『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

文字の大きさ
55 / 60
第六章:王都包囲と新時代

第55話 崩れ落ちる王子

しおりを挟む
「……王位を譲る……だと?」

父である国王から告げられた非情な言葉。アルフォンスはその意味がすぐには理解できなかった。自分の耳を疑った。

「……父上、今何と……?王位は、この長男である私が継ぐはず……。そのような馬鹿な……」

彼のうろたえた声が、静まり返った玉座の間に虚しく響く。しかし老王はもはや彼のことなど見てはいなかった。その視線はただ、まっすぐに未来を託した次男エリオットに注がれている。

「エリオット、貴様!一体父上に何を吹き込んだのだ!この王位簒奪者めが!」

アルフォンスは憎しみに顔を歪ませ、弟に掴みかかろうとした。しかしそのだらしない体は、エリオットの側にいた近衛騎士にあっさりと押さえつけられてしまう。

「離せ!私を誰だと思っている!私は王子だぞ!」

彼は見苦しく暴れた。その無様な姿に、周りの貴族たちはもはや軽蔑の視線さえ向けなかった。ただ憐れな道化師を見るかのような、冷たい無関心だけがそこにはあった。

「……兄上」

エリオットが哀れみの目で兄を見た。

「もうお分かりでしょう。貴方には誰もついてこない。貴方の時代は終わったのです」

「終わっただと……?終わらせはせん!私がいる限り終わらせものか!兵を出せ!今すぐ兵を出すのだ!あの生意気な女狐と、この裏切り者の弟を八つ裂きにしてくれるわ!」

アルフォンスは狂ったように叫んだ。しかし彼の命令に動く兵士は一人もいない。彼らは皆、新しい王となるエリオットの指示を待っているのだ。

「……なぜだ。なぜ動かん!貴様ら、私の命令が聞けんのか!」

その時、玉座の間を護衛していた近衛騎士団の団長がゆっくりと前に進み出た。彼は今までアルフォンスに絶対の忠誠を誓っていたはずの男だった。彼はアルフォンスの前に立つと、カチャリと音を立てて腰の剣を床に置いた。そしてその場に跪く。しかしその忠誠の礼は、アルフォンスに捧げられたものではなかった。

「……エリオット新国王陛下に忠誠を」

その言葉と行動が全てを物語っていた。もはやアルフォ-ンスは誰からも王子として扱われてはいないのだ。

「……あ……あ……」

アルフォンスの顔から血の気が引いていく。彼の世界が音を立てて崩れていくのがわかった。生まれながらの王子。次期国王として全てを与えられ、全てが許されてきた人生。その絶対的だったはずの足場が、今完全に崩壊したのだ。

彼は周りを見回した。媚びへつらっていた貴族たち。彼を恐れていた騎士たち。その誰もが自分に背を向けている。彼らは皆、新しい太陽であるエリオットの方だけを見ている。

自分はもう誰からも必要とされていない。その残酷な事実が、彼の脆弱な精神を完全に破壊した。

「……いやだ。いやだ、いやだ、いやだぁぁぁっ!」

アルフォンスは耳を塞ぎ、子供のように叫びながらその場に崩れ落ちた。そして堰を切ったように泣き出した。しゃくり上げ、鼻水を垂らし、床を転げ回る。その姿はもはや王族のそれではなく、ただの全てを失った哀れな男の末路だった。

崩れ落ちる王子。彼がヴィクトリアに投げつけた「女は黙って従え」という傲慢な言葉。その言葉が今、何百倍にもなって彼自身に突き刺さっていた。彼こそが時代の変化の前に、ただ黙って従うしかなかったのだ。

エリオトは、その兄の無様な姿を一瞥すると、静かに騎士団長に命じた。

「……兄上を北の塔へ。今後一切誰とも面会はさせないように。……命までは取らない。それが弟としての最後の情けだ」

「はっ」

騎士たちが泣きじゃくるアルフォンスを両脇から抱え上げ、引きずっていく。彼は最後まで「私は王だ」と意味不明な言葉を叫び続けていた。

これこそが彼が迎えるべき結末だった。戦場で華々しく死ぬのでもなく、断頭台の露と消えるのでもない。ただ誰からも忘れ去られ、歴史の片隅で惨めに生きながらえる。それこそが彼のような愚か者に対する、最大にして最高の罰なのだ。

玉座の間には静寂が戻った。一つの醜い時代が完全に終わりを告げた瞬間だった。そしてエリオットは新しい王として最初の仕事に取り掛かる。それは城壁の上の兵士たちに武器を置かせ、固く閉ざされた王都の門を開け放つ命令を下すことだった。彼の愛する女性が待つ、その場所へ続く門を。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

離婚したいけれど、政略結婚だから子供を残して実家に戻らないといけない。子供を手放さないようにするなら、どんな手段があるのでしょうか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 カーゾン侯爵令嬢のアルフィンは、多くのライバル王女公女を押し退けて、大陸一の貴公子コーンウォリス公爵キャスバルの正室となった。だがそれはキャスバルが身分の低い賢女と愛し合うための偽装結婚だった。アルフィンは離婚を決意するが、子供を残して出ていく気にはならなかった。キャスバルと賢女への嫌がらせに、子供を連れって逃げるつもりだった。だが偽装結婚には隠された理由があったのだ。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さくら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

家族から虐げられた令嬢は冷血伯爵に嫁がされる〜売り飛ばされた先で温かい家庭を築きます〜

香木陽灯
恋愛
「ナタリア! 廊下にホコリがたまっているわ! きちんと掃除なさい」 「お姉様、お茶が冷めてしまったわ。淹れなおして。早くね」 グラミリアン伯爵家では長女のナタリアが使用人のように働かされていた。 彼女はある日、冷血伯爵に嫁ぐように言われる。 「あなたが伯爵家に嫁げば、我が家の利益になるの。あなたは知らないだろうけれど、伯爵に娘を差し出した家には、国王から褒美が出るともっぱらの噂なのよ」   売られるように嫁がされたナタリアだったが、冷血伯爵は噂とは違い優しい人だった。 「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」 自分に自信がないナタリアと優しい冷血伯爵は、少しずつ距離が近づいていく。 ※ゆるめの設定 ※他サイトにも掲載中

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

追放令嬢の発酵工房 ~味覚を失った氷の辺境伯様が、私の『味噌スープ』で魔力回復(と溺愛)を始めました~

メルファン
恋愛
「貴様のような『腐敗令嬢』は王都に不要だ!」 公爵令嬢アリアは、前世の記憶を活かした「発酵・醸造」だけが生きがいの、少し変わった令嬢でした。 しかし、その趣味を「酸っぱい匂いだ」と婚約者の王太子殿下に忌避され、卒業パーティーの場で、派手な「聖女」を隣に置いた彼から婚約破棄と「北の辺境」への追放を言い渡されてしまいます。 「(北の辺境……! なんて素晴らしい響きでしょう!)」 王都の軟水と生ぬるい気候に満足できなかったアリアにとって、厳しい寒さとミネラル豊富な硬水が手に入る辺境は、むしろ最高の『仕込み』ができる夢の土地。 愛する『麹菌』だけをドレスに忍ばせ、彼女は喜んで追放を受け入れます。 辺境の廃墟でさっそく「発酵生活」を始めたアリア。 三週間かけて仕込んだ『味噌もどき』で「命のスープ」を味わっていると、氷のように美しい、しかし「生」の活力を一切感じさせない謎の男性と出会います。 「それを……私に、飲ませろ」 彼こそが、領地を守る呪いの代償で「味覚」を失い、生きる気力も魔力も枯渇しかけていた「氷の辺境伯」カシウスでした。 アリアのスープを一口飲んだ瞬間、カシウスの舌に、失われたはずの「味」が蘇ります。 「味が、する……!」 それは、彼の枯渇した魔力を湧き上がらせる、唯一の「命の味」でした。 「頼む、君の作ったあの『茶色いスープ』がないと、私は戦えない。君ごと私の城に来てくれ」 「腐敗」と捨てられた令嬢の地味な才能が、最強の辺境伯の「生きる意味」となる。 一方、アリアという「本物の活力源」を失った王都では、謎の「気力減退病」が蔓延し始めており……? 追放令嬢が、発酵と菌への愛だけで、氷の辺境伯様の胃袋と魔力(と心)を掴み取り、溺愛されるまでを描く、大逆転・発酵グルメロマンス!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...