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惑う/嗅覚の研究

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「それだけ鼻が利くのなら、俺がどこかに隠れても見つけられたりする?」
「いつもと調子が変わらなければ、可能なはずだ」

 フェリチェは鼻をひくつかせる。いまだ、イードの言う桜桃の香りは見つけられない。

「じゃあ、試してもいい? 十数えるうちに隠れるから、チェリは匂いで俺を探して」
「わかった。今度はズルしないように、耳も塞ぐぞ」

 目隠しをさらに膝に埋め、両手でしっかりと耳を押さえつけて、フェリチェは十数え始めた。
 その間にイードは足音と気配を忍ばせて、隠れ場所を定める。耳もいいフェリチェには、手で塞いだところで聞こえてしまうのだろうと思ったイードは、少々引っ掛けを用意することにした。
 自室のドアを開け閉めして、いかにも部屋に隠れたようにわざと音を立て、実際はその隣のフェリチェの部屋の扉の前でじっと息を潜めた。

 やがて、数を数え終えたフェリチェが、神経を研ぎ澄ませるように深呼吸して立ち上がった。
 目隠しのせいで、家具の脚にそこかしこぶつけながらも、フェリチェは一歩一歩確実にイードの方へと進んでいる。
 あと数歩というところで、勝利を確信したフェリチェの唇が、嬉々と笑みを浮かべた。

「見つけたぞ、イー……うわっ……!?」

 見えないせいで覚束ない足が、ラグマットに引っ掛かって、フェリチェは大きくつんのめった。
 倒れ込んだらさぞかし痛そうだと、目隠しの下でぎゅっと目を瞑ったフェリチェだったが、そこにはよろめく体を抱き止める腕があった。

 フェリチェを包み込んだのは、かくれんぼで見つけたばかりの、イードの香りだ。

 染みついた薬草の匂いが生むのか、イードからはナツメグのような軽やかな甘さと渋みを伴った香りがする。
 泣いているうちは鼻が詰まって感じられなかったが、目隠しをすることで顕著になったその香りに、今は全身すっぽり包まれているようだ。そんな錯覚が、イードの腕の中にいるという事実をフェリチェに無言で教え聞かせてくる。

「あ、わ……す、すまない。助かった……」

 フェリチェは早鐘を打つ心臓に気付かれまいと平静を装おうとするあまり、寧ろ不自然に揚々と声を上げた。

「つ、つまずいてはしまったが……、イード発見だっ。ふふん、どうだ、すごいだろう」
「うん、完敗だ。……なら、どうしてこの匂いだけ分からないんだろう」
「む?」
「さっきよりずっと甘く、濃密になっているのに」

 もしかして、とイードの手はフェリチェの桜色に染まった髪に触れる。

「自分の匂いは分かりにくいというし……。この変色した被毛のせい?」
「わからん……そ、それより、いつまでこうしているつもりだ。もう、離してもらっても大丈夫だぞ」
「ちょっと待って、もう少し。ちゃんと確かめたいから……嗅いでいい?」
「かっ……!? だ、だだだダメだ! は、恥ずかしいから、やめろっ。やめっ……!」

 髪に、イードの鼻先が触れるのがわかった途端、フェリチェは身を縮こませた。
 清潔は保っているつもりだが、こんなことは想定外だ。万が一、臭ったりしたらと思うと気が気でない。

 その上、腕に抱かれた状態というのがまた、照れに拍車をかける。街で恋人たちがしていた、ちょっとした挨拶代わりの、髪に口付ける行為が目隠しの影に浮かんで、フェリチェは変にどきどきが止まらない。

「ううぅっ……は、離せ。嗅ぐな、へんた、い……」
「はっきりとは分からないな。漂っている香りとはまた違う、いい匂いはするけど」
「いっ……!? いい匂いとか言うな……恥ずかしいだろう!」
「なんで? 褒めてるのに」

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