確な「権限の委譲」の宣言だった。
 かつてすべてを自分で支配しなければ気が済まなかった彼が、自ら一歩引き、エリシアとリュシアンを中心とした生活の形を尊重している。

 教師は安堵したように頷き、リュシアンへ向き直った。
 リュシアンもまた、出しゃばることなく穏やかに微笑む。

 「送迎のサポートや、急な呼び出しには私が対応します。彼女の仕事の負担にならないよう、調整はついていますので」

 三人の大人が、それぞれの立ち位置で一人の子どもを見守っている。
 母の隣には、日常を支える伴侶がいる。
 後ろには、有事の際に外敵を弾く強固な盾がいる。
 誰も互いの領域を侵さず、誰もクララを独占しようとしない。

 「パパ、おそとで、まってる?」

 面談が終わり、クララが振り返って問うと、ロルフは短く頷いた。
 なんて美しい距離感なのだろう。エリシアは胸の奥が温かくなるのを感じながら、リュシアンとクララと共に教室を後にした。

 しかし、校門を抜けた瞬間。
 秋の冷たい風と共に、強烈な香水の匂いがエリシアの鼻を突いた。

♦︎♦︎♦︎
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