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「や、宿に泊まる……ぞ」
「は、はい」
地下に戻れば通行用カードを返却することになる。
マリアン店長の依頼を受けるために、明日も地上にいなきゃならない。
だから──
「いらっしゃい。泊まりですかい、それとも食事だけで?」
「と、泊まりと食事、両方で」
「食事はあっちで別料金です。部屋は一部屋で?」
──は?
「じゃあ一室五十エルになります」
──は?
「リヴァ?」
「おっとすみません。ダブルベッドとシングル二つの部屋がありますが、どちらがよろしいので?」
──は?
「んーっと、んーっと……お金、ちがぅの?」
「いえいえ、お値段は同じですよ」
「だって、リヴァどうすう?」
──は?
どうするとか、なんで聞くんだ。というかいつの間に一部屋ってことになった?
「待ってくれ。なんで一部屋ってことに?」
「え? そちらのお嬢さんが一部屋でよいか尋ねた時、頷かれましたので」
「セシリアが?」
「はいっ」
セシリアが元気よく返事してんじゃねえよ。
お前はもうちょっと羞恥心とかそういったものをだなぁ──
「ではこちらが鍵でございます。お部屋は三階の角部屋301室でございます。ごゆっくりお寛ぎください」
「はいっ。ありがとぅごあいます」
勝手に話進めんなぁーっ!
「ふ、ふかぁ、ふかぁふかぁ」
ベッドに腰を下ろして、その柔らかさにセシリアは感動している。
俺は動揺している。
年頃の女と同じ部屋……同じ部屋……。
ったく、人の寝床に転がり込んでくるわ、ホテルの同じ部屋にするわ。
ホテル……ホテ……。
いや、ラブホじゃないんだ。むしろホテルじゃなくって宿屋だし!
「リヴァ、顔まっかぁ。どうしたの?」
お前のせいだよ!
「あのさ、お前はその……あぁ、やっぱいい。いいけどお前、知らない男にほいほいついて行くなよ? 絶対だからな」
それだけ言うと、セシリアはポカーンと口を開いて俺を見た。
「リヴァ、いい人。優しい」
いい人、優しい。
つまり恋愛対象にはならないっていう典型的な誉め言葉だろ。
いや、別にこいつの恋愛対象になりたいとかそういうのは別としてだ。
「はぁ……あ、そうだ。話は変わるが、セシリア。君はこれからどうするんだ? その……ここまで付き合わせて今更だけど」
セシリアが何も言わないのをいいことに、俺が金を稼ぐために連れ回したようなものだ。
彼女にだって都合があるだろうし、俺といることで確実に飛べない。
不便な暮らしを強いているはずだ。
「セシリアを束縛するつもりはないし、好きなようにしていいんだぜ。ずっと帰ってないだろうしさ」
「……ぅん」
「俺もさ、今度の依頼みたいに外に出れることになったし、セシリアに困ったことがあったら手を貸すよ」
「ぅん‥‥…んー、はいっ! 私、好きなよういすえばいい?」
「あぁ、好きなようにすればいい」
そりゃまぁ……誰かと一緒ってのはいいもんだ。
普通にダンジョン探索するうえでも、ひとりだと常に気を張り詰めていなきゃならないし、ダンジョン内では落ち着いて休むことも出来ないだろう。
誰かがいれば、交代で見張ることもできる。警戒する目が増えれば、それだけ危険を察知しやすい。戦闘でも役割分担できるしな。
それだけじゃ……ないんだけどさ。
「うん──はいっ。私、リヴァというね!」
……はい?
リヴァと言う? 何を言うんだ?
「んっふ。はぁ、お腹空いたねぇ」
「え、あ、あぁ、そうだな」
ダンジョンには行ってないけど、あちこち歩き回ったしな。意外と疲れた。
「おふぉあうかなぁ」
「風呂? ど、どうかな。下りた時に聞いておくか」
「うんうん。ご飯いこぉ~」
ベッドからぴょんと飛び降りたセシリアが俺の手を引く。
あぁ、この世界はエレベーターもエスカレーターもないから、自力で階段を下りなきゃいけないんだな。
これ疲れ切ってるとなかなかきっついなぁ。
「ふぅー。本日二度目の風呂だぜぇ。はぁ、気持ちいいなぁ」
宿には風呂がなかったが、三軒隣が銭湯だった。
風呂付の宿は高級宿というのは、この世界の常識らしい。
それは宿に限らず、住宅も同様とのこと。
水道なんてものがない世界だ。水を風呂桶に貯めるのも大変だもんな。
魔石を利用するにしても、あれだって金を払って買わなきゃいけない。それに水が出るだけで、沸かすのはまた別だ。
設備的に個人の家で風呂を持つのは厳しいってわけ。
「居住権手に入れたら、どっか田舎の温泉地で暮らすのもいいなぁ」
温泉地があるのかどうかは別として。
そういや、セシリアが言っていた「リヴァが言う」ってなんのことだろう。
俺が何が言うべきなのか? 何を?
あとでちゃんと聞いておくか。
「しかし失敗したな……。銭湯には石鹸もシャンプーもないとは」
まぁ昼間にごっしごしされたからいいか。
さぁて、あがるか。
次はお楽しみの晩飯だ。
銭湯はあまり遅い時間まではやってないってんで、先にこっちに来た。
二十四時間営業ではないらしい。
入口ロビーで暫く待っているとセシリアが出て来て、二人で宿へと戻る。
「ちゅぎは石鹸、持ってこぉうね」
「やっぱ女湯もなかったか。けどあの大きな石鹸を持ち歩くのも大変だぞ。使えば濡れる訳だし」
ビニールなんて存在しない世界だ。水濡れ防止の容器か何かに入れて持ち歩かなきゃなくなる。
ん?
ちゅぎって、次だよな?
次があるのか?
リヴァが言う……あれは「う」だったのか?
リヴァと──リヴァと言う──なんて言い回しはおかしい。
リヴァと……いう……い……。
「セシリア。さっき部屋で『リヴァという』って言ったのは」
「……い……いう違う。い……いぅ……りゅ……いりゅ。ううぅ、いぃ。んいぃぃぃぃーっ」
はぁ、癇癪起こしやがった。
リヴァといりゅ。
「俺といるってことでOK?」
「うん、はい!」
あぁクッソ。そんな可愛い顔して元気に返事なんかされたら──。
──リヴァ、いい人。優しい。
あー、いい人だもんね。うん。うん。
「は、はい」
地下に戻れば通行用カードを返却することになる。
マリアン店長の依頼を受けるために、明日も地上にいなきゃならない。
だから──
「いらっしゃい。泊まりですかい、それとも食事だけで?」
「と、泊まりと食事、両方で」
「食事はあっちで別料金です。部屋は一部屋で?」
──は?
「じゃあ一室五十エルになります」
──は?
「リヴァ?」
「おっとすみません。ダブルベッドとシングル二つの部屋がありますが、どちらがよろしいので?」
──は?
「んーっと、んーっと……お金、ちがぅの?」
「いえいえ、お値段は同じですよ」
「だって、リヴァどうすう?」
──は?
どうするとか、なんで聞くんだ。というかいつの間に一部屋ってことになった?
「待ってくれ。なんで一部屋ってことに?」
「え? そちらのお嬢さんが一部屋でよいか尋ねた時、頷かれましたので」
「セシリアが?」
「はいっ」
セシリアが元気よく返事してんじゃねえよ。
お前はもうちょっと羞恥心とかそういったものをだなぁ──
「ではこちらが鍵でございます。お部屋は三階の角部屋301室でございます。ごゆっくりお寛ぎください」
「はいっ。ありがとぅごあいます」
勝手に話進めんなぁーっ!
「ふ、ふかぁ、ふかぁふかぁ」
ベッドに腰を下ろして、その柔らかさにセシリアは感動している。
俺は動揺している。
年頃の女と同じ部屋……同じ部屋……。
ったく、人の寝床に転がり込んでくるわ、ホテルの同じ部屋にするわ。
ホテル……ホテ……。
いや、ラブホじゃないんだ。むしろホテルじゃなくって宿屋だし!
「リヴァ、顔まっかぁ。どうしたの?」
お前のせいだよ!
「あのさ、お前はその……あぁ、やっぱいい。いいけどお前、知らない男にほいほいついて行くなよ? 絶対だからな」
それだけ言うと、セシリアはポカーンと口を開いて俺を見た。
「リヴァ、いい人。優しい」
いい人、優しい。
つまり恋愛対象にはならないっていう典型的な誉め言葉だろ。
いや、別にこいつの恋愛対象になりたいとかそういうのは別としてだ。
「はぁ……あ、そうだ。話は変わるが、セシリア。君はこれからどうするんだ? その……ここまで付き合わせて今更だけど」
セシリアが何も言わないのをいいことに、俺が金を稼ぐために連れ回したようなものだ。
彼女にだって都合があるだろうし、俺といることで確実に飛べない。
不便な暮らしを強いているはずだ。
「セシリアを束縛するつもりはないし、好きなようにしていいんだぜ。ずっと帰ってないだろうしさ」
「……ぅん」
「俺もさ、今度の依頼みたいに外に出れることになったし、セシリアに困ったことがあったら手を貸すよ」
「ぅん‥‥…んー、はいっ! 私、好きなよういすえばいい?」
「あぁ、好きなようにすればいい」
そりゃまぁ……誰かと一緒ってのはいいもんだ。
普通にダンジョン探索するうえでも、ひとりだと常に気を張り詰めていなきゃならないし、ダンジョン内では落ち着いて休むことも出来ないだろう。
誰かがいれば、交代で見張ることもできる。警戒する目が増えれば、それだけ危険を察知しやすい。戦闘でも役割分担できるしな。
それだけじゃ……ないんだけどさ。
「うん──はいっ。私、リヴァというね!」
……はい?
リヴァと言う? 何を言うんだ?
「んっふ。はぁ、お腹空いたねぇ」
「え、あ、あぁ、そうだな」
ダンジョンには行ってないけど、あちこち歩き回ったしな。意外と疲れた。
「おふぉあうかなぁ」
「風呂? ど、どうかな。下りた時に聞いておくか」
「うんうん。ご飯いこぉ~」
ベッドからぴょんと飛び降りたセシリアが俺の手を引く。
あぁ、この世界はエレベーターもエスカレーターもないから、自力で階段を下りなきゃいけないんだな。
これ疲れ切ってるとなかなかきっついなぁ。
「ふぅー。本日二度目の風呂だぜぇ。はぁ、気持ちいいなぁ」
宿には風呂がなかったが、三軒隣が銭湯だった。
風呂付の宿は高級宿というのは、この世界の常識らしい。
それは宿に限らず、住宅も同様とのこと。
水道なんてものがない世界だ。水を風呂桶に貯めるのも大変だもんな。
魔石を利用するにしても、あれだって金を払って買わなきゃいけない。それに水が出るだけで、沸かすのはまた別だ。
設備的に個人の家で風呂を持つのは厳しいってわけ。
「居住権手に入れたら、どっか田舎の温泉地で暮らすのもいいなぁ」
温泉地があるのかどうかは別として。
そういや、セシリアが言っていた「リヴァが言う」ってなんのことだろう。
俺が何が言うべきなのか? 何を?
あとでちゃんと聞いておくか。
「しかし失敗したな……。銭湯には石鹸もシャンプーもないとは」
まぁ昼間にごっしごしされたからいいか。
さぁて、あがるか。
次はお楽しみの晩飯だ。
銭湯はあまり遅い時間まではやってないってんで、先にこっちに来た。
二十四時間営業ではないらしい。
入口ロビーで暫く待っているとセシリアが出て来て、二人で宿へと戻る。
「ちゅぎは石鹸、持ってこぉうね」
「やっぱ女湯もなかったか。けどあの大きな石鹸を持ち歩くのも大変だぞ。使えば濡れる訳だし」
ビニールなんて存在しない世界だ。水濡れ防止の容器か何かに入れて持ち歩かなきゃなくなる。
ん?
ちゅぎって、次だよな?
次があるのか?
リヴァが言う……あれは「う」だったのか?
リヴァと──リヴァと言う──なんて言い回しはおかしい。
リヴァと……いう……い……。
「セシリア。さっき部屋で『リヴァという』って言ったのは」
「……い……いう違う。い……いぅ……りゅ……いりゅ。ううぅ、いぃ。んいぃぃぃぃーっ」
はぁ、癇癪起こしやがった。
リヴァといりゅ。
「俺といるってことでOK?」
「うん、はい!」
あぁクッソ。そんな可愛い顔して元気に返事なんかされたら──。
──リヴァ、いい人。優しい。
あー、いい人だもんね。うん。うん。
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