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「お、おいおい電気くん?」
『グルルルルルルル』

 甘えている……訳ではない。
 だらぁっと零れ落ちる涎が頬を掠め、目の前には電気くんの口があった。
 この牙でこれまで何人もの冒険者を、噛み殺してきたんだろうか。
 そんなことが脳裏を過ぎる。

「電気くんダメ! リヴァは敵じゃないのっ」
「セシリア、来るな! 俺は大丈夫、帰還や転移の指輪があるから心配するなっ」

 ポケットに入れた空間収納袋を取り出そうと手を突っ込むと、次の瞬間、激痛が襲う。

「ぐあああぁぁぁ!?」

 電気くんの前足の爪が、ポケットをまさぐろうとした手に突き刺さった。
 逃がさないってことなのかよ!

「くそっ。今まで美味い飯を食わせてやった恩を忘れたのかよ!?」

 相手はモンスターだ。正直、そんなこと言ったって無駄だって分かってる。
 だけど心のどこかで願っているんだ。

 電気くんは知能が高く、話し合いが可能な相手だって。

 俺の腕から爪を引き抜く電気くん。すると今度はその爪で服を切り裂いた。
 いや、空間収納袋を奪い取りやがった!

「どうあっても逃がさない気だな……クソッ。分かったよ! やってやる。紅の旅団の連中にやられるぐらいなら、俺がやってやるよ!!」

 他の奴らに倒されるぐらいなら、俺が……俺が電気くんをここから解放してやる!
 死を持って、電気くんを自由にしてやるさ!!

「セシリア! やるぞっ」
「ぅ……はいっ!」

 彼女にも躊躇いはあるのだろう。最初こそ怯えていたものの、喉を鳴らして焼いた肉を食う電気くんを愛おしく思えていたはずだ。
 実際、デッカい猫みたいなものだった。
 可愛いヤツだったんだよ。

 だけど電気くんはモンスターだ。
 決して俺たちとは相いれぬ存在。

『ルガアァァァッ』

 奴の牙が俺を捉えるより先に瞬き一回。
 その瞬間に抜け出し、ハンマーの刃で奴の目を突き刺す。
 セシリアの風の魔法が肉を裂き、鮮血がほとばしる。

「距離を取れ!」

 一時停止が切れる直前で距離を取って、再び電気くんが動き出したらすかさず一時停止。
 一気に距離を詰め、ヒットアンドアウェイを繰り返す。
 それが一番安全且つ、確実な戦い方だ。

 奴に挑んだ冒険者は、みなそれなりに腕に自信のある連中ばかりだろう。
 今回の紅の旅団を除けば、誰ひとりとして帰ってきてはいない。それだけ電気くんの強さは突出していたってことだ。
 紅の旅団の奴らが逃げおおせたのは、俺のステータス強奪で体力と筋力が下がっていたからだろう。

 体力は俺と同じでも、筋力はまだまだ電気くんが上だ。
 俺はいいとしても、セシリアが攻撃を喰らえば一撃であの世行きになるかもしれない。

 絶対……絶対に一時停止を切らせる訳にはいかない!





 どのくらい経った?
 ここに到着したのは午前中だ。けど辺りはもう暗くなっている。
 電気くんの体から出ている放電のおかげで薄明るくはあるけど、もう完全に夜だ。

 魔力が100超えていて良かった。
 それでも時々眩暈がする。
 眩暈がすれば効果時間内は目を閉じる。気休めになるかもとゴミポーションを飲んでも見た。
 これがなかなか効果があるようで、目を閉じているだけで回復していくのを感じた。
 その間はセシリアが全力で攻撃。

 だが彼女の魔力だって限界がある。
 俺のほうが回復したら、セシリアは範囲外に出て貰って暫く座って休んで貰った。

 俺の攻撃自体は物理攻撃だからなんとかなる。
 攻撃して、目を休めるのに集中して、また攻撃して。

 いったいどのくらい続くんだ。
 体力967って、こんなに倒れないのかよ。

 まぁその辺りは、俺の筋力に対して体力967のほうがデカいからだろう。

「いっそ封印石の外に出て休憩するか?」
「それをするとたぶんだけど、電気くんが自然治癒しちゃうと思うの」
「は?」
「リヴァが最初に潰した電気くんの目──回復してるもの」

 あぁ、もうくたびれてて気づかなかった。
 確かに潰したはずの目、回復してんじゃん。

 一時停止を掛け直すといっても、ほんの一瞬だけ間が開く。
 その一瞬の積み重ねで、電気くんは貫いた眼球を治してしまっていた。

 俺とセシリアが封印石の外に出て休んでいる間に、奴は完全回復してるんだろうな。

「あぁクソ! だったら倒れるまで付き合ってやらぁ!! セシリア、腹が減った。なんか食い物用意しててくれっ」
「わ、分かった。待っててね」

 暫くして肉が焼ける匂いが漂ってくると、セシリアが細かく切った肉を持って来てくれた。
 一時停止しながら口を開き、彼女に放り込んで貰う。

「ん、んま」

 残った肉を鷲掴みにし、それを電気くんの口に突っ込む。

「なぁ、これが最後の晩餐だ。よぉく味わって食うんだぜ」

 距離を取る。
 電気くんの一時停止が解けた。

 動かない。
 いや、口だけを動かしていた。

「電気くん、食べてる」
「あぁ。ったく、とんだ食い意地の張った奴だぜ」

 電気くんがごくりと飲み込んだ直後、一時停止からセシリアの最大火力がぶっぱなされる。
 無数の風の刃が舞うたびに、真っ赤な血が周囲を染めていく。

『ガフッ』

 眉間に深い傷が生じる。
 
「勝負だぜ、おい電気!!」

 電気くんの双眸が俺を睨む。
 俺が地を蹴れば、同時に電気くんも飛び出した。

 敢えて一時停止は使わない。
 俺だけのパワーでは足りないから、電気くんのパワーも借りる。

 セシリアが付けた深い傷めがけ、渾身の力でハンマーを叩きつけた。
 電気くんはまるで自らハンマーに殴られに来るかのように、頭を突き出し突進してきた。

 そして──

『ギャオッ』

 短い断末魔が、白み始めた空に響いた。
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