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幕間 待てだぞ、イード!
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しおりを挟む正直で裏表がないのがイードの美徳ではあるが、そのせいでフェリチェは、時に言葉で辱められているような気分に陥ることがある。
「お前っ……本当に何を考えて……」
「俺も男だからさ。我慢してるだけで、そりゃあ欲はあるんだよ。頭の中では、身につけたもの一枚一枚剥いで、君を裸にしてる」
「やめろっ……」
じっと見つめるイードから逃げるように、フェリチェはスカートの裾を押さえつけた。
「と、とにかくっ。ダメったらダメだ! オスの我慢は信用ならん! オスは頭と体が別の生き物だと、メス友達から聞いたぞ!」
「心外ではあるけど、まあ、否定はしない」
「す、少しは否定する努力を見せてみろ……」
本当にこの男をアンシアに連れ帰っていいものか、早くも頭を抱えながらも、フェリチェはフェリチェなりにお互いに不満のない関係でいたいと思っている。
妥協と譲歩と……少しの欲望を巧く混ぜた着地点を探して、思いを吐露する。
「キスはいい……嫌いじゃない。だが体に触れるのをやめろ」
「それって、髪を撫でるのも、手を繋ぐのも、抱きしめるのもいけない?」
「そ、それは……」
イードに倣って正直になるなら、それらがなくなるのはフェリチェも寂しかった。
髪を撫でられれば、愛でられているようで悪い気はしない。重ねた手に指を絡めて握り返してもらえるのも、隙間なく抱きしめられるのも、離しはしないと誓われているようで安心できた。
なのでフェリチェには、罠を張り直す必要があった。
狩りは臨機応変に流れを読んでこそ、成功率も高まれば、うまく行った時の達成感も大きくなるものだ。
「尻尾と耳は言わずもがなとして……、胸や尻、ま、股ぐらなどの、衣服に隠れた部分に触れることを禁ずる。それがフェリチェの考える、キスより先だ」
咳払いして、フェリチェは続ける。
「し、しかし、まだ肌寒い日も多く厚着もしている今……、一応は我慢しているらしいイードが不憫だからなっ。衣服の上からではあるが……、抱きしめるのは……よし、としてやろう」
恩着せがましく述べるのは、自分がそうしてほしいことを悟られたくないからだ。横柄に聞こえてしまうくらいが、ちょうどいい。
「ど、どうだ? 理解できたか?」
「うーん。チェリの提示した条件は理解できるよ。だけど実際にどんなものか試してみないことには、本当にそれで頷いていいのかは分からないな」
「試す? 試すって……んむっ!?」
抱きしめて口づけるのは許容範囲内のはずだ、と本日二度目のキスは、合図もなしに唐突だった。
順序は前後したが、唇が触れてから目を閉じて、しばし身を委ねる。それから、フェリチェはそっと目蓋を持ち上げた。
真正面で視線が絡まって、鼓動は大きく跳ね上がったが、彼の眼差しは研究に没頭している時のそれだ。
「……うん、いつも通りだ。瞳が潤んで、頬が染まってる。それは嫌じゃない時の顔だね」
「っ……何でお前はいつもいつも、そういうことを……」
イードは悪戯めいた笑みを返すと、フェリチェの手に指を絡めた。指の付け根を舐めるように、イードの指先が這う。
こそばゆさに、白毛の萌え立つフェリチェの耳がぴくりと震えた。その耳許に唇を寄せて、イードは囁く。
「……ね、チェリ」
「はわっ、ゎ……耳っ、耳はダメだと」
「ダメ?」
くすりと零れる吐息が、またも耳をくすぐる。
「君の望み通り、耳には指一本触れてないんだけどな。どうかした? 掌が湿ってきたけど」
「くっ……このっ……だ、黙れぇっ……」
拳の一つも喰らわせてやりたいところだが、掴まれた両手がすっかり甘く痺れて、振り上げる力も奪われてしまった。
それを知ってか知らずか、イードの問いかけはどこか挑発的だ。
「──黙らせてごらんよ」
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