「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人

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第二十四話 神託は“言葉”。なら検証できます(誓約院、出番です)

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 王都の上空に浮かぶ黄金の文字『神託』。  「魔女リディアを裁け。さもなくば王都は炎に包まれる」という脅迫文は、夜になっても消えることなく、不気味な輝きを放ち続けていた。

 期限まであと三日。  民衆のパニックは限界に達し、王宮前には暴徒化した人々が押し寄せ、衛兵隊との小競り合いが絶えない。

 そんな中、宰相府の地下にある『大魔導実験場』では、異様な光景が繰り広げられていた。

「魔力スペクトル解析、進行率九八パーセント。……やはり黒だな」

 白衣を纏ったアシュ・ヴァレンシュタイン宰相が、巨大な水晶スクリーンの前で冷徹に告げた。  その周りには、数十人の魔導士と、誓約院から召集された契約監査官たちが、血眼になってデータを分析している。

「こ、これは信じられん……神託の構成術式に、古代語の『条件分岐コード』が埋め込まれているとは」 「しかも、発信源の座標が天空ではなく、地上の特定のポイントを示しているぞ!」

 彼らが解析しているのは、空に浮かぶ『神託』そのものだ。  アシュ様は、王都を覆う結界を利用して神託の魔力を逆探知し、それを「ただの魔法現象」として解剖していたのだ。

「皆様、お疲れ様です。差し入れの激辛サンドイッチですわよ」

 私がバスケットを持って入っていくと、殺伐とした現場の空気が少しだけ緩んだ。

「リ、リディア様! こんな危険な場所に!」 「魔女と罵られているのに、なぜ我々にまで気遣いを?」

 監査官たちが恐縮する。  私はニッコリと微笑んだ。

「あら、私は魔女ですもの。あなた方を餌付けして、こき使うためですわ」

 冗談めかして言うと、彼らは苦笑しつつも、その目に信頼の色を浮かべてサンドイッチを頬張り始めた。  彼らは、副長官ベルンハルトが逮捕された後、組織の浄化を願って立ち上がった「まともな」誓約院職員たちだ。

「……リディア。こっちへ来い」

 アシュ様が手招きをする。  私が近づくと、彼は自然な動作で私の腰を引き寄せ、自分の白衣のポケットに入っていたアメ玉を私の口に放り込んだ。

「糖分補給だ。……君が倒れたら、私の精神的支柱が崩壊する」

「んぐっ……アシュ様、人前です!」

「構わん。『嘘がつけない契約』中だ。私の妻への依存度は、すでに隠蔽不可能なレベルに達している」

 アシュ様は真顔で言った。  周りの監査官たちが「見なかったことにしよう」と一斉に視線を逸らす。  もう、この人ったら。危機的状況になるほどデレが加速している気がする。

「それで、解析結果はどうなりましたの?」

 私が話題を変えると、アシュ様はスクリーンを指し示した。

「結論から言おう。あの神託は偽物だ。しかも、極めて悪質な『契約詐欺』の構造を持っている」

「契約詐欺?」

「ああ。あの文字は、見る者の恐怖心(魔力)を吸収して維持される『自立型幻影』だ。民衆が怖がれば怖がるほど、文字は輝きを増し、本当に物理的な熱量(炎)を生み出す仕組みになっている」

 なるほど。  つまり「王都が燃える」というのは、神罰ではなく、民衆の恐怖エネルギーを爆弾に変えて自爆させるマッチポンプだということか。

「なんて悪趣味な……!」

「さらに、決定的な証拠が見つかった」

 アシュ様はニヤリと笑った。

「神託文の末尾にある魔力署名(サイン)だ。……神の署名にしては、あまりに人間臭い癖が残っている」

 スクリーンに拡大されたのは、複雑な幾何学模様。  しかし、その一部に、見覚えのある歪みがあった。  これは、あの賭博場でイカサマを見抜いた時と同じ――空間魔術特有のノイズ。

「……『沈黙の賢者』ですね」

「そうだ。奴は神を騙りながら、自分の魔力制御の癖を隠しきれていない。……詰めが甘いな」

 アシュ様は白衣を脱ぎ捨て、いつもの宰相のマントを羽織った。  その瞳に、狩人の色が宿る。

「解析は完了した。これより『神』に対する公開監査を行う。……リディア、準備はいいか?」

「ええ、もちろん。神様の化けの皮、剥がしに行きましょうか」

 ◇

 翌日の正午。  王宮前広場には、再び数万の群衆が集まっていた。  ただし今回は、暴動のためではない。宰相府が「神託の真偽を問う公開実験を行う」と発表したからだ。

 空には依然として不吉な黄金の文字が輝いている。  広場の中央に設置された巨大な魔導拡声器の前に、私とアシュ様が立った。

「愚かな民よ!」

 アシュ様の声が響き渡る。  第一声から煽っていくスタイルだ。さすが私の夫。

「貴様らは、空に浮かぶ落書きに怯え、思考を停止している。……神の言葉だと? 笑わせるな」

 民衆がざわめく。  「不敬だぞ!」「バチが当たる!」という声が上がるが、アシュ様は鼻で笑った。

「ならば証明してやろう。……誓約院監査局、起動!」

 アシュ様が指を鳴らすと、広場の周囲に配置された監査官たちが一斉に術式を発動した。  巨大な青い魔法陣が地上に展開され、空に向かって光の柱を放つ。

「『契約解析(アナライズ・コード)』! 対象、上空の神託文!」

 光の柱が黄金の文字に接触すると、文字がジジジッ……とノイズを走らせ始めた。

「な、なんだ!? 文字が歪んでいくぞ!」

 民衆が指差す。  アシュ様は片眼鏡を光らせ、解説を始めた。

「見ろ。あの文字は神聖な奇跡などではない。……ただの『高密度マナ・ホログラム』だ。そして、その動力源は貴様らの恐怖心だ!」

 アシュ様が手を振ると、空中に巨大なスクリーンが現れ、解析データが映し出された。  そこには、民衆から立ち上る恐怖のオーラが、文字に吸い上げられている様子が可視化されていた。

「お前たちがリディアを恐れ、神託を信じれば信じるほど、あの文字はエネルギーを得て、最終的に熱暴走を起こす。……つまり、王都を燃やすのは神ではない。お前たち自身だ」

 会場が静まり返る。  恐怖の正体を暴かれたことで、民衆のパニックが急速に冷めていくのがわかる。

 すると。  黄金の文字が、激しく明滅し始めた。

『……小賢しい真似を』

 脳に響く声が変わった。  荘厳な神の声ではなく、機械的で、どこか苛立ちを含んだ男の声に。

「あら、やっと地金が出ましたわね」

 私は扇子を開き、空に向かって叫んだ。

「こんにちは、自称・神様。いえ、『沈黙の賢者』様とお呼びした方がよろしいかしら?」

『……黙れ、魔女』

 文字が赤黒く変色し、攻撃的な魔力が膨れ上がる。

『貴様らは世界のバグだ。言葉の秩序を乱す異物だ。……消えろ!』

 空から無数の火球が降り注ぐ。  民衆が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 しかし。

「私の妻に、二度も『消えろ』と言うな」

 アシュ様が右手を天に突き上げた。   「『氷結界・絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』!」

 カィィィン!!    音が凍るような衝撃。  降り注ぐ火球のすべてが、空中で一瞬にして氷塊へと変わり、キラキラと砕け散った。  美しいダイヤモンドダストが、王都に降り注ぐ。

「す、すげぇ……」 「全部凍らせちまった……」

 民衆が呆然と見上げる中、アシュ様は冷ややかに告げた。

「さて、賢者。こちらの番だ」

 彼は左手の指輪に魔力を込めた。

「リディア、やるぞ。『真実の証明(トゥルー・カウンター)』だ」

「はい、あなた!」

 私はアシュ様の手を握りしめた。  私たちの薬指にある『真実の誓約印』が共鳴し、眩い光を放つ。  『嘘がつけない契約』。  その絶対的な真実の力を、増幅して空に叩きつけるのだ。

「偽りの神託よ! 真実の前にひれ伏せ!」

 私たちの叫びと共に、指輪から極太のレーザーのような光が放たれた。  それは一直線に赤黒い文字を貫いた。

 バギィィィッ!

 ガラスが割れるような音がして、空の文字が粉々に砕け散った。  後に残ったのは、青く澄み渡った空と、そして――。

 何もない空中に、ポツンと浮かぶ『何か』。  それは、半透明の結界に守られた、一人の男の姿だった。

 白髪に、神官のようなローブ。  顔は仮面で隠されているが、その手には杖が握られている。  『沈黙の賢者』本体だ。  彼は上空に潜み、そこから直接魔法を操作していたのだ。

「見つけたぞ、引きこもり!」

 アシュ様が獰猛に笑う。

「リディア、捕まえるぞ。……神様の正体は、空飛ぶ不審者だったようだな」

「ええ。引きずり降ろして、地面に土下座させてやりましょう!」

 賢者の姿が露見したことで、民衆の洗脳は完全に解けた。  彼らは今、恐怖ではなく怒りの眼差しを空に向けている。

 さあ、チェックメイトだ。  神様ごっこは終わりよ、賢者様!
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