伯爵は意気揚々と婚約破棄をしたが、彼女の領内での努力を甘く見ていたようです

マルローネ

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9話 バルカンの訪問 その1

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(バルカン・ヨーゼフ伯爵視点)

 私とリッチはその日、リューガ河川のレジャー施設建設予定地に足を踏み入れていた。明らかに作業が停止しているようだ。責任者からの報告は正しいようだな。絶賛、ボイコット中というわけだ。

「作業音が全く聞こえない……大規模なレジャー施設を作ろうとしているとは、到底思えない光景だな」

「左様でございますね……作業員は中にいるのでしょうか? ボイコットをしたとしても、給料がもらえるわけではないのですが」

「そうだな」

「これはヨーゼフ伯爵! お久しぶりでございます!」

「ん? あれは……」

 私を呼ぶ声が聞こえて来た。領民の一人か? あの格好は……。

「誰だったか?」

「現場監督の一人であるジョージ・アレクセイですね」

「なるほど、そんな奴もいたか」

 現場監督は何人もいるし、イチイチ覚えていてはキリがない。他の事業の現場もあるわけだしな。リッチはよく覚えているものだ。

「ええと、ジョージ・アレクセイと申します。以後お見知りおきを……」

「うむ、それよりもだ。私がここに来た理由は分かっているだろう?」

「そ、それはもちろんです。ボイコットの件ですよね?」

「その通りだ。お前達がボイコットと称して作業をストップさせているから、我々が考えた予定に支障が出そうな状況だ。どういうつもりなのかと思ってな。直接聞きに来たというわけだ」

「わざわざ、伯爵様が直々においでなさるとは……ありがとうございます」

「礼を言われることなどしていない。それで? ジョージと言ったか、お前がリューガ河川のボイコットの代表者と考えて良いのか?」

「代表者、という言い方はどうかと思いますが。ボイコットについては皆で決めたことですし」

「……」

 皆で決めたこと、か。代表者を敢えて言わないことで責任の所在を明確にしない戦法ということか? 全く無駄なことを……。

「どうでもいい。とにかくお前と話せば、ボイコットをしている連中全てに伝わると考えて問題ないな?」

「はい、そうなります」

「それで? ボイコットをしている要因はなんなんだ?」

「おや、伯爵様は知らないのですか? とっくに調べが付いていると思っていましたが」

「お前達がボイコットをしているという情報は入って来たが、その要因までは把握していない」

 先ほどからジョージという男には虫唾が走ってしまう。私をイラつかせるしゃべり方をしているとでも言えばいいのか。落ち着け、こんな平民風情にイライラしていたのでは、我が家系の名折れだ。

「要因としましては、アリサ様との婚約破棄があります」

「なに?」

「婚約破棄の件が……要因?」

 意味が分からない。私もリッチも思わず顔を見合わせてしまった。

「貴方方は把握していないのかもしれませんが、アリサ様がいらっしゃた時、それは丁寧に対応してくれました。素人ながら非常に事業について勉強している素振りもありましたし。実際、あの方の案を採用させてもらった時もあります。リューガ河川を始めとする事業は、アリサ様と一緒に発展してきたと言っても過言ではないのです」

「ぬっ……」

 表情こそ柔らかいが、ジョージの瞳はある種怒りにも満ちているようだった。私は思わず後ろに引いてしまう。

「だからこそ、アリサ様を不当に追放されたヨーゼフ伯爵に怒りを覚える者が多数いるのです」

「ふん、アリサと事業を繋ぎ合わせるとは不届きな……そんな下らんことでボイコットをしているとはな」

「下らんこと……?」

「ああ、その通りだ。私はアリサとの婚約を破棄しただけだ。なぜ、責められなければならないのだ。それも関係ないお前達に」

 ジョージの言っていることに少しも共感出来なかった。まったく……こんなことで事業を中断し、当初予定を遅らせることになるとは。無能共が……。

「ヨーゼフ伯爵、貴方はどうやらアリサ様の力を知らないようだ。彼女が私達にとってどれだけの助けになったのかを」

「そんなことは知りたくもないな。お前達はさっさと事業を再開すればいいのだ。早くしないと私設軍を派遣して強制的にやらせるぞ?」

 この辺りで一つ脅しを掛けて行くのがいいだろう。ジョージをビビらせるのだ。

「貴方様が私設軍を簡単に派遣できないことは分かっています。脅しを掛けても無駄ですよ」

「……」

 ほう、どうなっているかは知らんが、どうやらこの手は通じないようだな。ならば作戦を変えるまでだ。

「ふふふ、ジョージよ。そんなに強気に言って大丈夫なのか? 事業を開始しなければお前は家族を養うことも出来ないだろう? 路頭に迷わせるつもりか?」

「そ、それは……」

 一気にジョージの顔色が変わった。ふふふ、分かりやすい奴だ。こっち方面で攻めれば問題ないということを自ら露呈しているじゃないか。私に生意気な口を利いたことを後悔させてやる。
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