追放された聖女は旅をする

織人文

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06 東の果て

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 ルルイエとジャクリーヌが国を出て、半年が過ぎた。
 二人は今、西方世界の東の果て――崖から東へと伸びた橋の西側のたもとにある町ナーラにいた。
 ナーラはこの橋が作られたあとに、旅人たちのために作られた町だ。
 さほど大きくはないが、宿屋がいくつかと、この先の旅支度を整えるための衣類や食料、また、東から来た人々には西方世界を案内するための、東に向かう人々には東方世界を案内するための書物や地図などを売っている店がいくつかある。
 ルルイエとジャクリーヌは、昨日の夕方ここにたどり着いて、宿を取った。
 本当ならば今日は、午前中に必要なものを買いそろえて町を出る予定だった。だが二人は、まだナーラの町の宿にいる。
 というのも、宿で一緒になった商人たちが、「エーリカの元聖女が死んだ」という話をもたらしたからだった。
「……いったい、どういうことなのでしょう」
 二人は思わず顔を見合わせたものだった。
 商人の話によると、エーリカを追放された元聖女は、数日前に西の果ての国ランダルの宿で、死体で見つかったのだという。
 それより前、エーリカでは宰相がある発表を行っていたそうだ。
 それは、東方世界より訪れた賢者が伝えた予言だとかで、王妃の腹の子は双子であり、一人は男で世継ぎであり、一人は女で聖女である、とのことだった。
 ただ、聖女はものごころつくまでは、その力を正しく発揮することができない。ゆえに、出産を終えたのち、王妃が次の聖女となるのだと宰相は告げたのだという。
「……結局のところ、宰相は聖女をただの飾りだと思っていたということでしょう」
 自分たちの部屋に戻ってから、ジャクリーヌは顔をしかめて言った。
「彼は、おそらく以前から聖女の力を信じていなかったのでしょう。だから、正しい認識を持たない王を言葉巧みに欺いて、ルルイエを追い出し、自分の娘を王妃とし聖女にしようとしている。……そういうことなのでしょう」
「そうかもしれませんね。……にしても、わたくしが死んだことにされるなんて……」
 ルルイエは小さく唇を噛んで呟く。
 商人の話によれば、宰相は更に、東方から来た賢者の予言として、元聖女が王妃とその子供たちを害するためにいずれ戻って来るだろうと告げた。
 それからほどなく、どこからともなく元聖女は西に向かったという噂が流れ、そしてランダルで死んだとの報がエーリカの国内を走り抜けたのだ。
 国内では、誰もが寄ると触るとその話をしていて、商人たちも殊更聞きほじることなく、詳細を知ることができたのだという。
 ルルイエの呟きに、ジャクリーヌはそちらをふり返った。
「それについてはおそらく、お父様の仕業ではないかと思います。宰相は、予言と称してルルイエを悪者にし、暗殺するつもりだったのではないかと。それを察してお父様は、わたくしたちの行き先を西として噂を流したのでしょう」
「それでは……!」
 ジャクリーヌの言葉に、ルルイエが目を見張る。
「真相は、いずれわかると思います」
 ジャクリーヌはそれへ小さく微笑んで返した。

 ジャクリーヌの元に左大臣からの手紙を付けた鳩が到着したのは、その日の昼前のことだった。
 手紙には、二人が商人から聞いたのと同じ内容の情報と、ジャクリーヌが考えたとおり、死んだ元聖女が左大臣の仕立てた偽物であることが綴られていた。
 追放を命じられたおり、ルルイエは一応東方へ向かうことを左大臣を通じて、王や宰相にも報告してはいた。だが宰相は、左大臣が流した噂を信じたのだ。
 それは彼が、聖女は祈りで実りをもたらす以外は、特別な力は何も持たない若い娘でしかないことを知っていたため、ともいえる。
 東にいようと西にいようと、見つけることさえできれば、容易く刺客によって命を絶つことができる――と彼は考えていたのだろう。だからまずは、噂を信じて刺客を西へ向かわせた。それで見つからなければ、次は東を探せばいい。おそらくは、そんな考えだったのだろう。
 それは左大臣にも察せられた。同じ立場であれば、自分も似たようなことをしただろうと思ったゆえに。
 ジャクリーヌから手渡された手紙を読み下し、しかしルルイエは顔をくもらせた。
「わたくしの変わりに、わたくしと同じ年の娘が殺されてしまったということなのですね……」
「それは……しかたがありません。こんなことは言いたくありませんが、わたくしやお父様にとっては、あなたの命の方が尊いのですから」
 わずかに言いよどみ、ジャクリーヌは告げる。
「ジャクリーヌ……」
 ルルイエは、そんな彼女を悲しげな目で見やった。

 ジャクリーヌは、そのあとすぐに、父への手紙を書いた。
 自分たちは橋を渡り、東方へと向かうこと。なのでこの先は、連絡できなくなることを、簡潔に綴った。
 父の元へとはいえ、自分とルルイエの行き先を記すことは、危険であるとは思う。万が一にでも、手紙が宰相方に渡るようなことがあれば、ルルイエが生きていて東方へと向かったことが、知れてしまうのだ。
 むろん、手紙の文面は自分一人の旅と取れる書き方をしてはいた。
 だがおそらく、自分がルルイエと共に旅に出たことは、宰相方には知られているはずだった。
 それでも父に手紙をしたためたのは、この先、東方に向かえば何があるかわからないと感じたからだ。
 頻繁に商人らの行き来があるがゆえに、東方への旅はさほど危険ではないと一般的には考えられている。最初はジャクリーヌ自身もそう思っていた。
 だが、旅の途中で宿を取った町や村で人々の話を聞くに及んで、そうでもないのだと彼女は感じるようになった。聖女の加護のない東方の旅は、たとえ街道をずっと進んでいても、さまざまな危険が伴うもののようだった。それに、東方の国にたどり着いてからも、何が起こるかはわからない。
 例の十年も行方不明だった鍛冶屋の話のように、東方の国に到着したとしても、平和に過ごせるとは限らないのだ。
 それを思えば、せめて父にだけでも自分たちがこれから西方世界を去ることを、告げておきたかった。

 手紙を細かく折りたたんで小さな筒に入れ、鳩の足首の金具に取りつける。
「さあ、お行き」
 低く言って、窓から鳩を放してやった。
 鳩は小さく窓の上空で輪を描くと、そのまま西の方角へと飛び去って行く。
 それを見送り、ジャクリーヌは小さく吐息をついた。
「西方世界を離れるのは、辛いですか?」
 そんな彼女に、ルルイエが声をかける。
「いえ。……東方世界がどんな所なのか、楽しみです」
 ふり返ってかぶりをふると、ジャクリーヌは笑った。

 その日の昼過ぎ、二人は宿を出た。
 ナーラの町をあとにして、橋のたもとに立つ。
 目の前にあるのは、深く大きな谷の間にかけられた広く大きな橋だった。
 ルルイエとジャクリーヌは、静かにその橋の上へと足を踏み出した。
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