『「お前のような悪女は追放だ!」と父に言われましたが、追放先が私溺愛の祖父母が治めるリゾート領地だった件。これただのバカンスでは?』

放浪人

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第2話:『さようなら、ブラック実家。荷造りは完璧、馬車は特注。いざ、辺境という名の楽園へ!』

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 翌朝。  空が白み始めたばかりの、薄暗く肌寒い時間帯。  私はフェルゼン伯爵家の屋敷の前に立っていた。

 簡素な木綿のワンピースに、薄手のショールを一枚羽織っただけの姿。  足元には、古びた革のトランクが一つだけ置かれている。    「ふん、みすぼらしい格好だな。まあ、これから向かう場所にはお似合いだが」

 見送りに出てきた父が、鼻を鳴らして嘲笑った。  わざわざ早起きして嫌味を言いに来るなんて、ある意味でマメな性格をしている。その情熱を少しでも領地経営に向けてくれれば、この家ももう少しマシになっただろうに。

 「あらあなた、そんなボロ布でも、エリザにとっては一張羅なんですのよ? 可哀想に……うふふ」

 継母のカテリーナも、眠い目をこすりながら嫌らしい笑みを浮かべている。  シルクのネグリジェの上にガウンを羽織り、いかにも「高貴な奥様」ぶっているが、そのガウンの胸元に昨夜のワインのシミがついていることに気づいていないらしい。    「お姉様、元気でね。あ、そうそう。お姉様の部屋、今日から私のドレスルームにするから。家具とか全部捨てちゃっていいわよね?」

 義妹のマリアは、あくびを噛み殺しながら無邪気に残酷なことを言う。    ああ、本当に。  この人たちは、最後までブレない。  ここまで清々しいほどの悪役ムーブをかましてくれると、逆に愛着すら湧いてくる……わけがない。

 私は内心で毒づきながら、殊勝な態度で頭を下げた。

 「……はい。今まで、本当にありがとうございました。お父様、お義母様、マリア。どうかお元気で」

 「はんっ、二度と戻ってくるなよ!」

 父が顎で指したのは、屋敷の門前に停まっている一台の馬車だった。

 それはもう、見事なまでにボロボロだった。  塗装は剥げ落ち、車輪は泥だらけ。  窓枠は歪み、幌(ほろ)はあちこち継ぎ接ぎだらけだ。  繋がれている馬も、どこか頼りなげな老馬が一頭だけ。

 「それが貴様の乗る馬車だ。廃棄寸前のものを、わざわざ用意してやったぞ。感謝するんだな」

 「辺境までは長い道のりだからねぇ。その馬車が壊れるのが先か、エリザがくたばるのが先か……賭けでもしましょうか?」

 両親が高笑いをする。  普通なら、絶望する場面だろう。  こんなあばら屋のような馬車で、何日もかかる辺境までの旅路を行けというのだから。  振動でお尻は割れるだろうし、隙間風で凍えるだろうし、雨が降ればずぶ濡れ確定だ。

 しかし。  私はそのボロ馬車を見て、スッと目を細めた。  そして、御者台に座っている男と視線を合わせる。

 深くフードを被ったその御者は、私と目が合うと、ほんの数ミリだけ顎を引いてみせた。    ――合図だ。

 (バッチリね)

 私は心の中でサムズアップをする。

 父たちは知らない。  この馬車が、昨夜のうちに「すり替えられている」ことを。

 外見こそ、父が用意した廃棄寸前の馬車と同じように偽装(カモフラージュ)されているが、その中身は――。

 「では、行きます」

 私はトランクを手に取り、馬車へと歩み寄る。  御者が無言で降りてきて、私のトランクを受け取り、うやうやしく扉を開けてくれた。  その所作は洗練されており、どう見てもただの雇われ御者ではない。  彼は、祖父が密かに派遣してくれた、辺境伯家精鋭の隠密部隊の一員なのだ。

 私は背後の家族たちに最後の一瞥をくれることもなく、馬車へと乗り込んだ。  そして、扉がバタンと閉まる。

 外界からの視線が遮断された、その瞬間。

 「…………ふう」

 私は大きく息を吐き、身体の力を抜いた。  そして、目の前の座席にダイブする。

 ボフンッ!

 「きゃあ~~~! 最高~~~!!」

 そこにあったのは、硬い木のベンチではない。  最高級の羽毛を詰め込み、肌触りの良いベルベットで覆われた、極上のソファだった。

 「すごい……! これ、王家の馬車より豪華じゃない?」

 私はソファの上でゴロゴロと転がりながら、車内を見回す。  外見のボロさからは想像もつかないほど、内部は広くて清潔だ。  壁には防音・防振の魔法術式が組み込まれているらしく、外の音は全く聞こえないし、馬車が動き出しても揺れをほとんど感じない。    天井には魔石を使った照明が柔らかな光を灯し、足元には毛足の長い絨毯が敷かれている。  壁際の棚には、何冊もの本と、冷えた飲み物が入った魔導冷蔵庫まで完備されていた。

 テーブルの上には一枚のメモが置かれている。  達筆な文字で、こう書かれていた。

 『愛しのエリザへ。長旅になるゆえ、退屈せぬよう最大限の配慮をした。冷蔵庫の中には君の好きなフルーツタルトが入っておる。安心して帰ってきなさい。――じいじより』

 「じいじ……!」

 私はメモを胸に抱きしめ、感動に打ち震えた。  スパダリか。  私の祖父はスパダリなのか。    「もう、大好き!!」

 私は冷蔵庫を開け、キラキラと輝くフルーツタルトを取り出すと、一口頬張った。  甘酸っぱいイチゴと、濃厚なカスタードクリームが口いっぱいに広がる。

 「ん~~~ッ! 幸せ……!」

 窓の外の景色が流れていく。  屋敷が、王都が、どんどん遠ざかっていく。  それは、私が長年囚われていた檻からの脱出であり、自由への凱旋パレードだった。

          ◇

 馬車は順調に街道を進んでいく。  魔法のサスペンションのおかげで、まるで雲の上に乗っているかのような乗り心地だ。  私はソファに深く沈み込みながら、備え付けの本棚から一冊のファイルを取り出した。

 それは、私がこの数年間、実家の運営のために作成し、管理していた『業務引継書(という名の遺言書)』ではない。  私が個人的にまとめていた、『実家の闇リスト』だ。

 「さてと……改めて見返すと、よくもまあここまで積み上げたものね」

 パラパラとページをめくる。  そこには、フェルゼン伯爵家の杜撰(ずさん)な経営実態が詳細に記されていた。

 まず、父の浪費癖。  骨董品収集という名目でガラクタを高値で掴まされ、その穴埋めのために領地の修繕費を横領している件。  帳簿上は私が巧みに数字を操作して(というより、私の私財を補填して)なんとか黒字に見せていたが、私が抜けた今、来月の決算で確実に破綻する。

 「お父様、来月の監査、どうやって乗り切るつもりなのかしら? 『数字が合わない! エリザのせいだ!』って叫ぶ姿が目に浮かぶわ」

 次に、継母の交際費。  彼女は「人脈作り」と称して連日お茶会を開いているが、その実態はただの自慢大会だ。しかも、招待客の選定センスが絶望的にない。  以前、対立派閥の重鎮の奥方を招待してしまい、あわや大問題になりかけた時、私が裏で菓子折りを持って土下座行脚したことを、彼女は知らない。    「今度は誰が止めるの? マリア? 無理ね、一緒に火に油を注ぐタイプだもの」

 そして、そのマリアだ。  彼女の浪費も凄まじいが、それ以上に問題なのは、その「無自覚な加害性」だ。  気に入らないドレスがあれば切り裂き、気に入らないメイドがいれば解雇し、気に入らない令嬢がいれば悪評を流す。  これまでは私が、ドレスの修繕を手配し、解雇されたメイドの再就職先を斡旋し、広められた悪評を「あれはマリア様の冗談でして」と必死に火消ししてきた。

 「マリアの元婚約者……つまり私のカイル様も、相当苦労するでしょうね」

 カイルは騎士団長の息子としてのプライドだけは高いが、実務能力はからっきしだ。  彼が騎士団で昇進できたのも、私が裏で提出書類を作成し、上官への根回しを完璧に行っていたからだということに、彼は気づいていない。    「『エリザは何もしてくれなかった』なんて言ってたけど……これから『何もされない』ことの恐怖を知ることになるわ」

 私はファイルをパタンと閉じた。  意地悪で彼らを見捨てたわけではない。  何度も警告はしたのだ。  『お父様、このままでは破産します』  『お義母様、その発言は危険です』  『マリア、いい加減にしなさい』

 そのたびに彼らは言った。  『うるさい』『小賢しい』『お前は黙って働け』と。

 だから、もういいのだ。  私は義務を果たした。  これからは、彼らが自分で撒いた種を、自分で刈り取る番だ。

 「……ああ、せいせいした!」

 私は両手を大きく広げて伸びをした。  胸のつかえが取れたように軽い。  罪悪感? そんなもの、昨日のゴミ箱に捨ててきたわ。

 コンコン。    小窓が開き、御者が声をかけてきた。

 「エリザ様、そろそろ昼食の時間です。景色の良い場所で休憩になさいますか?」

 「ええ、お願いするわ!」

          ◇

 馬車が止まったのは、街道沿いの小高い丘の上だった。  見晴らしが良く、遠くには連なる山々と、どこまでも広がる青い空が見える。  王都の曇った空とは大違いだ。空気も澄んでいて美味しい。

 御者が手際よく折りたたみ式のテーブルと椅子をセットし、真っ白なクロスを広げる。  まるでピクニックだ。  いや、ピクニックというには豪華すぎる。

 「本日のランチは、辺境伯領の特産品を使った特製弁当でございます」

 御者が恭しく差し出したのは、三段重ねの重箱だった。  蓋を開けると、そこには宝石箱のような料理が詰まっていた。

 一の重には、新鮮な海の幸のマリネ。エビ、ホタテ、タコがキラキラと輝いている。  二の重には、ローストビーフと彩り野菜のグリル。香ばしい匂いが食欲をそそる。  三の重には、可愛らしい手まり寿司のような一口サイズのご飯もの。

 「す、すごい……! これ、おじい様のところのシェフが?」

 「はい。エリザ様のために、保存魔法をかけて持たせてくれました。『王都の飯はマズかったろうから、これで口直しをしてくれ』とのことです」

 「もう……最高すぎるわ」

 私はフォークを手に取り、まずはローストビーフを一口。  柔らかい肉が口の中でとろけ、肉汁の旨味が広がる。    「ん~~~ッ!!」

 思わず足をバタバタさせてしまう。  実家での食事は、いつも冷え切っていた。  家族が食べ終わった後の残りを台所の隅で食べるか、仕事が終わらずにパンをかじるだけだったから。  こんなに温かくて(魔法で保温されている)、愛情の籠もった食事はいつぶりだろう。

 「美味しい……本当に、美味しい……」

 食べているうちに、なんだか涙が出てきた。  悲しいわけじゃない。  ただ、張り詰めていた緊張の糸が、美味しい料理と美しい景色によって、優しく解かれていくような感覚だ。

 私は今まで、何を守ろうとしていたんだろう。  必死になって、身を削って、家族のために尽くして。  でも、その家族は私を「邪魔者」として捨てた。

 もし、このまま実家にいたら、私はきっと過労死するか、心を病んでいただろう。  追放されたことは、不運なんかじゃない。  神様がくれた、最大のチャンスだったのだ。

 「私、絶対に幸せになる。誰よりも、幸せになってやるんだから!」

 私は海老のマリネを力強く噛み締めながら、空に向かって誓った。

 その時。  遠くの空に、キラリと光るものが見えた。  鳥? いや、違う。  あれは……竜?

 「……ねえ、あれ」

 私が指差すと、御者も空を見上げて目を細めた。

 「ああ、あれは辺境伯軍の飛竜部隊(ワイバーン・ライダー)ですね」

 「えっ!? おじい様の?」

 「はい。エリザ様の護衛のために、上空から監視しているのです。『虫一匹、孫には近づけさせん!』と閣下が仰せでして」

 「…………」

 過保護が過ぎる。  上空からドラゴンで監視されている追放令嬢なんて、前代未聞だわ。  でも、その過剰な愛が、今はただただ嬉しくて、おかしくて。

 私はクスクスと笑い出した。

 「あはは! もう、おじい様ったら!」

 私の笑い声は、風に乗って高く高く舞い上がっていった。             ◇

 食事を終え、再び馬車に乗り込む。  お腹も満たされ、心も晴れやかになった私は、ふかふかのソファで優雅に読書タイムと洒落込んだ。  読むのはもちろん、リゾート情報の載ったガイドブックだ。

 「えーと、辺境伯領の観光スポットは……『星砂のビーチ』『天空の岬』『秘湯・美肌の湯』……ふむふむ、全部行かなきゃ」

 ガイドブックの写真はどれも美しく、期待に胸が膨らむ。  実家での辛い記憶が、まるで遠い過去のことのように思えてくる。  物理的な距離が離れれば離れるほど、心も軽くなっていくのがわかる。

 やがて、日が傾き始めた頃。  馬車は、王都と地方を隔てる峠道に差し掛かった。  ここを越えれば、もう王都の影響力は及ばない。  名実ともに、私は自由だ。

 私は窓のカーテンを少しだけ開け、振り返った。  夕日に染まる王都が、小さく霞んで見える。  あの中で、今頃父たちは何をしているだろう。  まだ私の不在による影響には気づいていないかもしれない。  「せいせいした」とワインを飲んでいるかもしれない。

 でも、明日になれば。  明後日になれば。  確実に「歪み」は生じ始める。  そしてそれは、雪だるま式に膨れ上がり、彼らを押しつぶすだろう。

 「ごきげんよう、皆様。地獄の釜の蓋は、貴方たち自身が開けたのよ」

 私は小さく呟き、カーテンを閉めた。  もう振り返らない。  私を待っているのは、後ろではなく、前にあるのだから。

 「エリザ様、峠を越えました! これより、我が領地への直通ルートに入ります!」

 御者の弾んだ声が聞こえる。  直通ルート? そんなものあったかしら?

 「ええ、閣下がエリザ様を一日でも早く迎えるために、山を一つくり抜いてトンネルを作らせました」

 「はあ!?」

 山をくり抜いた!?  孫のために!?    「さあ、馬車を飛ばしますよ! しっかり掴まっていてください!」

 馬車が加速する。  ボロい外見からは想像もつかないスピードで、風を切って走る。  その先には、私の楽園が待っている。

 待っててね、おじい様、おばあ様。  そして、私の新しい人生!

 こうして、私の「追放」という名の「超豪華リゾート旅行」は、最高のスタートを切ったのだった。

 ――次回、感動の再会!  と思いきや、待ち受けていたのは「魔物」……ではなく、キャラ崩壊した祖父母による、酸素不足になるほどの溺愛ハグでした。
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