『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第六章:王都包囲と新時代

第53話 宰相の最後

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その夜、王都は不気味なほどの静寂に包まれていた。しかしその水面下では、歴史を根底から覆す巨大なうねりが動き出していた。

王宮の一室。エリオット第二王子はセドリック伯爵をはじめとする改革派の貴族たち、そして近衛騎士団の中で彼に賛同する一部の将校たちと、最後の打ち合わせを行っていた。

「……ヴィクトリア殿の合図は、『今宵、獅子が牙を剥く』だ。我々もこれより行動を開始する」

エリオットのその声は若さに似合わず落ち着き払い、そして王族としての威厳に満ちていた。もはやそこに、兄の陰で憂うだけだった無力な王子の面影はなかった。

「まず我々は宰相リヒターの身柄を拘束する。彼はすでに正気を失い暴走している。これ以上好きにさせては王都が火の海になる」

「しかし殿下。宰相の周りは彼に忠実な私兵たちが固めております。一筋縄では……」

セドリック伯爵の懸念に、エリオットは静かに頷いた。

「分かっている。だからこそ力押しはしない。……宰相が最も信頼し、そして今最も疑心暗鬼になっているものを利用するのだ」

エリオットは一人の近衛騎士の将校に目を向けた。

「……頼んだぞ、クラウス」

「はっ!この命に代えましても!」

将校クラウスは、宰相の私兵団の隊長と親しい間柄にあった。そして彼もまた宰相の残忍なやり方に嫌気がさしていた一人だったのだ。

宰相リヒターは執務室で一人酒を煽っていた。その目は血走り、その手は小刻みに震えている。彼はもはや誰のことも信じられなくなっていた。部下も貴族も、王子さえも。誰もが自分を裏切ろうとしているという妄想に取り憑かれていた。

その時、執務室の扉が激しく叩かれた。

「宰相閣下!大変です!」

入ってきたのは彼の私兵団の隊長だった。その顔は血相を変えている。

「何事だ!騒々しい!」

「……第二王子エリオット殿下が近衛の一隊を率いて反乱を!すでに王宮の一部を制圧したとの報せが!」

「な……何だと!?」

宰相は椅子から転げ落ちそうになった。あの大人しいだけの書痴の王子が、反乱……!?

「……馬鹿な。ありえん」

「いえ、事実です!……そして殿下はこう申されていると。『宰相リヒターこそが国を乱す元凶である。彼を捕らえヴィクトリア殿に引き渡せば、この戦は終わる』と!」

その言葉は宰相にとって致命的だった。彼は自分が全ての罪をなすりつけられ、トカゲの尻尾のように切り捨てられようとしているのだと悟った。

「……く、くそっ!あの若造めが……!この私を裏切るか!」

焦りと怒りで宰相の思考は完全に麻痺した。彼は唯一残された逃げ道を選んだ。

「……王子だ!アルフォンス殿下を人質に取る!殿下の身柄さえ押さえれば、奴らも手出しはできまい!」

彼は数名の私兵を引き連れ、アルフォンス王子の寝室へと向かった。しかし、それこそがエリオットが仕掛けた巧妙な罠だった。

宰相が王子の寝室に乱入すると、そこにはアルフォンス王子の姿はなかった。代わりに彼を待ち受けていたのは、剣を構えたエリオットとセドリック伯爵、そして数十名の近衛騎士たちだった。

「……なっ!?」

宰相は自分が誘き出されたのだと悟った。私兵団の隊長からの報告は全て嘘だったのだ。

「……久しぶりだな、宰相。いや、もはや国賊リヒターと呼ぶべきか」

エリオットが冷たく言い放つ。

「き、貴様……!初めからこの私を……!」

「終わりだ、リヒター。お前の時代は終わったのだ」

追い詰められた宰相は、最後の悪あがきを試みた。彼は懐から毒を塗った短剣を抜き放つと、エリオットに襲いかかった。

「道連れにしてくれるわ!」

しかしその老いた肉体から繰り出される刃が、歴戦の騎士たちに囲まれたエリオットに届くはずもなかった。セドリック伯爵の側にいた護衛の騎士が、一閃、剣を振るう。

ザシュッ!

鈍い音と共に、宰相の右腕が宙を舞った。

「ぎゃあああああああっ!」

短剣を落とし、腕の切り口を押さえて転げ回る宰相。その姿はあまりにも無様で、哀れだった。かつてこの国の全てを牛耳っていた権力者の見る影もなかった。

「……連れて行け。地下の最も暗い牢へ放り込んでおけ。……こいつの罪は、ヴィクトリア殿と新しい議会が裁くだろう」

エリオットはもはや興味を失ったかのように背を向けた。

宰相の最後。それは英雄的な死でも悲劇的な結末でもなかった。ただ一匹の害虫が駆除されるかのように、あっけなく、そして惨めに終わりを告げたのだ。彼の長きに渡る悪政が生み出した全ての憎悪が、今、彼一人に還ってきたのだ。自業自得。その言葉こそが、彼の人生の全てを物語っていた。
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