悪役令嬢ですが、二度目は無能で通します……なので執事は黙っててください

放浪人

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第16話 執事の夜更け

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(視点:レージ)

廊下は冷え切っている。
吐く息が白く濁り、石造りの壁からは冷気が染み出してくる。
だが、私はその場を動くつもりはなかった。

扉の向こうから、押し殺したような嗚咽(おえつ)が聞こえていたのが、ようやく止んだ。
リディア様の呼吸音が、不規則なものから、深く、緩やかなものへと変わっていく。
眠られたようだ。

「……やれやれ」

私は懐中時計を取り出し、時間を確認する。
午前三時。
金属の蓋を閉める「カチリ」という小さな音が、静寂に波紋を作る。

私自身、眠ることはできない。
目を閉じれば、彼女の首が落ちたあの瞬間の悪夢が、鮮明に再生されてしまうからだ。
守れなかった後悔。
間に合わなかった絶望。
それが私の不眠の源であり、同時に私を突き動かす燃料でもある。

彼女が眠れないのなら、私が起きていればいい。
彼女が闇を怖がるのなら、私が闇の中で番犬になればいい。

私は手袋を嵌(は)め直し、扉のノブに手をかけることはせず、ただ背筋を伸ばして立ち続けた。
中に入って抱きしめ、大丈夫だと囁くことは簡単だ。
だが、それは彼女の「強がり」を否定することになる。
彼女は一人で立つことを選んだ。
無能を装いながらも、その内側では誰よりも必死に戦っている。
ならば、執事である私がすべきは、安易な救済を与えることではない。
彼女が倒れそうになった時、誰にも気づかれないように背中を支えることだけだ。

チャリ……。
腰に下げた鍵束が、微かに鳴る。
この音が、彼女にとっての安心の合図になればいい。
ここにいる。
誰も通さない。
悪い夢さえも、この扉の前で斬り伏せてみせる。

空が白み始め、廊下の窓から朝の光が差し込む頃。
部屋の中から、衣擦れの音と共に、小さな呟きが聞こえた。

「……ありがとう」

それは独り言のような、誰に向けたとも知れない弱々しい声。
けれど、私の耳には痛いほど鮮明に届いた。

「おはようございます、リディア様」

私は声に出さず、唇だけで挨拶を返す。
そして、彼女が起きてくる前に、私は足音を忍ばせてその場を離れた。
守りとは、姿が見えなくても成立する。
むしろ、見えない場所にこそ、本質があるのだと信じて。
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